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2007.11.08

●かにかくに祭

「かにかくに 祇園はこひし寝るときも 枕のしたを水のながるる」

今日十一月八日は巽橋白川畔にて「かにかくに祭」。
昭和三十年、吉井勇の古稀祝いとして祇園新橋「大友」跡に歌碑が建てられました。その建立日を選んでの彼を偲ぶ催事、近年では秋.祇園町の風物詩となっています。

因みに歌碑は本鞍馬。惚れ〃する鉄錆色の石面には冒頭の歌が、亦建立有志には志賀直哉.谷崎潤一郎.新村出.堂本印象.湯川秀樹ら錚々たる朋輩の名が刻まれています。

で、吉井勇がどういう人かと申しますと…。
無類の酒好きにて舞妓芸妓オタク。お茶屋に立て籠もるかと思えば宛無くあっちこっち彷徨し、花街色恋沙汰悲喜交々を頽唐的に歌い上げた「外向的なヒッキー」でした。
但し祇園町での遊び方については近松秋江より通じていたと思われます。

真面目なトコロ、祇園にて篭城を決め込んで左褄の情ばかり歌っていたのは若かりし頃の話であって、処女詩集「酒ほがひ」から続く初期作品「祇園歌集」「祇園双紙」の印象が強いのかも知れません。
寧ろ自然山海折々の風情や、歴史上の人物から土地〃の名も無き匠師迄を己が流(所謂「勇調」)に敷衍する歌風が真骨頂と云えるのではないかと。
まぁ近代日本版吟遊詩人とでも申しましょうか。

その他仔細に就いてはグーグル様にでも聞いてみて下さい。

P2007110800100歌人しのび芸舞妓白菊ささげ
東山でかにかくに祭

祇園を愛した歌人吉井勇(1886-1960)をしのぶ「かにかくに祭」が8日、京都市東山区元吉町の白川のほとりで開かれた。吉井勇が詠んだ歌碑に、芸舞妓が白い菊の花をささげた。
吉井勇は文芸誌「スバル」を北原白秋らと発刊したほか、「都をどり」の作詞も手掛けた。晩年は祇園の花街に通い、「かにかくに 祇園はこひし 寝るときも 枕のしたを 水のながるる」の歌を詠んだ。

かにかくに祭は毎年、友人の谷崎潤一郎らが歌碑を建てた日にお茶屋でつくる祇園甲部組合が営んでいる。午前11時すぎに華やかな着物姿の芸舞妓4人が歌碑に献花すると、取り囲んだ観光客らがカメラに収めていた。
(文.写真共 京都新聞11/8より)

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