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2007.07.18

●続々.山鉾巡行

引き続き前述の続きです。
何か「京都新聞スクラップ」みたくなってしまいました。

興味の無い方はスルーして下さい。

P2007071700067芦刈山、36年ぶり山一番
祇園祭・山鉾巡行 無心「ワッショイ」


豪華な懸装品をまとい、車輪の音をきしませながら行く32基の山と鉾。巡行のリズムを取る囃子(はやし)方やお供で歩く町衆の表情が誇らしい。祇園祭は17日の山鉾巡行でクライマックスを迎えた。「くじ取らず」の長刀鉾に続く「山一番」は芦刈山が務めた。昨年の雨の巡行で傷んだ朱傘を新調し、住民ら約40人が引き締まった表情で晴れ舞台に臨んだ。


36年前の1971年に山一番でくじ改めを務めた吉田幸三郎さん(90)は「あの年初めてお供に加えてもらい、裃(かみしも)を新調した。思い出は宝物です」と懐かしむ。中京区へ転居してからも毎月、八坂神社にお参りする。

今回のくじ改めは下京中2年の西岡伸晃君(14)。所作を習い「ぜひやらせてください」と芦刈山保存会理事長の竹村格さん(57)に頼み込んだ。姿勢が崩れないよう、父親の良純さん(41)の指導で何度も練習した。「めったに回ってこない機会。緊張はありません」。裃姿で力を込める伸晃君に、大先輩の吉田さんは「慌てず、無心に務めればいい」とエールを送る。

午前8時すぎ。芦刈山は例年よりも早く四条烏丸に到着し、出発を待った。「少し張りつめた気分です。立派に務めたい」と竹村さんが背筋を伸ばす。
山がゆっくりと進み始めた。西岡君はくじ改めを見事に決める。観客の温かい拍手。「ワッショイ、ワッショイ」。その場でかつぎ上げられた芦刈山が誇らし気げに気勢を上げた。
(文.写真共 京都新聞7/17より)

P2007071700068涙の母「よくやったね」
祇園祭・山鉾巡行 注連縄切り見守り


豪華な懸装品をまとい、車輪の音をきしませながら行く32基の山と鉾。巡行のリズムを取る囃子(はやし)方やお供で歩く町衆の表情が誇らしい。祇園祭は17日の山鉾巡行でクライマックスを迎えた。太刀を抜き、左、右、そしてもう一度左へゆっくりと振る。真上に振りかぶり、一気に下へ。四条通麸屋町に張られた注連縄(しめなわ)が両断され、ゆらりと落ちる。


長刀鉾の稚児岡諄三郎君(8つ)=下京区=が神域への結界を解き放つ「注連縄切り」の大役を果たした。
兄の慶治郎君(12)も3年前に稚児を務めている。前夜「晴れるといいね」とだけ声を掛け、弟は笑顔でうなずいた。明けて巡行本番。兄はお供として鉾の前を歩いた。

四条通の晴れ舞台を母親の靖子さん(45)も見守った。「私も緊張しました。よくやったね、と言ってやりたい」。涙ぐみながら、笑顔がこぼれる。「もう感謝の気持ちでいっぱいです」
(文.写真共 京都新聞7/17より)

P2007071700069歌声晴れやか 気分高らかに
祇園祭・山鉾巡行 同大生、太子山で

豪華な懸装品をまとい、車輪の音をきしませながら行く32基の山と鉾。巡行のリズムを取る囃子(はやし)方やお供で歩く町衆の表情が誇らしい。祇園祭は17日の山鉾巡行でクライマックスを迎えた。同志社大(京都市上京区)のグリークラブ(男声合唱団)の部員が舁(か)き手を務める太子山では巡行の出発前に合唱が披露された。


太子山はかつて担がれて巡行していたが、担ぎ手の減少から山に車輪をつけて押されるようになった。初めて舁き手を募集した1975年にグリークラブが応募し、以後、毎年部員が参加。出発前の合唱は翌年から始まり、恒例となっている。
法被姿の部員22人が午前8時前に山の前に並んだ。宮城県の民謡「斉太郎節」とカレッジソングを歌い上げた。部員の3年辻那由他さん(20)は「町内の人も喜んでくれてうれしかった」。裃姿で聴き入った太子山保存会の会長中野晴男さん(79)は「気分を高めるため、集中を高めるため披露してもらっている。今年も無事巡行を進めたい」と話した。
(文.写真共 京都新聞7/17より)

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