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2009.07.31

●「祇園祭」終わりました

本日は八坂さんにて「夏越祓」。
祇園祭も「茅ノ輪潜り」を以ってフィナーレ、今年も無事に結びとなりました。

但し「祇園祭」も「七月」終わろうとしているのに…。
「ミヤコの梅雨」は未だ明ける気配がありません。

P2009073100111茅の輪をくぐり、祇園祭に幕
八坂神社で夏越祭
祇園祭の「夏越祭(なごしさい)」が31日、京都市東山区の八坂神社の境内摂社・疫(えき)神社で行われ、参拝者が茅(ち)の輪をくぐって厄を払い、護符を授かった。この神事で1カ月にわたった祇園祭は幕を閉じた。
疫神社は八坂神社の祭神・素戔嗚尊(すさのおのみこと)を旅の途中でもてなした蘇民将来(そみんしょうらい)をまつる。「蘇民将来子孫也」と記した護符を持つ者は疫病を免れるとされ、祇園祭に奉仕する人々は護符を身につけて臨む。
午前10時から神事を行い、森壽雄(ひさお)宮司が「梅雨が明けぬうちに祇園祭が終わったが、滞りなくできたのは皆様のご支援、ご奉仕のたまものです」とあいさつした。
疫神社の鳥居には約2メートルの茅の輪が設けられ、参拝者が次々とくぐった。神輿(みこし)渡御や山鉾巡行に携わった人々も多く訪れ、祭りが無事終わったことを感謝し、護符を大切に持ち帰った。
(文.写真共 京都新聞7/31
より)

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2009.07.30

●「小林かいち」展

えー、五日も前の話ですが…。

週末の赤坂は例に由って閑散としたものでして、そんな土曜日のお昼過ぎは久方振りに見附越え「紀尾井町」へ。
ニューオータニ美術館で開催されている「小林かいち」展に足を運んで参りました。

「小林かいち」。まぁ殆どの方が御存知無いと思います。
角云う私めも、彼の名を知ったのは僅か数年前、確か京都新聞の記事。
挿入されていた絵葉書のデザインが目に留まり、ネットや書籍で調べたりしたのがきっかけでした。

詳解は他に任せるとして「小林かいち」がどんな人かと簡単に申しますと…。
大正後期から昭和初期にかけて京都で活動したデザイナーさんでして、主に「絵葉書.絵封筒」の図案を手掛けていました。
当時の芸術新潮「アール.デコ」の作風を逸早く取り入れ、且つ日本風(京都風)に咀嚼したモダンデザインは時代を先端を先駆けたもの。
その作風は今様に云うなら「大正ロマネスク.女学生萌え~」てな感じです。

02_2
「モガ.舞妓」「トランプ」「薔薇.鈴蘭」「月.星」「街灯.教会」などの題材を用いたモダンなデザイン、優れた構図や色彩構成などの感覚は現代アートと見比べても何ら遜色ありません。
更に『6cm×15cm』のスペースからは、「憂い」「哀愁」と云ったモチーフ(女性)の心情が美しさを伴って表現されており、様々な心象を想起させてくれます。

矢張り良質な「作品」は、観賞する側の想像力を掻き立ててくれるもの。
それは幾星霜時代を経ても色褪せないものです。

01「謎のデザイナー
小林かいちの世界」

開催 7/11~8/23 
ニューオータニ美術館
(ガーデンコート六階)

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2009.07.29

●「神輿洗い(後篇)」

「宵山」「巡行」「神幸祭.還幸祭」は終われども、「祇園祭」はまだ終わっておりません。
昨夜は御神輿お片付けの準備、後の「神輿洗い」が行われました。

後の主要神事は晦の「夏越祓」を残すのみ。
そんな訳で遽しかったミヤコの一ヶ月も愈々「幕」が近づいて参りました。

P2009072800193荒ぶる水の神 鴨の流れに
祇園祭・神輿洗い

祇園祭の「神輿(みこし)洗い」の神事が28日夜、京都市の四条大橋で行われた。市民が見守る中、神輿に鴨川の神水が振りかけられた。
10日の神輿洗いで鴨川の荒ぶる水の神様を八坂神社(東山区)へ迎え、祭りを催してもてなし、この日、人々の守り神として鴨川へおくる神事。
午後8時前、松明(たいまつ)に先導され、「中御座」の神輿が八坂神社から四条大橋へ到着した。神職が神水を浸した榊を数回振り、神輿に神水をかけた。周囲は法被姿の輿丁(よちょう)や市民の熱気に包まれた。
祇園祭は31日午前10時から、八坂神社で「夏越祭(なごしさい)」を行って祭りを締めくくる。
(文.写真共 京都新聞7/29より)

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●ラリック展in「国立新美術館」

090727_012えー、昨日の後日談にて続篇。
晴天の月曜日お昼過ぎ、国立新美術館へ「ルネ.ラリック」展に行って参りました。
実は私め、此処に足を運ぶのは今回が初めての事。

そんな訳にて「初めての黒川紀章美術館」、雑感です。

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【写真上】国立新美術館、建物外観。
ガラスカーテンウォールはライムグリーンの軽快な色調、「うにょうにょ」と四段に波打ってます。
一見しただけでは判り難いですが、一応「四階建て」。

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【写真左】正面入口上部。
三角柱の形状が奇抜な感。
モノトーンの骨組に、赤い照明縁がアクセントとして効いています。
外界からの自然光を程好く取り込んでおり、調光具合は控え目にて。

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【写真上】館内より外を望む。
高い建物は恐らく「パシフィックタワー六本木」。
写真ではコントラストが効き過ぎていますが、見晴らしはそれ程悪くありません。

090727_002【写真左】建物内観。
因みにみの丸っこい物体の三階は「ポール.ボキューズ ミュゼ」と云うブラッスリーだそうです。
舌噛みそうな名前だ事…。

取敢えず建物見学はこれ位にして、そそくさと「ラリック展」会場に向かいました。

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090727_014

【写真左】例に由って「喫煙所」一写。
場所は正面玄関右奥、チャリンコ置き場の隣。
椅子も波打っておりました。

と、まぁ今回はコメントがカナリ「テケトー」にて。
余り興味の無い題材だからなのは、云う迄も有馬線。でした。

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2009.07.28

●「ルネ・ラリック」展

01_2昨日は昼過ぎより六本木へ。
国立新美術館は「ルネ.ラリック」展に行って参りました。
因みに展覧会正式名称は『生誕150年ルネ.ラリック 華やぎのジュエリーから煌きのガラスへ』展…。長っ。

正直「ラリック展」と云われても然程目新しさを感じないのですが、それは恐らく「アールデコ」「近代ガラス」関連の展覧会でよく目にするからかも知れません。
実際、ラリック単独での大規模な展覧会は2003年(大丸ミュージアム)以来。
よーく考えてみれば六年振りなのです。

しかも今回の展示作品数は約400点、前述大丸の「ラリック展」では約250点でしたから、比肩して本展の力の入れようも判るものでしょう。
更に今回の「ラリック展」は、出展量のみならず質の面に於いてもこれ迄と一線を画する内容となっています。

興味深いのは比較的「さらっ」と流されがちな、前半生(~1910年頃)のジュエリー宝飾品が可也豊富に展示されている事。
ラリックの作品を時系列的に俯瞰する上で、アール.ヌーヴォー期(「ガラス作家」以前)のラリック作品は非常に重要なもの。
ルネサンス、バロック.ロココは元よりイスラム、ケルト…、そして「ジャポニズム」。
「様々な国」の「様々な時代」の芸術様式の影響を受け、次時代(アール.デコ)への新しい道筋を切り開いた過程を窺う事が出来ます。

亦、作成に当たってのデザイン画.修作も多く展示されており、作品と見較べてみると如何にデザイン下地が精巧に造形化されているかが解るもの。
優れた「デザイナー」であると同時に「プロデューサー」としての彼を垣間見る事が出来ます。

勿論ラリックの真骨頂とも云うべき「アール.デコ」作品も数多展示されています。
ラリック作品の代名詞とも云える「オパルセントガラス」「ロストワックス」「パチネ」の技法を用いたフラワーベースやボウル、プレート。
アール.デコ博パビリオンで展示されていた作品の数々。
史上最強の工芸ガラスコラボレーション、コティの香水瓶。
その他諸々…。

そんな訳で此処数年のガラス関連展覧会の中では、2005年に江戸東京博物館で開催された「エミール.ガレ」展と並びハイボリュームなものでした。

尤もガレ展に比べ「脳内&視覚」疲労困憊状態にならなかったのは、ラリックの作品があくまで使用実地に伴ったものだからでしょうか。
精巧な装飾技法や可塑.透過性の美しさに感嘆し心惹かれるものの、その立ち位置は「産業工芸ガラス」。
何せガレの作品の場合、「観念の魂塊(物を云うガラス)」。
訴えてくるものが多過ぎて重過ぎて、下手すると生気を吸い取られかねません。

とまぁこんな所処でした。
尚、「ガラス工芸様式.作家」その他詳細に就いては下記弊サイトを参照に。↓
http://bamboo-bar2.cocolog-nifty.com/
「ルネ.ラリック」の項だけ、一応コピペしておきます。

【Rene Lalique】

云う迄も無く、アールデコのみならず近代を代表するガラス工芸界の巨匠。
ラリックについては研究書としても幾百の出版物が出され、簡単に解説を加える事は難しい。従って彼の極々簡単な履歴と、ガラス作家としての功績を辿ってみる事にする。

1860年 4月6日、パリの東に約120km、シャンパーニュ地方のマルヌ県アイにて生誕。
1876年 父親死去。16歳で宝飾技師ルイ.オーコックの元で働く。
1878年 ロンドンに渡り、2年間美術学校でデザインを学ぶ。
1880年 パリに帰国。二年間、宝飾デザイナーとして働く。
1882年 宝飾デザイナーとして独立、各杜にデザインを提供し活躍。
1886年 宝飾工房を買い取り、自ら実作を始める。
1889年 パリ万国博覧会に出展。(29歳)
1890年 宝飾部品として、鋳造ガラスを手掛けはじめる。
1898年 パリ郊外にガラス工房を設ける。
1900年 パリ万国博覧会に出展。その後も数々の博覧会出展や製作依頼が続く。(40歳)

ラリックはアールヌーヴォー期には宝飾デザイナーとして活躍した。
1889年のパリ万国博覧会に出展し注目を浴び、その後数々の展覧会やサロンで名声を高める。1900年のパリ万国博覧会では100点以上の作品を出展し、賞賛の中で宝飾作家としての地位を不動のものとする。
この頃の作品はやはりアールヌーヴォーらしく、今までの既成概念を打ち破った材質や細工を用いていた。また、彼がこの時期までに培ったデザインの技法、ガラスの製法技術は、後のガラス作家への転身の際に大きく役立つ事になる。

1908年 香水商フランソワ.コティとの共同関係が始まる。
1909年 パリ南東コーム.ド.ウィルにてガラス工場を構え、ガラス製品の生産に入る。
1911年 ガラス作品への比重が増えていく。
1912年 ガラス作品のみの展覧会を自営店で開催、この後宝飾作品の製作を放棄する。
1914年 第一次対戦勃発。同年から1918年までガラス製作を休止


1907年にラリックの後半生の運命を決定づける、香水商フランソワ.コティとの出会いがあった。
コティはラリックに香水瓶のパッケージデザインを依頼、これを期に本格的にガラス製作に入り込む事になる。今までの一点ものの宝飾品とは違い、量産品の香水瓶という商品自体が、あたかもその後のラリックの方向性を暗示している。そして1907年を最後に、彼は宝飾作品から離れ、ガラス作家一筋に取り組むようになる。

1918年 第一次大戦終了。
1921年 アルザスロレーヌ地方に第二工場を設立。ガラス製作再開。
1925年 現在装飾美術産業美術国際博覧会出展、ガラス工芸.工業部門代表を務める。
1926年 「ルネラリック杜」設立


第一次大戦により操業休止を止むなくされたラリックだが、戦後翌年には近代設備を整えた大規模な第二工場を設立、生産を再開させる。それまでの宝飾作家としての知識と技術に加え、新たに開発した技法など全てをガラス製作に注ぎ込み、以後次々と作品を発表していく。
そして1925年のアールデコ博では工芸作品の出展以外に、自身のパビリオンの他、各パビリオンの内装、ガラス製の大噴水など室内外を問わず大規模な作品を発表、大成功を収めた。こうしてアール.デコ期を通じ、ラリックがガラス工芸界に与えた影響は限りなく大きいが、大別すると以下の通りであろう。

ラリックの革新性は、当初から品質の高い量産品を造ることを念頭においていたことに挙げられる。
アールヌーヴォー期の殆どの作家達が、作品の近代化に相反して、手作り志向による一点製作主義から脱却出来ずにいたのに対し、ラリックはガラス工芸を同時に産業として捉え、自らはデザインを担当、生産は機械化された工場で、と工程を明確に分離した。ガラスの手工業的生産を近代的生産システムヘと脱却させたのである。
そして作品を大量生産とすると同時に、エミール .ガレらが築き上げた「美術工芸品」としてのガラスの価値も継承していく。デザイナーとしてラリックは、ガラスの特性を最大限に引き出し、なおかつ独創的で時代の最先端の造形を生み出していった。同時に、素地にはセミ.クリスタルガラス、成型にはプレスや型吹き、という風に、量産に適した素材や技法の開発を続け、高品質な工芸作品を生産していく。また博覧会用などに、自ら手掛ける一品製作も並行していくが、生産品とは一線を画した形で行われた。
こうした生産システムの確立により、ガラスの用途が新しい分野にも拡がっていく。異なるガラス素地や装飾のものを様々なバリエーションで大量生産出来ることで、今までには無い、未領域へのガラスエ芸の進出が可能となった。テーブルウェア、シャンデリア、花瓶といった既存の分野に加え、コンポート、モニュメント、船舶や列車、教会など室内外を問わない大規模な装飾、更にはカーマスコットに至るまで様々な領域に可能性を拡げていった。しかもそこには量産品としての品質劣化は見受けられず、優れた美術作品としての価値も並存していた。

ラリックの技法的特徴については諸誌を参考にしていただきたいが、作品の大きな特徴は素材、装飾共にガラスの透明性を最大限に活用したことであろう。
素地には透明クリスタルと、半透明ないしは乳白色のオパルセント .ガラスの組み合わせを好んで多用する。色ガラスを用いる際にも色彩をぼかし、極力透明感を表現する。装飾にもサチネ、パチネといった色、光沢表現を主とした技法でガラスに更なる奥行き、立体感を与えた。
こうしたラリックの作品は、光の調度で色彩、透明感、輝度が微妙に変化し、独創的な質感を持つ。そこには優れたデザインからくる造形美に加え、ガラスのみが持ちうる、重厚さ、はかなさ、神秘性などといった、素材からくる美しさも秘められていた。

1939年 第二次大戦勃発。ガラスエ場停止。
1945年 5月5日、85歳にて永眠。息子マルク.ラリックが後継となる。


アールデコ博後も精力的な制作活動を行っていたラリックだが、1939年の大戦勃発により二つの工場はドイツ軍に接収され止むなく休止、その後本格的な活動に入ることなく1945年にこの世を去ってしまう。
ラリックの築き上げた業績は、1950年代を代表する工芸作家として活躍した息子マルク、さらにその娘マリークロード・ラリックによって継続されていた。

が、経営とアートディレクションを担っていたマリーは1994年に自社株を売却、1996年には完全に事業から撤退し血縁者による経営は終わりを告げた。ラリック社は現在ポシェ社の傘下に入っている。
しかしラリック社の芸術性と実用性に富んだ作品は今尚高い人気を誇っており、植物、動物、女性像などのモチーフを、クリアとフロステッドによる対比で柔らかく表現する手法は同社独特のものである。

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●販売速報 「ハイボール」増刊号

えー、何時もお世話になっております弊亭酒司です。
今日は四半期おきの弊亭「販売速報」の夏休み増刊号、先日「ハイボール」ログの続きでもあります。
と云う訳で、何時もに較べ「ちっとは」参考になると思います…。

■最近よく作っているような気がするフツーのハイボール「ジャパニーズの部」
  ・角ハイ
  ・山崎12年ハイ
  ・響17年ハイ

■最近よく作っているような気がするフツーのハイボール「スコッチの部」
  ・グレンオード12年ハイ
  ・タリスカー18年ハイ
  ・ボウモア8年ハイ

■最近よく作っているような気がするフツーのハイボール「バーボンの部」
  ・ワッセンズ8年ハイ
  ・ローゼスプラチナハイ
    ・ターキー10年ハイ

■最近よく作っているような気がするハイボール「プチオールドの部」
  ・ヘイグハイ
  ・ジョニ赤ハイ
  ・ファークラスハイ
  ・テイラーハイ
  ・ダントハイ

とまぁこんな所処です。
因みに最近イチバンの人気者は…、

090727_015「アーリータイムス(松田優作使用)ハイ」。
今夏既に二本目…。
はっきり申し上げて「スト」で飲るよりは「ソーダアップ」した方が美味いもの。
「濃いめに軽め」に仕上げております。

尤も「ハイボール」と云うよりは、「バーボンソーダ」と云った方が良いでしょうか。
  
  

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2009.07.27

●「夜はハイボールから始まる」

えー、何時も御世話になっています、弊亭酒司です。
此処の所処「祇園祭」ネタ計りでしたので、偶には「お酒に纏わる」オハナシでも…。
と云う訳で本日は「ウイスキー昨今事情」に就いて。

先週末のトーキョーは「盛夏」本番と云うに相応しい炎天下、「戻り梅雨」も漸く収まりそうな気配です。
そんな「酷暑到来」の砌ともなると、お酒の需要にも可也偏りが生じるもの。
気温の上昇に伴い、「ウイスキー」の受注が目に見えて減少していくのです。
そりゃ「最高気温35℃.湿度85%」なんて日にハードリカーは飲りたくないものでしょう。
所処が今夏は「そんな傾向」に一寸した異変が。

そう、「ハイボール」です。

どちらの飲み屋さんでも此処の所処「ウイスキー&ソーダ」の需要が著しく増加しているとの談、弊亭でも昨年後半よりハイボールの御用命が可也増えております。

まぁ尤もこの風潮、「小雪ママ」のお陰でいきなりブレイクしたのでは有馬線。
数年前「ハーフロック(byキムタク)」の販促で大ゴケしている某サントリーさんが、その後二年間地道に宣伝してきたのが「(角)ハイボール」。
その効果が今年に入って実を結んだ、と云った所処でしょうか。

で、そんな昨今のブームを象徴するが如く、先日「強烈」なオーダーがありました。
歳の頃三十前、小洒落たクールビズは初見のオニーサン曰く、

「ウイスキーのハイボールをソーダ割りで!」

…、えーっと。
まぁ、云いたい事は判りますのでフツーにお出ししましたが。
要するに「蛇足」なオハナシでした。チャンチャン。

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●「古本まつり」カウントダウン

下鴨さん夏の風物詩、「納涼古本まつり」迄あと半月。
私めも毎夏御邪魔する云わば「必須参加行事」、
お盆帰京「お目当て」の一つだったりします。

気が付くと書荷がダンボール二つ分に膨れ上がって宅急便のお世話になったり、
将又お金が足りなくてコンビニATMまで往復したこともありました。

昨年は特に散財せずに済みましたが、それでも手が千切れそうでした。
紙切れの集合体と侮る事無かれ、本は大変重たいものです。

「炎天下」「蝉時雨」「砂埃」「自転車の山」「夕立」「裸電球」…。
おっと、忘れてならないのが「納涼うちわ」に「冷やしカレーうどん」。
古本市の雰囲気を彩る「有形無形」のアイテムも何時も通りの事でしょう。

と云う訳で幣ブログタイトルバナーも今日より「古本市使用」。
弊亭格子にも告知ポスターが貼られております。
尤も此処は赤坂の地、例に由って宣伝効果は皆無でしょうが…。

090724_001因みに今年の開催予定は下記の通り。

「下鴨納涼古本まつり」
8/11(火)~8/16(日)

10:00~18:00(16日は16:00迄)

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2009.07.26

●かぼちゃ供養

えー、今更ですが「ミヤコの夏」は蒸し暑う御座います。
…、大変蒸し暑う御座います。
…、本当に蒸し暑う御座います。
…、嫌になる程蒸し暑う御座います。

従って夏負けしない為には「神様」「仏様」「野菜様」…、頼れるものには何にでも頼ろうと思うのが本音と云うもの。
そんな事由かは扨知らず、酷暑本番を前にしたミヤコでは暑気払いを祈願して「きゅうり封じ」や「かぼちゃ供養」なる催事が行われるので御座います。

と云う訳で今年も「南瓜様」に御縋りするのでありました。

P2009072500101健康祈り カボチャ供養
左京・安楽寺

中風よけの霊験で知られる「鹿ケ谷カボチャ供養」が25日、京都市左京区鹿ケ谷の安楽寺で営まれた。朝から大勢の参拝客が訪れ、柔らかく煮付けられたカボチャを味わった。
約220年前の江戸時代に、当時の住職真空上人が「夏の土用にカボチャを食べれば中風にかからない」とお告げを受けたことが始まりとされる。
檀家の人たちが早朝から約1千食分を煮付け、地元の小学生たちも接待を手伝った。時折、雨が降る蒸し暑さの中、参拝客は汗をぬぐいながらカボチャを口に運び、健康を祈っていた。
(文.写真共 京都新聞7/24
より) 

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2009.07.25

●続「ツール.ド.オダイバ」

えー、遅れましたが先日「ツール.ド.オダイバ」の続篇にて。

湾岸埋立地を一通り廻った後は陸地に戻り、「旧浜離宮」「旧芝離宮」の二庭園(公園)を見物する事と致しました。
余り触手の伸びない所処ではありましたが、まぁ「帰りがけの駄賃」と云う事で…。

そんな訳で先ず伺ったのは徳川将軍家別業「浜離宮」。

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【写真上】「潮入の池」北東岸より「お伝い橋」と「中島茶屋」を望む。
池泉庭園の遠景がビル群と云うのは帝都トーキョーならでは。
一応此処が一番のビュースポットだと思われます。

090722_001_2
【写真左】「潮入の池」南岸からはビル間より東京タワーが窺えます。
「あの日 この席からは見えなかった 東京タワー♪」
と云う訳で再びTHE BOOM、曲は「東京タワー」でした。

【写真右】公園南岸より望む東京湾。 
眼前にはお台場のビル群、嘗ては江戸港が一望出来たものでしょう。

090722_025【写真左】「夏の一コマ」、空蝉。

大手門近くの喫煙所にて一写。
灰皿を攀じ登り羽化したらしく、愛煙家だけが探し当てられた「夏風趣」でした。

暫し一服した後は、お隣の「芝離宮」へと移動する事に。

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【写真上】「芝離宮」林泉三写。
中島、浮島を中心に撮ってみました。背景は浜松町周辺のビル群。

両者共江戸期の代表的な池泉回遊式庭園、所謂「大名庭園」と云うやつです。
共通点も多く、「江戸湾より海水を取り込んだ潮入の池」「屈曲の多い入り組んだ汀線に配された出島や入江」「池中央に築かれた中島と架橋された長橋」等々…。
建造物や庭木などは震災や空襲で殆ど焼失しているとは云え「地割り」「石組み」などは往時から然程損なわれていないと思われ、規模も大きく豪勢なものだった事が覗えます。

然乍ら、作庭意匠の中に内的(精神的)な創意工夫(生命力.想像力)は観るべくもありません。
まぁ如何せん「お武家さん」の造ったもの、その構成は「庭園」と云うより「城」の二の丸に近いものでございました。

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【写真左】最後に「芝離宮」池岸一写。
文字通り「甲羅干し」の図。

と云う訳で全行程約60㎞。
「ツール」と云う程でも無い、のんびりとしたサイクリング紀行でした。

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●「おかえり」の儀式

昨宵のミヤコは祇園祭.還幸祭。
八坂さんの祭神様三柱が七泊八日の御旅行を終わられ、本宮に「おかえり」になられる神事です。
そんな訳で祇園祭も愈々終盤、「八月」も「茹だる暑さ」もすぐ其処迄来ています。

P2009072500037雄々しく街練り 神帰る
祇園祭 還幸祭

祇園祭の還幸祭が24日夜、京都市中心部で行われた。疫病退散を願って3基の神輿(みこし)が氏子地域を練り歩き、深夜に八坂神社(東山区)へ戻った。
神幸祭(17日)から鎮座していた四条御旅所(下京区)を午後5時から順に出発した。3基は高辻通や大宮通を進み、三条通黒門東入ルの三条又旅社(中京区)で神事を行った後、寺町通や四条通の繁華街を練って八坂神社へ帰った。道中、氏子たちが神輿に手を合わせた。
午後11時過ぎ、「西御座」の神輿が八坂神社に到着、3基がそろった。境内の明かりが消され、神輿から本殿へ祭神をうつす「御霊遷(みたまうつ)し」の神事が厳粛に行われた。
(文.写真共 京都新聞7/24
より) 

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2009.07.24

●「梅雨」明けし後「梅雨」真っ只中

「梅雨明け(らしい)宣言」より10日が経過致した「カントーコーシンエツ」地方。
嘸かし「夏晴れ」の日々が続いているのかと思いきや…。

空模様はめっきり「梅雨本番」です。

因みに梅雨明け後のお天気を振り返ってみると…。

14日 曇時々晴 (梅雨明け)
15日 晴時々曇
16日 晴れ後曇一時雨
17日 曇時々雨
18日 曇時々晴一時雨
19日 曇時々晴一時雨
20日 曇時々晴
21日 雨時々曇
22日 雨時々曇
23日 曇時々雨
24日 曇時々雨 (←今日ココ)

尚、来週も半ば頃迄「降ったり止んだり」の週間予報、すっきりしない曇天&糠雨の日々が続くらしいとの事です。

そんな訳で、今年もやってくれました「気象庁」。
恐らく九月には、「こっそり」と梅雨明けの修正が為されている事でしょう。

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●「後の祭り」

…と云っても「時機遅れで無駄な事」ではアリマセン。
早いもので山鉾巡行から「@」云う間の一週間、本日は花傘巡行です。

今宵の還幸祭を終えると今月も後一週間。
神輿洗いや夏越祓など残す神事ももう僅か、「七月」も「祇園祭」も愈々終盤です。

P2009072400081古都華やか、840人練る
祇園祭・花傘巡行
祇園祭の花傘巡行が24日朝、京都市東山区の八坂神社を出発し、花傘(はながさ)をかぶった女性や子ども神輿(みこし)などの行列が華やかに四条通など繁華街の大通りを練り歩いた。
山鉾巡行の前祭(17日)と後祭(24日)が1966年から17日の合同巡行に一本化されて以来、後祭に代わる行事として行われている。
7基の子ども神輿を先頭に、白い衣に色鮮やかな花傘を頭にかぶった花傘娘、金獅子、銀獅子など総勢約840人の一行は午前10時に八坂神社前を出発した。「ワッショイ」と子どもが元気のいい声を響かせながら、河原町通や御池通、寺町通を約2時間かけて巡った。
(文.写真共 京都新聞7/23
より)

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2009.07.23

●第50回「赤坂をどり」仔細

今秋開催される、第50回「赤坂をどり」に就いての続々…篇です。
演目等仔細決定致しましたので御報告させて頂きます。

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日時
2009年10月31日(土) 開演:18:00
2009年11月01日(日) 開演:11:30 / 15:30

於 赤坂ACTシアター
料金 S席:6000円 / A席:5000円


演目
 一 長唄   寿 茜三番叟
  二 常磐津 (上)五色晒 
    新邦楽 (下)牡丹がさね
 三 常磐津  江戸粋花暦
    長唄
    清元

第一幕は御目出度い席に相応しい、御祝儀モノ「三番叟」。
観てる分には賑やかで楽しいものですが、踊ってる方は大変難儀なものらしく。
私め好きな演目の一つでして、今から楽しみです。
他にも二幕「近江のお兼」の布晒し、三幕「御当地モノ」の総踊り…、見処は満載にて。

01
06年に復活して以来、過去三回は何れも平日公演だった「赤坂をどり」。
今年は初の週末開催です。
従って今回は初めて足を運ぶ方も多いのではないでしょうか。

因みに組合さんのHPも完成した様子。
その他詳細に就いて興味のある方は覗いてみて下さい。↓
http://akasakakai.web.fc2.com/

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●「赤坂をどり」届きました

梅雨も明け「盛夏本番」を迎えようとする「大暑」の砌で御座いますが、弊亭には一足早く「秋薫」漂う便が届きました。

今秋開催、第50回「赤坂をどり」のポスターです。

090722_003_3
朱がかった紅絹色は艶やか且つ「紅葉の錦」を彷彿とさせるもの、秋開催に相応しい色目ではないかと。
公演迄未だ三ヶ月余り、少々気が早いですが早速装貼してをりまする。

演目等詳細も決定しましたので詳細は亦後程。

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2009.07.22

●「一澤帆布」さんのトートバッグ(AIR CANADA Special collabo)

・マスターピース その35

ミヤコは知恩院門前、今更説明の必要も無い帆布屋さん。
同時に先代亡き後の「兄弟喧嘩」にて弟さんが袂を別ち、東大路正面に「一澤信三郎帆布」を開業された件に就いても説明不要でしょう。

と云う訳で、此処数年来「お家騒動」の続いている老舗へ「応援の意」も込めて。

090722_006因みに左「布包」はエア.カナダ社とのスペシャルコラボ使用。
2006年11月~2007年3月間にエグゼクティブファーストに往復搭乗した乗客のみが入手出来たトートバッグです。
タグは必殺の「ダブルネーム」にて。

090722_002

090722_008左は私め愛用のショルダーバッグ。
大学時代に購入したものですから、彼是20年程使っているでしょうか。
色落ちも却って良い風合い、まだまだ現役で頑張っておりまする。

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2009.07.21

●「ツール.ド.オダイバ」

えー、昨日の後日談。
連休最終日の月曜日は「晴れ時々曇り」。
日差しも強過ぎず、亦雨の心配も無さそうにて、良い按配のツーリング日和です。
そんな訳で、来週予定の「ツール.ド.エノシマ」の足慣らしも兼ね「お台場」辺りを走って参りました。
取敢えず日比谷から晴海通りを経由して湾岸エリアに入る事に。

090722_011
【写真上】勝鬨橋より写す隅田川。
 勝ちどき橋を渡り 佃島に浮かぶ 月が欲しいとせがむ
 ゆりかもめと競いあう モノレールは天国の近道
 (中略)
 東京 愛しき我が町 君が生まれ僕と出逢った町♪

と云う訳でTHE BOOM、「Samba de Tokyo」でした。

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【写真上】お台場海浜公園にて暫し一服。
中央に見えるのは「レインボーブリッジ」、自転車で走れないのは残念ですが…。
親子連れで大混雑「極まれり」のお台場周辺でありましたが、海浜公園の東端迄来ると意外と空いてるものでした。

090722_014090722_020
【写真上】よみがえ~る よみがえ~る よみがえる ガンダム♪
と云う訳で、潮風公園に建立されている「RX-78-2」ガンダムくん。
もっと「チャッちい」ものかと思いきや、否々如何して可也本格的な造り込みです。
全長18m、「1/1」スケールならではの重量感も流石。
公開日は8月31日迄との事、もう一回位見に行ってみようかしら、と。

因みに「機動戦士ガンダム」の放送は私め小学生の頃、週末は「ガンプラ」を買うのにおもちゃ屋さんに並んだのを思い出します。
それが今年で「放映30周年」、…トシを実感するものでして。

090722_010【写真左】有明の「プロレスリング.ノア」。
チャ~ラララ チャ~ラッララ チャララ~
チャ~ラララ チャ~ラッララ チャララ~
タララララッ タララララッ
タララララッ タララララッ


追悼の念を込めて「スパルタンX」を口游みつつ、自転車を扱ぐのでありました。

この後は「辰巳の森」「東京ヘリポート」「若洲海浜公園」を経由し再び勝鬨橋へ戻り、「浜離宮」「芝離宮」へと向かう事に。
続篇は亦後日。

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●浄妙山さんの「厄除け粽ストラップ」

マスターピース その34

「知る人ぞ知る…」と云う筈だったのですが、もう結構有名になっているらしく。

一昨年から限定1000個で販売 授与されている「浄妙山」さんの携帯ストラップ。
祇園祭授与品の代名詞とも云える「厄除け粽」を形態したもので、一昨年(2007年)より取り扱っておられます。
山鉾町初の試みとなるこの授与品、予想を上回る人気にて毎年即完配。
今年も初日に売り切れ 授与終了となりました。
参考迄に志納金は300円也。

090722_001
因みにこの携帯ストラップ、如何しても御所望な方は…。
四条界隈の大型鉾と違い、小型の「山建て」は殆どが13日に行われます。
従って会所開きや授与所の設置は翌日14日となりますので、宵々々山の午前十時頃に浄妙山さんへお邪魔してみましょう。

尚、今年から菊水鉾さんでも同様のアイテムを販売 授与されているとの事。
そのうち殆どの山鉾町で取り扱われる様になるかも知れません。

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2009.07.20

●ウヰスキー彼是.6

・BLACK&WHITE Tin cap
(760ml 43度 1940年代ローテーション)

故マイケル.ジャクソンのヒットナンバーに因んだ訳ではありませんが、先日思い立って開封しました。
(勿論「唄って踊れる」マイケルの方、「アル中の鬚もじゃ」の方ぢゃありません)

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ブキャナン社の誇る普遍のブレンデッドウイスキー、「ブラック&ホワイト」。
1950年代流通、「雑酒」扱いのものです。

然乍ら何たって半世紀以上前の瓶詰め品、ティンキャップには今迄何度泣かされてきた事か。
今回も開栓後「恐る恐る」試飲してみた所処…。
「結構良いではありませんか! 」
もう少し置いとくと、更に良くなりそうです。

因みに右隣は70年代流通(ドットウェル)のもの。
現在のコンディションは此方の方が宜しいかも。

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2009.07.19

●来月の定休日 【葉月】

  • 8月2日(日)  定休日 
  • 8月9日(日)  定休日 
     
  • 8月15日(土)  お盆休み
  • 8月16日(日)  お盆休み      
  • 8月17日(月)  お盆休み
     
  • 8月23日日)  定休日
  • 8月30日日)  定休日
  • ※8/13(木).14(金)はお盆の為、土曜日ダイヤにての運行です。
      閉店目安は「25時」頃を目安にして下さい。
           
    以上です。宜しくお願い致します。

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    2009.07.18

    ●盛夏の「みそぎ」

    七月のミヤコと云えば「祇園さん一色」の気配が強いものですが、果たして「夏の疫病封じ」にその他様々な神事も行われております。

    そんな祭事の一つ、「御手洗祭」が本日より下鴨さんで始まっています。
    昨今では「鰻を食べる」位の認識しか無い「七月土用の丑の日」ですが、平安の御世から大宮人は清水に浸かり罪穢を祓う風習がありました。
    この御手洗祭はそんな慣習が民間に伝播し今に伝わっているもの。

    と云う訳で、三連休&夏休み初日の「ミヤコ歳時記」でした。

    P2009071800102素足で池を歩き無病息災願う
    下鴨神社で「御手洗祭」

    池の水に足を浸して無病息災を願う「御手洗(みたらし)祭」が18日、京都市左京区の下鴨神社で始まった。蒸し暑さの中で、大勢の市民や観光客が素足で池を歩き、ひとときの涼を味わった。
    平安時代に貴族が夏の疫病を防ぐため同神社で禊(みそ)ぎをしたのが始まりとされ、「足つけ神事」と呼ばれる。 初日は曇り空だったが、早朝から家族連れやお年寄りらが次々に訪れた。ひんやりとした水にひざまでつかって約50メートルの区間をゆっくりと進み、御手洗社の前の燭台(しょくだい)に火の付いたろうそくを供えた。夏休みに入った子どもたちも、ズボンまで水に濡らして笑顔を見せていた。

    御手洗祭は21日まで行われ、午前5時半から午後10時半まで献灯を受け付ける。
    (文.写真共 京都新聞7/18
    より)

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    ●神幸祭

    昨日は神幸祭。
    夕刻(「三社御神輿差上」の頃)の八坂さん西楼門石段下は、毎年の事乍ら「スゴイ事」になっているものです。

    この神事は、八坂神社三柱が其々の神輿に乗り、氏子地域を練り歩きながら四条新京極前.御旅所に「お渡り」になるもの。
    「八坂神社例祭.祇園祭」としては語るに外せません。
    宵山や山鉾巡行が「ミヤコ市井民の祭事」及び「観光的色彩の強いもの」とするならば、神幸祭は「八坂氏子衆の神事」とも云うべきものでしょうか。
    私めも「洛外モノ」の身でありながら、寺町界隈で神輿行脚を見物するのを楽しみにしておりました。

    因みに…。
    「お出掛け」になられた八坂さん祭神様はこのまま御旅所に「お留まり」になられ、24日の還幸祭で神社に「お帰り」になります。
    三基の神輿が逗留されるこの間、御旅所では禰宜さんが不寝の番。
    お疲れ様です。

    P20090717002173神輿集結 熱気最高潮
    祇園祭・神幸祭
    祇園祭の神幸祭が17日夕、京都市東山区の八坂神社で営まれた。祭神を奉じた3基の神輿(みこし)が氏子地域を練り歩き、夜に四条御旅所(下京区)へ向かった。
    八坂神社を出発した神輿は午後6時すぎ、石段下に3基がそろった。輿丁(よちょう)たちが高々と神輿を担ぎ上げ、掛け声に合わせて揺する「差し上げ」を行った。ぱらつく雨を吹き飛ばすような熱気、朱色の西楼門と金色の神輿の華やかな光景に見物客も沸き、盛んに拍手を送っていた。
    3基はそれぞれ祇園かいわい、三条通、寺町通、河原町通などを練り歩いた。輿丁の掛け声と飾り金具の揺れる音が夜の街に響いた。神輿は24日の還幸祭まで四条御旅所に鎮座する。
    (文.写真共 京都新聞7/18
    より)

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    2009.07.17

    ●山鉾巡行

    何時もの事ながら、吉符入りからの半月は「@」云う間に過ぎて行くもの。
    と云う訳で祇園祭も本日「山鉾巡行」を迎えました。
    曇り空の中ではありましたが、何とか雨に降られる事も無く無事行われた様子。
    「巡行見物」には却って良いお天気だったのでは無いでしょうか。

    今年は好天に恵まれた「祇園さん」、宵々々山から巡行迄の四日間、雨災に遇わなかったのは2005年以来四年振りの事でした。

    因みに此処三年間の人出はと申しますと。

          宵々々山    宵々山    宵山     巡行
    2007年 
    07万人   37万人   35万人   20万人
    2008年  11万人   28万人   36万人   18万人
    2009年  12万人   21万人   31万人   13万人

    尚、宵山三日間の来客数カウントは午後9時調べ(京都府警)の為、実質もう少し多いかと思われます。
    今年は四日間全て平日と云う事もあり、やや少なめの人出でした。

    P2009071700085山鉾、辻回し華麗に
    祇園祭 沿道に13万人

    日本三大祭りの一つ、祇園祭は17日朝、ハイライトの山鉾巡行を迎えた。曇天を突くように、「動く美術館」と言われる華麗な懸装品に飾られた山鉾32基が囃子(はやし)を奏でながら、京都市中心部の都大路をゆっくりと進んだ。
    「エンヤラヤー」。午前9時、音頭取りの掛け声を合図に長刀鉾が車輪をきしませて出発した。稚児が太刀を振り下ろして注連縄(しめなわ)を切り、「山一番」の芦刈山は「くじ改め」の大役を担う少年が緊張の面持ちで独特の所作を示した。
    各山鉾は大切に守ってきた神体とともに、誇らしく通りを練った。町衆が脈々と受け継いできた晴れやかな祭りの気分を、見物客も満喫した。
    沿道には13万人(午後1時現在、京都府警発表)が詰め掛けた。強い日差しの下で行われた昨年の巡行より約5万人少なかった。
    (文.写真共 京都新聞7/17
    より)

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    ●宵山

    昨夜は「宵山」でした。
    例に由って大路小路「混ッ多返し」だった様ですが、今年は宵山三日間全て平日。
    その所為か、例年よりやや少な目の人出だった様子です。
    と云いましても下写真の有様ですが…。
    本日は「山鉾巡行」「神幸祭」、主要祭事を迎え祇園祭も「祭酣」で御座います。

    因みに此処三日間は、弊亭でも「祇園囃子」二重奏でした。

    P2009071600200人波、熱気、最高潮
    祇園祭・宵山

    祇園祭は16日、宵山を迎え、京都市中京区から下京区にかけての山鉾町は熱気に包まれた。時折小雨がぱらつき蒸し暑いなか、昨年より5万人少ない31万人(午後9時、京都府警発表)が繰り出し、祭りムードは最高潮になった。
    歩行者天国となった目抜き通りの四条通は人で埋まり、新町通や室町通では情緒を求めて、商店に飾られた屏風(びょうぶ)をゆっくりと鑑賞する姿もあった。
    八幡山保存会(中京区新町通三条下ル)は今年から、住民寄贈の屏風を町内の4店舗で紹介した。見物客に好評で、「来年はもっと増やしたい」(保存会役員)と喜んだ。
    三条通新町(同区)かいわいでは、市民団体「三条通を考えよう会」と京都工芸繊維大の学生が手作りの行灯(あんどん)を用意し、集まった子どもたちが思い思いの絵を描いていた。還幸祭(24日)の夜、三条通に並べて神輿(みこし)を迎える。
    (文.写真共 京都新聞7/17
    より)

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    2009.07.16

    ●宵々山

    P2009071500211昨夜は宵々山。
    梅雨時と云う事もありまして「宵々々山~宵山」は三日間のうち毎年一日は雨に祟られるものですが、今年は好天が続いております。
    本日の宵山、天気予報では「曇り(降水確率40%)」とのお達し。
    扨、三日続けての「お祭り日和」といくものでしょうか。

    鉦音と歌声響く京の夜
    祇園祭・宵々山

    祇園祭の宵々山を迎えた15日夜、京都市中心部の中京区から下 京区にかけての山鉾町には囃子(はやし)が響き、夏の夜の風情を大勢の人が楽しんだ。
    「鉾の辻(つじ)」と呼ばれ、函谷(かんこ)、菊水、月、鶏の各鉾が立つ四条室町周辺では、囃子方が鉦(かね)と太鼓、笛でコンチキチンの音色を奏でた。室町通に並ぶ役行者(えんのぎょうじゃ)山や黒主(くろぬし)山の町会所では浴衣姿の子どもたちが「つねはでません、今明(こんみょう)限りー」と歌声を響かせたり、「泥棒よけのちまきどうですかー」とかわいい声で呼び掛けた。
    午後9時時点で、昨年より2万7000人少ない、21万3000人(京都府警発表)の人出があった。
    (文.写真共 京都新聞7/16
    より)

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    2009.07.15

    ●表構え.「夏迎え」

    昨日は関東甲信越で「梅雨明け(したらしい)」宣言。
    例年より「少し」早めの盛夏到来です。
    三連休を前にして、海水浴場や行楽地は「ほっ」と胸を撫で下ろしている事でしょう。

    そんな訳で「入梅」より、弊亭軒先の番をしていた「彼」も暫く休暇に入ります。
    で、代わりと云っちゃ何ですが、本日より「彼」が職場に戻りました。

    090715_004夏の「豚香炉」。
    九月頃迄の短期勤務ですが、頑張って働いてもらいましょう。

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    ●宵々々山

    「コンコンチキチン コンチキチン♪」

    「粽どーですかー 御守りどーですかー」
    「御信心の御ん方様は ろーそく一本献じられましょー♪」

    そんな訳で昨日は宵々々山。
    各山鉾町で「祇園囃子」が奏でられ「売り歌」唱和される中、祭気配も愈々本格化。
    と申しましても今年の宵山三日間、私めは赤坂にて仕事しておりまする。

    で、気になる混雑振りですが…、人出は例年並の様子です。

    P2009071400188山鉾を縫って、そぞろ歩き
    祇園祭・宵々々山

    祇園祭は14日、宵々々山を迎えた。京都市中心部には見物客が繰り出し、山鉾を縫ってそぞろ歩いた。
    下京区や中京区の山鉾町一帯は、午後6時から歩行者天国になった。四条通や烏丸通は人の流れが比較的スムーズだったが、露店が並ぶ室町通や新町通では身動きがとれない場所もあった。それでも見物客は鉾に上がったり、会所飾りを見学するなど、祭りの風情を思い思いに楽しんでいた。
    宵々々山の人出は約12万人(午後9時現在、京都府警調べ)で、昨年より1万人多かった。
    (文.写真共 京都新聞7/15
    より)

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    ●「曳き初め」風景.7月12日

    えー、一昨日帰京の後日談。

    090713_01812日のミヤコは今夏最高、33.6度の炎天下。
    福岡よりも鹿児島よりも暑い日で御座いました。
    前々日の天気予報では、確か「曇り時々雨」なぞと云ってた様な気がするのですが…。

    まぁ兎も角、そんな茹だる猛暑の中「曳き初め」準備に忙しそうな鉾町を散策して参りました。

    090713_002_2
    【写真上】左より「曳き初め」二時間前の「鶏鉾」「函谷鉾」「菊水鉾」。
    前掛け、胴掛けの設えは終わっているものの、鉾二階部分は懸装品の飾り付けに「大童」の様子でした。

    090713_007_2
    【写真上】月鉾は未だ「鉾組み」真っ最中。
    あと二時間で曳ける状態になっているのでしょうか…。
    工事用コーンのこう云う遊び、大好きです。

    090713_005_2
    月鉾、「縄目文様」二態。
    「鉾建て」の際、釘を使わず縄だけで組み立てられるのは有名なお話。
    所謂「縄がらみ」の技法です。
    尤も鉾を組み終えると、縄目は懸装品で隠れてしまうのですが、「見えない部分」に対する美意識からも職人さんの「矜持」を感じ取れます。

    【写真左】鉾側面「雌蝶」。因みに鉾前後面の縄目は「雄蝶」と呼びます。
    樽巻数は奇数(七.五.三)にするのが慣わしです。
    【写真上】「海老」。樽巻きを海老形に束ねた部分は、職人さん「遊び」の真骨頂。

    090713_013
    【写真上】「長刀鉾」二写。
    左は鉾二階前面、お稚児さんの手によって「注連縄切り」の行われる舞台です。

    以上、四条烏丸「鉾の辻」にての大型鉾五景でした。
    で、あと一時間少し待っていれば「曳き初め」だったのですが…。
    灼熱地獄の中そんな余力がある筈も無く、長刀鉾さんで所用を済ませ早々に退散したのでありました。


    P2009071200082_2

    ギシッ! 動き感動
    祇園祭 鉾の曳初め

    祇園祭の鉾や曳山(ひきやま)が建ち始めた京都市の中心部で12日、鉾の曳初(ひきぞ)めが行われた。今夏最高の33・6度(京都地方気象台調べ)を記録した猛暑の下、大勢の市民や観光客が詰め掛け、汗をかきながら綱を引いて大きな鉾を動かした。
    曳初めをしたのは四条通と室町通に建つ長刀鉾、函谷(かんこ)鉾、月鉾、菊水鉾、鶏鉾。「鉾の辻(つじ)」と呼ばれる四条室町交差点付近は日曜日と重なり、人でごった返した。
    曳初めは市民が鉾をひける唯一の機会とあって、親子連れや浴衣姿の若者が綱に群がり、力を合わせて鉾を引っ張った。兵庫県川西市の藤原徹さん(35)、美紀さん(32)夫妻は「綱が引けて満足です。ギシッと動いた時は感動しました」と話した。また、夕方には一部の鉾の駒形提灯に火がともった。
    13日午後3時からは新町通に並ぶ北観音山、南観音山、放下鉾、船鉾、岩戸山の曳初めがある。
    (文.写真共 京都新聞7/13より)

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    2009.07.14

    ●「社参の儀」.二景

    昨日は八坂さんにて祇園祭前儀「社参(お位もらい)の儀」。
    お稚児さん、昨日付で「正五位下少将」になられました。
    これより17日の「お位返しの儀」迄は潔斎に入られます。
    行幸は地面を踏まず肩車、御膳の支度も女人手は介せないらしいです。

    …、小学校行ってる場合じゃありません。

    P2009071300093_3八坂神社で厳かに「社参の儀」
    祇園祭 長刀鉾の稚児が参拝

    祇園祭の山鉾巡行で先頭を進む長刀鉾の稚児が八坂神社(京都市東山区)に参拝して「神の使い」となる「社参の儀」が13日、同神社で厳かに営まれた。
    稚児は八坂神社から神木の杉の葉でくるんだ「杉守り」を授かり、神の使いとなる。同時に五位少将、十万石の大名の格式を得たとみなされ、「お位もらい」とも呼ばれる。
    午前10時、今年の稚児・今西優太朗君(9)=左京区=と禿(かむろ)2人、長刀鉾保存会の役員ら一行が町会所(下京区四条通烏丸東入ル)を出発した。今西君は金の立烏帽子(たてえぼし)に水干姿。白馬に乗って八坂神社へ進んだ。
    途中、四条大橋上で今西君が所属する八坂神社の氏子組織「宮本組」が祝いの口上を述べた。
    神社到着後は本殿で神事に臨み、神の使いとなった稚児は強力(ごうりき)に担がれて境内を後にした。
    (文.写真共 京都新聞7/13
    より)

    一方、巡行後に行われる「神幸祭」「還幸祭」にて、中御座を先導する久世駒形稚児のお二人も同様に「社参の儀」。
    長刀稚児が「正五位下少将」であるのに対し、コチラは「素戔嗚尊.荒御魂」の化身。
    云わば八坂さん祭神様の半側面(=同格)だったりする訳で、ある意味長刀鉾のお稚児さんより「エライ」のです。
    因みに八坂神社境内で下馬せず直接本殿に社参出来るのは、唯一駒形稚児だけ。

    P2009071300180久世駒形稚児が「社参の儀」
    祇園祭・神幸祭と還幸祭で先導

    祇園祭の神幸祭と還幸祭で神輿(みこし)を先導する久世駒形稚児の2人が13日、「社参の儀」として八坂神社(京都市東山区)を参拝した。
    久世駒形稚児は綾戸国中神社(南区)の氏子の男児から選ばれる。御神体の駒形を胸につけ、馬に乗って神輿を先導する重要な役目を担う。
    今年は17日の神幸祭の稚児が後藤遼馬君(7)、24日の還幸祭が八木亮介君(8)。
    2人はこの日、金色の立烏帽子(えぼし)に薄紅の上衣、紫のはかま姿で本殿正面から昇殿した。八坂神社の神木の葉でくるんだ「杉守り」を授与され、森壽雄宮司から「暑い中で馬に乗らなければならないが、男の子らしく元気に前を向いて務めてください」と激励を受けた。
    (文.写真共 京都新聞7/13
    より)

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    2009.07.13

    ●「山鉾」今年分到着

    幣亭「文月の室礼」に欠かせないものの一つ、「祇園祭」のミニチュア山鉾。
    昨日帰京の折、今年の分を買い調えて参りました。

    090713_010今日より、新たに巡行列に加わったのは「山伏山」「占出山」の二基。
    仔細事由に就いては過去ログに詳しいので省略致しまする。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2009/06/post-7346.html
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/07/27_bb3e.html

    090713_014
    これにて弊亭に鎮座おはせます山鉾は現在12基、残す所処あと20基です。
    全て取り揃う迄、まだまだ先は長いものでして。

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    ●「疫病退散」「厄難退散」

    090713_008えー、只今東下した所処です。

    と云う訳で二日間「丸腰」だった軒先に、早速新しい「防犯装置」を備え付け。
    本日戴いてきた「粽」を奉祠する事と致しました。
    今年も一年御守り下さいませ。

    祇園祭「厄除け粽」関連過去ログはコチラ。↓
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/05/post_97d1.html
    http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/07/post_baba.html

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    2009.07.12

    ●粽を貰いにコンチキチン♪

    「こんにちはー、どっか出掛けはるんですか~」

    「えー、ちょっと粽貰いに行ってきますわー」

    「そーゆうたら、もう鉾出てますなぁ~」
    「どこのんもろてきやはるんですかー」

    七月も中旬を向かえ「祇園さん」も間も無くクライマックス。
    と云う訳で、私めも本日西上致します。

    水汲み、室礼品調達、夏の味覚満喫…。
    色々と所用はあるものですが、今回帰京「最大の目的」と云えば。
    そう、「厄除粽」を授与戴く為でゴザイマス。

    但し「日帰り」になるか「一泊」するかは、未だ未定。
    飲み食い「夜の動向」次第にて、未だ流動的でありまする。

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    2009.07.11

    ●神事「神輿洗い」

    昨夜は祇園祭前儀の一つ「神輿洗い」が行われました。
    午前中愚図ついていた空模様も持ち直し、雨に祟られる事も無かった様子です。

    この「神輿洗い」は、神幸祭(お出かけ)に出る3基の神輿のうち「中御座」を鴨川の水で洗い清める神事。
    神幸祭は山鉾巡行後の夕刻より行われる市井氏子の為の祭事にて、観光客も皆無な「祭りの後の祭り」です。

    P2009071000209四条大橋で神輿洗い式
    神水で清める

    祇園祭の神幸祭(17日)を前に、鴨川の水の神様を神輿(みこし)へ迎える神事「神輿洗い」が10日夜、京都市中京、東山区の四条大橋で営まれた。法被姿の輿丁(よちょう)たちが威勢良く神輿を担ぎ、祇園かいわいに「ホイットホイット」の掛け声がこだました。
    その昔、鴨川のはんらんによる疫病と災害を恐れた人々は、荒ぶる水の神様を迎え、祇園祭を催してもてなすことで自らの守り神様としたという。
    午後7時40分ごろ、「中御座」の神輿が八坂神社(東山区)を出発。松明(たいまつ)に先導されて四条通を進んだ。四条大橋の中央北側で神輿は止まり、神職が鴨川の神水を榊(さかき)にひたして神輿へ振りかけた。橋の歩道には神水のしぶきを求める市民が詰め掛け、熱気にあふれた。
    (文.京都新聞7/11
    より)

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    2009.07.10

    ●「木槌の音」の響く頃

    「カァン カァーン カァーン 」
    「コン コン コーン」


    と云う訳で、ミヤコでは「鉾建て」が始まりました。
    この風景を見ると「祭り気配」も愈々本格化、「祇園モード」は急激に加速します。

    今日から櫓組みが始められるのは四条烏丸周辺、「長刀鉾」「函谷鉾」「月鉾」「鶏鉾」の四つの大型鉾。
    他、小型の山組みは一日で行われ、14日迄に全ての山鉾が組み終えます。

    「鉾建て」後には恒例の試し曳き、所謂「曳き初め」が行われます。
    巡行は見に行かずとも、この「曳き初め」だけには毎年訪れる市井民も多い様で。
    因みにスケジュールは以下の通り。
     12日14時頃~ 烏丸通り「長刀鉾」「函谷鉾」「月鉾」「鶏鉾」「菊水鉾」
     13日15時頃~ 室町通り「放下鉾」「船鉾」「南観音山」「北観音山」「
    岩戸山」

    P2009071000077雨中の縄さばき
    祇園祭・鉾建て始まる

    祇園祭の山鉾巡行まで1週間に迫った10日朝、京都市中心部で鉾建てが始まった。時折雨が混じるなか、四条通や室町通では、やぐらを組むつち音が響いた。
    四条烏丸交差点の周辺で早朝から、長刀鉾と函谷(かんこ)鉾、月鉾、鶏鉾を組み立てる作業が始まった。
    大工方や組み立て方と呼ばれる職人が、くぎを使わずに縄を巻いて木材を組み、土台となるやぐらをしっかりと路上の所定の位置に固定していった。
    12日と13日の午後には、組み終わった鉾と曳山(ひきやま)の曳初(ひきぞ)めがある。14日までにすべての山鉾が建つ。
    (文.京都新聞7/10
    より)

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    2009.07.09

    ●「当分の間休業いたします」

    …、と申しましても「ウチのこと」ではありません。
    知恩院門前は老舗帆布店さんの「例の件」
    です。

    Top_obj_32001年3月に先代が亡くなって以降、勃発した「お家騒動」。
    是にて一連の騒動に終止符が打たれるのか、将亦…。

    件に関しては両者共に言い分もあるでしょうし、あくまで「家」のオハナシ。
    従い個人的な見解は控えさせて頂きますが、「われても末にあわむとぞおもふ」となってほしい、とも思うものです。

    一澤帆布が休業、今後の展開に向け
    三男が社長復帰で
    長男と三男が相続を争っていた帆布製の人気かばん店、一澤帆布工業(京都市東山区)が休業に入ったことが8日に分かった。6月23日の最高裁決定を受けて三男の一澤信三郎さんが社長に復帰、経営実態を調べて今後のブランド展開を検討するとしている。信三郎さんが近くで別に立ち上げたかばん店「一澤信三郎帆布」は従来通り営業している。
    信三郎さんは長男側との相続争いで2005年12月開催の臨時株主総会で一澤帆布工業社長を解任された。これに対し、信三郎さんの妻が長男と四男に会社の株を相続させるとした遺言書を無効と訴え、大阪高裁で勝訴、最高裁で確定した。
    休業は7日からで、一澤帆布の製造体制などを把握し、工房の在り方や信三郎帆布との2ブランドの整理を含め今後の展開を決めるため、当面の製造や販売を休止するという。
    信三郎さんは「責任あるものづくりをするために今後どうすべきかを考えたい」と話している。
    (文.京都新聞7/8
    より)

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    ●源氏.第四帖

    「心あてに それかぞと見る 白露の 光そへたる 夕顔の花」
    「よりてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」

    090708_001

    と云う訳で水曜日は夕刻の事。

    先々日「入谷朝顔まつり」で買い入れた「夕顔」が、早速花を咲かせました。
    尤も昨日迄、「七夕笹」の飾り付けやら撤収やらに追われており、植木は購入した際の儘。
    明日にでも剪定せねばなりませぬ。

    因みに夕顔の花言葉は「夜の思い出」「儚い恋」
    艶しくって宜しいんぢゃないかと。

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    2009.07.08

    ●花言葉は「真実」

    ぞろぞろぞろぞろ…。

    「おはようさんどすぅ~」「おはようさんどすぅ~」「おはようさんどすぅ~」

    ぞろぞろぞろぞろ…。

    と云う訳で、昨日は夏の祇園町風物詩「お千度」。

    この催事、学生時分に祇園界隈で仕事していた縁もあって何度か出遇した事があるのですが…。
    白浴衣のオネーさんが大挙移動される状景は「華麗」と云うより寧ろ「圧観」。
    八坂さん南楼門前で記念撮影の行われる様や、四条河原町まで大挙移動される様には蓋し圧倒されたのを思い出します。
    百花繚乱「艶花」も、余りに多過ぎると却って「おっかない」ものでして。

    因みに今年の揃い浴衣は可愛らしい「茄子」文様。
    尤も絵柄からして「賀茂なす」では無い様です…。

    P2009070700091青空の七夕 芸舞妓ら芸の上達祈願
    八坂神社で「お千度」

    祇園甲部の芸舞妓らが芸の上達や無病息災を祈願する恒例の「お千度」が7日午前、京都市東山区の八坂神社であった。梅雨の晴れ間の青空のもと、京舞井上流五世家元の井上八千代さんと芸舞妓ら約100人がそろいの浴衣姿で参拝し、境内は夏の風情に包まれた。
    お千度は、井上流門下生でつくる「みやび会」が毎年、祇園祭ムードが高まるこの時期に行っている。
    午前9時半ごろから、日傘を手にした芸舞妓が続々と境内に集まった。「おはようさんどす」とあいさつを交わし、本殿でおはらいを受けた。
    今年の浴衣は、白地にあい色のナスを散らした愛らしいデザイン。井上八千代さんは「心を一つにして夏を元気に過ごせ、温習会のおけいこを無事に始められますようにとお祈りしました」と話した。本殿周辺には大勢の写真愛好家らが詰めかけ、涼しげな夏姿にカメラを向けていた。
    (文.写真共 京都新聞7/7
    より)

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    2009.07.07

    ●「星のラブレター」

    ひこ星の ゆきあひをまつ かささぎの 渡せる橋を われにかさなむ (菅公)

    と云う訳で本日は「節句.七夕」。
    午前中から梅雨間の青空が晴れ渡り、増水気味の天の川も「橋」は渡せそうな様子。
    如何やら今宵は「晴れの」逢瀬となりそうにて。

    090707_004そんな訳で、弊亭でも二人の「星合成就」を祝しての笹飾り。
    何たって人の恋路を邪魔する奴は
    「馬に蹴られて神事前」と云う位ですから。

    …、おアトが宜しい様で。

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    ●「朝顔まつり」 in 入谷

    週明けの昨日月曜日、空模様は再び下り坂。
    「降ったり止んだり」の梅雨気配で御座いました。

    090706_010そんな「じめじめ」とした昼最中、私めはと申しますと「チョット遠方」へお出掛けして参りました。
    向かう先は「お江戸情緒」漂う下町、弊亭夏の「華」風物を買い求める為で御座います。

    と云う訳で、今年もお邪魔して参りました。
    「入谷の朝顔まつり」。

    090706_004
    【写真上】入谷鬼子母神(真源寺)境内。
    奉納提灯の連なる様からも、「祭りの風情」が感じられます。

    090706_012
    【写真上】露店には溢れん計りの鉢植え。
    今年の「朝顔まつり」は例年通り、7月6~8日の3日間。
    120軒余りの露店に店が並び、約12万鉢の朝顔が売られるとの事です。

    その後経緯に就いてですが、以下昨年「朝顔まつり」ログのコピペにて。

          -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

    取敢えずは「お祭り気分」宜しく、鉢植えで埋め尽くされた露店を漫ろ歩く事に。
    然乍ら朝顔を物色しているうちに、忽然と「ある疑念」が湧いてきました。
    「朝顔を買い入れてどうしよう?」
    そう。私めの生業は飲み屋さん。
    ツマリ商いの都合上、朝顔観賞とは全く無縁の生活を営なんでいるのです。
     
       【私めの一日】         【朝顔の一日】
        ・昼間起床            →    ・花弁萎む
        ・夕刻暖簾出し      →    ・葉朝顔
        ・深夜暖簾仕舞い  →      ・花芽綻ぶ
        ・早朝就寝             →      ・開花華やぐ

    …。どー考えても接点がアリマセン。
    自分で買った朝顔を自分で見れないと云うのも癪に障るもの。

    と云う訳で急遽「夕顔」を買い求める事と致しました。

          -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

    従いまして、今年も「夕顔」を手に帰路に就く私めで御座いました。

    090706_002

    【写真左】今回の戦利品。
    組合詰所で頂いた「朝顔まつり」オフィシャルうちわ。
    折角なので、暫く床机の上に飾っておきます。

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    2009.07.06

    ●長刀鉾「吉符入り」

    日曜日は長刀鉾でも吉符入り。
    お稚児さん鉾町引き合わせの後、稚児舞「太平の舞」が奉納されました。

    昨日にて全ての山鉾町「神事始め」が終了。
    宵山迄あと十日余りです。

    P2009070500104鮮やかに「太平の舞」披露
    祇園祭 長刀鉾で「吉符入り」
    祇園祭の山鉾巡行(17日)で先頭を進む長刀鉾の「吉符入りの儀」が5日、京都市下京区の町会所で営まれた。稚児の今西優太朗君(9)が巡行時に鉾の上で舞う「太平の舞」を市民に披露した。
    長刀鉾保存会の役員や囃子(はやし)方など約80人が出席した。平田隆志理事長が今年の稚児と禿(かむろ)の名簿を吉符として神前に納めた。今西君と禿(かむろ)の宮下凌太朗君(10)、深田直貴君(9)は太平の舞を役員に見てもらった後、四条通に面した町会所2階に姿を現した。
    今西君は「蝶(ちょう)とんぼ」の冠をつけ、藤色の振り袖に若草色の裃(かみしも)のりりしい姿で、天下太平と五穀豊穣(ほうじょう)を祈って市民の前でも舞い、大きく身を乗り出すと拍手が沸き上がった。途中でほほ笑む余裕も見せ、「早く鉾に乗って舞いたい」と力強く話した。
    (文.写真共 京都新聞7/6
    より)

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    2009.07.05

    ●「七夕飾り」進行中

    先日ログの続篇にて。

    赤坂の御師匠さんに頂いた、七夕飾りの「一本笹」。
    日曜日はお昼時、梅雨の合間を是幸いと計り「飾り付け」を始める事に。
    色紙を切ったり貼ったり繋いだり…、気付けば二時間程が経過しておりました。
    考えてみると、これだけマジメに七夕飾りをしたのは小学生の時以来でしょうか。

    090705_004
    唯一気懸かりは「星合い」当日のお天気模様。
    予報では明日明後日、共に【曇り・降水確率30%】。

    無事「天の川」に橋が架かるのか、将亦「催涙雨」となるものか。
    今年の「逢瀬」もビミョーな雲行きです。

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    ●ミヤコ「七夕風情」

    明後日は「節句.七夕」。
    ミヤコ各寺社でも北野さんを筆頭に「笹飾り」が始まっております。

    そんな訳にて時節柄、地元の七夕風情.二景を。

    P2009070300248七夕飾り、夏の夜に彩り
    東山・高台寺でライトアップ

    京都市東山区の高台寺で3日夜、ササ飾りを照らすライトアップ行事「七夕会」の試験点灯が行われた。子どもたちが願いを込めてつるした短冊が、夏の夜に彩りを添えた。
    参道を越えてすぐの前庭に、高さ3~5メートルのササ25本が立てられた。保育園児や参拝者が書いたり、インターネットで受け付けた願い事を記した短冊や色紙の輪飾りなどをこの日午後に飾りつけた。
    しっとりとした雨がササの葉をぬらすなか、「友だちがたくさんできますように」「絵が上手になりたい」などと書かれた短冊が風に揺れて夜景に浮かび上がった。
    ライトアップは4、5両日の午後5時から9時半まで。庭や本堂を有料で公開する。
    (文.写真共 京都新聞7/3
    より)

    P2009070400170ササ飾り、夕闇に浮かぶ
    貴船神社でライトアップ

    七夕が近づく中、貴船神社(京都市左京区)で始まったササ飾りのライトアップがしっとりとした夏の風情を演出し、参拝客を引きつけている。
    神社では2002年に、夜も季節感を演出しようとササ飾りのライトアップを企画。今年も1日から、本宮社殿の周りに高さ2メートルほどのササ約40鉢を並べ、午後4時半ごろから照らしている。
    4日も、日が落ちるにつれて柔らかな光に包まれたササ飾りが浮かび上がった。参拝客たちは短冊に「健康で暮らせますように」、「二人で一緒にいられますように」など思い思いの願いを込めて、結わえていた。
    ライトアップは8月9日まで。19日の「奉納ライブ」では雅楽や竹笛などの演奏もある。
    (文.写真共 京都新聞7/4
    より)

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    2009.07.04

    ●室礼.「祇園祭」

    昨日は船鉾町の神事始め「神面改め」が行われました。
    各山鉾町も五日迄には順次「吉符入り」、夫々会所の二階からは「祇園囃子」が聴こえだしている頃でしょう。

    そんな訳で、弊亭でも「神事始め」と計り、「祇園さん」一色の室礼です。

    090701_008
    【写真上】室礼三写。
    「駒形提灯の手拭」「八坂さん神紋団扇」「京都市発行.祇園祭ポスター」

    090701_005
    【写真上】表構え三写。
    「夏暖簾.祇園祭仕様」「八坂さん神紋提灯」「おけいはん(初代).祇園祭篇」

    090701_010
    【写真上】三条小橋謹製.ミニ山鉾。
    再来週には「山伏山」と「占出山」が加わります。

    室礼と云うものは、あまりに「ごちゃごちゃ」飾り立て過ぎると却って煩わしいもの。
    簡素な中に「垣間見える」装いに、その妙味があるものです。
    然るに本来「引き算」の設えにこそ、その見識が発揮されるのですが…。 

    弊亭、果たしてこの時期だけは「例外」。
    「足し算」に次ぐ「足し算」で、室礼を游んでいる七月中でありました、とさ。

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    2009.07.03

    ●「Bamboo grass」

    「戀さまざま 願の糸も 白きより」(蕪村)
    と云う訳で「織姫と彦星」、年に一度の逢瀬迄あと四日。

    近年では頽れるつつある「年折の節目」ですが、何と申しましても「五節句の一」。
    弊亭では毎年「笹やか」に七夕の飾り付けをしておりました。
    下写真は一昨年、昨年の笹(竹)飾りの様子です。

    Ur_010

    090701_004_2所処が今年は…。

    「でかっ!」

    実はこの一本笹、赤坂在住のお客さんに頂戴したもの。
    伐採した庭笹を態々持ってきて頂きました。

    そんな訳でこの大きい「Bamboo grass」。
    「飾り付け」を如何しようか、と嬉しくも頭を痛めている私めでゴザイマシタ。

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    ●「巡行順」決まりました

    昨日は京都市役所で「くじ取り式」。
    長刀鉾他「くじ取らず」の八基を除き、17日の巡行順を抽籤で決定するものです。
    何たって500年以上前より続いている「由緒正しき籤引き」。
    従い羽織袴で「威儀を正して」の臨席となる訳でして。

    因みに今年の巡行順は次の通り。

    【さきの巡行】
    (1)長刀鉾 (2)芦刈山 (3)白楽天山 (4)霰天神山 (5)函谷鉾 
    (6)孟宗山 (7)四条傘鉾 (8)郭巨山 (9)月鉾 (10)蟷螂山
    (11)油天神山 (12)占出山 (13)菊水鉾 (14)太子山 (15)綾傘鉾
    (16)伯牙山 (17)鶏鉾 (18)木賊山 (19)保昌山 (20)山伏山
    (21)放下鉾 (22)岩戸山 (23)船鉾
    【あとの巡行】  
    (24)北観音山 (25)橋弁慶山 (26)黒主山 (27)鈴鹿山 (28)八幡山 
    (29)役行者山 (30)鯉山 (31)浄妙山  (32)南観音山

    赤字はくじ取らず、橙色は傘鉾シード)

    「くじ取り式」の後、各山鉾町代表者は八坂神社に参詣。
    祭礼の無事斎行を祈願する「山鉾連合会社参の儀」が行われました。

    P2009070200080「山一番」は芦刈山
    祇園祭 くじ取り式

    祇園祭の山鉾巡行(17日)の順番を決める「くじ取り式」が2日、京都市役所(京都市中京区)の市議会議場で行われた。先頭の長刀鉾に続く今年の「山一番」は、芦刈山が2年ぶりに引き当てた。
    巡行順を巡る山鉾町の争いを避けるため、1500(明応9)年に始まった伝統行事。
    議場には32の山鉾町の代表が羽織袴(はかま)の正装で集まり、祇園祭山鉾連合会の深見茂理事長、八坂神社の森壽雄宮司らが見守った。
    くじ取り式は門川大作市長の立ち会いで午前10時から始まった。長刀鉾や函谷(かんこ)鉾など慣例で順番が決まっている「くじ取らず」の8基を除いた24基の代表が、予備くじの順にくじを引いた。

    「芦刈山、山一番」。芦刈山保存会常任理事の藤本進さん(62)の大きな声が響くと議場が一瞬沸き上がった。芦刈山は一昨年に続き、戦後3回目の山一番。「まさか今年も山一番を引くとは。早速、町内に報告したい」と表情を崩した。
    (文.写真共 京都新聞7/2
    より)

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    2009.07.02

    ●「上七軒ビアガーデン」はじまりました

    上七軒「夏の風物」も昨日から始まりました。
    日毎五人の芸舞妓さんが「おもてなし」、流石「ミヤコ」と云った感でしょうか。
    白地浴衣の佳人は眼に艶やかなもの、どーせなら
    和装で御邪魔するのが小粋なものでして。

    因みに協賛はアサヒビールさん。
    『中ジョッキ\950』にて昨年より『\50』程値上がりしております。

    営業期間 7/1 ~9/5 (8/14~8/16はお休み)
    営業時間 17:30~22:00
    詳細は上七軒HPにて。→ http://www.maiko3.com/

    P2009070100201舞妓さんがおもてなし
    上七軒歌舞練場にビアガーデン
    京都市上京区の上七軒歌舞練場で1日、恒例のビアガーデンがオープンした。強い雨が降るあいにくの天気だったが、仕事帰りの人や観光客らが芸舞妓のもてなしで、楽しみながら暑気払いした。
    上七軒歌舞会の主催で、50年余り前から続く夏の風物詩。場内の和風庭園などに200席を設置し、浴衣姿の芸舞妓5人が交代で接待する。
    この日は雨のため、庭の一部は使わず、150席で営業。予約客らがジョッキで乾杯するにぎやかな音が響いた。舞妓の勝瑠さん(20)は「普段お座敷にお見えにならないお客さんも、こういう気楽な所で楽しんで芸舞妓のことも知っていただけたらうれしおす」とPRしていた。  
    午後5時半-10時。9月5日まで(8月14-16日は休業)。同歌舞会Tel:075(461)0148。
    (文.写真共 京都新聞7/1より)

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    ●「嵐山鵜飼」はじまりました

    ♪チャッチャチャチャッチャ チャッチャチャチャチャ 
      チャッチャチャチャッチャ チャッチャチャチャチャ
      チャッチャチャチャッチャ チャッチャチャチャチャ
     
    チャチャチャッ チャチャチャッ♪
    「鵜ッ!」

    P2009070100218手綱さばき“キラリ” 川面に光る
    嵐山納涼鵜飼 見物客ら歓声

    嵐山納涼鵜飼(うかい)が1日夜、京都市右京区にある渡月橋上流の大堰川で始まった。一時激しく降る雨の中、川面を染めるかがり火に、魚を追う鵜と鵜匠(しょう)の巧みな手綱さばきが浮かび上がり、屋形船の見物客が歓声を上げて見つめた。
    川岸の船乗り場で川開き神事があり、嵐山保勝会と鵜船を運航する嵐山通船、観光関係者らが安全を祈った。6羽ずつ鵜を従えた鵜匠2人がそれぞれ、黒装束に腰みの姿で船に乗り、川面へ滑り出した。
    「それっ」と鵜匠の掛け声で、鵜はかがり火に光る魚を追って水中に勢いよく潜っては鵜匠の手元にアユなどをはき出した。四条町大舩鉾保存会の囃子方(はやしかた)が船上で奏でる祇園囃子が響いた。9月15日まで。問い合わせは嵐山通船Tel:075(861)0302。
    (文.写真共 京都新聞7/1より)

    と云う訳で「地元夏の風物」嵐山鵜飼が昨日から始まりました。
    何せ大堰の鮎は、古よりの大宮人御用達。
    今風に云うならば「夏の味覚.お取り寄せ」なんて所処でしょうか。

    090701_011

    左は弊亭格子戸。
    昨日より「鵜飼」ポスター貼付しております。
    因みに再来週は地元の「香魚」を食しに行く予定。
    勿論、釈迦堂門前の「あの」お店にて。

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    ●「祇園祭」はじまりました

    扨「七月」です「祇園さん」です。
    愈々「ミヤコの夏」の始まりです。

    と云う訳で、是より前儀祭礼を経て「宵山」「山鉾巡行」「神幸祭」「還幸祭」。
    後儀各祭礼から「夏越祓」へと至る、長くも短い一ヶ月の幕開けと成増。

    下記事は朔日、「お千度の儀」の様子。

    P2009070100109夏呼ぶ稚児 涼やか「お千度の儀」
    祇園祭幕開け 山鉾町が吉符入り

    京都の暑い夏を彩る祇園祭が1日、幕開けした。京都市中京、下京区の多くの山鉾町が神事始めの吉符入りを迎え、長刀鉾(下京区)の稚児は八坂神社(東山区)に参拝、祭りの無事を祈願する「お千度の儀」に臨んだ。
    午前10時前、今年の稚児を務める今西優太朗君(9)=左京区=、禿(かむろ)の宮下凌太朗君(10)=同=、深田直貴君(9)=中京区=と長刀鉾保存会の30人が南楼門から境内へ入った。今西君は新調した「涼み衣装」の振り袖に朱色のはかま姿で本殿に参拝し、父親に手を引かれて本殿の周りを3周した。
    また、函谷(かんこ)鉾や月鉾、岩戸山など15の山鉾町がこの日吉符入りした。夜には「二階囃子(ばやし)」も始まり、「コンチキチン」の音色が祭り風情を盛り上げる。
    (文.写真共 京都新聞7/1より)

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    2009.07.01

    ●「夏越の大祓」と「水無月の氷室」

    「みそぎぞなつの しるしなりける」
    と云う訳で、昨日は水無月晦日「夏越の大祓」の日で御座いました。
    私めも暖簾出し準備を早々に終わらせ、氷川神社へ参詣の途に。
    「氏子の務め」を果して参りました。

    神事斎行は午後五時から約一時間。
    昼過ぎから「降ったり止んだり」だった糠雨も止み、お天気も何とか曇り空の按配。
    まぁ、罪穢を「洗い流す」という意味では雨も却って宜しかったかと。

    Chinowa本殿にて笙と龍笛が奏でられる中、神事は滞り無く静粛に営まれ、御祓い.境内三廻茅ノ輪くぐりにて結びとなりました。
    参列者は約二百人程で昨年よりやや少なめの感。
    殆どが近隣居住の氏子さん、「地元の祭儀」の趣にて「鄙赤坂」風情も宜しい感じでした。

    是にて半年間の「積もりに積もった」罪業も、取敢えずは清められた…と思います。
    (写真は氷川神社HPより借載)http://www.akasakahikawa.or.jp/index.html

    090630_002【写真左】幣亭恒例、「夏迎えの氷室」。
    例に由って昨日のみの菓子歳時記です。
    今年の水無月も去年と同様、「とらや」さん謹製。
    まぁ、御近所の誼と云った所処でしょうか。

    因みに後陽成さんからの御所御用菓子司、140年前迄はミヤコの御菓子屋さんでした。
     
    尚、「夏越祓」と「水無月」に就いての為来諸々はグーグル様にでも訊いて下さい。

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