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2010.05.30

●「第30回 スポニチ山中湖ロードレース」

えー、疲労と睡魔に襲われる中、最後の力を振り絞っての更新に成増。

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本日は今春最初にして最後のレースエントリー、「山中湖ロードレース」ハーフの部に参加して参りました。
私めに執りましてランニングはスキーの「オフトレーニング」、従い毎年この大会が「マラソン.シーズンイン」になる訳でして。

今朝の山中湖天候は「曇り時々小雨」 レース開始時の気温が「8℃(無風)」。
五月末にも関わらず、初冬を思わせる様な気候です。
まぁ絶好の「マラソン日和」と云えばそうなのですが、湖畔山間部は終日のガス模様。
御陰で「霊峰富士」の欠片も覘き観る事が出来ませんでした。

ハーフの部は9:15のスタート。
序盤に踵を踏まれたり、給水所で他のランナーと交錯したりとミニマムなトラブルはあったのですが、まぁ大事には至らず。
最初の3㎞→6㎞→9㎞のラップが12分後半から13分前半、10㎞通過は43分強。
自己ベスト更新は難しいとしても、30分台の攻防には持ち込めそうな算段でした。
…が、13㎞を通過した辺りで、

「ピタリと脚が止まりました」。

トレーニング不足が原因か半年振りのレース故か、何時もならスパートを駆ける所処で脚が全く前に進みません。
それでも残り1㎞の地点からは残存燃料を振り絞っての「ヘナチョコスパート」、目一杯のゴールインです。

そんな訳でリザルドですが取敢えず速報値のみ。
グロスで「01:33:31」、ネットで「01:33:15」 。
「良くも悪くも無い」フツーのタイムでしたが、序盤のペースから考えると31分台には乗せたかったな、と。

因みにレース後は「お決まり」のルーティーン。
温泉にてゆるりと疲れを癒し後は、「ほうとう&鰻」と麦酒で祝杯。
高速バス車中の転寝から目覚めた頃には、無事新宿駅に到着しておりました。
とさ。

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●山梨より帰投

えー、只今「第30回スポニチ山中湖ロードレース」より戻ってきました。

取敢えずアップだけはしておきますが、本日早朝四時起き&日帰り強行軍の上に半年振りのハーフマラソン大会。
眠たいので詳細は明日にでも御報告致しまする。

因みに走破タイムは手元の時計で「01:33:15 (04:25/㎞)」。

嗚呼、明日は下半身筋肉痛の悪寒…。

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2010.05.29

●過去との決別

先週は土曜日夕刻、「とある目的」の為に一ヶ月振りに赤坂を訪れました。

その日「5月22日」は、弊亭六周年を翌日に控えた日。
そう、所用とは五年目最後の日に今は亡き「我が子」と対面する為でした。

同地に足を向けるのは、昨年末の「最後の日」以降一度きり。
しかも恐る恐る、遠巻きに眺めただけです。

出来る事ならば見たく無い光景なのですが、新たに前へ進む為には直視しない訳にいかないもの。
「艱苦」「憤懣」「寂寞」…、様々な想いが交錯する中。
「意を決し」初めて亭跡へ足を踏み入れる決意をしたのでありました。

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【写真上】みすじ通りより見る弊亭跡地。
嘗て弊亭のあった路地脇を覗き見ると、其処はもう「何の変哲も無い」ただの駐車場となっていました。
【写真下】往時赤坂の面影を残していた情緒ある路地も、今ではバイク置き場に。

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【写真上】この辺が玄関口。
引戸の辺りで立ち尽くす事数分。

「見せ棚」「駒寄格子」「京瓦」「築地円窓」…。
今でも表構えの意匠がはっきりと思い出せます。

そろそろ「夏の室礼」の準備を調える季節の筈、
でした。

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【写真上】カウンター向こう、何時もの立ち位置の場所へ。
欅一枚板の向こうには客席、その奥には二階へ続く階段がありました。

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【写真上】亭内の座席中央辺りより。
一文字シェードの程好い陰影の中、バックバーの唐紙と霞棚が浮かんで参ります。

結局その場に佇んでいる事、小一時間。
四十路男が一人駐車場端で「ウロウロ」し「ブツブツ」云っている姿は、傍から見るとさぞかし不審に写った事でしょう。


そしてこれが「過去との決別」、決意表明。
近いうちに前向きな御報告叶うかと思います。

もう暫くお待ち下さいませ。

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2010.05.28

●サヨナラシンジュク

えー、いつもお世話になっております。
「無職」→「フリーター」→「再び無職」→「再びフリーター」の弊亭酒司で御座います。

五月より知人に委託された新宿某酒場の立ち上げ仕事。
と申しましても「バーテンダー」らしき事は殆どせず、只管「マネージメント.教育」指導に「工務店」的な仕事に追われた一ヶ月で御座いまして。

で、昨日予定通り、恙無く業務完遂の運びとなりました。
何時ぞやの項でも述べました様に、私めの仕事は「丁寧.的確」な上「迅速」なのです。

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そんな訳での新宿撤収。
記念に携わった店の写真を貼っておこうかと。

嗚呼、本日から亦暫く無職となりまする…。

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2010.05.24

●「愛宕.野々宮社」例祭

ミヤコの五月は洛中洛外不問ず「神社例祭」が目白押し。
伏見、今宮、上御霊下御霊、熊野、松尾…。
しかもそれ等の殆どは「ヨソ行き」の観光的催しと異なり、「近隣市井.氏子」のお祭だったりします。

その中でも「ヤヤ地味~」な嵯峨祭は愛宕、野々宮両社の例祭。
昨日日曜日、還幸祭が執り行われました。

因みに散々記述済ですが、神社例祭基礎用語。
神輿(神様)を本宮の外にお連れする「お出かけ」祭事が神幸祭。
神輿(神様)を本宮にお戻しする「お帰り」祭事が還幸祭。
お出かけ中に神輿が仮留、お休みになられる「みこしやど」が御旅所です。

P20100523000090166年ぶり修復 神輿、雨中に輝き
右京で嵯峨祭
京都市右京区の愛宕、野宮両神社の大祭「嵯峨祭」の還幸祭が23日、同区の嵯峨嵐山一帯で営まれた。雨のなか、166年ぶりに修復されて輝きを取り戻した2基の神輿(みこし)が巡行した。
嵯峨祭は大覚寺(右京区)の祭りとして始まったとされ、松尾芭蕉の「嵯峨日記」にも描かれた。現在は、住民でつくる嵯峨祭奉賛会が催している。
2基の神輿は透明のシートで覆われ、右京区の清凉寺近くにある両神社の御旅所を出発した。担ぎ手はずぶぬれになりながら「ほいっと、ほいっと」と威勢よく声を上げ、大覚寺周辺や嵐山一帯を練り歩いた。
あいにくの雨で、剣鉾の巡行は御旅所から大覚寺までとなり、稚児行列などは中止となった。
(文.写真共 京都新聞5/24
より)

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2010.05.21

●「ガス抜き」へ

えー、いつもお世話になっております。
「無職」→「フリーター」→「再び無職」→、で現在「再びフリーター」の弊亭酒司で御座います。

諸事情は前ログに措くとして、此処数日はお決まりのマネジメント業務&インフラ整備。
「ミーティング」したり「看板」造ったり「人事育成」したり「議事録」書いたり…。
例に由って、凡そ「バーテンダー」と無縁の業務に日々追われておりまする。

加えて今週に入り「程々に良い事」「とても安らぐ事」「程々に悪い事」「甚だ気分を害する事」が順不同で沸いてきたものですから、心身共に整理が付きません。

そんな訳で今宵は今から西麻布へ。
グダを吐きに「件の酒場」迄行って参ります。

そう云えばお伺いするのは、今年初めてかも。

ムクムクっと

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2010.05.18

●「山中湖」二週間前

5月30日の「山中湖ロードレース」迄あと半月を切りました。
そんな訳で今月に入り、急ピッチでトレーニングを進めております。

で、一昨日はレース二週間の恒例ルーティーン、同距離を設定して走ってみる事に。
今回のエントリーはハーフマラソンですので、21.1㎞を試走すると致しました。

然乍らタイムは思った程伸びず、1:38:07 (㎞/04:40)。
ベストタイムから10分近く遅れての完走、同走者がいない事を差し引いてもカナリ良くありません。
矢張り一ヶ月で「スキー筋肉」から「マラソン筋肉」に切り替えるのは無理があったかと。

と云う訳で今回の目標は少し控え目、33分台に設定して沖鱒。

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2010.05.17

●車折神社「例祭」

えー、本日は「ウチの近所」のオハナシ。

大宮人の舟遊地として名高い嵐山.大堰川。
嵯峨帝以来歴代多数の御幸があり、宇多上皇御幸の折には「観月宴処」として文献にもその名を残す由緒ある地です。

そんな家の近所にて、先日日曜日に「三船祭」が行われました。
「詩歌.管絃.舞楽」、三艘の龍頭鷁首が王朝絵巻宛らの優雅な「御船游び」を披露。
平安の御世には、行幸の度にこう云った宴が開かれたことでしょう。

「観月の名所」とした元来の性格上、宵宮なんぞを行って頂ければ尚興趣もあるのではないか、と。

P20100516000086優雅な王朝絵巻 川面彩る
右京・車折神社 三船祭
平安時代の船遊びを再現する車折(くるまざき)神社(京都市右京区)の三船祭が16日、嵐山・渡月橋上流の大堰(おおい)川で催された。山の新緑と青空が映る川面を朱色の船がゆったりと進み、優雅な王朝絵巻の光景をよみがえらせた。
船遊びは898年の宇多上皇の御幸が始まりとされる。三船祭は船上で詩歌や舞楽などが披露されたという故事にちなみ、1928年から車折神社の神事として営まれている。
車折神社での神事後、神職らが乗る御座船や竜頭船、献茶を奉納する船など計23隻が色鮮やかに川面を彩った。舞や雅楽も奉納され、川沿いの観光客らはみやびな世界に見入っていた。
(文.写真共 京都新聞5/17
より)

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2010.05.16

●EST「1959」

本日は所用にて「西船橋」迄。

で、私め西船橋駅に降りるのは初めての事。
知らない街に来た際の「恒例ルーティーン」として駅周辺をぷらぷら散策、その後喫茶店へ入る事と致しました。

何処の駅前にでもあるような個人経営らしき喫茶店でしたが、メニューに記されている「開店年ロゴ」見て少しびっくり。

現在私めが携わっている新宿の某店も、開店年が1959年なのでした。
(尤も移転&スタッフ総入れ替えで、殆ど「新規店舗」みたいなものですが…)

そんな訳で、奇遇と云うか何と云うか。
何とも「キミョーな縁」を感じた、ニシフナ日曜日の出来事でした、とさ。

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2010.05.15

●「祭りは」

斎王代発表から御禊儀、歩射神事、賀茂競馬、御蔭祭…。
約一ヶ月の前儀を経て、本日は「賀茂の祭」本祭でした。
所謂「葵祭」と云うやつです。

「京都三大祭」なぞと云った謳い文句の為、その真義が曖昧になりがちですが、本来の立ち位置は「賀茂社.鴨社」の例祭にて由緒正しき官祭。
それはこの時期に催される事からも明らかでして、四月~五月はミヤコ各社「例祭」真っ盛りなのです。

と云う訳で、今年の「賀茂祭」。
御日柄も宜しく五月晴れ、神事恙無く執り行われた様子です。

P20100515000091_2風そよぎ 平安の雅
上京・葵祭
京都三大祭りのトップを飾る葵祭が15日、京都市内で繰り広げられた。王朝絵巻さながらの雰囲気を漂わせ、新緑映える都大路を進み、沿道では約3万3000人(正午現在、京都府警調べ)が総勢511人、約1キロに及ぶ行列を見守った。
上賀茂、下鴨両神社の例祭で、正式には「賀茂祭」と言う。祭りにかかわる人びとや社殿などに、フタバアオイとカツラで作った葵桂を飾ることから「葵祭」と呼ぶようになった。道中の行列は「路頭の儀」、両神社の神事は「社頭の儀」と呼ぶ。
すがすがしい初夏の日差しのなか、午前10時半、狩衣(かりぎぬ)姿の肝煎(きもいり)を先頭に、近衛使(このえづかい)代列が上京区の京都御所・建礼門前を出発、牛車(ぎっしゃ)が玉砂利をきしませて進んだ。女官が先導する斎王代列が続き、十二単(ひとえ)姿の斎王代が乗る腰輿(およよ)が近づくと、見物人から歓声が上がった。
(文.写真共 京都新聞5/15
より)

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2010.05.14

●勇躍再見参「新宿」

えー、いつもお世話になっております。
「無職」→「フリーター」→「再び無職」→、で現在「再びフリーター」の弊亭酒司で御座います。

赤坂での移転物件が見つからぬ儘早や半年近く、相変わらず進捗芳しくありません。
然乍ら「遊び呆けている」訳にも往かないもので、現在依頼を受け「都内某飲み屋」の立ち上げ仕事に携わっております。

で、場所を晒してしまいますが、これが困った事に「新宿」なのです。

エリアは若干異なりますが、実は新宿は嘗てお店をやっていた所処。
従い「面が割れる」のも早いものでして、「やり難いったらありゃしない…」。

しかも今回は一ヶ月の「短期バイト」。
スケジュール「結構」詰め込んでのマネジメントになりまして、将気付けば臨店日程の半分が消化しておりまする。

そんな訳で、公私共に「難題続き」の私めで御座いました、とさ。

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2010.05.08

●「えのん&あらん」

本日は先日目出度く100周年を迎えた「らんでん」ネタ。

昨年10月14日「姉妹鉄道提携」を締結した「らんでん」と「えのでん」ですが、この度両社の提携記念マスコットが発表されました。

そのキャラクター芸風は今流行の「ゆるキャラ」系。
これから洛西の地や鎌倉.江ノ島で「着ぐるみ」を目にする事も多くなるでしょう。

関連過去ログは下記にて。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2009/10/post-b16a.html

P20100507000158姉妹の名は「えのん&あらん」
嵐電と江ノ電、提携キャラ決まる

昨秋に姉妹提携を結んだ京福電気鉄道(嵐電、京都市中京区)と江ノ島電鉄(江ノ電、神奈川県)は7日、両社のイメージキャラクター「えのん&あらん」を決定したと発表した。
キャラは、江ノ電の「江」と嵐電の「嵐」の漢字をイメージ。江ノ島の海の色と、嵐山の紅葉色を基本色とした。公募した656作品から一般投票により、最優秀賞として京都市右京区の主婦野田育子さん(51)の作品を選んだ。
今後、キャラのグッズや着ぐるみなどを制作し、両社のPR活動やイベントなどに使用する。
(文.写真共 京都新聞5/8
より)

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2010.05.05

●「賀茂祭」前儀ニ題

ゴールデンウィークも本日でお終い。
列島彼方此方で帰省ラッシュもピークを迎えている様子です。

そんな中、連休中のミヤコでは「賀茂祭」前儀が着々と進行中。
三日には「流鏑馬神事」、四日には「御禊の儀」が恙無く執り行われました。

後は本日の「賀茂競馬」、十二日の「御陰祭」を経て本番を残すのみ。

P20100503000108_2人馬疾走 新緑を射る
下鴨神社で流鏑馬
疾駆する馬上から弓を射る「流鏑馬(やぶさめ)神事」が3日、京都市左京区の下鴨神社で行われた。新緑が輝く糺(ただす)の森で披露される人馬一体の一瞬の妙技に、大勢の観客が歓声をあげた。
葵祭の道中をはらい清める神事で7世紀ごろから営まれていた。明治初期に中断したが1973年、神社の式年遷宮の記念行事として約100年ぶりに復活し、毎年同日に行われている。
神事では、射手が約400メートルの馬場を約15秒間で一気に疾走。手綱を放し、3カ所に設けられた的を狙って次々に矢を放った。
馬場の脇を埋めた観客は、馬のひづめ音が近づくと立ち上がったり、カメラを向けていた。「カーン」という乾いた的中音がするたび、どよめきと拍手が森に響いた。
(文.写真共 京都新聞5/3
より)

P20100504000104斎王代らが「御禊の儀」
葵祭に向け身を清め
京都三大祭りのトップを飾る葵祭(15日)を前に、斎王代や女官役の女性が身を清める「御禊(みそぎ)の儀」が4日、京都市北区の上賀茂神社であった。汗ばむ陽気の中、王朝絵巻さながらに優雅な所作を繰り広げた。
第55代斎王代を務める東山区の府立医科大2年、川崎麻矢さん(20)は十二単(ひとえ)に小忌衣(おみごろも)を羽織り、童女や女官約50人を従えて姿を見せた。おはらいを受けた後、御手洗(みたらし)川に指先までゆっくりと手を差し入れ、身を清めた。参列者は近くの大宮小の児童が育てたフタバアオイを胸に飾り、儀式を見守った。
川崎さんは「いい天気でよかった。十二単の重さよりも暑さの方が大変でしたが、水が冷たくて気持ちよかった」と話した。
御禊の儀は1956(昭和31)年に復活し、上賀茂神社と下鴨神社(左京区)で隔年で行われている。
(文.写真共 京都新聞5/4
より)

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2010.05.04

●さのかたのはな

木の花は
「藤の花は、しなひ長く、色濃く咲きたる、いとめでたし」 (清女)

と云う訳で、三日前の後日談。
亀戸天神は「藤まつり」迄足を運んで参りました。
同地に赴くのは彼是15年振り位、殆ど初めてと云って差し支え無い様なものです。

然乍ら「五月晴れ」の遊山日和に加え「GW」の真っ只中、まぁ人の多かったこと…。
「しづこころなく花をみるらむ」と思うなら、矢張り平日で無いとイケマセンね。

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【写真上】女橋の青藤一写。
狭い境内を埋め尽くすような藤棚群。
早稲の花は只今見頃、千朶は撓と花弁を揺らし、宛ら葡萄の如くでした。

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【写真上】男橋横の白藤。
紫花とは趣が違って可憐な感じ、白花も中々と宜しくってね。

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【写真上】「ウソ キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」
鷽の碑(左)と鷽の御守(右)
蔵前通りから参道、境内至る所処でこの「ウソ鳥」を目に致します。
何とも云えず「ミョー」な出で立ち。
初めて見た時は「亀」か「ペンギン」かと思ってしまいました。
御由緒云々に就いてはクグるかウィキって下さい。

100501_024【写真左】「亀戸」にて「亀」を眺む。
当日は初夏を思わせる様な陽気。
境内池の亀も陸に上がり、文字通りの「甲羅干し」をしておりました。

とまぁこんな感じで御座いました。

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2010.05.03

●「茜襷に菅の笠」

「な~つもちぃ~かづく はぁ~ちじゅ~うはぁ~ちや♪(ヨイヨイ)」

と云う訳で、昨日は「八十八夜」。
宇治では只今「茶摘み」の真っ最中です。
今年の茶葉は昨年に較べ遅育らしいとの事。
まぁ「初夏の香味」が届くのも、間も無くでしょう。

P20100502000117新芽青々 初夏香る
宇治で「八十八夜の集い」
新茶の季節を告げる「宇治新茶・八十八夜茶摘みの集い」が2日、京都府宇治市宇治の茶園であった。晴れ間が広がり、初夏を実感させるそう快な陽気の中、かすりの着物に姉さんかぶりの摘み娘(こ)たちが宇治茶を初摘みし、来場した市民に新茶が振る舞われた。
府茶業会議所などが毎年、茶摘みの目安とされる立春から88日目に催している。府茶協同組合茶業センターの玉露茶園では、公募で選ばれた「宇治茶レディー」など女性15人が昔ながらの茶摘み娘姿で、青々とした一番茶の新芽を丁寧に摘み取った。
府茶業研究所(宇治市白川)でも集いがあり、家族連れが茶のうまみ研究体験ツアーなどを楽しんだ。
今年の一番茶の萌芽(ほうが)宣言は3月31日に出され平年より6日早かったが、4月に低温の日が続いたため、茶の生育は5日~1週間ほど遅れている。収量も平年より減る見通しという。茶摘みは連休明けから本格化する。
(文.写真共 京都新聞5/3
より)

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●再び「フリーター」生活

えー、いつもお世話になっております。
現在「無職」→「フリーター」→「再び無職」の弊亭酒司で御座います。

一昨日より月替わり皐月、「立夏の頃」に相応しい日和が続いております。
然乍ら、現状私めを取り巻く状況は相変わらず。
薫風そよぐ時節になるにも関わらず、赤坂復帰の目途は未だ立っておりません。

で、三月から四月にかけて「とある飲み屋」の立ち上げを依頼され、暫く「アルバイト」生活をしていた私め。
今月からも別のお店のオブザーバーを委託され、現場に立つ事と相成りました。

と云う訳で、今日は初出勤の日。
因みに、何処のお店で仕事しているのかと申しますと…。

それも勿論 ヒ・ミ・ツ です

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2010.05.02

●一周「忌」

「彼」が遠い所処へと旅立ってもう一年…。
否早、時間の経つのは早いものです。

そんな訳で本日はキヨシローの一周忌。
自宅にて故人に献杯すべく、「とっておき」のウイスキーを一本開封致しました。

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Laphroaig(ラフロイグ)12y 1996/2009  
「忌野清志郎追悼ラベル」 目白田中屋オリジナルボトリング

確か昨年秋頃のリリースだったと思います。
未だ在庫は持っていますので、弊亭「復活祭」の折にはバックバーを彩っている事でしょう。

ホント、「いいことばかりじゃありゃしない♪」っと…。

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2010.05.01

●「鴨川をどり」はじまりました

ミヤコ花街「春の演舞会」も愈々殿り、「鴨川をどり」が本日より開幕致します。
「皐月床」と並ぶ先斗町「立夏風物」でもあります。
今年の演目は大河ドラマに乗っかって「幕末」ネタがメインらしく。

そんな訳で、下記事は昨日行われた前夜祭の様子。

P20100430000149幕末 志士と芸妓の恋模様描く
鴨川をどり前夜祭
1日開幕する先斗町の「第173回鴨川をどり」の前夜祭が30日、先斗町歌舞練場(京都市中京区)で行われた。花街の春の舞踊公演を締めくくる舞台で、芸舞妓らが優雅な踊りを披露した。
恒例の舞踊劇は、話題のNHK大河ドラマ「龍馬伝」にちなんだ「女たちの幕末」。新撰組の隊士が逃げ込んだ先斗町のお座敷を舞台に、志士と芸妓の恋模様を情感を込めて描いた。
舞踊「薫風歌絵巻」(全5景)は、芸舞妓らが「葵祭」や軽快な囃子に乗せた「先斗町緑句(ろっく)」など、新緑鮮やかな京の風情をさまざまに踊り分けた。フィナーレの第5景「京(みやこ)につどう」は、フジやアヤメが咲き誇る華やかな舞台。芸舞妓が総踊りし、招待客を魅了した。
(文.写真共 京都新聞5/1
より)

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