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2007.10.23

●「時代祭」 二題

昨日二十二日晴天の中、時代祭が執り行われました。

今年より尊氏さんも加わる事が出来、まぁ善かった善かった、と。
只、ミヤコ由縁の祭事行列と云う趣旨で在るならば、「日の本国王」義満さんも参加させてあげましょう。
尤も彼は華奢好みにて、予算の程が厳しそうですが…。

P2007102100081「室町」参列、都大路に華  時代祭 秋彩る

京都三大祭りの一つ時代祭が22日、京都市内で催された。1895(明治28)年に始まって以来、空白だった「室町時代列」が新設され、室町の華やかな衣装や音楽が、京都に都が置かれた1100年の風俗を再現する歴史絵巻の行列に華を添えた。

午前9時、平安神宮の祭神を乗せた2基の鳳輦(ほうれん)が、平安神宮(左京区)を京都御所(上京区)に向かった。時代行列には市民2000人が参加し、正午、先頭の「維新勤王隊列」から、平安京に向かう桓武天皇を警護した最後尾の「弓箭(きゅうせん)組列」の順に建礼門前を出発、烏丸通や御池通を通って平安神宮に向かった。
室町時代列の幕府執政列と洛中風俗列の約70人には、熱い視線が注がれた。金襴(きんらん)の衣をまとった馬上の足利将軍をはじめ、軽やかな音楽と風流踊りに、沿道の人たちから拍手が起きた。

時代祭は平安京遷都1100年を記念して始まり、103回目。室町幕府を開いた足利尊氏が「逆賊」と見なされ、室町時代は除外されていた。京都府警によると、沿道では正午現在、1万3000人が見守った。

P2007102200060_2「やっと全時代」足利将軍堂々と  時代祭、室町列新設

金襴(らん)の衣装をまとった馬上の足利将軍や室町時代に流行した風流踊りを再現する町衆。22日にあった時代祭で、鮮やかな紫色の室町の時代名旗が京都御苑(京都市上京区)で初めて揺らめいた。「やっと時代祭と胸を張って言える」。室町幕府の初代将軍・足利尊氏が「逆賊」とされ、祭りが始まって以来、空白だった時代を埋めようと尽力した人たちは感慨を深めた。

朱色の傘を先頭にした洛中風俗列が、京都御苑の玉砂利を踏みしめて進んだ。鉦(かね)と太鼓、笛の音に合わせ、時折、行列の棒振りの男性が長い棒を持って踊り、「サンヤレ、サンヤーレ」と、のどかな掛け声が入った。6月から練習を積んできた深草室町風俗列保存会(伏見区)の前田哲男会長(41)は先頭で列を指揮した。「室町列の登場は初めてのこと。歴史の1ページ」と誇った。
「いつの日か室町時代行列を実現する。考証委員に就く条件です」。1989年、京都大名誉教授の上田正昭さん(80)が、平安神宮の故三條實春宮司(当時)に伝えた。「能に狂言、茶道、華道、名建築に庭園…。源流の室町時代を抜きにして京都の文化は語れない」。そんな思いが強かった。

しかし、行列の新設には心配の種があった。明治末期に「逆賊」とされた尊氏が開いた室町幕府の行列に抵抗感はないか。装束の高額な資金をどうするか。
平安神宮の九條道弘宮司(73)は「時代祭は祭神の桓武天皇と孝明天皇に、今の京都をご覧いただくのが本旨で、行列は両天皇のお供。お供に足利氏がいるのはおかしい」と語る。一方、「各時代の風俗を展覧するという意味では、室町行列があって不思議ではない」と否定はしなかった。
難関は資金集めだった。当初予定していた2005年の新設には間に合わなかった。幕府執政列の予算は約7000万円のみ。足利将軍には甲冑がなく、家来が持つ箱に入れているという設定にした。値が張る甲冑(かっちゅう)を武将すべてにあてがうことができなかったからだ。取りあえず「軽武装」の将軍が歩くことになった。

足利将軍を務めた農業澤田幸和さん(57)=右京区=は「将軍に失礼のないようにしたい」と話し、烏帽子(えぼし)に豪華な衣装をまとって堂々と都大路を進んだ。
(文.写真共京都新聞10/22より)

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