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2009.05.15

●賀茂の祭

斎王代発表から御禊儀、歩射神事、賀茂競馬、御蔭祭…。
約一ヶ月の前儀を経て、本日は「賀茂の祭」本祭でした。
所謂「葵祭」と云うやつです。

「京都三大祭」なぞと云った謳い文句の為、その真義が曖昧になりがちですが、本来の立ち位置は「賀茂社.鴨社」の例祭にて由緒正しき官祭。
それはこの時期に催される事からも明らかでして、四月~五月はミヤコ各社「例祭」真っ盛りなのです。

と云う訳で、今年の「賀茂祭」二題。
御日柄も宜しく五月晴れ、神事恙無く執り行われた様子です。

P2009051500088華麗 都に王朝の列
みやびやかに葵祭

京都三大祭りのトップを飾る葵祭が15日、京都市内で繰り広げられた。王朝装束をまとった511人が約1キロにおよぶ列をなし、若葉がまばゆい都大路を進んだ。沿道では3万5000人(正午現在、京都府警調べ)が優雅な行列を見守った。

上賀茂、下鴨両神社の例祭(賀茂祭)で、行列の装束や社殿にフタバアオイを飾ることから「葵祭」といわれる。道中の行列を「路頭の儀」、両神社の神事を「社頭の儀」と呼ぶ。
午前10時半、やわらかな日差しの中、本列(近衛使(このえづかい)代列)が京都市上京区の京都御所・建礼門を出発し、「御所車」と呼ばれる牛車(ぎっしゃ)が車輪をきしませて進んだ。
女官が先導する斎王代列(女人列)が続き、斎王代が乗った腰輿(およよ)が近づくと、京都御苑の観覧席からひときわ大きな拍手があがった。十二単(ひとえ)に身を包み、フタバアオイと金銀の金具で髪を飾ったヒロインを見つめる大通りの観客からはため息がもれた。
(文.写真共 京都新聞5/15
より)

P2009051500098斎王代 凛と映え
葵祭

日差し穏やかな初夏の15日、古式ゆかしい葵祭が京都で催された。緑が映える都大路、行列の最後を斎王代の女人列が進む。十二単(ひとえ)の斎王代はもちろん、小袿(こうちぎ)や打袴(うちばかま)の伝統装束をまとった命婦(みょうぶ)、采女(うねめ)も女性のあこがれの的。かつての斎王代の娘や姉妹も華やかに練り歩いた。

■祖父の励まし胸に
皐月(さつき)の空のようなすがすがしい表情で、斎王代の千万紀子さん(21)=立命館大4年、京都市上京区=は腰輿(およよ)に乗り込んだ。垂髪(おすべらかし)を飾る白い日蔭絲(ひかげのいと)が揺れる。「見晴らしがいいです。ちょっと緊張してきました」と笑顔を見せた。

万紀子さんは裏千家の千宗室家元の長女。高校生のころから、「斎王代に」との話があったという。「斎王代は若い女性が務めていたと聞いていたので、できれば学生のうちにやらせていただこうと決心しました」
水泳部に所属し、毎日2-3時間泳ぐスポーツウーマンだ。早朝、祖父の千玄室前家元に「行ってきます」とあいさつしてプールに出掛ける。前家元にとって、万紀子さんはただ1人の孫娘。「ちいちゃい時からかわいがって…。才気煥発(かんぱつ)な女の子に育ってくれた」と祖父は目を細める。
祭りを前に、斎王代が下鴨神社で身を清めた4日の御禊(みそぎ)の儀。十二単(ひとえ)の万紀子さんが御手洗池に向かう際、玄室前家元はスーツの胸ポケットから故登三子夫人の写真を取り出し、胸の前に掲げた。「晴れ姿をひと目見せたかった」と言う。
この日、祖父は久遠寺(山梨県)で献茶式を行うため、腰輿に乗った孫娘は見られない。「朝方、『おめでとう、頑張ってね』と電話がありました」と万紀子さん。祖父の励ましを胸に、斎王代は凛(りん)として都大路を進んだ。
(文.写真共 京都新聞5/15
より)

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