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2008.10.30

●「爽秋」の知恩寺にて

「ミヤコ.古本まつり」の殿を務めます「秋の百万遍」が明日より始まります。

私めも土曜日より勇躍上洛、
久方振りに知恩寺へ伺う予定です。
三連休はお天気も上々との予報、良かった良かった。

詳細は過去ログ及び下記記事参照の事。↓

http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/10/post-a05e.html

1225175177_photo京都・知恩寺で「古本まつり」-
古書店16店参加、オークションも

京都の若手古書店が集まる「京都古書研究会」は10月30日から、百萬遍知恩寺(京都市左京区田中門前町)で「第32回秋の古本まつり」を開催する。
同会は東京に良い本が集中してしまう状況を変え、京都の古書業界を振興することを目的に1977年に創立。古本を売る研究を行い、各店舗の運営に反映してきた。現在では各店舗の二代目が中心になり運営。毎年、春に京都市勧業館(みやこめっせ)で「春の古書大即売会」、夏に下鴨神社糺の森で「納涼古本まつり」を開催し、「秋の古本まつり」と合わせて「京の三大古本まつり」を展開している。
「秋の古本まつり」には京都の古書店16店舗が参加し、20万冊の古本を出品。普段店頭では並ばないような本も並ぶという。同30日(9時15分)には「古本供養」も行う。各店舗で売れない本や残ってしまった古本を「百萬遍念仏大念珠繰り」により供養し、来場者とともにお参りする。「燃やさない、つぶさない」をコンセプトに、供養を済ませた本が出品するチャリティーオークションも行う。来場者の声で競るオークションで、例年白熱した競りが見られるという。
同会の草木篤男さんは「捨てるのではなく、誰かの手元に持ってもらえれば。特に子どもに本を読んでもらいたい。オークションの売上金は本を集めている子供の活動団体へ寄付できれば」と話す。チャリティーオークションは、30日=11時、11月1日=12時、2日=11時・14時に会場内で開催する。
同イベントに合わせて、同会は二代目が中心となり新機関誌「出帆」を創刊した。「これから努力していき、新しいこともどんどんやっていきたい」と草木さん。
11月3日(13時30分~16時)には阿弥陀堂内で「特選オークション」も開催。三島由紀夫関係雑誌、女学生の友附録、吉田松陰筆詩文、火の鳥扉絵原画などさまざまジャンルの出品があるという。同オークションカタログは「出帆」と合本し、100円で開催期間中に販売する。
開催時間は10時~17時。11月3日まで。
(烏丸経済新聞10/28記事より借載 http://karasuma.keizai.biz/
 )

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2008.10.29

●旧暦「神無月」の頃

えー今日は10月29日、即ち本日より旧暦の神無月と成増。
従い八百万の神々は出雲へ一ヶ月の慰安旅行へ向かわれている事でしょう。

と云う事は…。
弊亭軒先の守護を司る、祇園祭八坂さんの粽(素戔嗚尊)も伏見稲荷さんの小鳥居(宇迦之御魂大神)も、暫くの間「御利益ゼロ」と云う事になってしまいます。

然し其処は抜かりの無いもの。
先日の「神在月.出雲巡礼」で戴いてきた各種防災設備が「此処ぞと計り」、役に立つのです。

081028_003
【左】出雲大社.荒垣内で拾ってきた石を用いた、霊験灼かな関守石。
弊亭店仕舞い中は、磐座として戸口に御鎮座。
亭内に紛れ込もうとする所有「災厄」はこれでシャットアウト。
【右】出雲大社さんで授与賜ったミニ叶鈴。
営業中は、魔除厄除として暖簾裏面に御鎮座。
亭内に紛れ込もうとする「魑魅魍魎」の類はこれでシャットアウト。

出雲の神様には旧暦十月中(11/27迄)、弊亭玄関の守護をお願いしております。
是にて「神無月」の備えも万全、と悦に入っている私めでありました。

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2008.10.28

●続.ミヤコ「観楓状況」

「何とか」と秋の空…。
云うも及ばず『変わり易いもの(序で補足するなら「扱い難いもの」)』の喩えですが、此処数日のトーキョーでは諺通りの「移り気な空模様」が続いております。

梅雨を思わせるかの蒸し暑さに夏を思わせる様な夕立。
かとすれば俄然冷え込み厳しくなり、深秋本番の肌寒さ…。

そんな訳にて、ミヤコでも足早に寒秋気配が進んでいる様子。
洛外山峡ではちらほらと「紅葉.色付き始め」との報でした。

P2008102700171色づく紅葉、秋空に映え
右京・神護寺

京都市内の山沿いの社寺などで、ようやく木々が色づき始めた。右京区梅ケ畑高雄町の神護寺では、27日までに3割ほどが紅葉し、参拝に訪れ人たちが秋晴れとのコントラストを楽しみ、秋の深まりを感じていた。
紅葉は、最低気温が5度以下になると一気に進むとされる。京都地方気象台によると、市内の10月の最低気温は平年より高く、10度台で推移している。
山の中腹(標高約300メートル)にある神護寺は平地より気温が低く、3000-4000本のモミジのうち、金堂の周囲などの木々が10月中旬から赤く染まり出した。
京都市内の紅葉は例年同様、11月中旬が見ごろという。府立植物園は「10月下旬から朝晩に冷え込めば、きれいに色づくのでは」とみている。
(文.写真共 京都新聞10/27より)

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2008.10.27

●「神在月.神祠巡礼」大社造篇

えー、遅蒔き乍ら、先週の「神在月.出雲旅譚記」後日談に成増。
関連過去ログは下記参照の事です。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/10/post-9ccd.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/10/post-293e.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/10/post-9a98.html

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出雲国と云えば出雲大社、出雲大社と云えば「大社造」。
と云う訳で先ず「大社造」に就いての基本事項なぞを。
因みに今回の出雲巡礼の旅、参詣した六社のうち「大社造」本殿を有する神社は「出雲大社」「美保神社」「神魂神社」「熊野大社」の四社。

仏教伝来以前、即ち仏寺建築様式の影響を受けずに形成された日本古式の建築様式として、伊勢神宮本殿に代表される「神明造」、出雲大社本殿に代表される大社造(派生形として住吉大社の「住吉造」)が有ります。
旧出雲地方(現島根県東部)は古来より出雲大社の宗教的、政治的影響下にあり、従ってその建築様式である大社造も同地域に広くに分布し、出雲周辺のみに見られる地域的特色となっています。

続きまして「大社造」外観の様式的特徴を。

(神明造との共通項)
 1.屋根の形状は切妻造である。
 2.屋根材は萱葺等、植物材葺である。 
 3.斗、肘木と云った組物は使用しない。
 4.板床を高く設ける。
 5.壁面は板材にて横板張りである。

(神明造との相違項)
 6.桁行.梁間共に二間で正方形に近く、四面には縁を施している。
 7.妻入にて、入口板扉は正面右側に寄っている。
 8.切妻屋根には若干の反りが見られる。
 9.千木は破風板から独立し(置千木)、装飾的要素が強くなっている。

前述した通り「大社造」は「神明造」と並ぶ日本古来からの様式で、共通項も多く見受けられる反面、「神明造」程古制を踏襲していない部分が有ります。
その理由として、式内外社を問わず殆どの神社は室町末戦乱期に遷座中断を余儀無くされており、出雲大社も上例に漏れず本殿造替の滞っていた時期が長く、亦伊勢神宮の様に式年で遷宮する慣習も無い(復古しなかった)のが原因と思われます。

従って「大社造」は後世の建築様式を受けた部分が多分に見受けられ、それは出雲大社他の現存する大社造本殿遺構に共通するものです。

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と此処迄を打ち綴り、画像なんぞをアップして各社建築様式を記述しようと思っていたのですが、待ち受けていた事実に愕然とする破目に…。

手違いで「画像を殆ど消去」してしまっていたのです。

従いやる気もすっかり失せてしまい「尻切れ蜻蛉」の項となってしまいました。
取敢えずメモリーカードに残っていた写真を幾つかだけアップしておきます。

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上より【出雲大社.摂社素鵞社】【神魂神社本殿】【美保神社本殿】の欠片。

と云う訳で、来年にもう一回出雲へ行く事となりそうです…。

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2008.10.26

●来月の定休日 【霜月】

  • 11月 1日(土)  ズル休み
  • 11月 2日(日)  定休日
  • 11月 3日(月)  祝定休日

  • 11月 9日(日)  定休日
  • 11月16日(日)  定休日

  • 11月22日(土)  ズル休み  
  • 11月23日(日)  定休日
  • 11月24日(月)  祝定休日

  • 11月30日(日)  定休日

  以上です。宜しくお願い致します。

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2008.10.25

●ミヤコ「観楓状況・08年」

扨、早いもので神無月も残す所処あと一週間。
そんな秋も深まりし折節、北海道.東北の紅葉所処からは山に谷に紅葉ば彩り、早くも観楓行楽「真っ盛り」との便りも届いて参りました。
紅葉、黄葉、橙葉…、愈々「観楓の砌」到来と云った感でしょうか。

で、幣亭でも必然的に「ミヤコ紅葉」の話題が増えつつある今日此の頃。
例に由って下記の様な質問をよく頂きます。

・「今秋の京都紅葉の観頃は何時位ですか?」

まぁ気の早い話ですが、以下昨年と同様の記述に成増。
ミヤコの紅葉時期に就いてですが、京都の紅葉シーズンは桜と同様に時差が結構あるものでして、洛中洛外範囲を拡げれば三週間程は楽しめます。

因みに昨秋のキョート紅葉ピークに就いて。
九月頃の「ウェザーニューズ」紅葉予報では『猛暑の影響で平年よりやや遅そうで、11月中旬頃』と予報されていましたが、結果昨年の観楓最盛は11月最終週から12月初週頃でした。

今夏猛暑は昨夏のそれに負けず劣らず厳しいものだった上、10月の平均気温も昨年より1℃程高めです。
由って今季の「ミヤコ.観楓見頃」時期も昨年並みか、若干の後倒しが想像されます。

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2008.10.23

●「神在月巡礼」雑の巻

えー、遅蒔き乍ら…。
先週の後日談「出雲国.旅譚記」拾遺集に成増。
みに「神祠巡礼.大社造篇」は未だアップしておりません。

初日午後
12:20 出雲空港着、島根県初上陸。
13:10 バスにて出雲大社到着.参詣。
      本殿と素鵞社を凝視し続ける。
14:50 タクシーにて日御碕へ移動
      灯台を横目に日御碕神社到着.参詣。
15:40 バスにて出雲駅へ移動
16:30 電車にて松江駅へ移動
17:20    松江駅着、チェックイン。

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【写真上】「八雲立つ国のおおやしろ」一写。
建造物の様式詳細は別項にて記述致しまする。

081014_023タクシーにて日御碕神社へ移動。
途中、行き掛けの駄賃と計り立ち寄った日御碕灯台。お天気も宜しく、白石色が秋晴空と青海原に良く映えております。

日御碕神社参詣後、バスの出発を待つ間に漸く遅めの昼餉。栄螺壷焼と烏賊姿焼を肴に麦酒一献となりました。

そんな訳でバスと電車を乗り継いで、夕刻17時半に松江入り。
夕餉迄は一時間弱、取敢えず少しは「観光」の真似事でもしてみるべく、噂に高い「宍道湖の夕日」なるものを見物する事と致しました。

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【写真上】白潟公園より望む宍道湖の夕日。エキストラのラブラブな感じも宜しく。
【写真下】日没直後、松江大橋から望む夜景。正面は宍道湖大橋。
この後、宍道湖と日本海の幸を頂きに参りました。

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二日目午前
07:40 バスにて松江駅から美保へ出発。
08:40 終点から更に村営バス乗り換え。
09:10   美保神社到着.参詣。本殿を眺める。
      その後周辺散策、遅めの朝餉(烏賊姿焼&麦酒)。
    近所のおっちゃんに車で美保関灯台迄連れて行ってもらう。
11:10 村営バスにて美保神社発。
11:20 途中町営バスに乗り換え。
11:30   境港駅着。鳥取県初上陸。
      駅周辺酒屋を捜索、古酒を探すも結果パッとせず。

前夜結構深酒したにも関わらず、早朝七時起床。
目指すは島根半島最東端、今回旅行メインの一つである美保神社です。

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【写真左】神社参詣中の一コマ。巫女さんが神楽舞を奉納されていました。
「巫女萌え~」てな感でしょうか。
【写真右】その後「青石畳通り」をほっつき歩く中、何と無く訪れた佛谷寺。
しかしそこで驚いた事に、小姓吉三墓が。
『何故こんな所処に「八百屋お七」の彼氏の墓があるのだー!!』
一応「火難除け」の御利益があるそうです…。

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【写真左】バス発車時刻迄一時間弱あったので、通りすがりの軽トラをヒッチハイク。
美保関灯台迄乗っけて行ってもらいました。
難しい事は良く解りませんが、山陰地方最古(1898年)の石造り灯台だそうです。

帰りは美保神社迄二十分程、「てくてく」と海岸道路を歩いて戻りました。

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【写真上】美保関灯台より望む大山。
今からあの辺りに行こうとしていると云うのもスゴイものです。

二日目午後
12:40 境港駅発、米子駅へ移動。
13:30 米子駅着。バスにて大神山神社へ向かう。
14:20   最寄バス停(大山寺)着、徒歩十五分で大神山神社到着.参詣。
      漸く遅めの昼餉、蕎麦と麦酒。     
16:20 バスにて米子駅へ移動。
17:20   米子駅着。駅周辺酒屋を散策、古酒を探すも結果パッとせず。
18:00 電車にて松江駅へ移動。

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美保からバスを乗り継ぎ、鳥取県初上陸。
米子に向かう為、境港駅に小一時間程滞在したのですが…。
境港は文字通り「鬼太郎だらけ」!!。

小耳には挟んでいましたが噂以上の「ゲゲゲ」振りでした。
そんな訳で「目玉おやじの照明」一写。081014_046
境港より一両編成(!!!)のJRで米子迄。
更にバスに揺られて計二時間、漸く大山寺.大神山神社へ到着です。
【写真上】金門より大山連峰を望む。
「紫煙一服」したい所処ですが此方は神社参道内、流石に遠慮しときました。

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扨と最終日、本日も早朝六時半起床です。
今日のメインは神魂神社、人っ気の無い朝方を狙って参る事に。

三日目
07:10 バスにて松江駅から神魂神社へ出発。
      神魂神社到着.参詣。只管神殿を眺める。
08:40 バスから村営バスに乗り換えて熊野大社へ移動。
09:10     熊野神社到着.参詣。
09:40 村営バスから乗り換えて松江駅に移動。     
10:30   松江駅着。駆け足にて松江城を散策、通過。
11:30   蕎麦屋にて野焼きを肴に麦酒&出雲蕎麦。やっと落ち着く。
12:10 バスにて出雲空港へ移動、帰路に就く。

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【写真上】と云う訳で、足早に通り過ぎた松江城。
今回の旅題は「神社本殿(大社造).探究」だったものでして、それ以外の観光は殆ど出来ず仕舞いでした。
松江に二泊しながら、日中滞在時間が計.二時間弱と云うのも勿体無いものでありまして…。

取敢えず「バスと電車」に沢山乗った三日間でありました。

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●「ミヤコ祭事」10/22二題

昨日のミヤコは昼に「平安神宮」例祭、夜に「由岐神社」奇祭が行われました。
平日と云う事もあり、遊山客は合わせて18000人強とやや少な目。

と云う訳で、そのダブルヘッダー祭事の様子です。

P2008102200082 「京の1100年」都大路練る 時代祭
秋の古都を彩る時代祭が22日、京都市内であった。総勢約2000人の時代列が都大路を練り歩き、京の歴史を明治維新から平安時代へとさかのぼってみせた。沿道には1万2000人(正午現在、京都府警調べ)が繰り出して、動く時代絵巻を満喫した。
左京区の平安神宮で祭神を2基の鳳輦(ほうれん)へうつす神事が行われた後、午前9時、神幸列が上京区の京都御所へ向けて進んだ。
時代列は正午、御所の建礼門前を出発した。軍楽隊が奏でる「ピーヒャラ、ラッタッタ」の調べが列を先導する。幕末のヒーロー、江戸幕府の上洛列、戦国武将が時代考証に基づいた装束で続いた。
昨年加わった室町時代列は29人増員した。足利将軍列は威勢を増し、風流に舞い踊る洛中風俗列の笛と太鼓は大きく響いた。千年紀を迎えた源氏物語の作者・紫式部はひときわ注目を集めた。
今年は、「ミス・インターナショナル世界大会」に参加する各国代表の女性が列の前を歩いた。
時代祭は平安京遷都1100年の翌年の1895年に始まり、今年は104回目を迎えた。
(文.写真共 京都新聞10/22より)

P2008102200199大松明、雨中勇壮
鞍馬の火祭

「鞍馬の火祭」が22日夜、京都市左京区鞍馬本町の由岐神社一帯で営まれた。雨を吹き飛ばすかのように大松明(たいまつ)の激しい炎が舞い、「サイレヤ、サイリョウ」との勇壮なかけ声が秋の夜空に響いた。
10世紀半ば、同神社が京都御所へ移される時に沿道でかかり火がたかれた故事にちなむ。「京都三大奇祭」の一つ。
日没とともに鞍馬の家々の前にかがり火がともされ、長さ5メートルの大松明を若者が担いで街道を練り歩いた。
午後8時半ごろ、鞍馬寺の山門前に大松明が集結すると、祭りはクライマックスに達した。バチバチと激しい音をたてて火の粉が舞い上がり、若者の手拍子とかけ声もいっそう高まった。午後9時40分、石段の上から下りてきた黄金色の神輿(みこし)が炎に照らし出されて輝く姿に、観衆は酔いしれた。
下鴨署によると、約6300人が繰り出した。
(文.写真共 京都新聞10/23より)

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2008.10.22

●私信.謝辞

一昨日は「間之町二条」薔薇の人。
昨日は「祇園縄手」エロい人。

何故か「ミヤコ飲み屋」さんの来訪が多い今週です。

と云う訳でこの場を借りて御礼迄。
ムラマツ.オオツカ両氏、遠路遥々ありがとさんでした。

来月初旬には帰京予定にて、「来店返し」致しまする。

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2008.10.21

●告知.「秋の古本まつり」

『京都の三大祭知ってる?』
『そないなこと知らへんの。百万遍(知恩寺)の青空、下鴨(糺の森)の納涼、そんで勧業館(みやこメッセ)の即売会……そやろ』
(林哲夫「古本屋を怒らせる方法」京洛犬歩当古本屋記より)

081020_001

と云う訳でミヤコ秋の風物、百万遍知恩寺「秋の古本まつり」迄あと十日を切りました。
従い弊亭軒先にも「古本まつり」ポスターが御目見え。
尤も游びにて、宣伝効果は皆無でしょうが…。

この「秋の百万遍」、参加書店は「夏の下鴨」に比べ少ないものの、読経と大念珠繰りによる古本供養などが執行われ、また違った風趣があります。

今年は10月30日~11月3日間の開催にて。

尚、詳細は京都古書研究会のホームページへ↓
http://www1.kcn.ne.jp/~kosho/koshoken/

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2008.10.20

●「時代祭」二日前

早いもので明後日は時代祭です。
そんな訳で関連記事なぞを。


序で余談迄。
時代祭は平安神宮の例祭にて、御祭神二柱は桓武さんと孝明さん。
従い後醍醐さんに反旗を翻した「逆賊」足利尊氏と以下室町将軍は百十二年の間、祭への参列が許されませんでした。
然乍ら2007年に漸く尊氏さんの参加が寛恕され、昨年よりやっとこさ「室町列」の登場となった次第でありました、とさ。

時代祭の行列、詳細に図解
パンフ一新 1000人余り衣装など忠実に

P2008102000051
京都三大祭りの一つ、時代祭(22日)のカラーパンフレットが今年、一新される。行列をイラストで掲載。裃(かみしも)のお供を除く1000人余りを衣装や小道具まで忠実に絵で表し、時代祭を楽しく分かりやすく伝えている。
昨年から室町時代列が加わったのを機に改訂した。「行列の全体像が一目で分かるように」(平安神宮)とイラストを取り入れた。
約2000人の行列のうち、役がついている人を中心に1071人を1-2センチの大きさで描いた。馬車に乗った名誉奉行の京都市会の正副議長に始まり、維新勤王隊列から最後を行く神幸列の弓箭組列、各時代の旗を持つ人や馬を引く人まで掲載した。馬の向こう側に人の足だけ見えたりと遊び心もあふれる。
カラー写真もふんだんに使い、列の全景や主な登場人物と衣装や設定を説明する。英訳もつけている。
大きさはA4判で、昨年までのパンフレットより一回り大きくした。祭り当日、沿道で販売する。34ページ、800円。
(文.写真共 京都新聞10/20より)

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2008.10.19

●裏をみせ おもてをみせて 散るもみじ

去る十月五日に永逝された故氏に弔悼の念を意して。

俳優であると同時に「在野派」中川一政に師事し、書家としての顔を併持していた緒形拳氏。
多忙な日々の合間を見付けてはアトリエにて「土を捏ね」「顔料を溶き」「筆を取り」、技芸に孜々とする時間を何より愛していたと伺います。
特に「書」に関しては嗜みの域を超え平成三年の初展以降、数次の展覧会開催や書画集を出版するに至る程でした。

因みに表題の句は良寛。
氏が生前最も好んだものの一つであると云います。

01

書は人を表す。
ならば彼は縛られない人である。
一文字一文字が天衣無縫であり、自由闊達なのだ。
それらの文字は紙の上に踊るだけではない、陶の上で或いは板の上で自らを謳歌する。
骨太ではあるが肥躯ではない。
贅肉がなく媚がない。
無心であって禁欲的である。
やはり書は人なのだ。

(小学館スクウェア「游の仕事」より借載)

上掲評は「赤坂游ギャラリー」林隆宣氏に由るもの。
個展のプロデュースは元より、作品装丁の屏風や軸装、絵皿焼窯の手配り…。
更には拳氏が熱愛して止まなかったロベール.ドアノーへの撮影依頼に至る迄、陰日向厭わず御尽力された知己であります。

           01_2

「赤坂 游ギャラリー」緒形拳追悼特集は下記にて。↓
額装作品の購入等も可能。
http://www.akasakayugallery.com/special/ogataken.php
関連過去ログはコチラ。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/04/post_5aa9.html

後、一応「禁.無断転用」です。

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2008.10.18

●「叡山電鉄」のこと

「出町柳」発は「鞍馬.八瀬」方面行きのニュースです。

嘗て京福電鉄の分社として運行されていた「叡山本線.鞍馬線」ですが、経営難による株式売却の為、2002年に「お京阪」の完全子会社となりました。
それに伴い所謂「京福色(深緑×白茶)」を有していた叡電車両も、順次「京阪的」色合いの新型車両に差し替えられていきます。

そんな中、最後の「京福カラー」車両が来月一日で「運行収め」との事。
鉄男くん鉄子ちゃんにとっては「必見」の一日となりそうです。

P2008101700095レトロな走行音、独特の揺れ
深緑の叡電車両ラストランへ
昭和初期の台車が響かせるレトロな走行音で全国の鉄道ファンからも人気がある叡山電鉄(京都市左京区)の「デオ600形」車両が、11月1日にラストランを迎える。1979年に叡電デビュー。4年前に営業運行を引退してイベント用に走っていたが、かさむ整備費に廃車が決まった。叡電カラーだった深緑の車色も消えることになり、ファンから惜しむ声が出ている。
デオ600形は阪神電鉄から譲り受けた6両の台車はそのまま車体を改造、深緑とクリーム色のツートンカラーで親しまれた。台車は車軸の上にモーターが載る昭和初期製造の「つりかけ駆動方式」で、モーターと車軸が擦れて「ゴォーン」と鳴る走行音と独特の揺れが特徴だった。
97年からの新型車両導入後も2両が残ったが、2004年からワンマン運転になり、整備が難しく冷房もないため引退した。毎秋の「えいでんまつり」での走行は人気で、昨年の催しも定員を上回る乗車申し込みがあり、写真撮影に訪れる人も多かったという。
鉄道ファンでつくる「鉄道友の会京都支部」事務局長の島本由紀さん(52)=左京区=は「沿線で育ち、思い入れがある車両だけに残念だが、長い間ご苦労さんと言いたい」と話す。
最後は「さよなら600~ラストラン」と銘打ち、同1日朝から出町柳-八瀬比叡山口、出町柳-二軒茶屋間を計6往復する。問い合わせは叡山電鉄TEL075(702)8111。
(文.写真共 京都新聞10/16より)

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2008.10.17

●「記紀」の島より

「あわじしま いやふたならび あづきじま」
国生み以来の歴史を把持し「古事記」「日本書紀」にも祖の名が見える阿豆枳辞摩。
神代末には応神天皇御遊幸の軼事も伝えられており、冒頭の歌はその際の御玉製とされています。

そんな「やんごとなき」由緒を有する小豆島から「例のモノ」が届きました。
毎秋恒例「新漬オリーブ」、昨年に比べ半月程早めの入荷です。

081016収穫したてのオリーブを薄濃度塩水に短期間漬け込むのみ、オイリーにてナッティーな風味は正しく「オリーブ」そのもの。種子系果実由来の旨味を損なう事無く作られています。

「コクテールの王様」のチャームも、暫くはコレにて。

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2008.10.16

●「愛宕さん」の受難

最近碌な話題の無い「ミヤコ昨今事情」ですが、又もや嘆かわしい知らせが…。
今度は地元愛宕さんから「耳を疑う」オハナシです。

八世紀初頭の御遷座より「鎮護国家の守護」ととして、亦「鎮火神」として朝野の崇拝を集めた由緒正しき神祠の社、愛宕神社。
つまり改めて云う迄も有りませんが、此処「愛宕山」山頂迄の登山道は単なるハイキングコースでは無く、愛宕神社の参道なのです。
その神奈備とも云うべき愛宕山参道の里程丁石が「盗まれたり捨てられたり」していると云うのです。

この様な悪事を働く「不逞の輩」宅には火伏神様の御利益も無用。
近所に飛び火しない程度に「とっとと燃えて」しまっても構わないと思うものです。

P2008101500061愛宕山の「丁石」なくなる
参拝者ら探し復旧

「火伏の神」として知られる京都市右京区の愛宕山神社の参道で、一町(約109メートル)おきに置かれた地蔵と、里程を示す丁石がなくなる被害が相次いでいる。大雨で流されただけでなく、何者かに捨てられたり、持ち去られたとみられる。熱心な参拝者たちが、失われた丁石や地蔵を探して復旧する取り組みを始めている。
丁石と地蔵は、愛宕山参道の起点となる右京区鳥居本から山頂の神社までの間に50個(体)ずつあったとされる。設置年代は不明だが、江戸時代の書物に、登山の便を図るために丁石が立てられたと記されている。

京都愛宕研究会のメンバーが調査したところ、丁石は32個、地蔵は40体しか残っていなかった。土砂崩れで流された物が多いとみられるが、ある日突然消えた地蔵や、がけの下に不自然に落とされた丁石など、故意に動かされた可能性のある物も少なくない。
こうした状況に心を痛めた参拝者の間で、丁石や地蔵を探して元の場所に戻す動きが広まっている。
その1人で、研究会メンバーの嶋林宏二さん(65)=右京区=は参拝仲間に誘われ、3年ほど前に丁石などの復旧に乗り出した。がけ下約30メートルに落ちていた重さ約40キロの丁石を引き上げるなど、これまでに丁石2個を元の場所に戻した。ただ、戻した丁石が再びがけに落とされていたこともあったといい、嶋林さんは「罰当たりで心ない行為はやめてほしい。これからも地道に探していきたい」と話している。
(文.写真共 京都新聞10/15より)

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2008.10.15

●「秋」先斗町

扨、早いもので神無月も中日を迎えました。
そんな訳にて「ミヤコ」十月の花街演舞会、殿を務めますは先斗町。
明日から「水明会」が開幕致します。
下記事は本日「大ざらえ」の様子にて。

嘗て「鴨川をどり」が春秋二回公演だった頃、この時期は「秋の鴨川をどり」が催されていましたが、平成十年より「をどり」が春に一括。
今日の様な季節割りとなりました、とさ。

P2008101500095芸妓たちの舞 華麗に魅了
先斗町歌舞会「大ざらえ」

先斗町歌舞会の秋の舞踊公演「水明会」(16-19日)を前に、けいこの総仕上げに当たる「大ざらえ」が15日午前、京都市中京区の先斗町歌舞練場であり、芸妓たちが優美な舞を見せた。  
水明会は1930(昭和5)年に始まった伝統のある舞踊会。95回目の今回も舞妓は出演せず、芸妓のみ31人が日ごろ精進を重ねてきた技芸を披露する。大ざらえは踊りの師匠らが見守る中、本番同様に行われた。
幕開けは、東京・浅草かいわいの四季の風情をつづる長唄「都風流」で、2人の芸妓がしっとりと踊った。荻江「深川八景」、清元「雪月花」と続き、最後に水明会では48年ぶりとなる常磐津の大作「戻駕(もどりかご)」で、芸妓2人が刀を抜いての立ち回りを華やかに演じた。
公演は連日4時開演。有料。先斗町歌舞会TEL075(221)2025。
(文.写真共 京都新聞10/15より)

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2008.10.14

●「神々の集し国」より帰京

えー、只今出雲の地より帰東致しました。

今回の「神在月」行脚は「山陰巡礼三昧」の三日間。
「出雲大社」の他には「建築オタク的」に如何しても外せない「美保神社」「神魂神社」を中心に旅程を段取り、「日御碕神社」「大神山神社」「熊野大社」を廻って参りました。

しかしまぁ「出雲.松江.米子」エリアの広い事広い事…。
事前に時刻表を調べ上げ綿密な乗り換えを予定を組み、あらゆる交通機関を駆使しても上記六社を巡るので一杯でした。
恐らく「バス.電車乗車時間累計」は十時間を軽く越えたと思われます。

そんな訳で「旅題」を神社に絞って行ったものですから、松江に二泊したにも関わらず日中城下滞在時間は僅か二時間弱と云った有り様。
従って上記以外の「その他一般的」市内観光は殆ど出来ませんでした。

【写真下】はそんな数少ない松江の一コマにて。081014_002
「白潟公園ヨリ望ム宍道湖ノ夕日」
噂に違わずキレイなものでした。

「お宮参り」リポートは亦後程にでも。

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2008.10.13

●「神無月」に「神在月」の地より

神無月つまり旧暦の十月、八百万の神々が出雲へ集まって諸国がお留守になるということは多くの人が知っていよう。
(中略)そこで私が疑問に思っていたのは、それだけの神様をわざわざ出雲へ集めて、いったい何を話し合っているのかということであった。

(中略)その日、下宿の辞典を調べてみて、恐るべき事実を私は目の当たりにした。

そこには、八百万の神々は出雲で侃々諤々の論争の末に、男女の縁を決めるということが書いてあった。たかが運命の赤い糸を結んだりほどいたりするために、諸国の神々がわざわざ一堂に会するという。
思わず私は神々に対する怒りで震えた。


もっとほかにすることはないのか。
(森見登美彦「四畳半神話大系」より抜粋)



…と云う訳で私め、現在「神在月」の地は出雲に訪れております。

081014_008出雲大社、美保神社、神魂神社、大神山神社…。
神祠巡礼三昧の三日間にて。
櫨、葦海老、蜆、出雲蕎麦…。
舌鼓三昧の三日間でもあります。

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2008.10.12

●五年振りの飛行機

月日が経つのは早いものでして、今年も残す所処三ヶ月を切ってしまいました。

そんな年尾の気配もちらついてきた折節、本年初頭に掲げた「今年の目標」を顧みると、体鱈苦且つ無作為に歳月を貪っていた所為なのか「全く実行されておりません」。

因みにその「二〇〇八年.目標」とは、
『「国内未開の県」白地図を二つ塗り潰す』
でした。

と云う訳で遅まきながら、今回連休を使って「未開の地」小旅行を試みる事に。
目指すは「八百万の神様」集う所処にて。

そんな訳で、今から羽田に向かう日曜日の朝でした。

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2008.10.11

●料亭「島崎」

例に由って唐突なネタ振りに成増が…。

Info_2【問一】左図は何の表示旗でしょう。

 a.コンゴ共和国の国旗
 b.海洋法「止マレ」の標識旗
 c.現代アート展「赤坂アートフラワー.08」のロゴマーク。

そんな訳で9月10日から10月13日の約一ヶ月開催されている「現代アート展.赤坂アートフラワー.08」なのですが、地元赤坂でも認知度はゼロに等しく、「地味~」な儘に明後日で終わりを迎えようとしております。
角云う私めも赤坂住民で在りながら、興味の触手が全く伸びず「暇があったら行ってみよう」位の低関心度催事でありました。
まぁ「赤坂サカス/TBS」主導の単発イベント、余り力も入っていない様でして。

只唯一、七箇所あるイベント会場の中の「旧料亭.島崎」さんだけは内見を兼ねて見に行ってみようと思っていた次第にて、そんなこんなで最終日を目前にした土曜日、漸く重い腰を上げ伺う事に致しました。

081011_004
「アート」にも「フラワー」にも何ら興感を覚えない私めですが、一応計りの感想を。
 ・作品展示の為、亭内照明が殆ど無くトテモ暗い。
 ・作品展示の為、亭内閉め切られておりトテモ蒸し暑い
 ・不可思議な格好や髪型をしたトテモ「アート」な方々が結構見受けられる。

今となっては往時赤坂の数少ない遺構。
華やかなりし時の「欠片」なものですから何とか存続させてほしいものですが、果たして外観内装共に可也老朽化が進んでおり、軽度の改築位では再利用に耐えられそうにありません。考えてみれば暖簾を下ろされてから四半世紀以上経つのですから、無理も無い所処です。
建築的観点から見て然程意匠の効いた建物でもありませんので、余程高尚な(ないしは物好きな)スポンサーさんでも現れない限り、此の儘朽ち果てていくのを待つだけなのでしょうか。

以上、こんな所処でした。

 

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●十三夜

今宵は旧暦の9月13日、所謂「十三夜」です。
先例を遡れば宇多.醍醐帝以来、由緒正しき観月の慣わし。
古の大宮人も詩歌に管弦に、秋の雅趣を楽しんだ事でしょう。

私め「中秋.十五夜」は毎年「ミヤコの月」を愛でに帰京致しますが、「後の観月」迄は流石に難しいもの。
従い十三夜は何時も「あづまの月」を眺めておりまする。

081011_006と云う訳で、朝方より降りそぼっていた秋雨も昼時には止んだ様子にて一安心。
人影も疎らな週末の赤坂で少し計りのお月見を是一興、弁慶橋より「秋の風趣」を楽しんで参りました。

漂う雲間から覗き見えるは「秋の朧」。
「十三夜に曇り無し」の口碑、今年も嘘はありませんでした。

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2008.10.10

●「秋」宮川町.開幕

昨日記事の続篇。
只今ミヤコ「秋の演舞会」は宮川町.上七軒同時進行中です。

P2008100900176_2群舞やお囃子 華やか
宮川町歌舞会「みずゑ会」

宮川町歌舞会の秋の公演「みずゑ会」が9日、京都市東山区の宮川町歌舞練場で始まった。芸舞妓がけいこを重ねた舞やお囃子(はやし)を披露、観客が華やぎのある芸を楽しんだ。
冒頭の「松づくし」では、あでやかな振り袖姿の舞妓9人の群舞に加え、笛や小鼓など鳴り物も5人の舞妓が務め、華やかに開幕を祝った。
33年ぶりの上演の長唄「太秦詣」では、広隆寺(京都市右京区)の牛祭の様子を、鬼などの面をつけた芸妓たちがコミカルな振り付けで表現。上方の風情が漂う常磐津「夕月船頭」、清元「吉野山」の後、「宮川小唄」でにぎやかに締めくくった。
12日まで毎日、午後4時開演。芸舞妓計68人が日替わりで出演する。同歌舞会Tel:075(561)1151。
(文.写真共 京都新聞10/9よ
り)

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2008.10.09

●「秋」上七軒

ミヤコ「秋のをどり」は本日より第二段、「宮川町」「上七軒」で開幕と成増。
下記事はそんな上七軒.前夜祭の様子。

黒紋付の麗姿は矢張り宜しいものにて。

P2008100800155格調高く上七軒寿会 前夜祭
13日まで

上七軒歌舞会の秋の公演「第60回寿会」(9-13日)の前夜祭が8日、京都市上京区の上七軒歌舞練場であった。芸舞妓26人が優美な舞やユーモラスな舞踊劇を披露し、招待客が花街の芸を堪能した。
舞台は、清元「薫る寿」で幕開け。黒紋付き振り袖姿の舞妓6人が格調高く舞った。続く長唄「扇の四季」では、芸妓の素踊りで四季の風情をつややかに描き、長唄「ねずみ」では、ねずみの姉妹が人間の娘に化け、ねずみ取り売りの男を色香で惑わせ懲らしめる様子を芸妓たちがコミカルに演じた。
千羽鶴などを使った上品な踊りが楽しめる清元「折紙」に続き、終幕の長唄「船弁慶」では、芸妓が静御前と平知盛を一人二役で踊り分けて幽玄の美を表現し、観客を引きつけていた。
連日、午後4時開演。入場料6000円。同歌舞会Tel:075(461)0148。
(文.写真共 京都新聞10/8より)

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2008.10.08

●「関守石」その後

昨日の「関守石の受難」後日談に成増。

弊亭玄関を守護する関守石が昨日盗難の憂き目に遭いました。
然乍ら、其の儘捨置く訳にも参りません。
止印が無いからと云って魑魅魍魎の類や泥棒さんにお越し頂いたり、開店前や閉店後に暖簾を潜られては困りもの。

と云う訳で、早速棕櫚縄を用意し「代わりの関守石」を拵える事に。
幸いな事にウチの軒横には、庭石代わりの「ミヤコ石」がゴロゴロしています。

081007_002少々大振りでは有りますが、取敢えずの「臨時.二代目」関守様。
地元大堰川、渡月橋下流で蒐集したものです。

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2008.10.07

●「関守石」盗まれました

昨日雨上がりはお昼時の事。
何時もの様に玄関の掃き掃除をしてると、不図違和感と云うか「しっくりこない」感じ。
将、気付くと「有るべき物」が「在るべき所処」に無いのでした。

そう、弊亭戸口を守護する「関守石」が突如姿を消していたのです。

「瀬戸の菓子皿」「名入りうちわ」「アンティーク灰皿」「注連縄飾り」…。
暖簾上げ以来、盗まれたものは様々御座いますが、まさか「石っころ」迄窃取の憂き目に遭うとは…。「関守石」を盗んでいって如何する心算なのでしょうか?
まぁ、情け無いやら腹立たしいやら呆れ果てるやら。

Rx_004

取敢えず来月帰京の折、新しい「ミヤコ石」を探す事と致します。

「関守石」詳細に就いてはコチラ。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/07/post_f6d1.html

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2008.10.06

●「アール・デコの館」後記(其の参)

先日伺った東京都庭園美術館「アール・デコの館」展覧会のリポート続篇。
今回は「三部作.其の参」、庭園篇に成増。
何時もは戸を閉ざしている茶室「光華」も今展覧会中は一般公開されていました。

081004_028
茶室外観。
構造/木造平屋建.屋根/入母屋造.瓦葺(下屋.杮板葺).塗壁/真壁.聚楽塗(京壁)
切妻破風には「光華」の扁額が掲げられています。

081004_012_2

広間(書院)点前座より庭を望む。
云う迄も無く、庭園観賞は玉座ないしは貴賓席からの眺望が最も良いもの。
従って少し「引き気味」の位置が宜く。

因みに庭園形式は「池泉回遊式」となっていますが、点前座からの眺めは「池泉観賞式」と云っても差し支えないものです。

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飛石組二景。
【写真左】南面の踏石と千鳥石打ち。
丸みを帯びた大振りの自然石打ちは利休好み。 
【写真左】西面の延段と踏み石打ち。
小振りで簡素ながら意匠の凝った短冊寄敷、左の切株石も効いています。
尤も両者共、観賞本位の飛石にて「渡り二分景気八分」と云った所処でしょうか。

081004_023
【写真左】水屋廻り。
動線上、広間と小間の間に位置し、比較的広めに配されています。
【写真左】自然木による長押は数奇屋的な趣向。
鴨居との隙間からは広間の網代天井を覗く事が出来ます。

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小間(草庵)の炉廻り。
炉切は逆勝手、中柱.仕切り袖壁有り。置き合わせは千家流にて。

利休以降、時代を追うに従い茶室の設えも装飾過多になっていくものですが、この「光華」は煌びやかな金飾も無ければ豪華な飾り棚も有りません。
至って簡素な美しさを保っています。
矢張り宮家と施工者の見識に由るものでしょうか。

と云う訳で、庭園美術館「アール・デコの館」展覧会リポートは是にて完了。
一部の例外は有るにせよ、矢張り良質の文化と云うものは「お武家さん」からでは無く「お公家さん」から生まれるものだな、と再確した事を付記してお終いにしておきます。

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2008.10.05

●「アール・デコの館」後記(其の弐)

一昨日、東京都庭園美術館「アール・デコの館」展覧会のリポート続篇。
「三部作.其の弐」に成増。

081003_003邸宅一階が「客室」「次室」「食堂」等、公的な間が配されているのに対し、二階は「寝室」「居間」「書斎」と云った居住の間です。

【写真左】は浴室。
壁面は大理石、床面はタイルを使用。
ベランダ側にバスタブを配し、大窓より陽光を取り入れる調光も見事。
清澄にて品貴らかな気配は「御不浄」と云うに失礼な程。
今回は戸口から垣間見るのみでしたが「書斎」「姫宮居間.寝室」も何時か公開して頂ければ嬉しいものです。

081003_021
【階段手摺装飾】
【写真左】大広間から二階ホールへの階段
大理石とブロンズを題材としながら、ジャポニズム的要素も色濃く感じる装飾。
【写真左】二階からウインターガーデンに続く階段
木材と白漆喰を使用、洗練されたモダンなデザイン。
【写真左】一階通路奥側の階段
茶室数奇屋建築の「築地窓」を想起させる円形デザイン。

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【市松模様二景】
【写真左】二階ベランダ【写真右】三階ウインターガーデン
共に南向きに位置し、陽光を取り込んでいます。
自然調光が大理石の白黒コントラストを一層引き立てます。

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朝香宮邸ではラパン、ラリック等、仏人芸術家のオブジェ計りに目が行き勝ちですが、権藤要吉を筆頭とした当時の内匠寮の意匠も見逃す事が出来ません。
アールデコに和様デザインを折衷した装飾は宮邸の細部にまで行き届いています。

と云う訳で今回は「照明器具」「ラジエーターカバー」に焦点を当ててみました。
此等だけを観ていても結構な時間の掛かるもの、飽きる事が有りません。

【室内シャンデリア色々】
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【ラジエーターカバー色々】 
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取敢えず今日は此処迄、続きは亦後日。

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2008.10.04

●「アール・デコの館」後記(其の壱)

えー、画像整理に手間隙が掛かり、少し遅れましたが…。
一昨日、東京都庭園美術館「アール・デコの館」展覧会のリポートに成増。
取敢えず三部作.其の壱にて。

081003_001 081004_033
【旧朝香宮邸.外観二景】
右は西面(正面通路側)、左は南面(芝生広場側)より望む。
直線を機軸に構成された形状と、上品な空気を醸しだす黄白色の壁面。
デコラティフ宜しく規律的に配された長方形の窓にはエッジの効いた黒枠縁。
硬柔相反する要素を見事に調和させた外観だけ見ても、朝香宮さまと往時の内匠寮の見識を窺い知る事が出来ます。

081003_2
【ルネ.ラリック作品三態】
【写真上】玄関正面のレリーフ扉「PALAIS ASAKA」(1932年)。
その名通り朝香宮邸オリジナル、宮邸のランドマークと云える物です。
【写真左下】「BUCAREST/ブカレスト」(1928年)。
大客室のシャンデリア。主要53のパーツで構成されています。二基有り。
【写真右下】「ANANAS ET GRENADES/パイナップルとざくろ」(1928年)。
大食堂のシャンデリア。動植物をモチーフとしたフロス技法はラリックの真骨頂。

尚、詳細はルネラリック「カタログレゾネ(赤本)」903.649.667Pに掲載されています。

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次室のオブジェ。
アンリ.ラパン作「噴水塔」。
玄関レリーフの「PALAIS ASAKA」と共に朝香宮邸のフラッグシップと云えるアールデコ装飾物です。

漆喰のドーム天井、橙色の人造石壁、黒漆の柱とのコントラストも見事にて。

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【レリーフ三態】
代表的なものを挙げてみました。
【写真上】大広間大理石装飾「戯れる子供たち」。レオン.ブランショ作
【写真上】大客室扉.装飾パネル。マックス.アングラン作
【写真上】大食堂.草花紋銀飾壁。レオンブランショ作

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大広間から階段を上り二階ホールに向かう。
階段手摺にはブロンズ装飾と白硝子壁。階上を見上げれば大型円盤のシャンデリアに唐草モチーフのジャポニズム照明柱。
至る所処、観るべきモノが多すぎて「油断も隙も」あったもんぢゃありません。

と云う訳で、続きは亦後程。

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●等持院の災難

北野天神さんの「撫で牛様」破損騒ぎと云い、上醍醐さんの落雷焼失事故と云い…。
最近のミヤコ神仏事情にはロクなニュースが有りません。

更に今度は「信じられない凶報」が届きました。

私めの高校の近所、等持院さんで足利将軍木像の損壊盗難事件が起こったとの事。
まさか此の御時勢、後醍醐さんに叛いた「逆賊」に天誅を下す訳では無いでしょう。

霊光殿には何度か伺った事がありますが、十五体の足利歴代将軍像が佇む薄暗い廟内は静粛とした感を醸していたのを覚えております。
足利さんの菩提寺にてこの悪行、正しく「墓を暴く」に等しい非道な行為。

このような輩は即刻ひっ捕まえて「三条河原」で晒す事を望むものです。

P2008100400094_2足利尊氏像の手首盗難
等持院 義満像の刀なども被害 

足利尊氏ゆかりの等持院(京都市北区)で、江戸時代につくられた尊氏の木像の左手首などが盗まれていたことが4日、分かった。
寺によると、木像(高さ約1メートル)は足利氏代々の将軍像を安置した霊光殿にあり、9月3日に職員が左手首部分が抜き取られているのを見つけ、北署へ届けた。12代の義晴像の左手首、義満像など5体の腰にあった刀の柄がなくなっていることも分かったという。いずれも文化財指定は受けていない。霊光殿は参拝者が自由に出入りできるという。
等持院は1341年、尊氏が夢窓疎石を開山としてこの地に創立した。尊氏の墓所としても知られる。
(文.写真共 京都新聞10/4より)

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2008.10.03

●「秋」宮川町

ミヤコ「秋のをどり」は只今甲部で花盛り中。
続いて
来週木曜日からは宮川町「みずゑ会」、その舞台稽古の報が届いております。

そう云えば太秦の「牛祭」ももう直ぐにて。

P200810020016433年ぶり「太秦詣」披露
宮川町歌舞会、9日から秋公演

京都五花街の一つ、宮川町歌舞会(京都市東山区)は、秋の公演「みずゑ会」(9-12日)を前に、宮川町歌舞練場での舞台げいこを報道関係者に公開した。今年は長唄「太秦詣(もうで)」を33年ぶりに上演する。芸舞妓らが念入りに所作を確かめた。
「太秦詣」は上方舞の楳茂都(うめもと)流の舞で、京都三大奇祭の一つとされる広隆寺(京都市右京区)の「牛祭」の様子を写実的に描いた珍しい演目。芸妓たちが赤鬼、青鬼や見物人に扮(ふん)してコミカルに舞う。楳茂都流の演者らが1975年に国立劇場(東京)で披露して以来、上演されていなかったが、今回は来年のえとの丑(うし)にちなんで選んだ。
舞台げいこでは、大きな面をつけた芸妓たちが足を踏み鳴らしたり、振り付けを確かめながら舞った。
公演は連日午後4時開演。芸舞妓総勢68人が日替わりで出演し、舞妓の群舞による上方唄「松づくし」や華やかな地唄「花かづら」など一日五演目を披露する。宮川町歌舞会Tel:075(561)1151。
(文.写真共 京都新聞10/2より)

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2008.10.02

●「アール・デコの館」

涼秋の侯も心地良い木曜日のお昼過ぎ、本日は白金台迄足を延ばして参りました。
目指す所処は旧朝香宮邸、東京都庭園美術館。
昨日より開催されている「開館25周年記念 アール・デコの館−庭園美術館建物公開−」に伺う為です。

01 因みに「旧朝香宮邸」に付いての大要に就いてですが、
『この建物は1920年代から1930年代にかけてヨーロッパの装飾美術を席巻したアール・デコ様式を現在に伝えるものです。フランス人デザイナーが、主要部分を設計、内部装飾もフランスをはじめとする外国から輸入されたものが多用されています。
また基本設計と内装の一部は宮内省内匠寮の建築家が担当し、アール・デコ様式に日本独特の感性を付け加えています。(東京都庭園美術館HPより抜粋)』

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今展示会は「アールデコ.和洋折衷様式」を往時より損なう事無く残す稀少な建造物である「旧朝香宮邸」の細部装飾をじっくり鑑賞出来る「亦と無い」機会なのです。

と云う訳で、茶室.庭園を含め三時間程たっぷりと堪能して参りました。
開催期間中、も一回ぐらいは行こうかなと思っています。
リポートは亦後日にでも。

「アール・デコの館」展覧会リポートはコチラ。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/10/post-a11f.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/10/post-e992.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/10/post-f893.html

東京都庭園美術館 開館25周年記念「アール・デコの館」HPは下記にて。↓
http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/artdeco25/index.html

 

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2008.10.01

●「長月」晦/「神無月」朔日

「秋の長雨」とはよく云ったもので、今週に入り日毎「秋霖」の空模様。
トーキョーでは引き続き明後日迄「憂鬱なお天気」との予報です。

そんな「秋黴雨」続く折節、入相の頃ともなると「涼秋」を通り越し「寒秋」の気配にて。

081001_002と云う訳で、五月より「開けっ放し」だった弊亭玄関も昨日より「戸を閉てて」おります。

引戸一つの装いだけでも「秋の彩り」は深まるもの。
なんて事を思いつつの
「長月.つごもり」越し「神無月.朔日」でありました。

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