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2011.04.30

●「山中湖」一ヶ月前

えー、昨日よりゴールデンウィークで御座います。

今年は最長で10連休と「文字通り」大型連休、皆様に於かれましては「近郊」に「遠方」に、将又「海外」へとお出掛けの方々も多い事でしょう。
まぁ件震災の自粛モードも一旦は取り置き、「沈んだ気持ち」を一掃するには良い頃合&初夏日和かも知れません。

で、私めの予定はと申しますと…、
「取りあえず何処に出掛ける予定もありません」

何せ昨年一月より「∞ループ無職」なものですから、一年「365連休」みたいなもの。
従ってゴールデンウィークだからと云って、何処や彼処やに行く予定も無いのです。

然乍ら昨日今日と絶好のお天気、室内でダラダラしているのも勿体無く。
そんな訳で本日はこれよりランニング、新宿公園迄出向いて参ります。

丁度一ヵ月後は「山中湖ロードレース」、身体作りもそろそろ仕上げの時期でして。

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2011.04.29

●「トップリーグ」日程発表

えー、未だ「GW前」だと云うのにもう10月の話柄。
しかも例に由って「興味の無い方々が大多数」のオハナシです。

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と云う訳で先日、「日本ラグビー.トップリーグ」の試合日程が発表されました。
今季はワールドカップイヤーの為、例年より2カ月遅れの開幕です。

しかしそうなるとスケジュールは「寿司詰め」、メインの競技場も「フル回転」。
例えば「秩父宮」、第一節(10/29)から最終節(2/5)迄の期間中、未使用週は僅か四週の上に全節二試合開催です。
しかもトップリーグのオフウィークには其々「早慶戦」「大学選手権一回戦.二回戦」が組まれているので、実質の養生週はお正月の一週間のみ。

「秩父宮迄20分」の私めとしては、観戦が楽で非常に有難いのですが…。
この強行軍ですと、秩父宮のピッチは例年にも増して酷い「芝枯れ砂漠」が待っていそうです。
協会の予算都合もあるのでしょうが「味スタ」「アミノバイタル」「駒沢」辺りに振り分けられなかったものかと。

因みに秩父宮のカードは「サントリー」「東芝」「リコー」「NTTコム」「NEC」がホームで各5~6試合、昨年よりは偏りの無いマッチメイクです。

「2011/12.ジャパンラグビー.トップリーグ」日程表は下記にて。↓
http://www.top-league.jp/news/news10265.html

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2011.04.28

●「床支度」

少し艶っぽい表題ですが、内容は然に非ず。

先斗町「皐月」の風物と云えば、「鴨川をどり」と「皐月床(早床)」。
そんな訳で、木槌と重機の音が響き始めた加茂の河原。
床開きを間近に控え、「立夏の支度」進行中で御座います。

連休頃のミヤコは夏日になる事も多いのですが、日暮れ後は未だ肌寒さも残ります。
況してや「鮎」も「鱧」も膳には上がりません。
従い五月床は「上る」より「眺む」風情の方が宜しい鴨。

因みに鴨川の川床は「(かわ)ゆか」、貴船の川床は「(かわ)どこ」。
其々呼び方が違います。
是豆知識迄。

122556thwsa08ako_l鴨川納涼床、準備も熱く 
京で今年初の夏日
京都に初夏の訪れを告げる「鴨川納涼床」の組み立てが京都市内の鴨川べりでピークを迎えている。5月1日の床開きに向けて、晴れ渡る空の下、川沿いの各店が急ピッチで準備を進めている。
京都鴨川納涼床協同組合によると、二条~五条間の約2・5キロに今年は95店が床を出す。
組み立て作業は15日から解禁となり、27日も作業が続いた。京都地方気象台によると、この日の気温は午前11時に26度に達し、今年初の夏日となった。みそそぎ川にせり出した床で作業員が電動工具やつちの音を響かせ、できあがりの確認をしていた。
今年は東日本大震災による客足への影響が懸念されるが、同組合の北村保尚専務理事(52)は「組合全体で義援金を募る。今年も変わらず川床でよい夏を迎えてもらいたい」と話している。
(文.写真共 京都新聞4/27
より)

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2011.04.27

●「丸井さん」新装開店

阪急さん撤退の後、長らく人気の途絶えていた「四条河原町.東南角」ですが、約八ヶ月振りに賑わいが戻って参りました。
本日、マルイさんの開店で御座います。

件に就きましては既に色々と所見申し上げておりますので本日は手短に。
取敢えずは私めも帰京の折、一度位は立ち寄ってみようかと思います。

尚、関連記事はサイドバー(■「河原町阪急.丸井」関連)山椒の琴←。

20110427115730marui“京都初”求め、客どっと 
マルイ開店
京都マルイが27日、京都市下京区の四条河原町に開業した。昨年8月に閉店した四条河原町阪急の後継テナントで、丸井グループの関西出店は神戸市、大阪市に続いて3店舗目。買い物客が開店前から長い列をつくり、京都一の繁華街らしいにぎわいが戻った。
売り場面積は地下1階~地上6階の8760平方メートル。女性向け衣料や雑貨、食品など53店が入り、約8割の42店が京都初出店となっている。
阪急時代からある正面の世界地図周辺には約1100人が並んだ。午前10時に開店すると、目当ての売り場に早足で向かう客の姿も見られた。
午前5時ごろに一番乗りした大学院生金野真和さん(26)=左京区=は「スイーツ(菓子)が好きなので(地階の)『マルチカ』を利用したい」と話し、休暇を取って訪れた会社員井出口紗輪さん(24)=西京区=は「阪急閉店後は大阪に買い物に行っていた。ファッションが充実していてうれしい」と笑顔を見せた。
京都市内を中心に滋賀県西部や大阪府北部などを商圏と想定し、初年度の売上高は60億円台半ばを目指す。通常営業時間は午前10時半~午後8時半(一部店舗除く)。27日~5月5日は午前10時に開店する。
(文.写真共 京都新聞4/27
より)

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2011.04.24

●「書」漁りし日

えー、昨日土曜日は終日の雨模様。
週末行楽には生憎のお天気でしたが、私めは昼過ぎより「釣書」行脚へ。
表参道経由で神保町に向かい「古本屋巡り」して参りました。

冬場は「スキー関連」で幾度と無く訪れた神保町ですが、「古書店詣」は半年振り。
矢張り「書架の海」回遊は楽しいモノです。

で、釣果の程ですが…。
お目当てのものは明倫館書店と南青山の日月堂で各一冊づつ。
まぁまぁの掘り出し物を東陽堂で一冊。
「まずまず」と云った按配でした。

因みに古本屋周廻を終えた後は、帰りがてらに「南海」で夕食を。
「古本漁り」だけにおアトが宜しい様でして。
チャンチャン。

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2011.04.23

●「みこもかる」

えー、もう大分前の話になりますが…。
先月中旬、白馬スキー行脚から家路に就く途次の折、長野駅で善光寺さんに立ち寄って参りました。

そんな訳での「牛に引かれて」善光寺参詣記。
尚表題は「信濃」に掛かる枕詞、で御座います。

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【写真上】参道.大門南から仁王門を望む。
「木造平屋の旅館」「土蔵造りの商家」に混じり、近代建造の洋館も目を惹きました。
【写真下】参道.仁王門から山門を望む。
仁王門を潜ると仲見世通り、寺町参道らしく仏具店や土産物屋が目立ちます。
参道の石畳は、1713~1714年(正徳3‐4)に敷設されたもの。

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【写真上】山門一写(重文)。
1750年(寛延3)年の造営、大仏刹に相応しい大規模な山門。
入母屋造.栩葺、五間三戸.二階二重門。
建築様式は江戸初~中期に良く見られる和様.禅宗様の折衷様、特に禅宗的要素が色濃く現れています。

亦、この時代に有り勝ちな「複雑奇異」な装飾華美に走っていないのは、長野=善光寺村が「寺社町.宿場町」として発展したから、かと。
お武家さんの目は「城下町(松本)」の方に向いていたのが幸い、と云うべきでしょう。

110318_036【写真左】本堂(国宝)。
宝永4年(1707)の造営。
入母屋造.単層裳腰付、檜皮葺
桁十四間.梁五間(妻入)。

屋根部
両側面:入母屋破風付。
裳腰部
正面:向拝三間、軒唐破風付。
両側面:向拝一間。

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【写真上】本堂を左横より眺む。
特徴として、妻側に対して極端に奥行きが長く、棟がT字型に見える(実際は長方形)様式は「撞木造」と呼ばれるもの。
一般寺院の本堂(仏殿)と講堂(法堂)を「外陣.内陣」「内々陣」と云う形で一体化、加えて内陣を信徒参籠の場として多く取る為、などが特殊な形をしている要因として挙げられます。

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【写真上】経蔵(重文)。
1759年(宝暦9)の造営、宝形造.檜皮葺、方五間。
此方も禅宗様の強い折衷様式、宝形造の経蔵は珍しいもの。
「経蔵」の国指定文化財は全国で僅か13棟(国宝3.重文10)、そういう意味でも貴重な近世建造物。

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【写真上】境外の築地塀より、山門と本堂を眺む。
善光寺は無宗派の単立寺院ですが、「本坊.大勧進」は天台宗山門派の大本山、「大本願」が浄土宗鎮西派の大本山。
従い両派との関係は深いものがありますが、境内の雰囲気は意外と民間信仰の色合いが強く、密教「大本山寺院」的な威圧感は全く致しませんでした。
まぁその辺は「浄土宗的」な影響のものかと。

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戯れ二写。
【写真左】愛すべき喫煙所。
駒返り橋を渡った傍、参道を横目に眺める風情も宜しく。

【写真右】大本願の授与所にて。
見た目は鮮やかも、有難味にはチト欠ける「九色カラー達磨」。
最近ちょくちょく見掛けます。

因みに色だるまの御利益は
 赤 開運全般・必勝祈願・合格運
 黒 黒字経営・社運隆盛・毛生え
 白 祝福・勝負運
 紫 健康長寿・品格向上
 青 立身出世・盛運隆昌
 桃 恋愛成就・結婚・安産
 緑 身体健勝・身体安全
 黄 名声獲得・美容
 橙 旅行安全・災難除け
 金 金運上昇・財力運
 銀 自己実現・吉祥長寿・安産
…、だそうです。

てな感じの初「善光寺詣」。
尤も乗り換えの空き時間を使った慌しいもので、のんびり「信州路参詣」と云う訳には参りませんでしたが。

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2011.04.22

●「斎王代」決まりました

「見物は」
見物は、臨時の祭。行幸。祭のかへさ。御賀茂詣で。

と、清女も申されている通り、ミヤコの祭りと云えば「賀茂の祭」。
そんな訳で「葵祭」迄あと一ヶ月弱、今年の斎王代が発表されました。
本年のヒロインも例に由って「伯母」「母」「子」三代の重責御奉職にて。

因みに此処三年間の斎王代「御家柄」は…、
「社長さん(お母さんも斎王代)」→「菊乃井さん」→「六波羅蜜寺住職さん」。

然乍らこの斎王代、「氏素性」の良し悪しだけで選ばれているのではありません。
祇園祭のお稚児さん程では無いにせよ、入費や拘束時間などの負担は「其也」以上に掛かるもの。
従い「やんごとナクナイ」一般庶民では務難しく、こんな次第になる訳です。

因みに此処二十数年の斎王代「御家柄」は柿山椒の琴。↓
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/koto/aoi/saio/saio_index.html

20110414192740saioudai葵祭・斎王代に金井志帆さん
「大役、笑顔絶やさず」
京都三大祭りの一つ葵祭(5月15日)のヒロイン、第56代斎王代に同志社大4年の金井志帆さん(22)=京都市南区=が決まり、14日発表された。
金井さんは塗料販売会社社長の金井健さん(56)と第23代の斎王代だった妻秀美さん(52)の長女。母娘で斎王代となったのは4組目。伯母の鈴木保代さん(62)も第10代斎王代を務めた。
上京区のホテルで記者会見した金井さんは東日本大震災が起きた中での開催について「大役を仰せつかったことを真摯(しんし)に受け止め、笑顔を絶やさず頑張りたい」と落ち着いた口調で語った。
行列は例年通りする。葵祭行列保存会の猪熊兼勝会長は「天候不順を鎮めるために始まった祭りの起源と京都の活性化に寄与した歴史を考え、行うことにした」と説明した。
(文.写真共 京都新聞4/15
より)

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2011.04.21

●「散る櫻」あれば「咲く櫻」あり

「あづまはや そめいさくらは ちりゆきて こちもこずえも みるはなはなく」

そんな訳で「桜の盛り」も疾うに過ぎてしまいましたが、それはあくまで「ソメイヨシノ」のおハナシ。
ミヤコでは「枝垂桜」「江戸彼岸」から始まり、各種様々な「山桜」「里桜」、「染井吉野」「紅枝垂」、更には多種の「八重桜」…。
「早咲き」から「遅咲き」迄、約一ヶ月に亘り「桜花の謳歌」が続いております。

と云う訳で「御室の桜」はこれからが見頃最盛。
因みに此方の桜、正式品種名は「御室有明」、八重純白の里桜です。

そして「御室桜」が散り初めを迎える頃には…。
「御衣黄」の黄緑花弁が、薄く紅を注している事でしょう。

「御室の桜」観桜記過去ログは下記にて。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/04/post_380d.html

20110419175541omurosakura“御室桜”満開で見ごろに 
右京・仁和寺

遅咲きで知られる「御室桜」が京都市右京区の仁和寺でほぼ満開となった。19日は晴天と小雨を繰り返す不安定な空模様となったが、多くの参拝者でにぎわった。
仁和寺の御室桜は境内に約200本あり、国の名勝に指定されている。高さが2~3メートルでソメイヨシノに比べて低く、根元から枝分かれして丸みのある花を咲かせる。
例年は4月中旬にほぼ一斉に咲くが、今春は木によって開花時期のずれが目立ち、境内は満開の花とつぼみが混在している。参拝者は目の前の高さに咲く白や薄紅色の花を眺め、心を和ませていた。
寺によると、見ごろは今週末までという。
(文.写真共 京都新聞4/19
より)

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2011.04.20

●続.「四条河原町」東南角のこと

えー、本日は開店を一週間後に控えた「京都マルイ」に就いてです。

旧阪急さんの後を引き継ぎ、四条河原町に出店される〇|〇|さん。
関西圏では「神戸三宮」「大阪ミナミ」に続き3店目、ミヤコ初出店で御座います。
不謹慎を承知で申し上げるなら、この時期関西圏への進出は「節電」「自粛」「原発不安」で手枷足枷だらけの首都圏より、遥かに期待が持てるのでは無いでしょうか。

「若者向けファッション(死語)」が得意分野の丸井さんにとって、先代「阪急さん」と顧客層や価格帯が重複するのも幸いですし、先行進出されているトーキョー資本「伊勢丹さん」とは商圏.客層共に被りません。
それに何と云っても「トーキョー物」大好きなミヤコ人。
加えてテナント8割が京都出店「初モノ」となれば、開店特需に加えて其也以上の集客も見込めるでしょう。

但し今回力点を入れられている「雑貨」「カフェ」と云った分野は、ミヤコでも「老舗」「新進気鋭」問わずの得意分野。
取敢えずは本業の「アパレル」に重点を置いた方が宜しいとは思われますが、まぁ暫く「お手並み拝見」といきましょうか。

最後に余談ですが…。
建物壁面は何時の間にか、茶紫の「阪急カラー」から「マルイ的」アイボリーホワイトに塗り替えられておられました。
個人的には学生自分の「待ち合わせ」場所としての思い出もあり、以前の儘にして欲しかったかな、と。

20110412203611marui0078割、京都初出店  
京都マルイ 27日開業
ファッションビル運営の丸井グループは12日、27日に開業する四条河原町阪急の後継テナント「京都マルイ」(京都市下京区)の店舗概要を発表した。入居する全53店のうち、約8割の42店が京都初出店となる。プライベートブランド(PB)商品を扱う売り場も充実させる。
売り場面積は地下1階から地上6階の8760平方メートルで、うち約4割はPB商品の売り場。入居店舗の約6割をアパレル以外の雑貨やカフェなどの店で構成する。
地下1階は「マルチカ」の愛称を付け、スイーツやベーカリー、雑貨など関西初の店が並ぶ。1、2階は女性向けの靴やバッグなどのPB商品を中心に展開。3、4階に女性向け衣料、5階に男性向け衣料の店が入る。6階には地元のふたば書房をはじめスポーツや時計など趣味関連の店が入居する。このほか靴や時計、洋服の補修の店も置く。
商圏人口は京都市内を中心に320万人。初年度の売り上げは60億円台半ばを目指す。丸井の中村正雄社長は「(東日本大震災の)被災地復興支援に配慮しつつも早く通常の経済活動に戻すべきと判断し、この時期に開店する。若々しいマインドを持つすべての人に満足してもらえるようにしたい」と話した。
(文.写真共 京都新聞4/12
より)

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2011.04.19

●「桜のジャージィ」の行方

一先日、ラグビー日本代表 「HSBC アジア五カ国対抗」メンバーが発表されました。

9月迄の残り期間と試合数を考えると、余程の事が無い限りこの面子を中心にして「2011.ラグビーワールドカップ」最終登録の30名が選出されると思われます。

そこで「ブレイヴ ブロッサム」、W杯のスコッドでも予想してみる事に。

■FW=16

ポジション 名前 所属チーム 年齢 出身校 身長 体重 生年月日 Caps
PR1 平島久照 神戸製鋼コベルコスティーラーズ 28 福岡大学 180 110 1983/1/15 19
PR1 川俣直樹 パナソニックワイルドナイツ 25 明治大学 184 118 1985/10/31 11
HO 堀江翔太 パナソニックワイルドナイツ 25 帝京大学 180 104 1986/1/21 10
HO 湯原祐希 東芝ブレイブルーパス 27 流通経済大学 173 105 1984/1/21 5
HO 木津武士 神戸製鋼コベルコスティーラーズ 22 東海大学 183 110 1988/7/15 2
PR3 畠山健介 サントリーサンゴリアス 25 早稲田大学 178 116 1985/8/2 15
PR3 藤田 望 ホンダヒート 26 中央大学 191 118 1984/10/2 4
LO 大野 均 東芝ブレイブルーパス 32 日本大学 192 105 1978/5/6 45
LO 北川俊澄 トヨタ自動車ヴェルブリッツ 30 関東学院大学 195 110 1981/2/7 33
LO トンプソン ルーク 近鉄ライナーズ 30 リンカーン大学[NZ] 196 109 1981/4/16 27
LO ジャスティン・アイブス パナソニックワイルドナイツ 26 タイエリ高[NZ] 196 100 1984/5/24 0
FL ◎ 菊谷 崇 トヨタ自動車ヴェルブリッツ 31 大阪体育大学 187 100 1980/2/24 35
FL タウファ統悦 近鉄ライナーズ 30 日本大学 183 105 1980/10/8 17
FL マイケル・リーチ 東芝ブレイブルーパス 22 東海大学 190 103 1988/10/7 13
NO8 ホラニ龍コリニアシ パナソニックワイルドナイツ 29 埼玉工業大学 188 111 1981/10/25 14
NO8 谷口 到 神戸製鋼コベルコスティーラーズ 26 筑波大学 188 105 1984/10/1 1

■BK=14

ポジション 名前 所属チーム 年齢 出身校 身長 体重 生年月日
Caps
SH 田中史朗 パナソニックワイルドナイツ 26 京都産業大学 166 75 1985/1/3 22
SH 日和佐 篤 サントリーサンゴリアス 23 法政大学 166 71 1987/5/22 0
SO ジェームス・アレジ ノッティンガム 31 オークランド大学[NZ] 187 93 1979/8/11 25
SO ショーン・ウェブ コカ・コーラウエストレッドスパークス 29 リンカーン大学[NZ] 180 90 1981/12/30 22
SO 山中亮平 神戸製鋼コベルコスティーラーズ 22 早稲田大学 187 95 1988/6/22 1
CTB 今村雄太 神戸製鋼コベルコスティーラーズ 26 早稲田大学 178 93 1984/10/31 28
CTB ライアン・ニコラス サントリーサンゴリアス 31 オタゴ大[NZ] 192 100 1979/5/23 25
CTB 平 浩二 サントリーサンゴリアス 28 同志社大学 185 94 1983/1/12 24
CTB アリシ・トゥプアイレイ キヤノンイーグルス 30 リンウッド高[SAM] 187 116 1980/9/28 11
CTB 上田泰平 ホンダヒート 29 福岡大学 180 89 1982/3/3 0
WTB 小野澤宏時 サントリーサンゴリアス 33 中央大学 180 85 1978/3/29 58
WTB 遠藤幸佑 トヨタ自動車ヴェルブリッツ 30 法政大学 186 90 1980/11/11 34
FB 有賀 剛 サントリーサンゴリアス 27 関東学院大学 175 84 1983/11/3 14
FB 田邉 淳 パナソニックワイルドナイツ 32 クライストチャーチ教育大学 170 73 1978/6/25 1

FWはこの時点に於いてほぼ確定、怪我人が出ない限り変更は無いと思われます。
アイブスがLOに入りましたが、まぁ能力が違いますし新顔も此処迄かと。

BKはFWに較べ若干の流動性があると思いますが、「サプライズ」はもう無いでしょう。
この時点で不選出ならば、マレサウ(ヤマハ).マリーウイリアムス.(織機)ロアマヌ(トゥローン)のセンも消えました。
WTBが二名と少ないですが今村.アリシは兼用込みでの選出だと思われますので、山田(パナ).宇薄(東芝)も再選は厳しそうです。
亦、怪我から明ければブライスロビンス(ホンダ)の選出は鉄板。
そうなると山中、上田、田邉、有賀辺りが一名ワリを食う事になります。

何れにしても「第一次スコッド」外からの追加招集があるとすればフィリップオライリー(協会)位、日本人選手で待望論の挙がっている中山.霜村.五郎丸らの可能性は薄いでしょう。

以下素人所見。
バックロウのファーストチョイスは、最終メンバーの人選に関わらず「⑥菊谷⑦統悦orリーチ⑧ホラニ龍」になるのは間違い無い所処です。
其処で「スキッパー」にアクシデントが発生した場合の事を考え、「リーダーシップ」「熱」「国際経験」を持っている日本人をメンバーに加えて欲しいもの。
ワールドカップの舞台で接戦時に途中出場し、力を発揮出来るベテラン…。
具体的に云うと「箕内(ドコモ)」「浅野(NEC)」。
「後半20分」以降のパフォーマンスでは未だヒケを取らないと思うのですが。

後、小野(サニックス).眞壁(サントリー)はバックアップに連れてって欲しいですね。

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2011.04.18

●「吾妻橋」あたりにて

えー、昨日はお昼過ぎより「向島界隈」を漫ろ歩き。
墨堤通りから鳩の街通り、見番通りを経由して到着したのは「吾妻橋」。
其処で「例に由って」「例のモノ」と遭遇致しました。

そんな訳での「Flamme d'or」撮影集。
尚、食事中の皆様に於かれましては、後程の閲覧をお勧め致します。

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【写真上】墨堤通りより、ビル間に眺むウ○コ。
陽光を受けて黄金色に輝く様は正に「神々しさ」さえ感じるもの。
品良く佇んでおりまする。

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【写真上】○ンコビル.背面近景。
全体の眺めも素晴らしいのですが、部分的に見るフォルムも格別。
まるで便器からはみ出ているかの様です。

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【写真上】真下より仰望するウン○ビル。
絞り出したかの様な尻尾がマタ可愛いものです。

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【写真上】吾妻橋中央より眺むウン○ビル。
因みに中央奥は賃貸マンション.「リバーピア吾妻橋.ライフタワー」。
毎日このオブジェを間近に見ている住居者が、羨ましくて仕方ありません。
恐らく、便秘の心配は全く無いものと思われます。

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【写真上】「リバーピア吾妻橋.ビル群」とスカイツリー。
左より「墨田区役所」「東京スカイツリー」「アサヒビールタワー」「スーパードライホール(上には○ンコ)」「吾妻橋ライフタワー」
こうして見ると「○ンコビル」の異彩振りが、一層良く解ります。

因みに左のアサヒビールタワー(本社ビル)は「泡のあふれるビールジョッキ」をイメージしたもの、との事。
そうすると右の「アレ」は、「お皿に乗ったおつまみ」に見えない事もありません。

…、確信犯とは云え、まぁ品の無いログになってしまいました。
以上、橋の袂だけに「川屋」なオハナシにて。
ちゃんちゃん。

 

 

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●「向島」あたりにて

「はぁるの うらぁらぁの~ すぅみぃだぁ~が~わぁ~♪」

そんな訳で昨日は隅田川の向こう岸迄。
向島から浅草周辺を「ぷらぷら」散策して参りました。

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【写真上】百花園にて、シャガとハナニラ。
共にユリ目の多年草、春の野花を代表するものです。
「公園」「土手」「川縁」…、何故かこの辺はハナニラが矢鱈多く自生していました。

110416_005_2【写真左】鳩の街通りにて。
「エネルギースーパー」、しかも24時間営業。
時事柄「不謹慎と」は思いつつ、ネーミングの妙に負けて一枚収めてしまいました。

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【写真上】鬱金桜。隅田川東岸遊歩道にて。
丁度今時分が「満開~散り初め」の頃、淡黄緑の花弁も瑞々しく。
ウコンザクラは八重が多いのですが、此方のものはやや花弁が少な目。
余談ですがこの桜を見ると、仁和寺の「御衣黄」を思い出します。

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【写真上】見番通りより牛嶋神社本殿とスカイツリーを望む。
向島「新旧ランドマーク」のコントラスト、雑誌等が喜びそうな絵ですね。

この日はデジカメ不持だったのでケータイでの撮影。
矢張り遠景では役に立ちませんでした…。

110416_012【写真左】牛嶋神社拝殿。
関東大震災以降の移築.再建ですが、「入母屋に千鳥破風」、「向拝.木鼻の彫刻」等、権現造り拝殿の雰囲気は良く表されてます。

手前の鳥居は三輪鳥居ですが、特に大神神社との関連性は無い様子。

素戔男尊ら三柱を祀る神社ですが、境内からは寺院の雰囲気も色濃く醸されてます。
神仏分離令以前は別当の最勝寺と区分は無く、神仏合祀だったのでしょう。

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【写真左】同.水戸街道側の石鳥居とスカイツリー。
【写真右】北十間川.枕橋より眺むスカイツリー。
向島周辺は高い建物が無いので、道すがら至る場所から「634ツリー」が伺えます。
と云うより、視界からスカイツリーを除く事の方がムツカシイかも…。

そんな感じの「向島」散策で御座いました、とさ。

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2011.04.17

●芳春の日曜日

110416_010えー、本日の帝都も快晴哉。

そんな絶好のお散歩日和。
今日は昼過ぎより向島界隈を漫ろ歩きしておりました。
で丁度今、浅草で夕餉を取っておりまする。

左は牛嶋神社門前街とスカイツリー。
詳細は亦明日にでも。

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2011.04.16

●ぼちぼち「始動」

えー、本日も快晴哉。
此処数日、帝都では淡青な春晴れが続いております。

こんな陽気はそれこそ絶好の「春スキー」日和なのですが、今年は震災の影響で一ヶ月早めの板仕舞い。
昨年は丁度今頃迄滑りに行ってたんですがね…。

と、「雪過ぎた事」をぼやいても仕方無いものです。
「山中湖マラソン」迄一ヶ月半を切った事ですし、「卯月晴れ」も折角の良い機会。
今日より本格的に「トレーニング」再開すると致しました。

そんな訳で今昼は「新宿公園」を15㎞のLSD。
先月から「ちょくちょく」走っていましたが、何れも5㎞前後の足慣らし程度。
久し振りの1時間オーバーランは、少し足腰に堪えるものでした。

取敢えず今月残り半月で目標距離40㎞、ラップは㎞/4:20。
扨、序々にピッチを上げていくと致しますか。

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2011.04.15

●続「ミヤコの景気」.震災後

えー、一昨日ログの続篇。

震災以降、列島津々浦々で吹き荒れる「自粛モード」の嵐。
それは国内至る所処の観光地に「二次被害」と云う形で飛び火し、観光産業に立地する地域では「地域存続の危機」とも云える、極めて深刻な影響が出ています。

其処で世界でも有数の観光地、「京都」の現状は如何なのかと申しますと…。
私め四月上旬に一週間程帰京しておりまして、洛中洛外の「観光処」「飲食処」なぞ、色々足を運んで参りました。
そんな訳で「東日本大震災」発生後の「ミヤコ景気事情」雑感にて。

但し以下は「個人的な感想」なので、正誤の程はご容赦申し上げます。  

    
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結論から申し上げますと「確かに観光客は減っておりました」。
但し、今の所処「地域経済の根幹に揺るがす程では無い」かな、と。

京都が国内その他の「観光都市」と異なるのは、その規模と立地です。
京都市の人口は147万と、政令指定都市の中でもまぁまぁの規模。
加えて大企業の本社や大学、地場産業も其也に御座います。
更に「都市圏人口」は約260万、京阪神都市圏にあるので鉄道交通の利便性もあり、近隣他県からの人の流入も見込めます。
つまり都市圏人口と産業だけでも「ソコソコ」生産消費活動+観光が賄えるのです。

地方多くの観光地では、地域人口も少なく周辺地域からの人口流入も見込めない上に、「観光」そのものが産業の根幹になっています。
その辺を考慮すると、ミヤコは可也恵まれていると云って良いでしょう。

亦、京都の観光客比率は元々が日帰り主流。
日帰りと宿泊の比率が「74%:26%前後」なのは数年来変わっていません。
関西圏が震災被害を直接被っていない事もあり、「七割五分」の部分がいきなり極端な減少を見せる事も無いと思われます。
実際「自粛ムード」の過剰反応が収まりつつある近日では、やや人の出足も戻って来ている様子です(下記事参照)。

キャンセル続出で杞憂されている外国人観光客にしても、元来比率は1.7%弱。
更に元々、京都は東アジア圏からの観光客比率が少ないので(訪日観光客の東アジア圏比率/国内平均約60%:京都約25%)、九州各観光地の様な「瞬間最大風速」的ダメージも少ないでしょう。

そんな訳で、極端な「地域経済停滞」「「観光客枯渇」とはならないと思われます。

但し、それも「長期化」しない事が前提です。
以前も何某かの項で述べましたが、「ミヤコ」最大のパトロンさんは「トーキョー人」。
それは宿泊観光客の地域比率を見ても明らかです。
その東京が「余震」「電力」「原発」の三重苦では、中々「そうだ京都、行こう」とはならないでしょうし、更に危惧されるのは「東京の経済停滞」長期化。
即ちそれは「日本の経済停滞」となるのが明白、関西圏も逃れる事は出来ません。

要約、結局の所処「トーキョー」の経済活動が安全且つ通常運転し出さない限り、先行きに予断は許せない儘。
と、当たり前の結論になるのでした。

20110405102556gion祇園、自粛ムード 宴会など中止で客激減
消費活動、望む声も

東日本大震災を受けてイベントや宴会の自粛ムードが広がり、京都市東山区の歓楽街・祇園に影響が出ている。景気低迷に加え、客数がさらに減った店もある。夜の街では募金や消灯の風景が見られ、飲食店からは被災地に配慮しつつ、従来の消費活動を望む声が聞かれる。
「震災後、団体客のキャンセルが数件続いた」。お茶屋の店主(54)は嘆く。普段は予約取り消しがめったにない。「今回は同業者からも似た話を聞く」と困惑する。
東山区祇園富永町の居酒屋「遊亀祇園」は、常連客と滋賀県豊郷町で4月に催す予定だった酒蔵祭りを中止した。仙台市の友人が被災した田中真二店長(34)は「被災地のことを考えて好ましくないと判断した。お客さんも納得してくれている」と話す。店内に募金箱を設置し、義援金を呼び掛けている。
祇園商店街振興組合は震災の犠牲者を悼むため、四条通沿いのアーケードに設置する水銀灯約400個を3月いっぱい消灯した。組合によると、福島第1原発事故の影響からか、花見小路通などでよく見かけた中国や欧米の観光客がいなくなったという。
路上で呼び込みをする飲食店の男性店員(60)は「お客さんは半減してにぎわいが消えてしまった」と話す。ラウンジを複数経営する女性(50)は「お客さんが2~3割減り、女の子の出勤を減らして対応している」と話す。「被災地を含む日本経済全体に貢献するつもりで、余裕のある人は積極的に消費してほしい」と願う。
(文.写真共 京都新聞4/5
より)

20110406194757maruyama006京の花見宴会低調 
円山公園、嵐山出足3~4割減

東日本大震災の影響で、京都市内の桜名所では団体客を中心に、花見客の出足が低調となっている。毎年、会社員らの宴会でにぎわう円山公園(東山区)や嵐山(右京区)の茶店では、今年は自粛ムードから団体客のキャンセルが相次ぎ、約3~4割も減っているという。
円山公園で屋台や茶店を営む店主らによると、数日前からしだれ桜が見頃になったが、花見客は例年の7割に満たない。20年以上、春に茶店を開いている斉藤小夜子さん(75)は「いつもなら夜は満席になるのに、今年はがらがら。非常に痛手だ」とこぼす。夜間拝観期間中の清水寺(東山区)は「夜だけなら参拝客は半減近い」という。
外国人観光客の減少や遠忌の延期も影響しているが、最大の原因は企業など地元客の宴会自粛とみられる。茶店には今月に入ってから「会社あげて騒ぐのはやめる」と大口客のキャンセルが相次いでいる。
嵐山中之島公園でも、普段は社会人がシートを敷いて宴会する姿が見られるが、今年は今のところ影を潜めている。嵐山保勝会の田中克彦専務理事(70)は「こんなに少ないのは記憶にない。週末にかけ暖かくなるだろうし、増えると期待している。京都が元気にならないと」と話し、しだれ桜のライトアップを17日まで延長した。
一方、約50種の桜がある平野神社(北区)は、例年通りの人出があるといい、「自粛一辺倒ではなく、年に一度の楽しみを大切にしたいと思っている人も多いのでは」と話している。
(文.写真共 京都新聞4/7
より)

20110413095743kanko1外国人客激減、京都の観光産業苦境 
大震災1ヵ月

発生から1カ月が過ぎた東日本大震災の影響で京都の観光産業が苦境に陥っている。桜の季節にもかかわらず原発問題で外国人旅行者が激減し、国内の自粛ムードもあり人気観光施設も厳しい状況が続く。「京都は安全」と海外へのPRを強めるなど打開策を探る動きもあるが、「原発事故の行方が予断を許さず、どこまで届くか」との嘆き声も上がる。
「3月の売り上げは以前の3割程度。外国人がこれほど減るとは」と嘆くのは京都市東山区の清水坂の土産物店主(69)。10日までライトアップを実施した清水寺の夜間拝観者は昨年の約半分。原発問題に敏感な外国人観光客はほとんど見られなかった。
関西空港の3月11~31日の入国外国人は、1日平均3400人と前年の約4分の1に落ち込んだ。外国人への依存度が高い業界ほどダメージは大きい。
全日本通訳案内士連盟では約300人が所属する西日本地区で震災以降、京都を中心に56件の予約のうち8割がキャンセルになった。通訳ガイドの和来堂(下京区)でも依頼の7割が取りやめになった。上野哲也社長は「外国人ツアーの行き先を東京方面から関西に組み替えているが、日本政府観光局は外国人が安心して訪日できる材料を地図で示して発信すべき」と話す。
着物ショー人気で中国人観光客が7割を占めていた西陣織会館(上京区)は「外国人がほぼゼロ」の状態が続く。13人いた中国人パートの多くも不安を感じ帰国したという。
国内旅行でも心配の声は絶えない。春の舞踊公演と重なった京の花街では、法然、親鸞の遠忌の延期や縮小と相まって団体のキャンセルが出た。祇園甲部の「都をどり」でも平日は空席が目立つ。
震災後、観光客が約3割減った嵐山では、桜が満開となった先週末は人出が戻り、やや持ち直した。それでも嵐山保勝会の田中克彦専務理事は「このまま大型連休まで続けばいいが難しいだろう。原発次第でどうしようもない」と気をもむ。
嵯峨野観光鉄道(右京区)のトロッコ列車は、先週末は例年より多かったが、平均ではまだ2割減。年間7、8万人訪れる台湾人のキャンセルが痛手で、今月末には社員が台湾に出張し、「京都では平常に生活していると旅行業者に伝える」という。保津川下りは、桜が見頃の4月1~11日は例年なら600隻以上が出船するが、今年は450隻にとどまる。「団体キャンセルのピークは過ぎたが、個人客の動向が見えない」(保津川遊船企業組合)。
京阪バス(南区)が運行する定期観光バスの利用客は、3月は前年同期比で約4割減り、4月も3割程度減ったままで「3月の減りはキャンセル分だが、4月は予約が入らないのが理由」。京都ヤサカ観光バス(同)は、5月末までで8千万円分の損失を見込む。うち4分の1が外国人団体で「京都は安全とPRしたいが、原発の動向次第で手の打ちようがない」と声を落とした。
一方で、東北への修学旅行を関西へ変更する動きもあるが、落ち込みを埋めるのは難しい状況だ。京都駅近くの旅館では空室の問い合わせが相次ぐが、修学旅行で最も需要がある火~木曜日はすでに6月末まで満杯。ほかの日は外国人頼りだったため「空室があるのにうまくマッチングできていない」という。

□「催しで復興支援」
試練の時が続く観光業界だが、対策を打ち出す動きも出てきた。
市内のゲストハウス13軒でつくる「京都ホステルネットワーク」はツイッターやフェースブックを使った「スマイルプロジェクト」を3月下旬に始めた。外国人宿泊客に「京都は安心、大丈夫」「日本は元気です」などメッセージと自身の写真入りで各国に発信してもらう取り組みだ。飯田章仁代表は「情報発信で京都の状況を知ってもらい訪れてほしい」と期待を込める。
だが、12日には東京電力福島第1原発事故の深刻度が最悪のレベル7に引き上げられ、訪日観光客が一段と減る事態も懸念される。
過剰な自粛ムードで復興につながる経済の低迷が懸念される中、京都ではイベントは自粛せず、府内の観光振興で復興支援を図る方針を行政、経済界で確認した。震災直後、途中で内容を変更し、義援金を募った「京都・東山祈りの灯り」(3月15~21日)では計513万円が集まった。京都市観光協会は「今できることは催しなどで義援金を募ること。各団体と協力して京都から事業で復興を支援できれば」としている。
(文.写真共 京都新聞4/12
より)

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2011.04.14

●「はなぐわし」帝都夜櫻篇

一昨日、皇居周辺に桜狩りに行った帰路の事。
矢庭降り出した雨の所為で、自転車を四谷三丁目に置いて帰る破目になりました。

で昨夜、愛機を取りに行ったのですがモノは序で。
「四谷.真田堀」迄足をのばし、土手っ縁の桜を見に行く事と致しました。

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【写真上】宵闇の中、「花見月」。

一昨日の時点で「散り初め」だった上に、折からの雨と風。
流石にもう花の盛りは過ぎ、「枝葉」が目立つ様になっていました。

そんな訳で今春のトーキョー観桜、これにて本当の「見納め」です。

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2011.04.13

●「ミヤコの景気」.震災後

「東日本大震災」発生から一ヶ月が経過致しました。

被災地の復旧は儘ならず、被災者の生活再建は先行きの希望が持てない状態。
首都圏では「原発問題」「電気不足」「景気停滞」…。
人々を被覆する閉塞感や不安感は、「今日明日」には改善されそうにありません。

更に加えて深刻になってきたのが、そういった重い雰囲気が誘発する「二次被害」「三次被害」。
そのひとつが今回の「震災被害地域外」の観光産業です。

      -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

昨日観光庁からの発表で、震災後1ヶ月間に国内の宿泊施設キャンセル数は「少なくとも約56万人(千葉.岩手含まず)」、今後も前年同期比20~45%減の見通しとの事。

具体的な数字を拾ってみると、「函館観光6割減」「日光観光客数95%減」「首都圏日帰り温泉地.宿泊施設稼働率10%」「福岡.阿蘇.別府で外国人予約98%取り消し」…。
近日目を通した新聞のニュースリリースも、それはもう非道い内容のもの計り。
「観光産業」に立地する市町村では「地域存続の危機」とも云える、極めて深刻な影響が出ています。

「この時事に観光など不謹慎」と仰る方もおられるかも知れませんが、地域の生活従事者からすれば「史跡.景勝地」は「工場」や「大学」と同じ様なモノ。
それを中心にして「地域維持=生活」が成り立っている「産業」なのですから、それこそ死活問題。
形を別とした「震災被害」以外の何物でもありません。

其処で日本は元より、世界でも有数の観光地「京都」。
私め地元の景気事情は如何なっているのかと申しますと…。

「枕」が長くなり過ぎてしまいましたので二部構成にする事と致しました。
そんな訳で明日に続く。

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2011.04.12

●続.「うちよする」

えー、一昨々日の後日談。
日曜日はミヤコから帰路の折、駿府の地にて途中下車。
静岡.浅間神社に立ち寄って参りました。
そんな訳での「ケンチク」リポートで御座います。

尚表題は「駿河」に掛かる枕詞にて。

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先ずは「静岡浅間神社」の概要を簡単に。
正式名称は「神部.浅間.大歳御祖神社」、同一境内にこそありますが、「浅間神社」は三社の総称になります。
現在の様に一つの社格となったのは第二次大戦後の事で、本来三社は鎮座以来独立した神社でした。
他に「八千矛神社」「少彦名神社」「玉鉾神社」「麓山神社」があり、合わせて七社が鎮座されていますが、上記四社は「神部」「浅間」「大歳御祖」に付する境内社と考えて良いものです。

その他、社史縁起詳細に就いては「ウィキ」様「グーぐる」様にでも聞いて下さい。

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【写真上】神部神社.浅間神社、楼門。
文化13年(1816)造営、重文。
入母屋.本瓦形銅板葺.三間三戸。
大社の総門としては一般的な三間幅の八脚楼門。

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【写真上】同.拝殿、手前は舞殿。
文化11年(1814)造営、重文。
平入の一階部に二層の楼閣建築。
下層:切妻.千鳥破風付.本瓦形銅板葺、七間四間。
上層:入母屋.本瓦形銅板葺、三間二間。

所謂「浅間造」の拝殿。
但し他の浅間社と異なるのは、本殿では無く拝殿にこの様式が用いられている事。
規模も一回り大きく、一階部の屋根が流造では無く切妻である。
造営当時から壮大畸形の評判高く、木造神社建築では日本一の規模を有する。

110409_042【写真上】浅間神社.本殿中門と透塀
向唐門.一間一間、南北二棟からなる。

奥には比翼三間社流造の本殿。
中央一間を合の間として右三間が浅間神社、並列して右側が神部神社。

全て1813年(文化10)造営、重文。

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【写真上】境内社、八千戈神社.本殿と中門.透塀。
中門は切妻二脚門。
本殿は入母屋.軒唐破風千鳥破風付.本瓦形銅板葺、三間三間、共に重文。
建造時期詳細不詳も、神部.浅間神社本殿に準じて造営されたと思われる。
屋根の造りは禅宗建築様式より、寧ろ城郭建築のそれの影響が色濃い。

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【写真上】大歳御祖神社.神門。
浅間通りの赤鳥居より「神門.拝殿.唐門.本殿」の順に連なる。
神門と拝殿は近代焼失、鉄筋コンクリート造。
唐門と本殿は1836年(天保)造営.重文。

境内の重要文化財建造物はその数「26」。
基本的に目に付く社殿は、ほぼ全て「重文」と云っても良いでしょう。
現在の体裁が整ったのは1804年(文化元)以降である為、建造物も当然全て近世(江戸後期)のものですが、それでも可也良い状態で保存されています。

建造物の装飾は典型的な江戸後期の様式、その殆どが総漆塗の極彩色。
流石「大御所」のお膝元、「絢爛豪華」「装飾過美」な武家好み。
例えば解り易い所処では「虹梁」「蟇股」「木鼻」等の組物や「欄間」「高欄」の装飾ひとつひとつをとって見てもそうですし、入母屋屋根に施されている破風からも伺えます。
更に建築形式の特徴としては「浅間造」に代表される、本殿.拝殿に回廊や中門等を複合形式にて複雑な「建物群」として形成されている事が挙げられます。

現存している同期造営の八幡宮や東照宮の多くが、既存の建造物に加え「装飾華多」な装飾の上「複雑怪奇」な造形を成した社殿を加え、建造物群としての統一性が著しく破綻しています。
その点「浅間神社棟」は殆ど同時期に造営されたもの。
境内社殿に全て同様の多装飾を施し、建造物群としては上手く一体化されているのではないでしょうか。
まぁ、どっちにしても私め「お武家さん」の建物はあまり好きぢゃありませんが…。

只、今回は知人結婚式の為に訪れたものでして、全ての境内社をゆっくり見学している時間はありませんでした。
今度伺う際は、もうちっと確り見てきたいと思います。
以上、こんな所処にて。

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2011.04.11

●「はなぐわし」帝都篇.その三

今日は昼過ぎより、久方振りのチャリンコ「帝都散策」。
「あづまの春風情」を求め、皇宮周辺から四谷見附を花見検分して参りました。

そんな訳での帝都観櫻そのニ、「半蔵門~四谷」篇で御座います。
尚表題は…、
クドい様ですが、「桜」に掛かる枕詞にて。

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【写真上】半蔵門.皇宮警察詰所横の土手一写。
「土筆の子が恥かしげに顔を出します~♪」
「もー直ぐ春ですねぇ~♪」
と云う訳で、文字通り「筆頭菜」が辺り一面に頭を出しておりました。
「春の標」だけあって、差し詰め「みをつくし」なんて。

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【写真上】半蔵門.グランドアーク前の桜並木。
構図が面白そうなので、何と無く撮ってみました。

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【写真上】麹町の名も無き公園にて。
昼食後、もしくは出先中「一寸休息」のサラリーマンさん達が多々おられました。
仕事中に息抜きがてら「一服」出来る場所は貴重ですよね。
それが花見頃であれば尚更です。

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【写真上】四谷見附.真田堀にてニ写。
通称「ソフィア通り」、云わずもがな上智大学の裏手です。
此方の桜も皇居周辺同様「散り初め」、道路脇は花弁にて「散り染め」。
約400メートルの「桜アーケード」、今季もそろそろ閉演にて。

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【写真上】同.桜花近景。
土手上の桜木よりは道路側の方が日陰の分、花持ちが良い様です。
尤も今日の夕雨で可也散ってしまったかも知れません。

そんな訳で「ミヤコ」「伊勢」「静岡」「トーキョー」と九日続いた観桜行楽。
西に東に数え切れない程の花桜を愛でて参りましが、そろそろと…。
今春はこれにてお終い、かな。

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●「はなぐわし」帝都篇.そのニ

本日は昼過ぎより、久方振りのチャリンコ「帝都散策」。
「あづまの春風情」を求め、皇宮周辺から四谷見附を花見検分して参りました。

そんな訳での帝都観櫻そのニ、「北の丸.千鳥ケ淵」篇で御座います。
尚表題は…、
クドい様ですが、「桜」に掛かる枕詞にて。

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【写真上】千鳥ケ淵南側、土手沿いの散歩道よりニ写。
千鳥ヶ淵濠、桜群の眺望。
堀濠の水面に向かって枝垂れる染井吉野の咲きっ振りに加えて、お堀に架かるは「首都高」、遠景には「ビル群」。
「トーキョー」ならではの観桜風情にて。

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【写真上】同.近景一写。
この周辺からの景色は、私め「あづまの観桜風景」のベストスポット。
「桜の名所」なんてものは、その土地土地の個性に即した「独自」の風情が宜しいもので、この見晴らしは間違い無く「帝都オリジナル」な訳です。
トーキョーはトーキョー、如何転んだって「古都の寺社」や「山峡の幽景地」にはなれないのですから。

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【写真上】同.千鳥ヶ淵濠東詰、北の丸公園側の桜群。
日陰側の為か、此方の方が花持ちは良い様です。

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【写真上】近景三写。
上より大島桜、山桜、江戸彼岸系の何か。
御覧の通り、染井吉野以外のヤマザクラ.サトザクラは殆どが葉桜。
個人的に、大島や駿河の「純白×新翠」のコントラストは好きですけどね。

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【写真上】北の丸公園南口、乾門正面の枝垂桜。
樹高や枝振り、花付き具合も見事、都内でも有数の枝垂桜です。
しかし流石にもう草臥れ気味、「葉桜」ならぬ「枝条桜」になりかけてました。

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【写真上】同.万朶風景。
間近で見ると小ぶりで細め、可愛らしい花弁です。

この後は四谷見附方面へと向かいました。
続く。

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●「はなぐわし」帝都篇.その一

本日は昼過ぎより、久方振りのチャリンコ「帝都散策」。
「あづまの春風情」を求め、皇宮周辺から四谷見附を花見検分して参りました。

そんな訳での帝都観櫻その一、「千鳥ケ淵」篇で御座います。
尚表題は…、
クドい様ですが、「桜」に掛かる枕詞にて。

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【写真上】千鳥ケ淵公園南詰、ブロンズ像噴水の水面一写。
御覧の通り周辺の桜花は散り始め、枝先には葉桜が目立ち始めていました。
残念ながら今週末迄は持たないでしょう。

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【写真上】俯首する桜花と皇宮内堀(半蔵濠).半蔵門。
手前は染井吉野、奥は枝垂桜。
公園内で一ニを争う人気撮影スポット、新緑と碧淵に淡桃色の桜が良く映えます。
そして何より宜しいのは、人の姿が全く入らない事でして。

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【写真上】桜花近景ニ写。
上は八重紅枝垂、下は染井吉野。

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【写真上】公園内の桜樹群。
千鳥ヶ淵公園の桜は約170本、殆どが染井吉野です。
近くで見ると「ぼちぼち」葉桜も目立ち始めてますが、遠目で愛でる分には問題無し。
ベンチに腰掛けて、ぼんやりと仰ぎ眺める桜も宜しいものです。

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【写真上】公園より俯瞰する内堀の西堤。
「淡桃白」「鮮黄」「新緑」「濃碧」のコントラストが見事。
春の装いを一纏めにしたような一枚です。

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【写真上】半蔵濠越しに眺む「やんごとなき」桜木。
あちら側は天上人のおはす所処、堀は深く、敷居は高い「お桜様」です。

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【写真上】千鳥ケ淵公園北詰より一写。
皇居内堀周辺では桜も然る事乍ら、「菜の花」の黄、「蘿蔔」の白、そして「若草」の緑が目を惹きます。
瑞々しい色合いの花草を眺めていると「花見」と云うより、寧ろ「春見」に来ている感。
気持ちも心成しか朗らかになるのでした。

この後は北ノ丸公園へと向かいました。
続く。

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●「第51回赤坂をどり」

花の舞台は~赤坂をどり~♪

と云う訳で、昨日はお昼前に「赤坂ACTシアター」へ。
「第51回赤坂をどり」へお邪魔して参りました。
前回の公演は一昨日の秋、一年半振りの開催です。

件震災の影響で客入りも心配されましたが、会場はほぼ満席。
浅草や新橋ら各花街の芸妓さんもお越しでした。
赤坂花街衆の方々とも久方振りの対面、楽しい二時間を過ごさせて頂きました。

番組は三幕構成、休憩二回を含めて約二時間の公演です。

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第一幕は「春祝花姿絵」二部。
「春薫福乃神」は幕開きに相応しい素踊の祝儀物。
筋立ては粛々と、祝い演目の格調も高く進みます。
「花くらべ」は一転、華やかな衣装に桜枝舞の娘踊。
四季折々の花々を舞踊に織り交ぜた「花絵巻」、ミヤコのをどりだと舞妓さんのパートでしょうか。

第二幕は「羽衣」。
昔話でもお馴染み、三保の松原を舞台とした羽衣伝説を元とした演目。
眼目は矢張り、天女が鳳凰飾り姿にて舞い踊り、空に帰っていく場面でしょう。
所作の科なる様も然る事乍ら、繊細な機微をも醸し出す演舞は流石でした。

第三幕は「赤坂.お女出多づくし」。
小唄や俗曲に合わせて小幕の座敷踊りを六景。
「諧謔の効いたもの」「艶っぽいもの」「通人好みのもの」「華やかなもの」…。
番組構成も様々で飽きを感じさせません。
音響や照明等、新舞踊的な試みも幾つか為されていました。
亦、新曲「坂づくし」も御披露目されましたが、矢張りお座敷での方がしっくり来そうかも。

そして「お座付き」を経て、大酉には総をどり。
勿論踊りは「赤坂をどりの唄」。
黒の出の衣裳を片袖脱ぎ、紅色襦袢も「派手やか」に「艶っぽく」。
「牡丹.赤坂」の真骨頂と云った感でしょうか。
最後は料亭御主人.女将方々の御挨拶、お江戸宜しく三本締めにて閉幕となりました。

以上、今年の「赤坂をどり」観劇記にて。

私信。
牧.幹.繭.冊畿.さん、浅田さん口悦さんこ鶴さん。
ご健勝の事、何よりで御座います。
もーちっと待っといて下さいね。

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2011.04.10

●「うちよする」in華燭の典

えー、昨日は「都落ち」の日。
昼前に京都駅を発ち、一路東へと向かったのですが「静岡」で途中下車。
何故かと申しますと、同地は浅間神社で知己の結婚式に出席する為で御座います。

で、折角の事ですので早めの到着。
式の行われる静岡浅間神社で「桜検分」すると致しました。

尚表題は「駿河」に掛かる枕詞にて。

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【写真上】駿府城二ノ丸.西側の桜並木。
浅間神社へ向かう途次でしたので、少し立ち寄ってみる事に。
場内公園の桜は既に散り初め、葉桜も目立ち始めておりました。

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【写真上】八千戈神社より大歳御祖神社、拝殿と本殿を望む。
浅間神社は「浅間」「神部」「大歳御祖」の三社合祀社。
浅間通りから訪れた際、真っ先に参内するのが大歳御祖神社の神門と拝殿です。

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【写真上】神部浅間神社.南回廊と枝桜。
今回は浅間通りからの参詣でしたので、此方側より境内に向かいました。

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【写真左】同.楼門北側より。
【写真右】境内社.八千戈神社。
昼過ぎに一時雨足が強くなり、レンズを向けるにも一苦労でした。

因みに桜の開花状況ですが…。
矢張り温暖湿潤の地「静岡」、ミヤコよりもトーキョーよりも足早です。
加えてこの日は三時頃迄降り止まぬ雨模様、染井吉野は大体が「盛過ぎ」でした。

110409_089【写真上】おまけ一写。
式が終わった後、私めは一人鷹匠へ。
京都.間之町二条から故郷に戻り、昨年12月からこの地で飲み屋を営んでいる旧知の元を尋ねました。

そんな訳でその道すがら撮った、駿府城「宵風情」で御座いました。

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2011.04.09

●「赤坂をどり」始まります

えー、只今17:00過ぎ。
私め先程迄、静岡は「浅間神社」にて知己の結婚式に出席しておりました。
これより一週間振りに帝都へと戻ります。

E0009760_18355546所処であと一時間もすると、赤坂では「をどり」の開演。
本日より「第51回.赤坂をどり」が始まります。
今宵は18時からの一部、明日は午前.午後の二部公演です。

赤坂はかつてのお膝元、花街衆とも多少の御縁が御座います。
そんな訳で赤坂芸妓「年に一度」の舞踊会。
私めも明日の第一部に馳せ参じる予定にて。

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●「はなぐはし」最後の桜篇

えー、一週間のミヤコ滞在を終え、今から帰東する所処です。

今回の帰京、様々な場所へ赴き、様々な桜を愛でて参りました。
そりゃもう、朝から晩迄「桜検分」、目にした桜木は数え切れません。

そんな訳でミヤコを離れるに当たり、最後に観る桜は…。

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矢張り「ウチの桜」です。
何故ウチの桜かと申しますと、下記参照にて。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2011/04/post-74c3.html

Taihennthumb400x4006865_4と云う訳で、サヨナラ「ミヤコのサクラ」。
今度逢うのは何年先か解りませんが…。

尚表題は「桜」に掛かる枕詞。
でした。

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●「はなぐはし」円山.夜櫻篇

Taihennthumb400x4006865_4えー、帰京六日目。

昨日は昼過ぎから東山界隈を漫ろ歩き。
夕餉後、一献飲りに祇園町に向かいました。
で此処迄来たのも何かの機会、折角の事ですので雨の円山公園を「夜桜狩り」する事と致しました。
そんな訳でのミヤコ観桜、「祇園円山夜櫻篇」で御座います。

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【写真上】円山公園「一重白彼岸枝垂桜」。
通称「祇園枝垂桜」、数あるミヤコ桜名所の中でも一頭図抜けた存在です。
正直、日中に観ると然程でもないのですが、宵闇の中で観ると妖艶な趣きを感じさせます。
矢張り「祇園の枝垂」は夜の方が映えるものでして。

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【写真上】同.篝火を前にして一写。
昨夜は終日「春雨模様」、煌々と火脚が上がる迄は行きませんでした。

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【写真上】東山魁夷「花明り」と並べて。
「花明り」は1968年に描かれたもの。
往時に較べると桜樹は大分弱っており、余枝の剪定もされているのでしょう。
あ、念の為「月」は合成ですからね。

因みに「京洛四季」は、この作品の完成翌年に出版されました。

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●「はなぐはし」東山篇.その四

Taihennthumb400x4006865_4えー、帰京六日目。

昼過ぎから散々ほっつき歩いた、東山界隈「雨桜狩り」。
南禅寺を後にして再び進路を西に。
最後に訪れたのは岡崎疏水でした。

そんな訳でのミヤコ観櫻「東山篇」その四で御座います。

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【写真上】桜馬場.冷泉通りより疏水の桜並木を眺む。
周辺の染井吉野は押し並べて満開。
天気が良ければ青空の下、一層桜並木も映え渡った事でしょう。
此方は晴れの日に訪れた方が宜しいかもね。

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【写真上】同.十石船一写。
私めも未だコレに乗った事はありません。
因みにこの儘真っ直ぐ行くと「関西電力.夷川発電所」。
そう、「偽電気ブラン工場」のある所処です。

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【写真上】同.桜花近景二写。
疏水一帯、特に「東大路通~京都市美術館」間の染井吉野は見事な咲きっ振り。
まぁこの辺は旧六勝寺跡地、平安の御代から間違い無く「色んなモノ」が埋まっている事でしょうから…。

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【写真上】同.東大路通より、十石船もう一写。
小一時間の散策を終え帰路に付く際、別の十石船が水路を進んでおりました。

尚、岡崎疏水全体の開花状況ですが、特に花っ振りが良いのは冷泉通。
岡崎通以東の仁王門通は「やや開花遅め」の染井吉野と、「散り初め」山桜とで少しムラ咲き、と云った感じでした。

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●「はなぐはし」東山篇.その三

Taihennthumb400x4006865_3えー、帰京六日目。

昨日は昼過ぎより東山界隈を「雨桜狩り」。
「桜馬場」発、「武道センター」「インクライン」経由の後は、その儘参道に入り南禅寺に入山致しました。

そんな訳でのミヤコ観櫻「東山篇」その三で御座います。

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【写真上】南禅寺三門にて二写。
写真は共に染井吉野。
この他、山内には幾種もの桜がありますが、開花状況は総じて「バラバラ」。
山桜と枝垂桜は散り初め、紅枝垂はちらほら咲き。
現在見頃なのは染井吉野となっております。

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【写真上】法堂にて桜花を眺む。
墨茶と黄土色の堂宇とは対照的に、清白の桜が良く映えます。
花頭窓も古刹情趣をより感じさせるアクセントにて。

この後は岡崎疏水へ足を運ぶ事と致しました。
続く。

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●「はなぐはし」東山篇.その二

Taihennthumb400x4006865_4えー、帰京六日目。

昨日は昼過ぎより東山界隈を「雨桜狩り」。
「桜馬場」発、武道センターから京都市美術館を経由して、辿り着いたのは南禅寺門前「インクライン」。

そんな訳でのミヤコ観櫻「東山篇」その二で御座います。

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【写真上】仁王門通、南禅寺橋よりインクラインを眺む。
上は動物園方面、下は蹴上方面、俯瞰気味に観る桜も中々宜しいもの。
亦、この日の雨も此処では却って好都合。
「白妙の花弁」に「新緑の青葉」、「線路の鋼」「敷石」「砂利道」…、雨に濡っている方が風趣は増すものです。

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【写真上】同.桜花近景。
廃線の遺構とは云え、線路中央で写真を撮るのも変な感じですね。

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【写真上】同.染井吉野、桜花群。
周辺の桜は只今満開手前、見頃真っ盛りです。
昨日の雨位では花勢の衰える心配も無く、今週末にはさぞかし「良い塩桜」、否々「良い塩梅」となっている事でしょう。

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2011.04.08

●「はなぐはし」東山篇.その一

Taihennthumb400x4006865_4えー、帰京六日目。

本日は朝から小雨振り敷く空模様。
漫ろ歩きには生憎の天気も、多少の「湿り気」がある方が「花」「水」「木」観賞には良いものでして。

そんな訳でのミヤコ観桜、「東山篇」その一で御座います。

029_2【写真左】桜馬場通。
今日の東山散策は此処から始めると決めておりました。
「桜馬場」、桜検分のスタート地点として、これ程相応しい通りはありません。
東大路丸太町を少し東に行った所処に御座います。

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【写真上】京都市武道センター.三写。
この辺りの花見観光は皆さん岡崎疎水か平安神宮に向かわれますので行楽客は皆無、私めの知っている限り、岡崎界隈「穴場中の穴場」です。

写真は旧武道館前の枝垂桜。
明治32年の建造、その佇まいは禅刹伽藍や江戸期の神社を彷彿とさせます。

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【写真上】染井吉野と京都市美術館。
現在「真宗教団連合40周年記念.親鸞展」開催中です。 

取敢えず岡崎疎水の桜は後回し、この後は南禅寺へと向かいました。
続く。

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●「笙の音」「鉦の音」

一昨日は宵入りの頃。
飲み屋の河岸を変えに、仏光寺から三条新町へ移動していた際の事です。
四条烏丸の辺りに来ると、良く聴き慣れた、しかしこの時期には聴こえる筈の無い音色が聞こえてきました。

コンコンチキチンコンチキチン… チキチンチキチン コンチキチン…。

そう「祇園囃子です」。

幾ら暖かくなったとは云え未だ四月。
「時宜不相応」「季節感無視」甚だしい事この上ありません。
一体何処の飲食店が「観光客釣り」にBGMを流しているのだろうと、音の聞こえる先を目指して歩いてみると…。

068「本物でした」。

もうこんな時期から御稽古されてるんですね。
此処が会所だとすると、場所からして函谷鉾さんでしょうか。

そんな訳で少し「得をした」気がしつつも、長袖で聴く祇園囃子は何か「変な感じ」でありました、
とさ。

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●「はなぐはし」嵐山.夜櫻篇

Taihennthumb400x4006865_4えー、帰京五日目。

昨日は終日「地元」嵐山での桜検分。
夕刻前に帰宅したのですが「ライトアップされている鴨」との話を聞きつけ、ひとっ風呂浴びた後に再度出掛ける事と致しました。

そんな訳でのミヤコ観桜、「嵐山.夜櫻篇」で御座います。

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【写真上】中ノ島公園の枝垂桜。
チャリンコを漕いで渡月橋迄やって来たのですが、ライトアップはこの一本のみ。
御時勢柄、ミヤコでも至る所処で「自粛風」が吹いております。
そんな理由かはさて知らず、周りで夜桜宴会していたのは一組だけでした。

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【写真上】染井吉野.近景。
ライトアップは上記の枝垂れだけですが、園内はソコソコ街路灯が燈っており、其也に夜桜が楽しめます。
写真は渡月小橋の照明付近で。

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【写真上】料亭「錦」さん前で。
板葺きの潜り戸に飛石、建仁寺垣に築地塀。
まぁ、ミヤコっぽい風情ですね。

と、こんな感じで「夜桜狩り」を終える心算だったのですが、渡月橋対岸を眺めると「ある一部」だけが結構な明かりの燈し具合です。
大体の予想は付くでしょうが、そう「あそこ」です。
そんな訳で取り合えず、其処にも足を伸ばしてみる事と致しました。

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【写真上】はい、「吉兆さん」です。
昼に観ても「高そう」な桜でしたが、夜観ると尚の事「高そう」ですね。
まぁ実際にアレなのですが、門前で眺めている分には「タダ」で御座います。

てな感じの「嵐山」夜桜紀行でした。

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2011.04.07

●「はなぐはし」嵐山続篇.その三

Taihennthumb400x4006865_4えー、帰京五日目。

本日は月曜日以来の終日「地元滞在」。
三日前は未だ見頃「三歩手前」だった地元の桜。
此処数日の暖かさで開花も進んだ事だろうと、再度「花見検分」して参りました。

そんな訳でのミヤコ観桜、「嵯峨.嵐山続篇」その三で御座います。

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【写真上】法輪寺、山門にて。
中ノ島公園を後にし、向かった先は「こくぞうさん」。
観桜名所と云う訳ではありませんが、此処でしか見れない風景があるものでして。
山門の桜は紅枝垂、例によって「ちらほら咲き」でした。

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【写真上】山門左の里桜。

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【写真上】展望台より渡月橋を望む。
陽春の青空の下、山桜の咲き敷く風景。
加えて嵐山の中で、渡月橋を俯瞰出来るのは此処だけです。
しかも「空いている」のが尚更宜し。

この後は橋を戻り、亀山公園へと向かいました。

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【写真上】亀山公園展望台より「星のや(旧嵐峡館さん)」を眺む。
旅館周辺の山桜群は見事、近くで愛でるのは宿泊者だけの特権でしょうか。

此方も保津峡を俯瞰出来る稀有なスポット。
そして何より良いのは、矢張り「トテモ空いている」事です。

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【写真上】同.嵐山中腹を望む。
私にとって「嵐山」の桜と云うと、直ぐにこう云った景色が思い出されるものでした。
近くで愛でる桜も良いのですが、地元民としては観光混雑は真っ平御免。
従い桜は通りすがりの中、遠目に眺む事が多かったものでして。

そんな訳で17年振りの「地元の桜」、花見行脚でした。

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●「はなぐはし」嵐山続篇.その二

Taihennthumb400x4006865_4えー、帰京五日目。

本日は月曜日以来の終日「地元滞在」。
三日前は未だ見頃「三歩手前」だった地元の桜。
此処数日の暖かさで開花も進んだ事だろうと、再度「花見検分」して参りました。

そんな訳でのミヤコ観桜、「嵯峨.嵐山続篇」その二で御座います。

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【写真上】中ノ島公園にて。
手前は枝垂桜、奥には山桜、こちらも満開寸前。

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【写真上】同.桜花近景。

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【写真上】桜の枝間より渡月橋を望む。
ウラ「渡月橋」てな感じでしょうか。

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【写真上】中ノ島より嵐山を眺む。
山桜も見頃、山腹が「モコモコ」して参りました。

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【写真上】紅枝垂一写。
こちらは全般にちらほら咲き、山桜が葉桜になった頃に満開となるでしょう。

しかしまぁ「17年振り」の春入洛とは云え、生まれ育った地がこれ程に迄「桃色天国」だとは思いませんでした…。
弥速、トンデモナイ所処でして。

この後は法輪寺へと向かいました。
続く。

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●「はなぐはし」嵐山続篇.その一

Taihennthumb400x4006865_4えー、帰京五日目。

本日は月曜日以来の終日「地元滞在」。
三日前は未だ見頃「三歩手前」だった地元の桜。
此処数日の暖かさで開花も進んだ事だろうと、再度「花見検分」して参りました。
そんな訳でのミヤコ観桜、「嵯峨.嵐山続篇」で御座います。

尚表題は「桜」に掛かる枕詞にて。

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【写真上】罧原堤の桜並木.二写。
道沿の染井吉野はもう満開手前です。
平日は車の往来も少なく絶好の散歩道、さながら「桜堤」の感にて。

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【写真上】同.桜花近景。
因みに土手下は我が母校、嵐山小学校。
毎春こんな桜並木を眺めていたのかと思うと、贅沢な六年間だったのですね。

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【写真上】罧原堤と三条通の交差点。
ここから先が嵐山、「桜源郷」入口になります。
満開の枝花で、標識も見えないのじゃ無いでしょうか。

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【写真上】大堰川沿い、渡月橋北東詰め。
嵐山でも一.二を争う撮影スポット。
取敢えずお約束で写しておきました。

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【写真上】同.桜花近景二写。
上は染井吉野、下は山桜。
川面の流れ、新緑の山々も美しく。

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【写真上】染井吉野.桜花の下から。
もう、どっちが上でどっちが下だか解りません…。

花見の時期、この辺りはカナリ「気持ち悪い」混雑振りとなるのですが、今日は意外と空いておりました。
そんな訳で川縁で暫し一服。

この後は橋向こう、中ノ島公園へと向かいました。
続く。

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●「はなぐはし」木屋町篇

Taihennthumb400x4006865_4えー。帰京四日目。

御所発.鴨川経由の観桜逍遥、最後に訪れたのは木屋町。
まぁ「訪れた」と云うよりは、夕餉と飲み屋への「通り道」と云った方が正しいでしょうか。
そんな訳でのミヤコ観櫻「木屋町篇」で御座います。

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【写真上】高瀬川桜花風景、彼是。
「川面」「小径」「橋」「石垣」…。
木屋町ならではの風情が桜の華やかさを一層引き立てます。

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【写真上】川面に映える桜花。

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【写真上】旧立誠小前にて。

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【写真上】四条小橋から高瀬川と桜群を眺む。
因みに直ぐ左には愛すべき「喫煙所」。
満開の桜並木を愛でつつ燻らす一服は亦格別、若しかして日本で一番贅沢な喫煙スペースではないでしょうか。

こんな感じで、御池~五条木屋町は只今「花の頃」最盛。
因みに高瀬川沿いの桜は、ほぼ全てが染井吉野。
従い「いっぺんに咲いて」「いっぺんに散ります」ので、来週中頃には葉桜になっているでしょう。

066【写真左】帰路の際、一写。
四条以南の木屋町沿いでは高瀬川がライトアップされておりました。

程良く酔っていましたので、ピントが若干ぶれております。
悪しからず。

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●「はなぐはし」鴨川篇

Taihennthumb400x4006865_3えー、帰京四日目。

昨日は午前より洛中へ。
昼餉の後は鴨川散策、桜の下「プカプカ」「ダラダラ」「ゴロゴロ」しておりました。
そんな訳でミヤコ観桜「鴨川篇」で御座います。
尚表題は「桜」に掛かる枕詞にて。

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【写真上】河合橋より、高野川の桜並木。
出町柳迄の鴨川東岸は枝垂柳と桜が半々位なのですが、河合橋を境に一変。
染井吉野一色へと景色が変わります。

高野の川面を眼下に、桜並木の遠景に霊峰比叡。
最奥には五山妙法も伺える「パノラマ」風景。
遠目に桜を愛でるのには最良の構図かも。

開花はこの日で五分くらい、もう数日で桜アーケードの開演となる事でしょう。

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【写真上】鴨川デルタ西岸の桜群。
出町橋から葵橋の間、約二百メートルの桜は枝っ振りも良く、開花も七分頃迄進んでいます。
土手下では毎春恒例、学生さんの花見場所取りも始まっておりました。

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●「はなぐはし」御所篇 その四

Taihennthumb400x4006865_3えー、帰京四日目。

昨日は午前より洛中へ。
御所苑内花を求めて「あっちこっち」を暢気にぶらぶら、日がな半日を過ごしておりました。
そんな訳でのミヤコ観桜「御所篇」その四で御座います。

尚表題は「桜」に掛かる枕詞にて。

所処で当日は平日水曜日の午前中。
にも関わらず、何時もに較べ「えらく混んでるな」と思ったら…。
4月6日から10日迄は「御所」春季一般公開期間中、すっかり忘れてました。
そんな訳で折角の機会、御所内も参拝する事と致しました。

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【写真上】紫宸殿.「左近の桜」。
所謂「やんごとなき」御桜様。
今年は御機嫌麗しゅう無いのか、未だ「蕾固し」な状態でした。

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【写真上】御所内桜花風景.二写。
御三間を抜けた広庭の桜群、枝垂れと里桜が枝を連ねて咲いていました。

御所を出た後、小腹が空いたので出町柳方面へ向かう事に。
足掛け五時間の御所散策もこれでお終いです。


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【写真上】山桜一写。
今出川口近くの山桜、大島系でしょうか?。
開花と同時に若葉も芽吹いています。

042【写真上】石薬師御門前にて。
真下のベンチが空いていましたので、御所最後の花見は此処で。

正面にある今出川広場では中学の頃、良く野球をしに来たものです。
そんな追想の念に浸りつつの「一服」でした。

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【写真上】おまけ.近衛邸跡にて「花見風景」二写。
陽春の陽射しを浴びながら、お出掛けがてらにちょっと花見を。
御所は鴨川.木屋町と並んで、気楽に桜を愛でにこれる場所です。

「途次ついでに寄り道して」、
四季折々の季節感を至る所処で堪能出来るのは市井民の特権。
そんなミヤコ人の贅沢を横目にして、ちょっぴり羨ましく思えるのでありました。

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●「はなぐはし」御所篇 その三

Taihennthumb400x4006865_4えー、帰京四日目。

昨日は午前より洛中へ。
御所苑内花を求めて「あっちこっち」を暢気にぶらぶら、日がな半日を過ごしておりました。
そんな訳でのミヤコ観桜「御所篇」その三で御座います。

尚表題は「桜」に掛かる枕詞にて。

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【写真上】近衞邸跡の糸桜群。
御所の北西、近衞邸跡周辺には約60本の枝垂桜があり、「近衞の糸桜」と呼ばれいてます。
「イトザクラ」と云う呼び名自体「シダレザクラ」の異称なのですが、可憐典雅な咲き具合は「いとざくら」と呼んだ方が相応しいのかも。
流石「五摂家の一」と云った感じです。

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【写真上】同.近衞桜。
特に「枝っ振り」「咲きっ振り」の良い桜を撮ってみました。

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【写真上】青空に映える糸桜と水面に映える糸桜。

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【写真上】糸桜群、枝垂近景。

と、まぁ見事な花具合。
只今「満開」、見頃最盛で御座います。
但し風が紡ぐと「ちらほら」花片が舞い始めてもおり、金曜日には雨との予報。
若しかすると「近衞の佳景」、今日が見納めかも。

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【写真上】紅枝垂近景。
邸跡には幾本かの紅枝垂も御座いますが、こちらは総じて「蕾膨らむ」程度。
白妙の花瓣が散り終える頃、「薄紅の糸」は花盛りとなっているでしょう。

この後は御所内へ足を運ぶ事と致しました。
続く。

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●「はなぐはし」御所篇 その二

Taihennthumb400x4006865_4えー、帰京四日目。

昨日は午前より洛中へ。
御所苑内花を求めて「あっちこっち」を暢気にぶらぶら、日がな半日を過ごしておりました。
そんな訳でのミヤコ観桜「御所篇」その二で御座います。

尚表題は「桜」に掛かる枕詞にて。

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【写真上】出水.小川前の枝垂桜。
桜樹の大きさと花の枝垂れっ振りは御所でも有数。
遠目からでも目を惹くものです。

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【写真上】同.「桜の木の下で」
差し詰め「桜傘」の袂、と云った感です。

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【写真上】同.近景。
枝垂れの枝先は足元に迄伸びております。

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【写真上】梅園一写。
出水桜から建礼門前の砂利道を上がっていくと左手には桃園が。
丁度今が華最盛、色鮮やかに咲いております。

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【写真上】桃花近景三写。
上より「桃桃花」「白桃花」「紅桃花」。
何か早口言葉みたいです。

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【写真上】白木蓮。
御所「宜秋門」の近く。
所謂一般のモクレン(紫木蓮)に較べると、樹高は可也成長します。
御所のものは高さ10メートル以上でしょうか。

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【写真上】同.近景。
白木蓮の花弁は厚手で大振り、しかも純白色の上に群生咲きしますので、派手やかに感じられます。
因みに花言葉は「自然愛」「崇敬」だそうです。

この後は近衞邸跡へと向かいました。
続く。

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2011.04.06

●「はなぐはし」御所篇 その一

Taihennthumb400x4006865_4えー、帰京四日目。

昨日は午前より洛中へ。
御所苑内花を求めて「あっちこっち」を暢気にぶらぶら、日がな半日を過ごしておりました。
そんな訳でのミヤコ観桜「御所篇」その①で御座います。

尚表題は「桜」に掛かる枕詞にて。

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【写真上】宗像神社の里桜。
御所内のお花見客は、殆どが近衞邸跡に出向かれるので此処は意外と穴場。
境内の桜はさして多くはありませんが、慎ましくも華やかに咲いておりました。

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【写真上】同.里桜近景二写。
花っ振りや葉具合から、山桜と江戸彼岸の交配種…かな?。

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【写真上】同.手水鉢に俯首する枝垂桜。

この後は出水の桜から桃園へと向かいました。
続く。

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●「かむかぜの」雑之巻

昨日「お伊勢参り」の後日談。

神宮参詣の際に撮った写真に混じり、「巡礼」とも「史跡」とも「景勝」とも何ら関わりの無い、本当に「どーでもイイ」画像が何枚かありましたので先にアップする事にしときました。。
そんな訳での「伊勢旅路」雑之巻で御座います。

P1030133 【写真左】旅路の初、京都駅にて。
せんとくん 
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!。

朝っぱらから「変なモノ」を見てしまいました…。
奥に控えるは、これから乗車する近鉄特急です。

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【写真上】「伊勢うどん」の順番待ち板札。
69は私めのヴィンテージ年。
縁起が良いなと思いつつ反面、お参りした御利益をこんな形で使ったのか…。
と、少し不安になるのでした。

P1030211【写真左】毎度恒例、愛すべき喫煙所。

どーせなら此処も神明造にすれば尚宜しいのに。
屋根に鰹木.千木のある喫煙所、中々無いですよ…。

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【写真上】赤福本店。
「いっせ〜ぇの めいぶ〜ぅつぅ〜♪」。
私めも食後に一皿頂いて参りました、280円也。
因みに手前の建物も「赤福支店」です。

070_2【写真左】お約束、神都ビール。
柑橘香を中心りに仄かに感じるカラメルフレーバー、飲み応えと喉越しのバランスも良好。
結構イケました。

そんな訳でのお伊勢参り「拾遺集」。
本当に捨ててしまった方が良かった鴨…。

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●伊勢の食欲魔人

えー、昨日「お伊勢参り」の旅記雑談。

旅路と云うものは行き先の遠近に関わらず、その楽しみの一つに「美味しいもの食べ」が御座います。
勿論昨日も御多分に洩れず「松坂牛」「伊勢海老」「牡蠣」「鮑」「てこね寿司」…。
それはそれは楽しみにしておりました。

所処が数ある伊勢志摩「美味いモノ」の中で、意外にもツボに嵌ったのが、

「伊勢うどん」で御座います。

私め「ぐるめらいたー」ではありませんので、食べ物に付いて「どーのこーの」論評する心算はありません。
只、どれ位カタに嵌られたかと云うと、半日で「うどん屋」三軒廻ってしまいました。
あ、別枠で「海鮮&神都麦酒」も一軒行ってますけどね。

そんな訳で「伊勢市麺類飲食業組合」様に敬意の念を表し、一枚貼っときます。

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尚表題は、川原泉の作品に因んだものにて。

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2011.04.05

●続.「かむかぜの」

えー、帰京三日目。
本日は早朝より片道2時間強の日帰り小旅行。
ミヤコより神渡られし地「伊勢神宮」へと足を運んできたものです。

尤も「日帰り」と申しましても現地滞在は約7時間。
ゆったりとした旅程を取っていましたので「内宮.外宮」の御正宮は勿論の事、14ある別宮のうち11の宮を回って参りました。
シカシ流石にそれだけの参詣記を単日で纏めるのは無理なもの。

そんな訳での「お伊勢参り」速報リポート、取敢えずは「神都.観櫻篇」で御座います。
尚表題は「伊勢」に掛かる枕詞にて。

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【写真上】染井吉野一写。
外宮、北御門参道より火除橋を望む。

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【写真上】神路通り.枝垂桜と染井吉野、左は山桜。
外宮から月夜見宮への参道、桜花風景二写です。

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【写真上】月夜見宮鳥居と染井吉野。
神路通りより眺む。

以上が外宮周辺。
開花状況は総じて「三分〜七分咲き」くらい。
特に「観桜名所」と云う感じの所処ではありませんが、内宮に較べて混雑具合が少ない所為もあり落ち着いた感じが致します。

続いては内宮周辺です。

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【写真上】内宮.宇治橋大鳥居とヤマザクラ。
写真の通り、未だ「ちらほら咲き」位です。

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【写真上】内宮境内.大山祇神社から鼓ヶ岳を眺む。
此方も「五分」迄行かないでしょう。

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【写真上】同、桜群近景。
手前はソメイヨシノ、奥はヤマザクラ。

内宮神域内の山桜や枝垂桜は総じて三分程度。
陽当たりが良い場所の桜木は、今週末にも満開が期待出来そうです。

所処で「伊勢の桜」と云えば矢張り「五十鈴川」。
内宮の東を流れる川畔に立ち並ぶ染井吉野は約200本、「神都の地」に恥じぬ観桜名所です。
しかし「禁河」の花唇は未だ「蕾膨らむ〜開花間近」程度。
見頃最盛は今月中旬以降でしょうか。

以上、こんな感じでした。

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●「かむかぜの」

えー、帰京三日目。

本日は早朝より近鉄特急「京伊線」に乗車。
「天照大御神」「豊受大御神」の御両神を始めとする、「記紀の神々様」への御挨拶に伺う為で御座います。
向かうは勿論、「神都」渡会の地。

そんな訳で只今「おかげ参り」&「食欲魔人モード」真っ最中でありまする。

で、何処にいるのかと申しMast…。
表題参照の事、にて。

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●先斗町「衣装合わせ」

只今ミヤコでは「上七軒」「甲部」「宮川町」、三花街「春のをどり」同時開催中。
そんな中、「加茂の川辺」では「立夏のをどり」の支度が進んでおります。

と云う訳で、「鴨川に 尾上の桜 咲きにけり」。
先斗町では昨日「鴨川をどり」の衣装合わせが行われました。

因みに上の句は匡房、「尾上」に掛けたものにて。

20110404120044kamogawaodori平安の逢瀬 あでやかに 
鴨川をどり 衣装合わせ
京都市中京区の先斗町歌舞練場で4日、「第174回鴨川をどり」(5月1日開幕)の衣装合わせがあり、芸舞妓が舞台衣装でプログラム用の写真撮影に臨んだ。
演目は2部構成。「お伽草紙恋のゆくえ」は全三景で平安時代の男女の逢瀬を描く。「都名所吹きよせ」は全五景で春の鴨川、宇治の夏、嵯峨野の紅葉、雪の伏見と四季の京を舞台とし、フィナーレの「五月の空」は総出演でにぎやかに締めくくる。
楽屋では芸妓が十二単(ひとえ)や束帯の舞台衣装に袖を通し、平安貴族に姿を変えた。舞妓は藤の花のかんざしに華やかな衣装をまとい、ポーズを決めた。今年は舞妓9人のうち久鈴さん(17)が初舞台を迎える。仙台市出身で祖母が被災したという舞妓のあや野さん(19)は「帰ることもできないので、家族を思って精一杯踊りたい」と話していた。
5月24日まで。2千円~4500円。午後0時半、2時20分、4時10分の3回公演。先斗町歌舞練場TEL075(221)2025
(文.写真共 京都新聞4/4よ
り)

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2011.04.04

●「はなぐはし」嵐山篇

2_taihennthumb400x4006865えー、帰京二日目の「桜リポート」その二です。

本日は終日地元滞在。
遅めの朝餉を済ました後は、家の近所をママチャリ散策。
のんびりと「花見検分」して参りました。
そんな訳でのミヤコ観桜「嵐山篇」で御座います。

尚表題は「桜」に掛かる枕詞にて。

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【写真上】満開間近、車折神社の渓仙桜。
名前の通り画家.冨田溪仙が寄贈 した枝垂桜、現在の桜木は二代目です。
嵯峨住民の「隠れ」桜名所にて。

005【写真左】罧原堤.一写。
所謂嵐山「観光ルート」からは外れますが、三条交差点から嵯峨芸大辺り迄の大堰川沿いは桜並木が続いています。

未だ三分咲き程度も、満開の頃には差し詰め「桜アーケード」状態。
対岸.中ノ島公園の桜群眺望も見事。

「花見」と云うより「花ぶら」に最適な散歩道てでしょうか。

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【写真上】吉兆さんの枝垂桜。
高そうな桜です事…。

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【写真上】亀山麓より眺める嵐山。
嵐山中腹の山桜群、遠目に見る桜も宜しいものです。

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【写真上】嵯峨釈迦堂さんにて。
多宝塔前のソメイヨシノ、やっと咲き始めた位です。

因みに月曜日時点での「嵐山周辺.開花状況」ですが。
枝垂桜は場所によって満開間近も、染井吉野は「蕾膨らむ〜ちらほら咲き」程度。
洛中に較べ、花足は少し遅めで御座いました。
そんな訳で、帰東迄にはもう一度うろついてみたいと思います。

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●「はなぐはし」家の前篇

Taihennthumb400x4006865_3えー、帰京二日目のゲツヨウビ。
本日は終日地元滞在。
家の近所を「桜散策」すべく出掛けようとした際、玄関口で一寸だけ足を止める事と致しました。

そんな訳でミヤコ観桜「嵯峨嵐山.前振り篇」。
尚表題は「桜」に掛かる枕詞にて。

所処でミヤコには「色々」な桜が御座います。
で、この場合の色々とは「品種」や「樹齢」や「有名無名」では無く、市井民其々の持っている桜に対する「親近感」や「愛情度」とでも申しましょうか。

例えば簡単に区分けしてみると。
わざわざ足を運んで見に行く「ヨソ行き」の桜だったり、日常生活動線上の近い距離にある(あった)「普段着」の桜だったり、ほっといても目に付く空気みたいな存在の「近所」の桜だったり…。

加えて、大体のミヤコ人は各人其々「マイ桜」を持っていたり致します。
それは大抵に於いて自宅や職場の近所にある、無名の桜木。
勿論自分のモノではありませんが、心情として自宅の庭にある位の「愛着」を懐き、会話の中でも平気で「ウチんとこの桜が…」なぞと談じ始めたりしてしまうものです。

そんな訳で私めの「マイ桜」がコレ。
17年振りの対面で御座います。

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【写真上】実家の真ん前にある桜。
自宅周辺には幾本かのソメイヨシノがあるのですが、何故かウチの前の桜だけ毎年開花が早いのです。
それは幼い砌、子供心に自分事の様に誇らしく思えたものでした。

まぁこの写真で場所が解る人も少ないでしょうが…。

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●「はなぐはし」祇園.夜櫻篇

2_taihennthumb400x4006865えー、帰京初日「桜リポート」その三。

昨日は知己の結婚式に出席した後、祇園町で軽く飲み。
店を出た後に周辺を「夜桜狩り」して参りました。
そんな訳でのミヤコ観桜、「祇園白川.夜櫻篇」で御座います。

尚表題は「桜」に掛かる枕詞にて。

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【写真上.下】祇園白川の宵桜。
今更説明不要、ミヤコ「夜桜所処」として人口に膾炙人口する所処。
染井吉野を中心に枝垂桜.山桜等、43本の桜が春の花街を彩っています。
写真はその中でも特に人気の撮影スポット、吉井勇歌碑前。

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【写真上】枝垂桜.近景。
可憐で清らかな雰囲気の「昼」に対して、妖艶な色っぽさを醸し出す「夜」。
同じ桜花でも、まぁ表情の違うこと違うこと。
ヨーロッパでは桜の精は「男」らしいのですが、こうやって見ると「桜は(タチの悪い)女性なのだなぁ」、と改めて思うのでありました。

尚、夜間ライトアップは残念乍ら本日迄との古都。

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●「はなぐはし」祇園篇

2_taihennthumb400x4006865ー、帰京初日「桜リポート」その二。

昨日は昼過ぎに上洛。
知己の結婚式披露宴に出席した後、東山周辺を「花見検分」する事と致しました。

そんな訳でのミヤコ観桜、祇園「円山公園.白川篇」。
尚表題は「桜」に掛かる枕詞にて。

012_2【写真左】建仁寺.にて。
所謂祇園の「通り道」。
浴室前の枝垂が程良い咲き具合でしたので一写。
まぁこれでも7、8分と云った所処です。

境内の桜は数本、特に桜の名所と云う訳ではありませんから、意外と空いていおりまする。

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【写真上】建仁寺から円山公園へ。
円山公園は未だ全般的に「ちらほら咲き」。
満開迄にはもう少し掛かるでしょう。

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【写真上下.】円山公園「一重白彼岸枝垂桜」、二写。
通称「祇園枝垂桜」。
余りにも有名な「桜ランドマーク」、数あるミヤコ桜名所の中でも一頭図抜けた存在。
現在の桜木は昭和3年生まれの二代目、今年で樹齢83年を数えます。

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【写真上.下】祇園白川.吉井勇歌碑前にて。
川端通から切通し迄の約220mはミヤコの代名詞的「桜所処」。
まぁ一寸「ヨソ行き」っぽい装いで人工美な感じがしないでもありませんが、私めには昔から見慣れた桜。
この辺りは学生時分のバイト先、石畳の上を毎日の様に通勤しておりました。

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【写真上】同.川面に映える枝垂桜。
枝垂桜の良い所処の一つは「上の視点から花を愛でられる」事。
従いソメイヨシノやヤマザクラとは違って、こんなアングルも可能になる訳です。

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【写真上】木屋町.高瀬川沿いの桜並木。
祇園町や有名寺社の桜が「ヨソ行き」の桜だとすると、市井民「普段着」の桜は鴨川や此処木屋町の桜です。
序で云うとミヤコ人は各人其々、自宅の近所に「マイ桜」を持っているものでして。

以上、昨日現在の洛中開花状況は総じて「3~7分咲き」でした。

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●「はなぐはし」七条〜五条篇

2_taihennthumb400x4006865えー、昨日は昼過ぎに上洛。

七条から五条迄は木屋町通を、五条から祇園町迄は鴨川縁りを「てくてく」と散策。
「桜狩り」。を楽しんで参りました。
そんな訳でのミヤコ観桜序章、「七条〜五条篇」で御座います。

尚表題は「桜」に掛かる枕詞にて。

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【写真上】「花桃」近景一写。
個人的に昔から気に入っている、七条木屋町上がった所処の桃木。
周辺の桜は五分咲き程度も、此方の桃は「花盛り」。
花瓣も香りも正に「満開」でした。

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【写真上】シモクレンとソメイヨシノ。
薄桃色と濃紫のコントラストも中々と宜しいものです。

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【写真上】野村紅葉(ノムラモミジ)。
季節を勘違いしてしまいそうですが、通年紅葉している品種の楓。
人の名前ではありませんので、念の為。

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【写真上.下】ソメイヨシノ、二写。
五条近くに一本、特に「咲きっぷり」の良い桜木がありました。
背景の町屋とも相俟って、良い風情を醸して出しておりまする。
が、これでも八分咲き位でしょうか。

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【写真上】五条大橋下の桜樹群。
枝垂、紅枝垂、染井吉野…、品種も花色も取り取りです。
五条周辺では三分から五分咲き程度のものが多い様でした。

基本的に五条以南の木屋町通は観光色も皆無、市井民普段生活の通りです。
従い派手やかさや華やかさはありませんが、その分花見名所に付き物の混雑や慌しさも御座いません
ですから却って散策がてらに花を愛でるには丁度良いのでありまして。
そんな訳でのミヤコ「桜検分」第一弾でした。


因みに日曜日のミヤコは淡青の春晴れも、「薄ら」肌触り冷える気候。
しかし水曜からは気温もかなり上がるとの予報ですので、今週末にはさぞかし見頃になっている事でしょう。

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2011.04.03

●「京おどり」はじまりました

「花は宮川~ぁ 花は宮川~ぁ  ヨォ~イ ヨイ ヨイ~」

と云う訳で「ミヤコ花街」春の演舞会第三弾は宮川町。
「京おどり」が昨日より開幕致しました。

花街其々の持つ「性格.芸風」と云うものは、舞台構成一つを取っても表れるもの。
例えば祇園町が芸事の質で舞台の完成度を極めるなら、宮川町は「エンターテイメント」な魅せる舞台として他の追従を許しません。
特にフィナーレの総踊り「宮川音頭」扇舞は圧巻です。

下記事は前日の前夜祭の様子にて。

20110401204743miyagawa芸舞妓ら優美な踊り披露 
東山区で京おどり前夜祭

2日から開幕する舞踊公演「第62回京おどり」の前夜祭が1日、京都市東山区の宮川町歌舞練場であり、一足早く満開の桜が彩る舞台で舞妓や芸妓が優美な踊りを披露した。

今年の演題は「古都四季清覧(ことしきのせいらん)」で全七景。夏をイメージした第三景「久多の花灯籠」は、地域行事から取り入れた花笠踊りが観客を魅了した。第四景「蜘蛛悪鬼異聞」では、源頼光と土蜘蛛が激しく立ち回り、投げ掛ける蜘蛛の糸が美しく舞った。
第六景「舞妓の通り名」では舞妓が一条から九条までかわいらしく歌い上げ、フィナーレの「宮川音頭」はきらびやかな扇子を使った芸舞妓の総踊り。そろった動きと華やかな舞台に観客が見入っていた。公演は17日まで。
(文.写真共 京都新聞4/1
より)

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2011.04.02

●「17年振り」の帰京

開花宣言から五日が経ち、ミヤコでは「観櫻の砌」本番となって参りました。

所処で私め、帝都トーキョーに居を移して17年になりますが、未だ「桜花」の時期に帰京した事が御座いません。
理由は至って簡単、「人が多すぎてキモチワルイ」からです。

「飯処.酒処.御茶処」「洛中洛外.大路小路」「寺社仏閣.山紫水明処」「朝昼夕晩」…。
至る刻処「人大杉」にて費用対効果が悪過ぎる事、是明白。
更に運悪く、我が地元は景勝地にて桜の名所「嵯峨嵐山」。
桜のシーズンは「すさまじきこと」この上無く、落ち着きもへったくれもありません。

駄菓子菓子…。

何故か今春は知己の結婚式ラッシュ。
3日は京都、9日は静岡の「華燭の典」に出席する事となりました。
そんな訳で明日より上洛、一週間の滞在中「桜を愛でて」参ります。

1993年以来の久しきミヤコ「桜検分」。
扨果、私の眼にはどんな風に映りますやら…。

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2011.04.01

●「都をどり」はじまりました

「みぃやぁこぉをぉどりぃは~」

「ヨォイヤァサァ~」

文字通り「黄色い」掛け声と共に本日開幕は「都をどり」。
観桜行楽も重なり祇園町も遽しくなって参ります。
ミヤコでは「野に」「山に」、そして「舞台」にも春の装いの時節。

尚、今年は50年に一度、親鸞.法然の遠忌法要。
西本願寺の梅や東本願寺の紅葉、知恩院の桜など所縁の名所が演目題材となっております。

そんな訳で、下記事は昨日「大ざらえ」の様子。

20110331205044003遠忌にちなむ名所背景に舞 
「都をどり」大ざらえ
法然、親鸞の遠忌にちなんだ京の名所がそろいぶみ。「第139回都をどり」(4月1日開幕)の大ざらえが31日、京都市東山区の祇園甲部歌舞練場であり、芸舞妓の華やかな舞が観客を魅了した。
演題は「春花京都名所尽(はるのはなみやこめいしょづくし)」で全八景。今年は遠忌法要に合わせ、第二景で西本願寺(下京区)の飛雲閣、第六景は東本願寺(同)の渉成園、最後は知恩院(東山区)の三門を取り入れた。
「都をどりはヨーイヤサァ」のかけ声で幕が開く。フィナーレでは、薄紅色の桜が舞台を彩る中、芸舞妓約60人が勢ぞろい。会場からは歓声があがり、観客はあでやかな舞を堪能していた。4月30日まで。
(文.写真共 京都新聞4/1
より)

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