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2008.05.31

●歳時記.皐月「つごもり」

080531_002此処数日の空模様は宛ら梅雨本番の気配、陰鬱な日々が続いています。
尤も弊亭にとっては「恵みの雨」かも知れませんが…。

遽しい日々の続いた皐月も漸く本日にて晦。
毎月の事乍ら、月末と云うのは意味も無く「ほっ」とするもの、しかも一息つくには「お誂え向き」の雨の土曜日です。
果たして夕間暮の赤坂は行き交う人も疎らにて、久方振りに「のんびり」とした暖簾出しとなりそうです。

尤も霖雨も宵にかけて漸く止み停む気配との事。
「五月雨」も文字通り今日で見納めです。
そんな皐月「つごもり」の砌でした。

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2008.05.30

●「ザ・リバー・オリエンタル」改め

約十ヶ月の休業期間を経て旧「旅館鮒鶴」さんがリニューアル、本日営業再開の運びとなりました。
耐震構造問題→休業→訴訟→勝訴→プラン.ドゥ.シー撤退→店子不在…。
一年程の間に紆余曲折有りましたが、取敢えずドタバタ騒ぎも一段落の様子です。

因みに施設新名称は「FUNATURU KYOTO KAMOGAWA RESORT」。
「鴨川」だけに新たな「船出」と云った所処でしょうか(お後宜しく…)。

先週20日には先行してレセプションも行われたらしいのですが、伺った知人に由ると「そんなむちゃくちゃかわってへんだぇー」との事、ですた。

尚、「ザ・リバー・オリエンタル」関連ログ総まとめは下記にて。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/bamboo-wp1.html

「FUNATURU KYOTO KAMOGAWA RESORT」HPはコチラ。↓
http://funatsuru.com/

P2008053000105楼閣風建物、再オープン
鴨川沿いの「鮒鶴」、結婚式場に

レストラン兼結婚式場「ザ・リバー・オリエンタル」が「耐震構造上の不安」を理由に撤退し、空き家状態になっていた鴨川沿いの老舗料理旅館「鮒鶴」(京都市下京区)が30日夕、ブライダル事業などを手がける大阪市の会社の運営で再オープンする。
建物の耐震構造をめぐり、鮒鶴とザ・リバー・オリエンタルの運営会社(東京都)との間で訴訟に発展していたが、昨年9月の京都地裁判決は「通常時の使用は構造上安全」と認め、鮒鶴側が勝訴した。鮒鶴は今年1月から4月にかけて耐震改修工事を行い、別会社による再オープンにこぎ着けた。
鮒鶴は「京都らしい景観を生かし、より安全性を高めるために工事を実施した。今後も多くの人にかわいがってもらいたい」と再出発を喜ぶ。
新たにオープンする結婚式場は「FUNATSURU KYOTO KAMOGAWA RESORT」。夜間はレストラン営業も行う。
(文.写真共 京都新聞5/30
より)

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2008.05.29

●「だんだん」進行中

今秋九月から放送開始となるNHK連続テレビ小説「だんだん」。
物語の中核となる祇園ロケも順調に進んでいる様です。

ミヤコが主要舞台となる朝ドラは2000年下期の「オードリー」以来、八年振り。
粗筋を見る限り、ヤスナリ翁の「古都」っぽくも。

詳細は同局HP「放送前情報」を参照の事。↓
http://www3.nhk.or.jp/drama/html_news_dandan.html

P2008052800203祇園ロケ よろしゅうに
NHK朝ドラ

9月放送開始のNHK連続テレビ小説「だんだん」のロケが28日、京都市東山区の祇園界わいで始まった。祇園が舞台のドラマで、京舞井上流家元の井上八千代さんをはじめ祇園甲部歌舞会などが全面協力する。

「だんだん」は、生き別れになった双子の姉妹(三倉茉(ま)奈さん、佳奈さん)が島根県と祇園で別々に成長し、再会する物語。
この日は白川南通で、京舞に打ち込む舞妓・夢花役の佳奈さんらが撮影に臨んだ。双子の母役で芸妓という設定の石田ひかりさんと佳奈さんには、井上さんが徹底指導。祇園甲部歌舞会やお茶屋も撮影に協力し、6月末から撮る「都をどり」のシーンでは歌舞練場と衣装を提供する。
ドラマの撮影で祇園甲部歌舞会が全面協力するのは極めて異例で、「偽りのない祇園の姿が全国に伝われば」と期待している。NHKは「祇園は厳しさと温かさが同居しているまち。本当の姿をドラマ化したい」と話している。
(文.写真共 京都新聞5/29
より)

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2008.05.28

●「蛍如す」

疎水辺りから、早や源平宵絵の便りが届きました。
祇園巽橋の白川蛍もそろそろでしょうか。
百五十万都市の町中で蛍狩りが出来るのはミヤコならでは。

因みに表題は「ほのか」に掛かる枕詞にて。

P2008052700174ホタルふわり、光のダンス
左京・琵琶湖疏水

京都市左京区北白川の琵琶湖疏水(そすい)分線で、ホタルの淡い光が初夏を彩っている。ふわりふわりとした黄色い光跡が水面に描かれ、幻想的な光景を浮かび上がらせている。
27日夜も疏水分線沿いに数10匹のホタルが飛び交った。近所の親子やカップルが次々と訪れ「うわー光ってる」「かわいい」と喜びながら、ホタルの動きを眺めた。
美化活動やホタルの保護に取り組む地元の「白川源流と疏水を美しくする会」によると、今年は昨年より3日早い5月15日に飛び始めた。6月初めごろまで見られるといい、会は「マナーを守って楽しんでほしい」と呼びかけている。
(文.写真共 京都新聞5/28
より)

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2008.05.27

●表構え.小満

先週末の愚図ついた五月雨模様も一段落。
打って変わって此処二日は、初夏宛らの五月晴れが続いています。
と云う訳で「打ち水」の宜しい時節となってまいりました。

尤も、今週末のお天気も怪しい雲行きの様ですが…。

080527_001

080527_002手桶と柄杓。

洛中某所で購入、開店時以来の弊亭主戦「取涼」道具。

これから暫くは活躍してもらう事になりそうです。

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2008.05.25

●来月の定休日【水無月】 補足

毎年の事ですが、六月は「祝無月」。祝休日と云うものが有りません。
従いまして、毎年六月は勝手に「祝日」を設ける事にしています。

と云う訳で「来月の定休日.補足」にて。
ズル休みの日、確定しました。

  • 6月  1日日)  定休日
  • 6月  8日日)  定休日    
  • 6月15日日)  定休日
  • 6月22日(日)  定休日
  • 6月23日(月)  ズル休み ←ココです。
  • 6月29日(日)  定休日
  • 御留意の程、宜しくお願い致します。

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    2008.05.24

    ●「赤坂をどり」跋記

    080524_002先達て行われました「赤坂をどり」後記です。

    昨日、組合さんより一包の荷物が届きました。
    中身は手拭と番組表。
    早いものであれからもう半月が過ぎたものです。

    丁度明日はBS‐iにて「をどり」放送の日、余韻に浸りつつテレビ観劇でも致そう哉、と。


    「赤坂をどり手拭文様」に就いては下記参照の事。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/09/post_9ab2.html

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    2008.05.23

    ●「火迺要慎」.五枚目

    扨、弊亭も本日より五年目に入ります。

    とは云うものの、然して目新しい事をするでも有りません。
    今迄と変わらず凡常にお勉めするだけです。
    何せ屋号からして、「竹」だけに「並」なのが肝要かと…。

    080523_001変わった事と云えば…。
    そうそう、神棚横の火伏祀符が一枚増えました。
    連休中に「愛宕さん」に参詣仕り、戴いてきたものです。

    そんな訳にて、引き続き御愛顧宜しくです。

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    ●謝辞 四周年

    謹啓 弊亭も昨日5月22日にて満四年を迎えることが出来ました。

    山も無く谷も無く、只管だらだらとした緩勾配の上り坂だったような気がします。
    今日より五年目、是迄通り分相応にやっていく所存です。

    四年間、何らかの形で幣亭に携わって頂いた皆様に於かれましては、この場をお借りして厚く御礼申し上げると共に、今後とも変わらぬ御愛顧及び御指導御鞭撻を御願い出来れば幸いと存じます。 

    …と、昨年と全く代わり映えしない文言で失礼致しました。酒司敬白。

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    2008.05.22

    ●「宇治新茶」届きました

    080523_002なぁつも ちぃかづ~く 八十~八夜(ヨイヨイ)。

    と云う訳で、遅れ馳せ乍ら事後報告。
    先週末、寺町二条より新茶が届きました。

    因みに今月の御茶請けは「藤野」さんのうさぎ落雁と「緑壽屋」さんのトマト金平糖です。

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    2008.05.21

    ●「モヒート.ミントジュレップ」 始めています

    昨日は営業中の出来事です。

    「ミント関係のカクテルマダー?」

    「連休明けからやってますよ」

    「 だって、未だブログに『始めました』って記事無かったよ」

    「……書くの忘れてました」

    すっかりカキコムノを忘れておりました。
    という訳で、今更なのですが…。
    「モヒート.ミントジュレップ」始めています。

    「モヒート.ミントジュレップ」詳細に就いては下記にて。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/08/post_7841.html

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    2008.05.20

    ●「酒ほがひ」 河原町三条

    此方さんとは未だ二年位のお付き合いですが…。

    切っ掛けは御主人が弊亭にお越し頂いたのが縁でして、以来屡々行き来の間柄。
    私めも帰京の折にはよくお邪魔しています。

    所謂「キョート」的な佇まいとは裏腹に、お店の芸風は意外や「ミヤコ.トーキョー折衷様」の妙味を附いています。
    濃厚過ぎず希薄過ぎず、居心地の良い距離感は良い塩梅にて。
    御主人の飄々とした御人柄も至って宜しいのでは無いかと。

    080520_002
    ・「皇女和宮.江戸降嫁」の年号
    中京区河原町三条上ル 二筋目東入ル

    BAR 文久

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    2008.05.19

    ●大堰川「御船游び」

    大宮人の舟遊地として名高い嵐山.大堰川。
    嵯峨天皇以来歴代多数の御幸があり、宇多上皇御幸の折には「観月宴処」として文献にもその名を残す由緒ある地です。

    そんな家の近所にて、昨日は三舟祭が執り行われました。
    「詩歌」「管絃」「舞楽」、三船の龍頭鷁首が王朝絵巻宛らの優雅な「御船游び」を披露、古には行幸の度にこう云った宴が開かれたことでしょう。

    「観月の名所」とした元来の性格上、宵宮なんぞを行って頂ければ尚興趣もあるのではないか、と。

    P2008051800114新緑の嵐山に平安絵巻よみがえる
    右京・車折神社の三船祭

    平安時代の船遊びを再現する車折神社(京都市右京区)の三船(みふね)祭が18日、嵐山の渡月橋一帯で開かれた。大堰川を渡る船上で雅楽や舞が奉納され、大勢の見物客が、新緑の嵐山を背景によみがえる平安絵巻を楽しんだ。
    898年に宇多上皇が嵐山で行ったことにちなみ、例祭の一環として昭和初めから毎年行っている。車折神社での神事後、装束に身を包んだ神職や稚児ら約60人が牛車などを従えて三条通を練り歩き、嵐山の中ノ島公園で船に乗り込んだ。

    大堰川では、神職が乗る「御座船(ござぶね)」を先頭に、竜や水鳥をかたどった龍頭船(りゅうとうせん)や鷁首船(げきすせん)など21隻が船上で舞や雅楽、扇などの奉納を行い、訪れた人たちは、次々と繰り広げられる優雅な儀式をうっとりと眺めていた。
    (文.写真共 京都新聞5/19
    より)

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    2008.05.18

    ●「深泥池」のこと

    「深泥池」
    ミヤコ洛外は上賀茂北東に位置する湿地状池沼にて。
    池が形成されたのは十四万年以上前、ウルム氷期から残存する水生植物群落が今日に於いても多数生息しており生物生態学的にも貴重な自然遺産。

    そんな学術的見地は扨置、市井民にとっては別の意味にて遍く人口に膾炙しておりますこの深泥池。
    所謂ミヤコ有数の「出る」スポット、「清滝トンネル」「将軍塚」「宝ヶ池」と並ぶ心霊名所でもあります。

    と云う訳で下記書籍、早速アマゾンにて購入。
    先程手元に届いた次第でして。

    P2008051300022深泥池“百科”出版
    京滋の研究者ら69人執筆

    国の天然記念物に指定されている深泥池(京都市北区)の生き物や植物、歴史文化を網羅した本「深泥池の自然と暮らし」がこのほど、出版された。京都、滋賀の研究者ら69人が執筆した。深泥池百科ともいえる内容で、池の保全に向けての提言も盛り込んだ。
    川那部浩哉・滋賀県立琵琶湖博物館館長ら研究者7人が中心となって編集した。

    本では、池は氷河期から残る手つかずの自然というイメージを否定。平安時代以降の人間活動が現在の池を形作ってきたとした。
    例えば、貧栄養を好むミズゴケの湿原が維持されてきたのは▽名物のジュンサイ採りが栄養物を池から取り除くことになり、水質の富栄養化を防いだ▽池をかんがいに利用していたので底の泥が流れ出し、浅場を好むヨシが侵入できなかった-など人間の営みが関係しているという。

    しかし、天然記念物に指定されて人の手が入らなくなったことに加え、近年は周辺開発が池の環境悪化を招いた。ミズゴケの枯死やヨシの侵入、ブラックバスなど外来種の繁殖などが問題になっているという。水質保全に向け、池周辺の森林も含めた集水域の管理が必要と指摘した。
    編集メンバーの竹門康弘・京都大防災研究所准教授は「希少生物が次々と発見され、調べれば調べるほどすごい池だ。里山と同じように活用しながらの保全を検討する必要がある」と話している。
    B5判、247ページ。本体価格3000円。問い合わせはサンライズ出版TEL0749(22)0627。

    ■深泥池(みどろがいけ) 京都市北区上賀茂深泥池町にある周囲約1・5キロ、面積約9ヘクタールの池。成立は14万年前の氷河期にさかのぼり、ホロムイソウなど寒冷植物や高山にみられるミズゴケ湿原「浮島」がある。1927年に植物群が国の天然記念物に指定され、88年には生物群全体に指定が拡大された。
    (文.写真共 京都新聞5/13より)

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    2008.05.17

    ●来月の定休日【水無月】

    • 6月  1日日)  定休日
    • 6月  8日日)  定休日    
    • 6月15日日)  定休日
    • 6月22日(日)  定休日
    • 6月29日(日)  定休日

    • +何処かで一日ズル休み(近日決定します)

    以上です。宜しくお願い致します。

     

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    2008.05.16

    ●賀茂の祭り

    斎王代発表から御禊儀、歩射神事、賀茂競馬、御蔭祭…。
    約一ヶ月の前儀を経て、昨日が本祭でした。
    と云う訳で、今年の「賀茂祭」二題。

    天候も五月晴れ、祭日和も宜しく神事恙無く執り行われた様子です。

    P2008051500092新緑の都大路に源氏絵巻
    葵祭

    千年紀を迎えた源氏物語にも描かれた葵祭が15日、京都市内で繰り広げられた。フタバアオイを挿し、王朝装束に身を包んだ約500人の行列が、平安時代の優雅な雰囲気を醸し、新緑映える都大路を進んだ。
    京都三大祭りの一つで、上賀茂、下鴨両神社の例祭。正式には賀茂祭といい、起源は1400年前にさかのぼる。源氏物語では、車争いの場面が有名。道中の行列は「路頭の儀」、両神社での神事は「社頭の儀」と呼ばれる。

    午前10時半、初夏の陽気の中を、本列(近衛使代列)が玉砂利を踏みしめて京都御所(京都市上京区)を出た。狩衣(かりぎぬ)姿の肝煎(きもいり)を先頭に、紅色の水干(すいかん)姿の牛童(うしわらわ)が綱を引く牛車(ぎっしゃ)が車輪をきしませて進んだ。
    斎王代列(女人列)が続いた。あでやかな十二単(ひとえ)をまとったヒロインの斎王代が乗った腰輿(およよ)が近づくと、沿道を埋めた2万6800人(午前11時、京都府警調べ)が見つめた。
    (文.写真共 京都新聞5/15より)

    P2008051500123新調の十二単晴れやか
    葵祭 左京・喜多川さん作
    紅梅色の唐衣(からぎぬ)が陽光に映えた。葵祭のヒロイン斎王代がまとう十二単(ひとえ)が今年、25年ぶりに新調された。人間国宝の有職(ゆうそく)織物作家・喜多川俵二さん(72)=京都市左京区=が、亡父に続いて装束を手掛けた。「責任を果たせた。天国の父にも喜んでほしい」。15日午後、25年前に父が祭りを見詰めた北区の加茂街道で、斎王代の姿を追う。

    1956年、斎王代列が復活した時、父親の故平朗さんが源氏物語絵巻を参考に斎王代の装束をつくった。妻を亡くして気落ちしていた平朗さんを元気づけようと、家族が装束の再制作を勧め、喜多川さんも手伝って、83年に完成した。「斎王代の装束は家族にとって意味深く、大切なものです」と思い入れが強い。
    今回は1人で唐衣と表着を仕上げた。「自分が全責任を負うわけですから、重みが全然違います」。手本は父親がつくった装束。長年の使用で色が焼けた部分は、当初の色に戻すよう心掛けた。

    この日朝、斎王代の村田紫帆さん(25)=東山区=は新しい装束を着けて「身が引き締まる思いです」と緊張気味に話した。
    大役に決まってから1カ月余り、「うれしさと不安」を抱きつつ、斎王代のことばかりを考えてこの日を待ち続けた。知り合いからは祝福され、4日の「御禊(みそぎ)の儀」で斎王代に寄せられる視線を肌で感じた。
    「思った以上に注目されて戸惑いますが、いい経験です。やるしかないです」。きりりとした表情で腰輿(およよ)に乗り込んだ。
    (文.写真共 京都新聞5/15より)

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    2008.05.15

    ●「をどり」の余情

    去る5月9日に行われました、「第49回赤坂をどり」がTV放送されます。
    当日の公演を見逃された方は必見、もう一度御覧になりたい方も是非是非。
    一時間の放送枠なので、三幕全て収められていそうです。
    詳細は下記の通り。

    A10o_3日時:2008年5月25日(日)
         16時~16時54分

    放送局:BS-i(BSデジタル6ch)

    演目:「赤坂の寿」「艶姿道成寺」「赤坂の四季」

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    ●「愛宕詣」傾向と対策

    先日帰京の後日談(最近こればっかですが…)。

    「東の比叡」と並び称される「西の霊峰」愛宕さん。
    その頂、標高924mのミヤコ最高峰にて鎮座おはせまするのが京都.愛宕神社。
    遷都以降は王城鎮護の守護神として、亦現在に於いては火伏神として崇敬を受ける同社は全国八百余、愛宕社の総本社です。

    私め、現在トーキョー在住の身でして、流石に「月参り」とは行きませんが「火迺要慎」の祀符を戴きに年に一度は詣でております。
    と云う訳で、以下は先日五月四日「愛宕詣」の登頂記。
    愛宕さんに参られる際は登山計画の考材にでもして下さい。

    幾つか有る参拝ルートのうち、今回御紹介するのは一番オーソドックスな「清滝からの表参道コース」です。
    因みに標識なぞでは「山頂まで約二時間」と記されていますが、四十男が休憩せずに登頂して、所要時間約一時間程である事を参考迄に。

    0508_032【写真右】奥嵯峨鳥居元、一の鳥居。
    旧来は此処より50丁(5454m)の道程が愛宕詣。

    【写真左】試峠の幽霊トンネル。
    深泥池と並び、ミヤコの「出る」心霊名所です。

    1_2
    080503_012【写真左】清滝の表参道登山口。
    此処より40丁(4.2km)を数えて山頂となります。
    080503_048【写真右】五分程歩くと3丁目、「お助け水」到着。
    尤も水を欲するには少々早過ぎますが…。

    0508_054_3
    【写真左.中】暫くはコンクリートや矩形石で舗装された山道が続きます。
    足場も良く、勾配も程々にて快適な登山道。
    080503_023【写真右】5丁目、少し視界が広がった所処にある民家跡地。
    この辺りから本格的に「山登り」開始と云った心持ちに。

    7
    080503_0207丁目位からの参道は、自然石組や丸太組みの不定形な足場に。
    この後20丁目位迄は急勾配、厳しい登り道が続きます。

    12080503_01812丁目(三合目)に最初の休憩小屋。
    山頂本宮迄あと2.9km。
    休みたいのは山々ですが、此処は我慢して登山を続けるべし。

    因みに鳥居本からの換算では、此処が丁度行程の半分です。

    20
    080503_044漸く20丁目(五合目)に到着。休憩処脇には大杉大神。
    愛宕登山の難所は是にて一旦終了。

         -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

    取敢えず愛宕山参道で急勾配が続くのは此処迄です。
    御老身.婦女子以外の方々(所謂成人男性)なら、この辺りまでは我慢して休憩せずに登りましょう。そうすると後々の行程が大分楽になります。
    休憩を入れるのが一度なら27丁目小屋。二度なら20丁目と30丁目が最適かと。

    序で云う迄も無く、下山の際は此処よりの下りが足突き八丁。
    登下山の疲労蓄積に加え、足場の悪さが追い討ちをかけるので御留意を。

         -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

    22
    此処からは一転、比較的優しい参道。
    平坦道→緩勾配の繰り返しが四~五回続きます。

    30
    080503_041【写真左】27丁目(七合目)の休憩小屋。
    落語噺でも有名な「愛宕山(かわらけ投げ)」の旧跡です。
    【写真右】此処は山道中で最も見晴らしの良い処。山頂本宮迄あと1.6km。

    34
    080503_034【写真左】30丁目水尾別れ。
    三又の道を右に登ると山頂、左に下ると水尾の里です。
    当日は小雨模様もあって、この辺りから急に濃霧となりました。

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    真夏以外の登頂の場合、この辺から長袖の着用が必要となります。
    参道も比較的緩勾配が続き、汗も引いてくる所処で薄ら冷え込んできます。
    1000m未満の山と侮る事無かれ、下界と山頂の温度差は10℃程あるので御注意。
    尚、冬場に於いてはこの辺りより山道が氷結しており、アイゼン必携。

         -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

    36080503_019

    32丁目、近年迄「火伏せの樒」が売られていたハナ売場跡。

    何時も此処迄登ると「ほっ」と一息。
    ここら辺りまで来ると先が見えてきます。
    山頂本宮迄あと1.1km、ラストスパート。

    37
    080503_01734丁目。ハナ売場跡から暫くした所処。
    階段が切石組から丸太組に変わります。
    080503_00636丁目。横転した大杉が参道頭上を横切っています。。
    何時からか覚えていませんが、大分昔からずーっとこのまま。 

    39
    080503_02939丁目。黒門が見えてくれば山頂はもう目の前。
    因みにこの山門、明治の神仏分離令に由り破棄された白雲寺の遺構です。

    40
    080503_02840丁目。愈々神社境内に入って来ました。
    左手には社務所が伺えます。

    0508_027
    【写真左】最後の試練、本宮迄続く石畳階段。
    【写真右】銅板巻の鉄鳥居が見えてきました。あと百数十段で到着です。

    0508_028_2漸く愛宕神社本宮到着。
    此方で宮司さんから「火迺要慎祀符」(御守や樒も)を戴きます。

    当日は生憎の小雨模様にて足場も不安定の為、登山タイムは58分。
    残念ながら自己更新はなりませんでした。


    関連過去ログは下記にて。
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/05/post_dcfe.html
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/05/post_7d15.html
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/05/9_dc84.html

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    2008.05.14

    ●「有頂天家族」トレイル 後篇

    前述記事の続きにて、「有頂天家族」トレイル後篇。
    【下鴨~出町柳界隈】篇です。

    022
    【写真左.中】下鴨神社「糺の森」二写。
    云う迄も無く下鴨一家の居住地。結構広いので塒の確認迄は出来ませんでした。
    【写真右】は御手洗川。矢四郎がラムネを飲みながら夕涼みしたり、矢三郎が母に蹴り込まれたりする所処です。

    077
    作品中、頻繁に登場する出町柳商店街(桝形商店街)。
    糺の森からは徒歩十分位です。

    025『出町柳商店街の裏』路地を散策。

    商店街中には二筋の小路が縦断しており、天狗先生の住んでおられる「コーポ桝形」はこの何れかの近辺だと思われます。
    残念ながら木造二階建てのボロアパートは探し出せませんでした。


    026『出町柳商店街を通り抜け寺町通りに出た所』に在る蕎麦屋さん。
    矢三郎が金閣銀閣の謀略により捕獲された「竹林亭」のモデルだと思われます。

    丁度小腹も空いており、折角なので此処で昼餉とする事に。件の玉子飯は無かったものの、親子丼を頂きました。

    027_2
    【写真右】蕎麦屋を出て寺町通りを北に望む。
    矢一郎が人力車を疾走させ、天狗先生を風呂屋に連れて行く道筋でもあります。
    【写真左】は該当のお風呂屋さん「鞍馬湯」。
    入ろうか迷ったのですが、湯船で虎と狸が喧嘩していても嫌なので止める事に。
    立地距離的にも、此処は百%間違いの無い所処です。

    と、以上まぁこんな感じでした。
    特に意味の無い企画だったのですが、其也に阿呆らしく楽しいもので。
    差し詰め「面白きことは良きことなり」と云う事で。擱筆。

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    ●「有頂天家族」トレイル 中篇

    前述記事の続きにて。
    「有頂天家族」トレイル中篇、【岡崎~丸太町今出川周辺】篇です。

    010_2
    冷泉通りより「夷川発電所」三写。
    雨中「鴨虎」と化した矢一郎が、金閣銀閣を疎水に放り込んだのはこの辺です。
    【写真右】の岬先には「北やん」こと北垣国道知事の銅像が。

    此処発電所周辺で、今企画の中でも最も困難であろう「偽電気ブラン工場」を探す事と致しました。
    夷川家統括、秘密工場捜索の建造物条件は以下の通り。
     ①「左京区聖護院蓮華蔵町」内で
     ②其也に薄汚れた建物で三階建て、
     ③「三階から冷泉通の桜並木」と、
     ④「同、夷川ダムと疎水事務所」も見下ろせる場所。

    是等、該当条件を全てクリアした物件が一軒だけ有りました。
    http://map.livedoor.com/map/scroll?MAP=E135.46.43.4N35.0.47.2&ZM=12

    015
    発電所北側、聖護院保育園の西側に佇むこの建物。
    「左京消防団 川東分団器具庫」と云う表示看板も何やら胡散臭く感じられます。
    そう云えば偽電気ブラン開発者の甘木氏も旧京都中央電話局職員、上記建物も京都市消防局庶務課主管。
    所管部課は違えど、同じお役所の管轄物件と云うのも尚更アヤシイものです。

    中に入ろうとしたのですが生憎閉まっており、内部捜索は已む無く断念。
    この辺迄来ると、周りにいる人々が皆狸に見えてくるものです。

    028
    丸太町東山は熊野神社。
    『玉垣で覆われた神社西側の町内』に在る「魔王杉」へ。
    町内一通り散策したのですが「これは」と云う古木が特定出来ませんでした。
    【写真右】が一番其れらしかったので挙げておきます。

    018_2
    『賀茂大橋西詰にある一階がカフェのビル』の玉突き場へ。
    カフェは営業中も、ビリヤード場は如何やら閉店してしまった様です。
    「黒服の王子」は何処で玉突きをしているのでしょう。

    取敢えずはこんな所処。
    続きは「有頂天家族」トレイル後篇、【下鴨~出町柳界隈】篇へ。
    TO BE CONTINUED 。

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    2008.05.13

    ●「有頂天家族」トレイル 前篇

    先日帰京の後日談。

    私め、日帰り(水泥棒)を含めまして、月に一~二度は上洛しております。
    従いまして、地元に戻ったと云って今更「京都観光」をする訳でも有りません。
    自転車で洛中洛外をぶらぶらしたり、御所や加茂の河原で「呆ーっ」としたり…。

    然乍ら、余りに無作為に過ごすのも勿体無いものにて一計を案じる事に。
    以前【書架彼是】でも紹介した森見登美彦氏著「有頂天家族」の作品中に出て来る現場巡りなぞを思い立ったのでありました。
    名付けて「偽電気ブラン工場を捜せ!!」ミヤコ捜索ツアー。

    例に由って興味の無い方には何のこっちゃら「意味不明」だとは思いますが、まぁコレも「阿呆の血の成せる業」でしょうか。

    と云う訳で「有頂天家族」トレイル、先ずは【三条~四条界隈】篇です。

    058
    【写真左】最初に訪れた先は烏丸西入ル「六角堂」、通称六角さん。
    【写真中】が「へそ石様」。何処から如何見ても「フツー」の石です。
    流石名うての古狸、尻尾を出す気配は有りません。
    【写真右】境内より烏丸方面を望む、恐らく「洛天会ビル」だと思われます。
    但し屋上に桜の木は確認出来ませんでした。

    004続いては扇屋さん、「西崎源右衛門商店」へ。
    弁天さんが「風神雷神の扇」を修理に出し、矢三郎が「薬師坊の奥座敷」を借りに行ったお店です。
    『三条高倉を少し上がったひっそりとした町中』
    に所在との記述でしたので写真の辺りだと思われますが、残念ながら暖簾の確認は出来ませんでした。

    0508_010_2
    0508_012_2東に進み寺町三条へ。上記二写は周辺写真。

    件のBAR、「朱硝子」はこの界隈地下一階に所在。
    昼間はカフェにて営業している筈ですが、其れらしき店は発見出来ません。
    【写真左】の辺りが怪しい感じです…。

    折角「赤割り」でも飲もうと思っていたのですが。

    0508_005 
    先斗町へ移動、「夜は短し歩けよ乙女」でも御馴染みの「千歳屋」を探す事に。
    『歌舞伎練場近くに有る喫茶店の正面、鴨川沿い』の記述からすると、【写真右】の辺りが該当地です。
    真っ昼間と云う事もあってか、「金曜倶楽部」らしき面々とは遭遇しませんでした。

    006

    少し計り南下、『四条木屋町を下って五分程、鳥彌三の並び』に有る「仙酔楼」へ。
    上掲写真辺りの筈なのですが、矢張り暖簾の確認は出来ませんでした。
    よく考えてみると、赤玉先生が「風神雷神の扇」で吹き飛ばしてしまった後の事。
    再建されずに駐車場【写真左】になってしまったのかも知れません。

    008
    引き続き建仁寺南へ移動、六道珍皇寺へ。
    蛙と化した次男矢二郎が棲処としている「古井戸」は本堂の奥です。
    残念ながら本堂は拝観不可、板戸越しでしか伺う事が出来ませんでした。
    尤も狸なら入り込めそうです。


    取敢えずはこんな所処。
    続きは「有頂天家族」トレイル中篇、【岡崎~丸太町今出川周辺】篇へ。
    TO BE CONTINUED 。

    関連過去ログはコチラ。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/10/post_fa14.html

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    ●「賀茂祭」 前儀其の四

    昨日は下鴨さんで御蔭祭が執り行われました。
    賀茂祭最後の前儀にて、後は明後日の本祭を迎えるのみ。
    祭列道中、御清泰の趣お祈り申し上げます。

    「賀茂祭」関連過去ログは下記にて。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/05/post_c0f6.html

    P2008051200146新緑のもと 御蔭祭
    優雅に舞い披露

    葵祭の前儀に当たる御蔭祭(みかげまつり)が12日、京都市左京区の下鴨神社などで営まれた。神職や氏子ら約120人の行列が下鴨中通を進み、境内では「東游(あずまあそび)」が優雅に舞われた。
    御蔭祭は、御蔭神社(左京区上高野)に降りた荒御魂(あらみたま)を迎える重要な神事。
    この日、荒御魂をいただいた行列は摂社の赤の宮神社(同区高野)へ立ち寄った後、下鴨中通を練り歩いた。今年から、皇族が使った馬車が日本馬事協会を通じて貸し出され、沿道の注目を集めていた。

    境内では切芝(きりしば)神事があり、荒御魂をもてなす「東游」が新緑まぶしい糺の森で披露された。古代歌謡に合わせて6人の舞人(まいびと)がゆったりと体を動かし、観客を典雅な世界へと引き込んだ。
    (文.写真共 京都新聞5/12より)

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    2008.05.12

    ●「鴨川条例」是非

    去る四月一日より施行された「鴨川条例」の余波一題。
    鴨川夏の風物詩「納涼床」に行政により規制が入るかも、との事です。

    景観を損ねる各種建造物や広告を規制排除する目的で新たに制定された京都府.市の各種条例、その骨子「そのもの」は評価出来るのではないかと思います。
    然し他法令同様、条例と云うものが一文一句の文面だけで論じられては「仏創って魂入れず」、其れも亦「悪法」と成り得ません。

    昨秋施行された「景観条例」にしてもそうですが、結果「都をどり」花見小路門の飾り付けや、高野川の「鯉のぼり渡し」なぞ、時節の風物として市井民にも一定認知されていた風景の変更.撤収を余儀無くされています。
    しかもその理由は「けばけばしいから」との事、明文化された「条例」の効力を発生させるには、余りにも人(お役人)の主観に由るものです。

    「19.9mは良くて20mは駄目」「朱色は良くて桃色は駄目」
    確かに景観(風情.情緒)の保全に関して、文面規定で線引きするのが難しいのも亦事実です。尤もそこら辺は施行側の「見識の見せ所処」なのですが…。
    但しミヤコ行政の「すっとこどっこい」振りは過去数多目を覆うものが有り、御世辞にも「有能」とは云い難いものです。

    まぁ各種新条例は制定.改正された計り、もう暫くは府政市政の御手並み拝見と。

    関連過去ログはコチラ。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/09/j_e240.html

    P2008050900095鴨川の「納涼床」どう変わる
    府、今夏に審査基準

    京都らしい夏の風情を漂わせる鴨川の「納涼床」が、景観への配慮を促す京都府鴨川条例の4月施行に伴い、大きな転換期を迎えている。府は、納涼床が出そろう6月の実態調査を踏まえ、納涼床の審査基準を決定する方針を打ち出した。床の高さや柱の色などが具体的にどう規制されるのか、関係者は気をもんでいる。

    納涼床の設置をめぐっては、鴨川が現在の形状になった1952年に床の高さや張り出しなどの見本を示した「許可標準」が作成されたが、「あくまで標準にすぎず、個別のチェックが甘かった」(府河川課)という。
    近年は、納涼床の増加や営業形態の多様化などで、床を支える柱の形状が店ごとにばらばらだったり、隣接する店の床の高低差が目立つなど、景観上の統一感が失われてきたとされている。
    今回の府条例は、納涼床設置に関する審査基準について「鴨川の良好な景観形成に配慮して定める」と規定した。これに基づいて設置に必要な占用申請を許可する。
    施行に先立ち府は2006年10月に京都市や京都鴨川納涼床協同組合、学識経験者を交えた「鴨川納涼床検討懇話会」を設置。床の高低差や柱の構造、色などが、対岸からの景観に配慮したものとなるよう議論してきた。

    府河川課は「今まで景観の視点に立った規制はなく、大きく見直しを迫られる店もあるかもしれない」としており、今夏には鴨川条例に基づく審査基準を示す方針。
    京都鴨川納涼床協同組合の久保明彦理事長は「府がどういう指示を出すかを黙って待つだけ。観光都市の景観を担っているという発想で指示を誠実に受け止め、前向きに対応したい」と話している。
    (文.写真共 京都新聞5/9より)

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    2008.05.11

    ●「アマンニワ」を捜せ

    引き続きホテルネタ、先日帰京の後日談にて。

    「Aman resorts 」
    云わずもがな、世界中のアッパー層ホテルユーザーからそのホスピタリティを絶賛されている、国際的なリゾートホテルグループです。
    その「アマン」の日本初進出地が「京都」と発表されたのは2006年秋頃の事でした。

    尤も例に由っての完全極秘主義、用地の選定.測量から買収迄内々裡に進められていたのですが、当の開業予定年(今年)になっても何の音沙汰もアリマセン。
    進展らしき事と云えば、名称が「アマンニワ」と決まった位です。
    扨果、その進捗具合は如何なものなのか…。

    と云う訳で勝手に「アマン建設予定地見学ツアー」を決行する事に致しました。
    取敢えずは建設予定地の選定から。
    京都と云っても「程々」に広いもので、どこら辺に建てるのかと云うと…。

    「京都市北区鷹ヶ峰周辺.金閣寺より北西約1キロ 」
    プレスリリースで参考に為り得る情報は上記のみですが、其処は(旧)地元民の強み、建設可能な地域の見当は大体付くものです。
    更にはトーキョー、ミヤコ各々にて諸事情精通の方々に伺った所処、建設候補地は下記の辺りに絞り込めました。
    http://map.livedoor.com/map/scroll?MAP=E135.43.57.1N35.2.47.3&ZM=9

    要するに左大文字の裏手、「しょうざん」左横らへんの山峡地。
    まぁ「百聞は一見に如かず」、先ずは行ってみる事に。

    080507_004_2
    写真左。円町より西大路通を一路北へ。中央奥には左大文字が窺えます。
    写真右。北大路を越え、更に北上すると鏡石通入り口に「しょうざん」の案内板。
    この辺りは未だ住宅地、此処より左大文字山沿いに奥へ向かいます。

    080507_003
    鏡石通沿いに幾つか有る、左大文字山への侵入通道。
    それっ「ぽい」気配はするものの、ホテル建設中の様子は有りません。

    080507_005更に鏡石通を道なりに進行。
    「しょうざん」西門を通過して暫くすると、左手に旧松山織物邸宅(?だった様な…うろ覚えです)が見えてきます。

    実は、一番「うさん臭い」と目星を付けていたのが此処でした。

    080507_007
    胸踊り正面玄関に到着したものの、正門は閉じられたままで中を窺い知る事は出来ません。
    尤も機材搬入はおろか、工事の物音一つしていませんでしたが…。

    080507_018
    邸宅跡をもう少し北上した所処。
    山間秘境のリゾート地、と云うコンセプトに合っているかは兎も角、長閑な鄙風景。
    更に紙屋川沿いに進むと吟松寺です。

    080507_008_2
    鏡石通より左大文字山鷲峰を望む。
    開業の暁には「アマン山」とでも呼ばれるのでしょうか。

    で、視察結果に就いてですが…。
    結局は敷設現場はおろかアマンの「ア」の字も見当たりませんでした。
    本当にこの周辺で不安になる位です。
    尤もアマンが当初の発表通りに竣工する事の方が稀なもの。
    今年から着工して二、三年後に開業すると考えるのが賢明かも知れません。

    序で、アマンがミヤコにホテル建設を決定した別の要因として「2008.SUMMIT」が京都で開かれるのを見越して、と云う噂も有りました。
    然し周知の通りサミットは洞爺湖に持っていかれたので、従い急いで建設する必要が無くなった、とも云われています。

    それと重要な事項がもう一つ。
    この地域は京都市 都市計画局 風致保全課により「近景デザイン保全区域」及び「眺望空間保全区域」指定されている事です。
    昨秋の新.景観条例施行により、建造物規制は更に厳しくなっており、アマンがこのハードルを超えらるのかも関心の集まる所処でしょう。

    Top
    何れにせよ、こんな設置看板を期待した私が莫迦でした…。

    「アマンニワ」最新情報はコチラ。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/07/post_1861.html

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    ●シンガポール「スリリング」

    世界中至る所処で至る業界が再編成加速する昨今。
    ホテル業界もその例外では無さそうで、夙に知られた名門「ラッフルズホテル」もこの度所有者が変わるそうです。

    一見、幣ブログとは余り関係なさげなネタですが、幣亭生業も一応「BAR」なるもの。
    「ラッフルズ.スリング」の誼で掲載しておきます。

    2008050823429041n 名門ラッフルズホテル、欧州の個人投資家に売却へ
    【シンガポール=実森出】
    シンガポールの名門ホテル、ラッフルズホテルが欧州の個人投資家に売却されることが8日、明らかになった。

    シンガポールの地元紙ビジネス・タイムズが伝えた。

    売却価格は6億5000万シンガポール・ドル(約494億円)前後で、仮契約した段階という。買った人物の名前は明らかにされていない。
    ラッフルズホテルは1887年の開業。2005年、他の系列ホテルとともに米投資会社コロニー・キャピタルに17億シンガポール・ドル(約1300億円)で売却され、現在は中東の投資家が筆頭株主。同国を代表する観光スポットにもなっており、カクテル「シンガポールスリング」がバーの看板メニューとして知られる。
    (2008年5月8日15時01分  読売新聞)

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    2008.05.10

    ●祭りの後

    赤坂芸妓衆の演舞御披露目「赤坂をどり」。
    地元赤坂での初開催となった49回目の公演も、昨日恙無く幕引きとなりました。

    と云う訳で弊亭の「赤坂をどり.室礼」も昨日で設え納めです。

    02027_004

    080510_001
    ポスターなぞを一枚一枚片付けながら思いつつ。
    矢張り「祭りの後」の風景は、一抹の寂しさを禁じ得ません。
    中には三ヶ月程貼設していたものもあり、一度に無くなるとひっそりとするもの。
    昨日戴いた番組表だけは、「宴の名残」として暫く亭内に置いておきます。

    赤坂佳人皆々様方、今年もお疲れ様でした。

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    2008.05.09

    ●第49回「赤坂をどり」

    本日はお昼間より「第49回 赤坂をどり」第一部にお邪魔してきました。

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    今回は新装成った「赤坂ACTシアター」での公演です。
    席数約一二〇〇の大バコ、果たして演舞会には如何かと懸念していたのですが流石最新設備の劇場、思っていたよりも舞台の見易い造りでした。
    座席も結構前の良いを所処を戴き、有難い事です。

    番組は三幕構成、休憩二回を挟んで約一時間半程の公演でした。

    第一幕は「赤坂の寿」。
    開演に相応しく、「ハレの日」の御目出度い演目。
    筋立ては静々と進みますが、中程から演舞高まり鈴太鼓にて結びとなります。
    短い演目の中、乙張りの効いた内容でした。

    第二幕は「艶姿道成寺」。
    云わずと知れた「道成寺」モノ、花笠.手拭い.鞨鼓…様々な娘踊りは見所処満載。
    文字通り赤坂衆の「艶姿」でした。

    第三幕は「赤坂の四季」四景。
    御当地四季折々の風物を舞踊に織り交ぜた「季節絵巻」、花街定番モノです。
    鏡を使った面白い試みもされており、宛ら「現代風.白障子影絵舞」の態。

    大酉の総踊りは勿論「赤坂をどりの唄」、総勢十四名の扇舞です。
    花の舞台は~赤坂をどり~♪
    お囃子調の楽曲に乗って、踊りは「威勢良く」「華やか」に。
    黒の衣裳に綺羅な襦袢と帯のコントラストが、更に「派手やかさ」の色を添えます。
    観客席も気色満面、赤坂真骨頂と云った感でしょうか。流石。
    最後は料亭女将方々の御挨拶の後、お江戸宜しく三本締めにて閉幕でした。


    此処半月計りで五回目の「をどり」観劇、然もミヤコの「をどり」計りを観ていたもので「あづま」での舞踊観劇は半年振りです。
    そんな訳合いも有って哉、江戸舞は歌舞伎色が強いものだと改めて実感したのでもありました。

    以上、「赤坂をどり」観劇記はこんなものにて。
    昨年の「赤坂をどり」に就いてはコチラ。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/09/post_3481.html
    尚、関連過去ログは大杉ますので、興味の有る方は【カテゴリー Ⅹ.花街彼是】を気長にリドーロして下さい。

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    ●立夏の観櫻

    連休帰京の後日談。
    五月四日、毎年恒例愛宕詣でに出掛けた際の事です。

    標高924mの頂きに鎮座おはせまする愛宕さん。
    本宮迄は四キロ強、決して平坦な参道では有りませんが、行程が峭峻な分「御褒美」も大きかったりするものです。

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    登頂後、山祠の宮には見事な櫻の咲きっぷり。
    濃霧に咲き誇る様は正に「霊験」哉て。

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    淡紅色、純白色、濃紅色…、色取り取りの山桜。
    立夏の頃にも関わらず、櫻を愛でるのも是亦「贅沢」と云うもの。
    然も未だ七分咲き程、もう暫く見頃は続きそうです。

    と云う訳で、登山の疲れも和らぐ鄙都「初夏の雅趣」でした。

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    2008.05.08

    ●「ザ・リバー・オリエンタル」近況報告

    昨夏に閉店されて以来、音沙汰の無い「ザ.リバー.オリエンタル」に就いて。
    現状視察を兼ねて、今回帰京最終日.東下の折にちょっくら覗いて来ました。
    リポート日及び写真は五月七日お昼のものです。

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    左は鴨川沿いより。
    床の準備もすっかり整っています。
    整備も行き届いており、何時でも営業再開出来そうな気配。
    スーツ姿の男性が二、三名で何やら会合中、何やら商談ぽい様子にて。

    右は木屋町沿いより表構え。
    「リバーオリエンタル」所縁の装飾はすっかり撤去され、新たに手が加えられています。
    建物中では何か工事らしき事が行われておりました。
    若しかして、何らかの形態で営業再開されるのでしょうか。
    鮒鶴さんが自力で再建されるのか、端亦新たな借り手が見つかったのか…。

    私めの勘として、ブライダルのみの式会場として再開するのでは、と云う予想です。
    以上、こんな所処でした。

    関連過去ログはコチラ。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/10/post_f1a7.html

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    ●「赤坂をどり」前日

    愈々明日は「赤坂をどり」です。

    ミヤコの「をどり」とは違いまして一日のみの公演にて。
    諸事情致し方御座いませんが、開催されるだけでも嬉しく思えるものです。
    観劇される方居られましたら、是非とも番組表覗いて下さいませ。
    私めも第一部に御邪魔致しませる。

    待ちに待った御膝元の「をどり」、いゃあ楽しみ楽しみ。

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    2008.05.07

    ●「鴨川をどり」届きました

    えー、先程帰東致しまして只今仕事中。
    ゴールデンウィークも「@」云う間、本日よりフツーに営業です。

    と云う事で遅まき乍ら、今年の「鴨川をどり」ポスターが届きました。
    厳密には戴いたものを、直に「持って帰って」きたのですが…。

    080507_020
    今日より軒下格子に添貼しておりまする。
    左側の小っさいのは「賀茂祭」にて。

    「鴨川をどり」観劇記は下記にて。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/05/post_2867.html

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    ●【五月六日】昨日の出来事

    10:00 起床 朝餉
    11:00 鷹が峰周辺ツーリング
    12:30 梨木さん着 水泥棒
    13:30  珈琲休憩
    14:00  歌舞練場着 「鴨川をどり」観劇
    16:00 御所で休憩
    16:30 飲み屋1(食前酒) ←間之町二条    
    18:00  錦にて「豆腐的」対談
    18:30 夕餉 件 飲み屋2 ←木屋町二条
    20:00 今日は早期撤退帰宿

    以上、明日は仕事なので寝る。

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    2008.05.06

    ●立夏の「をどり」

    今日はミヤコ「春の花街演舞會」第四弾、「鴨川をどり」観劇にて。

    公演時期が大型連休に被る事もあり、比較的よくお邪魔しています。
    尚余談ですが、今年初舞台の舞妓さんは東京神楽坂のお師匠さん出との事、その辺もちと気を使って観てまいりました。
    今年の演目は以下の通りです。

    Kamogawa_img01_2第一部「ばさら姫」は例に由って台詞付の創作演舞劇。
    レビュー的で可也解り易い舞踊の部類、初めて見る方でも少し早めに入場されて番組表の粗筋を読んでおけば大丈夫でしょう。
    台本的には、筋書き半ばで終わった感なのが少し残念。

    第二部は創作舞踊「菓子可笑し」五景。
    演題通り「御菓子」ネタ四題の後、締括りの総踊りです。
    藤花飾りが撓揺れる舞台での舞芸妓勢揃いの様は初夏らしい華やかさ。幕間取りの後にて「見せ方」もお上手です。

    他所感、今年の衣装は一部二部共に中々のものでした。


    027 030_2
    おまけ二写。
    左は歌舞練場緞帳。「鴨川」だけあって千鳥が飛び交っています。
    右は今回の戦利品、団子皿にて。

    ミヤコ、その他2008年「春のを(お)どり」観劇記はコチラ。↓   
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/04/post_2478.html
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/04/post_5ecd.html

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    ●【五月五日】昨日の出来事

    10:00 起床 朝餉

    11:00 清滝着 愛宕さん登頂開始
    12:00 愛宕神社本宮到着  ←登りタイム58分 自己ベスト更新ならず
         火伏御札授与.お花見
    13:30  下山

    14:00  鳥居本でお薄
    14:30  釈迦堂横で至宝の昼餉
    16:00 新丸太町で珈琲タイム
    18:00 移動 洛中漫ろ歩き       

    -・-・-この辺まで非常に健康的-・-・-・-・-

    18:30  軽く夕餉
    20:00  飲み屋1 ←寺町二条
    21:00 飲み屋2 ←木屋町二条
    21:30 飲み屋3 ←木屋町三条
    22:30 飲み屋4 ←祇園縄手上ル
    23:30 余力のあるうちに帰宿

    以上、明日に備えて寝る。

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    ●「賀茂祭」 前儀三題

    大型連休も愈々終盤。
    賀茂の祭「前儀」も昨日にて主祭事一通り終わりました。

    後は十二日の「御陰祭」を経て本番を残すのみです。

    P2008050300116 新緑に一矢
    下鴨神社で流鏑馬神事

    疾走する馬上から弓を射る「流鏑馬(やぶさめ)神事」が3日、京都市左京区の下鴨神社糺の森で営まれた。矢が的を射るたびに、歓声が新緑に響いた。
    葵祭の安全を願って営まれた。今年は本殿での神事に続く馬場入りの儀で、下鴨神社が宮内庁から譲り受けた馬車が初めて登場した。重厚な緑色の車上に、新木直人宮司と京都府の山田啓二知事が乗った。
    馬場には100メートル間隔で、50センチ四方の的が設けられた。平安時代の公家風の装束を身につけた射手が馬を走らせて見事に的を射抜くと、「コーン」と乾いた音に続き、拍手と歓声が木立に響いた。
    (文.写真共 京都新聞5/4より)

    P2008050400117_4 斎王代ら優雅に「御禊の儀」
    上賀茂神社、葵祭を前に

    葵祭(15日)を前に、斎王代や女官が身を清める「御禊(みそぎ)の儀」が4日、京都市北区の上賀茂神社で営まれた。源氏物語千年紀も重なり、大勢の観光客が王朝絵巻をしのばす雅(みやび)な所作に見入った。
    源氏物語で御禊は、光源氏の愛人六条御息所(みやすどころ)と正妻葵の上の「車争い」のきっかけとなる。一の鳥居付近には車争いの屏風(びょうぶ)絵の複製画も掲げられた。
    午前10時すぎ、新調された十二単(ひとえ)をまとった斎王代・村田紫帆さん(25)=東山区=は女官とともに、まず上賀茂小児童から、地域で育てた葵の葉を受け取った。
    橋殿でお祓(はら)いを受けた後、斎王代は童女2人と岸に降り、御手洗(みたらし)川に静かに手を差し入れた。村田さんは「天気が良かったので、水が冷たく気持ちが良かった」と話した。
    御禊の儀は1956年に復活。下鴨神社(左京区)と隔年交代で行われている。
    (文.写真共 京都新聞5/5より)

    P2008050500084豊作の兆し、緑の疾走
    上賀茂神社、賀茂競馬
    京都市北区の上賀茂神社で5日、天下太平と五穀豊穣(ほうじょう)を祈願する神事「賀茂競馬(くらべうま)」があった。時折雨がぱらつく中、12頭の馬が境内を力強く疾走し、観光客を魅了した。
    賀茂競馬は平安中期の1093年に宮中の儀式を移して始まった。赤い装束を着た「左方」と、黒い装束の「右方」に分かれて2頭ずつが6回競い合い、左方の勝ち数が多い年は豊作とされる。
    境内に設けられた約500メートルの直線の馬場で、6組が順番に勝負。「乗尻(のりじり)」と呼ばれる騎手が雄たけびを挙げてむちを打つと、馬が芝をけり上げて駆け抜けた。柵越しに見守った観光客からは、迫力ある馬の走りに大きな歓声が起こった。勝負は、左方の4勝1敗1分けだった。
    (文.写真共 京都新聞5/6より)

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    ●幹彦忌

    五月六日は長田幹彦の日です。
    尤も特に「○○忌」とか云う呼称は無かったように覚えています。

    と云う訳で「祇園小唄」なぞを一献。

         祇園小唄
         (長田幹彦作詞・佐々紅華作曲)


          1.
          月は朧に東山                                          
          霞む夜毎の篝火に
          夢もいざよう紅桜
          しのぶ思いを振袖に
          祇園恋しや だらりの帯よ

          2.
          夏は河原の夕涼み
          白い襟足ぼんぼりに
          かくす涙の口紅も
          燃えて身をやく大文字
          祇園恋しや だらりの帯よ

          3.
          鴨の河原の水やせて
          咽ぶ瀬音に鐘の声
          枯れた柳に秋風が
          泣くよ今宵も夜もすがら
          祇園恋しや だらりの帯よ

          4.
          雪はしとしとまる窓に
          つもる逢うせの差向い
          灯影つめたく小夜更けて
          もやい枕に川千鳥
          祇園恋しや だらりの帯よ

    御清聴有難う御座いました。
    昨年と全く同じ内容にて…。

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    2008.05.05

    ●参道「九二四米」

    本日は小雨降りそぼつ中を愛宕詣。
    幣亭に必要不可欠な、「火伏せの霊験灼か」為る例のもモノを授与戴く為です。

    尤もこの「愛宕神社」、そこら辺の神社とは「参詣の難易度」の桁が違います。
    その所在地は「右京区嵯峨愛宕町 壱」。
    御鎮座おはせまするのは愛宕山山頂、よーするに「参道=山一つ」なのです。

    055と云う訳で、今年も924mの頂に登って参りました。詳細は後日アップ致しまする。

    因みに、下山後は何時ものルーティーン。
    鳥居本で「お薄」を頂き糖分補充。
    森嘉さんの向いで至宝の昼食。
    嵯峨フェリスの斜向かいでコーヒータイム。
    嗚呼幸せ。

    阿多古祀符「火迺要慎」詳細に就いては下記にて。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/05/9_dc84.html

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    2008.05.04

    ●【五月四日】今日の出来事

    10:00 起床 朝餉

    11:00 ツール.ド.キョート 「有頂天家族トレイル」出立 ←後日アップします
          三条~冷泉~東山~下鴨~出町柳~(昼餉)~鞍馬口

    14:00  鴨川ランニング
         丸太町⇄上賀茂神社
    16:00 龍源院で一服
                 ↓「きぬかけの道」移動
    17:00 松尾大社 御守授与  

    -・-・-この辺まで非常に健康的-・-・-・-・-

    18:30  夕餉
    20:00   飲みに行こうかどうしようか思案中 ←今ココ

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    ●「転んだ後」の杖

    001

    本日ツールドキョート、最終地は「松尾さん」。

    平安以前よりの歴史を有し、遷都以降は皇城鎮護の神として崇敬を受け「賀茂の厳神、松尾の猛神」と称された松尾大社。
    そんな松尾神は他面、八百万神の中でも「酒造」を司る「日本第一酒造神」として仰がれ給ふておりまする。

    今日は赤坂佳人より御預かりしていた古神札を御返しに詣でたのですが、実は目的がもう一つ計り…。

    私めは職業上、毎年「販酒御守」を授与戴いているのですが、昨年よりミットモナイ酔態が続いています。
    例えばそれは「祇園町で泥酔し揚句、賀茂の河原で泥睡」したり、「姉小路で前後不覚になり知人の肩を借りてタクシーに放り込まれ」たり、という風な醜態振り。

    002「いい加減コレデハイケナイ」
    と云う訳で一念発起神頼み。
    今回より「服酒御守」も戴く事に致しました。
    取敢えず「販酒御守」同様、小銭入れにて常時携帯する事に。

    これで少しは「オトナの嗜酒」方が出来るのでは、と…。

    「松尾さん.御守り詳細」に就いては下記参照の事。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/02/post_408d.html

    「泥酔」関連過去ログはコチラ。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/02/post_4c4f.html
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/11/post_7313.html

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    ●「鴨川ホルモー」 in 鴨川

    今昼、鴨川をジョギングしていた際の事です。

    荒神橋の辺りで、機材を持った人々が何か撮影をやっておられる様子。
    尤も当方は炎天下の中、丸太町橋~御園橋(約七km)を往復中。
    その場は横目で通り過ぎたのですが、何と無く気になったもので完走後に往訪してみた次第です。

    「べろべろばぁ」「青竜会」「朱雀団」「十七条ホルモー」…。
    何処かで聞いた事のあるネームだと思っていたら、マキメさん著「鴨川ホルモー」映画ロケの現場でした。

    「其れで?」と云われても困るのですが、「拾ったネタ」の縁でアップしておきます。

    021020_2

    「鴨川ホルモー」関連過去ログはコチラ。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/04/post_ab97.html
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/06/post_2acd_1.html

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    ●枯山水「喫煙所処」 

    今日のミヤコも「大変あつうございました。」
    最高気温は31.7度、昨日に引き続いての真夏日です。

    そんな炎天下の折、ずーっと自転車にて洛中散訪していると流石にバテてくるもの。
    丁度鞍馬口に来た序で、何時もの「喫煙所処」迄足を延ばす事に致しました。

    037_9 036_5
    到着したのは「大徳寺」某塔頭。
    改めて何処其処か、云う迄も無いでしょう。
    350円で「庭を愛でつつ紫煙を燻らす」事の出来る、稀有な場所です。

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    ●帰京初日

    昨日談。
    どーりで「暑い」筈です。
    寝不足も重なり、流石に酒が進みませんでした。

    扨、今から自転車にて出立ですが、今日も暑くなりそうです。

    P2008050300141京で30・7度、初の真夏日
    7月中旬並み

    4連休初日の3日、京都市は晴天となって気温が上がり、午後1時半ごろに最高気温30・7度(平年22・8度)を記録、今年初めて最高気温が30度を超える「真夏日」となった。
    7月中旬並みの陽気の中、京都市東山区の清水坂では、半袖姿の観光客が日傘や冷たい食べ物で暑さをしのぐ姿が見られた。
    この日の最高気温は、舞鶴市で25・3度、彦根市で24・2度と、いずれも平年を上回った。京都地方気象台によると、4日も高気圧に覆われ、京都市では気温が30度近くまで上がる見込み。
    (文.写真共 京都新聞5/3より)

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    2008.05.03

    ●【五月三日】今日の出来事

    17:30 京都駅着 自転車組み立て
    18:00 寺町二条にて書籍購入
    18:30 飲み屋1(食前酒)  
    19:30 飲み屋2(食前酒) ←この辺で疲れてくる。
    20:30 飲み屋3(食前酒) ←こので「どーでも」よくなってくる。
    21:30 漸く飯  
    22:30 ダメ人間と化す前に帰宿

    以上、明日に備えて寝る。

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    ●御留意

    「お休み案内」にて既述ですが念の為。

    本日土曜日より四連休と成増ので御了承下さい。
    尚、七日(水)より営業再開致します。

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    2008.05.02

    ●「皐月床」 始まりました

    ミヤコ立夏の風物詩と云えば「鴨川をどり」と「賀茂の早床(皐月床)」。
    連休中の先斗町は忙しそうです。

    「鴨川納涼床」関連過去ログはコチラ。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/04/post_b141.html

    P2008050100177京の夏、おこしやす~
    鴨川で「床開き」

    京都に初夏を告げる鴨川納涼床の「床開き」が1日、京都市内で行われた。川面を伝うさわやかな風が吹く中、グループや家族連れが祇園囃子(ばやし)に耳を傾けた。
    この日は、鴨川右岸の二条-五条通間2・5キロに店を出す京都鴨川納涼床協同組合の92店のうち、82店が開いた。
    各店では夕暮れの開店と同時に観光客や市民が次々と訪れた。中京区の老舗料理旅館「幾松」では、長刀鉾祇園囃子保存会が「コンチキチン」の音を奏で、舞妓さんが来客をもてなした。
    鴨川納涼床は、4月の鴨川条例施行で、床を組む部材の色や構造の規制が厳しくなった。適用は来夏からで、同組合の久保明彦理事長は「情緒が高まるよう対応したい」と話していた。
    鴨川納涼床は6月中旬までに全店がそろい、9月末まで開かれる。 
    (文.写真共 京都新聞5/1より)

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    ●花街のこと 「赤坂」

    新橋と並び、芸事の質で東京花街を牽引する此処赤坂。
    只、御当地では驚く程認識が無かったりするものです。

    まぁ一般大多数の方々からすれば縁遠い「奥座敷」の世界。
    況してや赤坂は神楽坂や浅草とは違い「間口を広くする」事の難しい性格の花街(=御贔屓筋の特殊性)なので致し方無いとも云えますが…。
    果たして「花街.赤坂」の認知度の低さは別に要因があると思われます。

    何時ぞやか木屋町の項でも述べましたが、それぞれの「街」が持ち得る各々「良質の雰囲気.風情」と云うものは、その地域に所縁有る人々の「街」に対する愛情に由って掌られるもの。
    祭催事に当たっての尽瘁なぞはその最もたるものです。

    バブル崩壊後、何代にも渡り赤坂で商いをされていた(住んでおられた)方々が雲散霧消、その後新規参入してくるのは資本主義経済に則り収利追求の「ビジネスライク」な方々(支店分店)計り。
    枝葉のお店が「街の情緒」なんぞ気に懸ける筈も無く、そりゃ花街に対する認識も希薄になるでしょう。(尤も私めも新参者、所謂「よそさん」ですが…。)

    然乍ら、矢張りそれはちと寂しかったりもするのです。
    誼有ってこの地に暖簾を揚げた者としては、花街の一町衆として微力ながら御手伝いしたいもの。
    出来得る事と云えば、それは細やかですが。

    「赤坂の花街は最近活気ありますよ」
    「芸妓さんも結構居られるんですよ」
    「『をどり』も今度やられるんですよ」

    0220_001_2そんな閑談も何と無く、「赤坂健在」と触れる位。
    若しかしたら「いらんこと」かも知れませんが…。

    と云う訳で、「赤坂をどり」迄あと一週間です。

    「赤坂をどり」に就いては、カテゴリー「花街彼是」参照の事。
    関連過去ログは下記にて。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/04/post_1431.html

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    2008.05.01

    ●表構え.皐月

    0204128_008

    171kamogawa

    弊亭「皐月.表構え」。
    軒端の灯りも「つなぎ団子」から「都千鳥」に模様替えです。

    尤も此処赤坂でももう直ぐ「をどり」にて、現在亭内は「赤坂をどり」一色。
    従いまして「鴨川をどり」のポスター貼添は五月十日よりに成増。

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    ●「鴨川をどり」 はじまりました

    えー、五月になりました。

    と云う訳で季節変わり、ミヤコの「をどり」も祇園町から先斗町へ。
    春の花街演舞會、殿りを飾る「鴨川をどり」が今日から始まります。
    昨日は前夜祭が行われました。

    「鴨川をどり.衣装合わせ」の様子は下記参照にて。
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/04/post_f964.html

    P2008043000143芸舞妓、総踊り華やか
    中京で鴨川をどり前夜祭

    5月1日に始まる第171回鴨川をどりの前夜祭が30日、京都市中京区の先斗町歌舞練場で開かれた。
    公演は2本立てで、第一部の「ばさら姫」は、派手好みで知られた戦国武将の宇喜多秀家と妻、豪姫がヒロインの舞踊劇。ビロードのマントなど南蛮風の衣装を着けた芸妓が、流罪で離ればなれになった2人の思いを叙情豊かにつづった。
    第二部は、甘納豆や羽二重餅(もち)など京菓子を題材に多彩な踊りを見せる「菓子可笑(おか)し」。菓子折から飛び出した娘たちの手踊りに続き、ようかんの製法や美しさを立方(たちかた)の名手が繊細な踊りで表現した。締めくくりはフジの花飾りが揺れる舞台で華やかな総踊りを披露し、招待客を魅了した。
    24日まで。 (文.写真共 京都新聞4/30より)

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