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2008.05.16

●賀茂の祭り

斎王代発表から御禊儀、歩射神事、賀茂競馬、御蔭祭…。
約一ヶ月の前儀を経て、昨日が本祭でした。
と云う訳で、今年の「賀茂祭」二題。

天候も五月晴れ、祭日和も宜しく神事恙無く執り行われた様子です。

P2008051500092新緑の都大路に源氏絵巻
葵祭

千年紀を迎えた源氏物語にも描かれた葵祭が15日、京都市内で繰り広げられた。フタバアオイを挿し、王朝装束に身を包んだ約500人の行列が、平安時代の優雅な雰囲気を醸し、新緑映える都大路を進んだ。
京都三大祭りの一つで、上賀茂、下鴨両神社の例祭。正式には賀茂祭といい、起源は1400年前にさかのぼる。源氏物語では、車争いの場面が有名。道中の行列は「路頭の儀」、両神社での神事は「社頭の儀」と呼ばれる。

午前10時半、初夏の陽気の中を、本列(近衛使代列)が玉砂利を踏みしめて京都御所(京都市上京区)を出た。狩衣(かりぎぬ)姿の肝煎(きもいり)を先頭に、紅色の水干(すいかん)姿の牛童(うしわらわ)が綱を引く牛車(ぎっしゃ)が車輪をきしませて進んだ。
斎王代列(女人列)が続いた。あでやかな十二単(ひとえ)をまとったヒロインの斎王代が乗った腰輿(およよ)が近づくと、沿道を埋めた2万6800人(午前11時、京都府警調べ)が見つめた。
(文.写真共 京都新聞5/15より)

P2008051500123新調の十二単晴れやか
葵祭 左京・喜多川さん作
紅梅色の唐衣(からぎぬ)が陽光に映えた。葵祭のヒロイン斎王代がまとう十二単(ひとえ)が今年、25年ぶりに新調された。人間国宝の有職(ゆうそく)織物作家・喜多川俵二さん(72)=京都市左京区=が、亡父に続いて装束を手掛けた。「責任を果たせた。天国の父にも喜んでほしい」。15日午後、25年前に父が祭りを見詰めた北区の加茂街道で、斎王代の姿を追う。

1956年、斎王代列が復活した時、父親の故平朗さんが源氏物語絵巻を参考に斎王代の装束をつくった。妻を亡くして気落ちしていた平朗さんを元気づけようと、家族が装束の再制作を勧め、喜多川さんも手伝って、83年に完成した。「斎王代の装束は家族にとって意味深く、大切なものです」と思い入れが強い。
今回は1人で唐衣と表着を仕上げた。「自分が全責任を負うわけですから、重みが全然違います」。手本は父親がつくった装束。長年の使用で色が焼けた部分は、当初の色に戻すよう心掛けた。

この日朝、斎王代の村田紫帆さん(25)=東山区=は新しい装束を着けて「身が引き締まる思いです」と緊張気味に話した。
大役に決まってから1カ月余り、「うれしさと不安」を抱きつつ、斎王代のことばかりを考えてこの日を待ち続けた。知り合いからは祝福され、4日の「御禊(みそぎ)の儀」で斎王代に寄せられる視線を肌で感じた。
「思った以上に注目されて戸惑いますが、いい経験です。やるしかないです」。きりりとした表情で腰輿(およよ)に乗り込んだ。
(文.写真共 京都新聞5/15より)

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