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2008.05.06

●「賀茂祭」 前儀三題

大型連休も愈々終盤。
賀茂の祭「前儀」も昨日にて主祭事一通り終わりました。

後は十二日の「御陰祭」を経て本番を残すのみです。

P2008050300116 新緑に一矢
下鴨神社で流鏑馬神事

疾走する馬上から弓を射る「流鏑馬(やぶさめ)神事」が3日、京都市左京区の下鴨神社糺の森で営まれた。矢が的を射るたびに、歓声が新緑に響いた。
葵祭の安全を願って営まれた。今年は本殿での神事に続く馬場入りの儀で、下鴨神社が宮内庁から譲り受けた馬車が初めて登場した。重厚な緑色の車上に、新木直人宮司と京都府の山田啓二知事が乗った。
馬場には100メートル間隔で、50センチ四方の的が設けられた。平安時代の公家風の装束を身につけた射手が馬を走らせて見事に的を射抜くと、「コーン」と乾いた音に続き、拍手と歓声が木立に響いた。
(文.写真共 京都新聞5/4より)

P2008050400117_4 斎王代ら優雅に「御禊の儀」
上賀茂神社、葵祭を前に

葵祭(15日)を前に、斎王代や女官が身を清める「御禊(みそぎ)の儀」が4日、京都市北区の上賀茂神社で営まれた。源氏物語千年紀も重なり、大勢の観光客が王朝絵巻をしのばす雅(みやび)な所作に見入った。
源氏物語で御禊は、光源氏の愛人六条御息所(みやすどころ)と正妻葵の上の「車争い」のきっかけとなる。一の鳥居付近には車争いの屏風(びょうぶ)絵の複製画も掲げられた。
午前10時すぎ、新調された十二単(ひとえ)をまとった斎王代・村田紫帆さん(25)=東山区=は女官とともに、まず上賀茂小児童から、地域で育てた葵の葉を受け取った。
橋殿でお祓(はら)いを受けた後、斎王代は童女2人と岸に降り、御手洗(みたらし)川に静かに手を差し入れた。村田さんは「天気が良かったので、水が冷たく気持ちが良かった」と話した。
御禊の儀は1956年に復活。下鴨神社(左京区)と隔年交代で行われている。
(文.写真共 京都新聞5/5より)

P2008050500084豊作の兆し、緑の疾走
上賀茂神社、賀茂競馬
京都市北区の上賀茂神社で5日、天下太平と五穀豊穣(ほうじょう)を祈願する神事「賀茂競馬(くらべうま)」があった。時折雨がぱらつく中、12頭の馬が境内を力強く疾走し、観光客を魅了した。
賀茂競馬は平安中期の1093年に宮中の儀式を移して始まった。赤い装束を着た「左方」と、黒い装束の「右方」に分かれて2頭ずつが6回競い合い、左方の勝ち数が多い年は豊作とされる。
境内に設けられた約500メートルの直線の馬場で、6組が順番に勝負。「乗尻(のりじり)」と呼ばれる騎手が雄たけびを挙げてむちを打つと、馬が芝をけり上げて駆け抜けた。柵越しに見守った観光客からは、迫力ある馬の走りに大きな歓声が起こった。勝負は、左方の4勝1敗1分けだった。
(文.写真共 京都新聞5/6より)

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