« ●「金龍さん」初登楼 | Main | ●「嵐峡館」再開綱領発表 »

2009.05.30

●「花街.夏の御挨拶」準備風景

弊亭も「名入りうちわ」をお願いしている京都岡崎の「小丸屋さん」。
その小丸屋さんに就いてのコラムが先日の読売新聞に掲載されていました。
何時も御世話になっている誼で記事を挙げておきます。

因みに私めの存じている限り、芸舞妓さんのうちわを作成されているのは現在ミヤコで二件だけ。

関連過去ログは下記にて。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/05/12_c16f.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2009/05/post-4027.html

http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2009/05/post-c27d.html

Kn20090526121215119l1花街十職<6> 京丸うちわ
柔らか 思いやりの風

芸舞妓による4~5月の公演がすべて終了した花街は、夏の準備に忙しい。「小丸屋住井」(京都市左京区)では、職人6人が白地に朱色で源氏名が刷られた「京丸うちわ」作りに追われている。
同店の創業は江戸前期の1624年(寛永元年)にさかのぼる。日蓮宗の高僧、元政上人(1623~68)が考案したナツメ型の「深草うちわ」を伏見・深草の良質な竹で作り、京土産として人気を集めた。明治~大正期に花街向けの京丸うちわを手がけるようになり、今は、年間約2万5000本を製作する。

畳敷きの工房には、竹の節から先を42本程度に割ったうちわの骨と、八角形の和紙が積まれている。職人たちは正座し、まず、骨をのりの入ったたらいに浸す。置屋などの紋が印刷されたうちわの表になる紙を裏返し、その上に骨を置き、小さなささくれをピンセットで取り除いて、間隔が均等になるように調整。名前の入ったうちわの裏になる紙に、はけでのりを付け、骨の上に載せる。
「芸舞妓さんのうちわだから、ふわっと丸く、色気のようなものが伝わらないと」。職人の木野高利さん(43)は、のりがむらにならないよう、撫でるようにブラシを紙の上に滑らせる。のりが薄い部分は、乾燥後に紙が浮き、濃いと骨が反るという。「適度にしなやかで、それでいて紙と骨がきっちりとくっつくように力を加減します」と説明する。

木野さんは約20年前、知人の紹介で、うちわのほか京扇子や舞踊の小道具を製造・販売する同店に就職。うちわの作り方は、先輩職人の手元を見ながら覚えた。「最初は表面がでこぼこになった」と振り返る。やがて、気温や湿度の微妙な変化で、のりの乾き方が変わることに気づいた。気温が低いと乾燥に時間がかかり、竹のあくが出て紙が汚れる。このため、乾きやすいよう、やや濃いのりを作り、除湿器を使った。失敗作が減るのに10年かかったという。
丸1日かけて乾燥させた後、半月型の枠を上から当てて、はみ出した紙と骨を切り落とす。さらに、竹べらで骨を1本ずつなぞって筋を際だたせ、「念入れ」と呼ぶ仕上げをする。うちわ1本を完成させるのに7~10日間必要という。

同店10代目当主の住井啓子さん(59)は「うちわは本来、相手をあおいであげるためのもの。人を気遣う思いやりの心が根底にある」と語る。6月中旬、芸舞妓は一人数十~数百本ずつ、うちわを得意先に配る。料理屋にずらりと並ぶ様は古都の夏の風物詩にもなっている。冷房が発達しても、丁寧な手仕事から生まれる柔らかい風が、うちわの宿す精神を運んでくれる。

芸妓さんと京丸うちわ
うちわの表の紋は、舞妓は所属する置屋、独立した芸妓は自分の家紋を刷る。裏には芸舞妓の名のほか、上七軒と先斗町は花街の名、ほかの花街では、舞妓は置屋の屋号、芸妓は自分の名字を入れるなど、しきたりが異なる。
毎年、約160本を小丸屋住井であつらえる上七軒の芸妓、梅嘉さんは「うちわは夏を一番に感じるものどすやろね」と話す。「手作りのうちわは、少しの力でええ風が起こりますし、何よりも丈夫。お客さんをあおいで差し上げると『プラスチックのうちわとは、全然風が違う』と喜んでもらえて、うれしおすね。職人さんの手仕事に支えられている、と思うのどす」
(文.写真共 読売新聞5/26
より)

|

« ●「金龍さん」初登楼 | Main | ●「嵐峡館」再開綱領発表 »