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2011.07.27

●加茂三塔巡礼「浄瑠璃寺」

えー、先日帰京の後日談.7月17日分その弐。

三連休中日の日曜日、焔威振るう極暑の中は南山城へ。
八年振りに「加茂の里」、真言仏刹三塔を巡拝して参りました。
そんな訳での三山遍路記その二、「岩船寺」篇で御座います。

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【写真上】三重塔 (国宝)。
平安後期建立.治承2年(1178)移築 三間三重塔婆.塔高16.08m 檜皮葺。

各重の平面逓減が少なく柱間も狭いので塔身が細長く感じるが、屋根の勾配が真反りに近く軒も深く作っているので、見た目の安定感がある。
素朴で小振りな中にも瀟洒さの感じられる三重塔。

平安末期、京都一条大宮から移されてきたものであるが、同時代この当尾は摂関家領であり、恐らくその関係のある貴族邸宅(浄土式庭園)からであろうと思われる。

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【写真上】浄瑠璃寺本堂(国宝)。
嘉承2年(1107)建立 桁行11間.梁間4間、一重.寄棟造.向拝一間.本瓦葺。

一見、簡素な住宅様式の本堂。
造営時は池東にあったものだが、保元2年(1157)に現在地へ移築された。
寛文6年(1666)に檜皮葺を本瓦葺に、天保10年(1839)に屋根正面に向拝を附した為、創建時にあったであろう寝殿造的な優雅さは損なわれている。

同本堂は藤原時代に流行した九体阿弥陀信仰の形式を残す唯一の遺構。
往時は記録に残るだけで、30以上の九体阿弥陀堂が造られたとされる。

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【写真上】此岸(現世)より望む彼岸(来世)。
「阿弥陀さま、なむなむ…」

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【写真上】彼岸(来世)より眺む此岸(現世)。
「薬師さま、なむなむ…」

阿字池を挟んで、東方浄瑠璃界(三重塔)と向かい合う西方極楽浄土(阿弥陀堂)。

と、こんな所処にて。
この後は加茂駅に戻り約30分の小登山、海住山寺へと向かいました。

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2011.07.26

●加茂三塔巡礼「岩船寺」

えー、先日帰京の後日談.7月17日分。

三連休中日の日曜日、焔威振るう極暑の中は南山城へ。
八年振りに「加茂の里」、真言仏刹三塔を巡拝して参りました。
そんな訳での三山遍路記その一、「岩船寺」篇で御座います。

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【写真上.下】岩船寺.三重塔 (重文)。
嘉吉2年(1442)建立 方三間.三重塔婆.塔高20.5m 本瓦葺。

均整のとれた小型の三重塔。
初重に大仏様、二三重に禅宗様の木鼻が取り入れらているが、他組物手法や脇間の連子窓等、総じて和様の色合いが濃い。
恐らく再建時、古式に則りつつも部分的に新様式手法を取り入れたものと思われる。
二重.三重に較べ、初重の軒高が高いのも同時代に良く見られる様式。

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【写真上】同.三重塔、北西上方より。
岩船寺境内は山間窪地に立地、三重塔はその奥谷間に建てられており、北面と西面の周遊路は登り山道になっている。
その為、塔を二方から俯瞰する形で鑑賞が出来る。

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【写真左】十三重石塔 (重文)。 
鎌倉後期(1275~1332年頃)造立、塔高6.2m。
基壇から十三個の笠石、相輪迄が完全に現存しているのは珍しい。
国内で石造多重塔が最も頻繁に造られた鎌倉期のもの、同様式で規模の大きい遺構として般若寺や宇治浮島のものがある。
【写真右】五輪塔 (重文)。
十三重塔と同時期の造立、鎌倉後期の典型的な五輪塔。
地輪から空輪迄の形状が良く整っている。

私め、石塔には余り興味が無いのでこの位にて。

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【写真上】本堂一写。
昭和62年(1987)の再建、入母屋.本瓦葺。コンクリにしない所処に好感が持てる。

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【写真上】境外の西裏山に鎮守する、白山神社と春日神社。
左:白山神社社殿 (重文)。
室町中期(1442)建立、一間社春日造、檜皮葺。 
右:春日神社社殿 (府登録文化財)。
江戸中期(1661~1750)建立、一間社春日造、檜皮葺。

013_2【写真左】白山神社.社殿近景。
現在は岩船山の産土神として祭祀されているが、元来は岩船寺の鎮守社であったもの。
古来、鎮守社に春日.白山の二社を祀るのは、南都仏教支配下の山中修行寺院に良く見られる。

三重塔とほぼ同時代の造営と思われ、室町中~後期の摂社形式に良く見られる典型的な一間社春日造。
併設する摂社.春日神社は白山社と同様式。
江戸中期に勧請、復古的に造営されたもの。

と、こんな所処にて。
この後は徒歩でてくてく30分、浄瑠璃寺へと向かいました。

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2011.07.25

●「花傘巡行」「還幸祭」

薮から棒ですが、七月二十四日「今日は何の日?」。

一般的には「アナログ放送終了に伴う地デジ移行日」、クイズ番組的には「河童忌」。
なぞと答えれば正解なのでしょうが、「ミヤコ洛中」では左に在らず。
本日は「花傘巡行」及び「還幸祭」の日で御座います。

この二祭を終えると祇園祭も残す所処あと一週間。
神輿洗い(後)を経て夏越祓にて「末尾」となりまする。

1850376i35ehgftc_l華やか行列、市中練る 
祇園祭・花傘巡行

祇園祭の花傘巡行が24日、京都市東山区の八坂神社を出発し、繁華街を練り歩いた。色とりどりの花傘や子ども神輿(みこし)、囃子方(はやしかた)を乗せた屋台など総勢850人の列がにぎやかに進んだ。
1966年に山鉾巡行が17日の合同巡行となり、24日の後祭(あとまつり)の巡行がなくなったため始まった行事。約2時間かけて四条通から河原町通、寺町通を回って同神社に戻る。
午前10時、「わっしょい」の掛け声とともに子ども神輿が動きだした。和太鼓の力強い響きとともに、花傘娘、舞妓を乗せた屋台が華やかに続いた。久世六斎念仏、放下鉾の囃子方の演奏もあり、沿道の人たちが多彩な演出を楽しんでいた。
(文.写真共 京都新聞7/24より)

20110725083538001_2威風堂々神輿ご帰還 
祇園祭還幸祭
祇園祭の還幸祭が24日、京都市内で行われた。17日から四条御旅所(下京区四条通寺町東入ル)に鎮座していた3基の神輿(みこし)が、疫病退散を祈って氏子地区を勇壮に進み、深夜に八坂神社(東山区)に戻った。
午後5時前から同6時半にかけて、中御座(なかござ)、東御座、西後座の各神輿が出発。別々のルートを進んで中京区三条通黒門西入ルにある御供社(ごくうしゃ)に向かった。途中の四条通のオフィスビル街では、輿丁(よちょう)と呼ばれる男衆の「ホイット、ホイット」の掛け声が響き、沿道の注目を浴びた。
3基とも通る三条通や寺町通には大勢の市民が集まり、荒々しい神輿の渡御(とぎょ)に酔いしれ、手を合わせるお年寄りの姿も見られた。祇園祭は、28日に四条大橋で「神輿洗い」の神事があり、31日に、八坂神社境内の疫神社である夏越祭(なごしさい)で終わりを告げる。
(文.写真共 京都新聞7/25より)

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2011.07.24

●「WARNING」

えー、先日帰京の後日談.7月21日分。

木曜日は南都の旧都を古寺巡礼。
西ノ京.尼ヶ辻から「きんなら」着、十数年振りに「シカの帝国」へ足を踏み入れて参りました。

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【写真上】お鹿さま色々。
何たって此方の鹿、古に於いては「春日大社の神使」。
従い昔から「人を人とも」思わなかったのでしょう。
シカシ1200頭も「「神の使い」が居られても、それはそれで困りモノなのですが…。

因みに現代でも国の天然記念物指定の「野生動物」で御座います。

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【写真】鹿注意の看板。
実は、単にコレを載っけたかっただけでした。
然乍ら…。
何時の世に於きましても、「奈良シカ」の傍若無人さは相変わらずで御座います。

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●「ならまち」にて

えー、先日帰京の後日談.7月21日分。

木曜日は西ノ京.尼ヶ辻から「きんなら」へ。
興福寺境内を散策した後は、久し振りに「ならまち」迄足を運んでみました。

もう20年近く前のハナシですが、この辺りは大学から近鉄で約20分の距離。
そんな訳で学生時分には頻繁に訪れたものです。

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【写真上】猿沢池.一写。
まぁ、余り説明は要らないでしょう。
「花鳥風月」に「龍」「采女」に…、歌枕の一として古来より数多の歌人に詠われております。
因みに元来は興福寺の放生池でした。

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【写真上】同・池面風景。
猿沢池と云えば「亀」、何故かやたらめったらいます。

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【写真上】第三帖「空蝉」、一写。
池周りには蝉の抜け殻が多数、何と無く撮ってみました。

Securedownload【写真上】ノラ鹿。
猿沢池横、天平ホテルの辺りにて。
奈良公園を離れ「住所不定」化した鹿は、奈良街中の日常風景。
深夜になると三条通りをうろうろ出没、路上のゴミ袋を漁っています。

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【写真上】「ならまち」四景。
狭い街路に平屋の木造民商家、広い範囲で近世町並みの面影が残っています。
「生活日常の雰囲気」と「程々の観光色」との平熱具合が良い案配。
ミヤコで例えるなら、四条~五条間の麸屋町や御幸町と云った感じでしょうか。
出来れば半日くらいかけて、漫ろ歩きしたいものです。

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【写真上】「身代わり申」、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!。
ならまちと云えばコレ。庚申さんの身代わり申。
「一匹」から「三匹」「五匹」果ては団体さん迄…、まち中至る所処にぶら下げられております。
因みに背中へ願い事を書いているのは「願い申」とも云います。

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【写真上】ならまち、軒先「魔除け」色々。
身代わり猿の他には「鬼除け柊」「豊作祈願の松ぼっくり」を多く目にしたのですが、何故か「お伊勢さんの笑門注連縄」や「長刀鉾の厄除け粽」も見掛けました。

128_3【写真上】駅前にてツーショット。
行基像前で托鉢に立つ雲水。
これも「きんなら」何時もの風景。
果たして将来の大僧正、となられるのでしょうか。

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2011.07.23

●「あおによし」

えー、今回9日間の帰京滞在を終え、本日これより帝都に戻ります。
取敢えず昼前には家を発ち、嵯峨釈迦堂門前にて最後の舌鼓。
夕刻にはトーキョーに到着している事でしょう。

そんな訳でミヤコより最後の記事更新。
一昨日南都にて「天平の甍」を廻って来た際のものです。

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上より「西ノ京」「尼ヶ辻」「近奈良」にて。
あ゛ー、先週の平泉分も含めて、建築リポートが山程溜まってをりまする…。

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2011.07.22

●恭仁に近江に宇治寧楽に

えー、早いモノで上洛八日目。
此処数日、「あっち」行ったり「こっち」行ったり慌ただしいルーティンでしたが、今日は数日振りに地元で寛いでおります。

所処で今回の帰京、物見遊山の行動半径が結構広い。
ミヤコに半日以上滞在していたのは「祇園祭.宵々山」の日位、それ以外は殆ど洛中に出向いておりません。
昨日は南都迄、上代建築を観に行っておりました。

Kinkichizu_2その活動マップがコチラ。
因みに「我が家」の所在地.嵯峨は鄙洛外の為、ミヤコとは呼びません。

まぁ、こんな帰京もたまには宜しいのかな、と。

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●太秦萌 17歳

昨日、「市役所前」にて地下鉄東西線に乗ろうとした際の古都。
エレベーター前に貼ってある、一枚のチラシに目が留まりました。

「燃え燃えプロジェクト 始まる!」

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「何を考えているんだ、京都市交通局は…!!」

このオリジナルキャラクター、京都市交通局により企画立案されたものらしく…。
写真掲載の「燃え燃えプロジェクトvol.2」とは、地下鉄の階段に消費カロリーとメッセージを表示する企画で、積極的な地下鉄と階段の利用をアピールするとのこと。
尚、企画概要も市交通局HPに下記発表されております。

京都市では「京都市地下鉄5万人増客推進本部」の下部組織として地下鉄・市バスの増客を目指して,昨年10月に19名の公募職員で「若手職員増客チーム」を立ち上げました。
「燃え燃えチャレンジ」班は,地下鉄5万人増客に熱く燃える庁内公募の6名+このプロジェクトに協力していただける方で構成されており,熱い情熱と柔軟な発想で地下鉄・市バスの乗客増に向けた取組(燃え燃えプロジェクト)を交通局と共に次々と展開します。

001_2因みにスペックは以下の通り。
名前 太秦 萌
年齢 17歳
身長 157cm
体重 47kg
性格 元気で活発、真面目だが天然な部分もある。頑張っている人を自然と応援してしまう。

果たしてミヤコの役人さんは萌えているのか?。
それとも茹だる暑さにヤラれて、脳内が膿んできたのか?…。

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2011.07.21

●「百獣の楽園」展

昨日は午前中より居「京博」へ。
「百獣の楽園 ―美術にすむ動物たち―」展を観に行って参りました。

Hyakujyu1今回天覧会のテーマは標題通り、「軸物」「襖絵」から「蒔絵」「織物」「鋳型」「磁器」に至るあらゆる工芸ジャンルより、動物がモチーフとなった作品を展示すると云う企画です。
しかも「京都市立動物園」と連動企画と云う、初めての試み。
丁度来週からは夏休み、子供さん「夏休みの宿題.自由研究」の対象としても中々良いのでは無いでしょうか。

因みに展示作品数は117点。
その中で目に留まった幾つかを挙げてみたいと思います。

朝顔に蛙図襖/長沢芦雪.筆
明朗軽快な作風は流石芦雪。
細やかな朝顔の蔓と竹幹に対し、余白を大胆に取った構図。
そして何より、写実的ながら何処かユーモラスな蛙がこの作品の肯綮。
牛図/俵屋宗達.筆
偶然と計算との相乗効果「たらしこみ」は墨のしみを生かした究極の技法。
微妙な濃淡に因る質感は、牛の肉質だけでなく皮膚の湿り気迄も描写しています。
虎彪図/狩野松栄.筆
南禅寺方丈「虎の間」襖絵でも著名な虎彪図。
近世迄彪は虎の雌だと思われていました。
因みに雌の子供(彪)は親が観ていないと雄の子供(虎)を食べてしまいます。
従い「虎の子渡し」の故事が生まれた訳で。
猫図扇面/元久.筆
兎図扇面/元久.筆

猫のと呆けた感じに、兎の寂寞とした感じ。
「静」の中にも各々の表情が豊かに描き出されています。
この扇、リ.プロダクトして販売して欲しいものです。
厳樹遊猿図屏風/式部輝忠.筆
山野に屯している猿群が何故か人より人らしく見えてしまいます。
「擬人法」ならぬ「擬猿法」とも云うべきでしょうか。
屏風絵の大作、少し引いて観るのが宜し。
猿蟹図/伊藤若沖.筆
「猿の毛筋」に「蟹の鋏と甲羅」、墨の濃淡だけでこれ程質感の違いほを表せるのには只驚き。
猿の意地悪そうな表情が蟹の悲哀を一層誘うのですが、、若冲特有のデフォルメ感が作品全体を微笑ましいものにしています。
十二類絵巻/作者不詳
室町時代の御伽草紙、これはもう完全に漫画。
蛇に着物を着せる無理矢理感もスゴイ…。
因みにこの時代、羊は山羊に描かれています。

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【写真上】京都国立博物館(重文)。
1895年(明治28)竣工、設計.片山東熊、煉瓦造.平屋建て。
日本人建築家に由る西洋建築、ルネサンス様式を多分に意識している。

最後に此方に伺ったのは私め在京時の頃だと記憶していますので、彼是「17年以上振り」の来訪。
たまには帰京時の博物館巡りも良いものだな、と思ったのでした。

と、こんな感じにて。

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●「ちはやぶる」

えー、昨日は午前中より「京博」へ。
目当ての展示会を観た後は「おけいはん」にて宇治方面へ出掛けて参りました。
目指すは黄檗の大伽藍にて。

そんな訳で例に由って、詳細リポートは後廻し。
取敢えずは目ぼしい写真だけアップしておきます。

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まぁ、これも何処か直ぐにお解りでしょうね。
因みに標題は「うじ」に掛かる枕詞にて。

 

 

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2011.07.20

●「ささなみの」

えー、月曜日よりミヤコの天気は御機嫌斜め。
台風の影響で「雨は降頻き」「風は吹荒び」ておりまする。

まぁ「灼熱の炎天」と「茹だる蒸し暑さ」のツインビームに較べれば、却って過し良いのも事実なのですが、それでも終日の雨風模様は外出するには鬱陶しいもの。

そんな訳で昨日の物見遊山は午後過ぎより一個所のみ。
逢坂の関を越え、「近江八景の一」天台門跡迄足を運んで参りました。

因みに表題は「近江」に掛かる枕詞にて。

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以上、参詣路順にとりとめなしに撮ったものです。
場所は何処かと申しますと…、もうお解かりでしょうね。

そんな訳で詳細リポートは亦後日にでも。

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2011.07.19

●鴨川「等間隔の法則」

【鴨川等間隔の法則】
鴨川の川岸(主に三条~四条大橋間)に佇むカップルの間隔が、自然に等間隔になることを云う。
特に週末夜間に於いては、その距離が狭まる事が顕著である。

ミヤコ人なら極々見慣れたこの風景。
「Liebeの有無」「夜の勝者と敗者」が明確に二分される残酷な現場でもあります。

然乍ら、地方紙発行部数では国内三位を誇る「京都新聞」。
にも関わらず、この「探偵ナイトスクープ」「テレ東」的な企画は何なのでしょう…。
しかも掲載日は祇園祭「宵山」の日、他に書く事が沢山有ると思うのですが。

まぁ「たま~に」購読者の意表を衝く事で定評(?)のある同紙、流石「面目躍如」と云った所処なのかも知れません。

20110716134555015“鴨川”カップルの平均間隔は? 
記者が計測

鴨川べりのカップルは等間隔に座る―。京都で有名な法則だ。恋人たちは左右の存在を気にせず、愛を語り合えるよう絶妙な距離を取っている。では、実際には何センチ離れているのか。記者2人が週末の夜、メジャー片手に計測してみた。
鴨川が夜の闇に包まれる。納涼床のにぎわいを背に、20、30代の男女が体を寄せ合っていた。1組が立ち上がると、別の組が測ったように同じ場所へ。左右のカップルの中間が「指定席」となり、見事な等間隔が形成された。
今月1日、三条大橋―四条大橋の鴨川右岸(京都市中京区)で午後6時から4時間、計測した。この日の京都市の最高気温は29・4度としのぎやすく、調査に絶好の「花の金曜日」。お邪魔にならぬよう恋人たちの4メートルほど背後で、静かにメジャーを伸ばした。

まず午後6時台。三条大橋下流にカップルや友人7組が等間隔で連なっていた。人が少なく、距離を取れるためか、平均間隔は550・4センチもあった。カップルと1人で座る人が同数で、「おひとりさま」も多かった。
7時台も小雨が降った影響で人が少なく、平均457センチ。カップルの数が一気に増えたのは8時過ぎだった。平均間隔は259・1センチ(三条大橋側)と414センチ(四条大橋側)に。缶ビールを飲み、肩を抱き合ってささやき合う恋人たちの姿が目立った。
9時台半ばになると、三条大橋下流の雰囲気が大きく変わる。四条大橋側はしっとりした雰囲気を楽しむ恋人たちが11組連なり、間隔は平均257・5センチ。一方、路上ミュージシャンが演奏を始めた三条側では、若者の友人グループがあふれた。40組の平均は282・7センチだが、間隔の狭かった13組に限ると平均115・8センチ。この日最短の40センチも記録し、等間隔というより「数珠つなぎ」だった。
この日計測した計84組の平均間隔は369・8センチ。カップル同士の最短距離は85センチだった。記者も川べりに座ったが、2~3メートル距離があると、川の流れる音も重なって隣の会話は聞き取れず、語らいに集中できそうだ。

なぜカップル同士は等距離を取るのか。川べりを訪れた個人投資家の岡本成子さん(24)=南区=は「他人に気を使う京都人らしい現れでは」と分析し、大学2年の宮本ありささん(19)=左京区=は「恋人ならイチャイチャし、同姓の友人だと男の悪口を言い合う。周囲の迷惑を避けて距離を取るけど、それぞれ理由は違う」と話した。
1993年に鴨川のカップルを調査した本「Kyoto恋愛空間」(斎藤光・橋爪紳也著)によると、同年8~11月の14日間の調査で、午後5~9時に鴨川に座った人数は平均247組。記者がこの日午後6時から10時まで数えた恋人や友人らは計171組で、やや減少傾向にあるのかもしれない。
恋人たちは記者の怪しい調査を気にするそぶりもなく、会話に浸っていた。人数は減っても恋愛への情熱は、今も昔も変わらない。
(文.写真共 京都新聞7/16より)

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●「無言参り」はじまりました

「宵山」「山鉾巡行」「神幸祭」…。
祗園祭も主要祭事を終え、後半へと差し掛かりました。
取敢えず24日の「花傘巡行」「還幸祭」迄は小休止、ミヤコにも暫く平熱が戻って参ります。
尤もその静けさの合間を縫う様にして、御旅所ではこっそりと「とある営み」が始まっているのですが…。

そう、「無言参り」です。

八坂神社御旅所に神輿三基が鎮座する17~24日(神幸祭~還幸祭)間、御旅所に7日間続けて願掛けに参ると願い事が叶うとの言い伝え。
但し参拝中から帰宅に至る迄、誰とも口を聞いてはイケマセン。
=従い「無言参り」な訳でして。

件に就いては、康成「古都」で千重子と苗子が再会するクダリでも読んで戴ければ詳しいのですが、基本的には花街の芸舞妓さんの風習て御座います(ました)。

因みに八坂さんのHPでは
「あなたも舞妓さんを真似て、七日は無理でも一度お参りすれば願いが叶うかも?」
なんて「お花畑」なコピーが表示されております。

果たして御利益の程は如何に…。

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【写真上】御旅所に鎮座する三基の神輿。
奥より西御座.中御座.東御座。

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2011.07.18

●「南山城」にて

三連休中日の昨日日曜日、ミヤコでは山鉾巡行が行われておりました。

そんな祇園祭クライマックスの日、私めは洛中の雑踏を避け「当尾の里」から「瓶原」へ、真言仏刹三山を巡拝して参りました。
詳細リポートは後廻しとし、取敢えずは加茂三塔の写真だけアップしておきます。

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【写真上】岩船寺.三重塔(重文)。
嘉吉2年(1442)建立 三間三重塔婆.塔高20.5m 本瓦葺。
やや小振りで均斉のとれた三重塔、部分的に禅宗様式の影響が伺える。

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【写真上】浄瑠璃寺.三重塔(国宝)。
治承2年(1178)移築建立 三間三重塔婆.塔高16.08m 桧皮葺。
素朴で小振りな中にも瀟洒さの感じられる三重塔。
屋根の勾配具合と伸びが秀逸。

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【写真上】海住山寺.五重塔(国宝)。
建保2年(1214)建立 三間五重塔婆.裳階付.塔高17.7m 本瓦葺(裳階部銅板葺)。
美麗にて整律。
私め存知の限り、薬師寺三重塔と並んで諧調のとれた塔「ツートップ」です。

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●「神幸祭」にて

昨日は夕刻より「八坂神社.例祭」神幸祭。
丁度私め、夕刻頃に出先より四条界隈に戻って来たものでして、久方振りに「白の輿丁群衆」を覘いて観る事と致しました。

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【写真上】18時過ぎ、八坂さん西楼門下。
定刻になると東山通南側より三基の神輿が渡御。
久世駒形稚児先導の元、先頭より中御座.東御座.西御座の順に渡り歩いて来ます。

059_2【写真左】
東御座神輿と輿丁衆。

神幸祭は「御祭神三柱」が其々の神輿に乗り、氏子地域を練り歩きながら四条新京極前.御旅所に「お渡り」になるもの。

因みに東御座の御祭神は「櫛稲田姫命」。
中御座は「素戔嗚尊」、西御座は「八柱御子神」で御座います。

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【写真上】左より西御座.東御座.中御座、三社勢揃いの図。
東大路は1500人の輿丁が集結、例に由って「スゴイ事」になっておりました。

神幸祭はこれより三社御神輿「差し上げ」「差し回し」を経て「神輿渡御」。
これ以上この辺にいると「脱出不可能」となってしまうので、神輿差上の前に退散すると致しました。

064_3【写真左】
中御座を先導する久世駒形稚児。

長刀鉾稚児が「正五位下少将」であるのに対し、コチラは八坂さん祭神様「素戔嗚尊」の荒御魂」。
八坂神社境内で下馬せず社参出来るのは、唯一駒形稚児だけで御座います。

そんな訳でこの後は「人を掻き分け」「汗を拭き拭き」飲み屋に向かったのでありました。

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●「ホィッとー」「ホィッとー」

昨日は夕刻より神幸祭。
「三社御神輿差上」頃の八坂さん西楼門下は、1500人の輿丁が法被姿で集結。
毎年の事乍ら「スゴイ事」になっておりました。

神幸祭は「御祭神三柱」が其々の神輿に乗り、氏子地域を練り歩きながら四条新京極前.御旅所に「お渡り」になるもの。
宵山や山鉾巡行が「ミヤコ市井民の祭事」及び「観光的色彩の強いもの」とするならば、神幸祭は「八坂氏子衆の神事」とも云うべき祭事。
「八坂神社例祭.祇園祭」としては語るに省けない神事です。

因みに…。
「お出掛け」になられた八坂さん祭神様はこのまま御旅所に「お留まり」になられ、24日の還幸祭で神社に「お帰り」になります。
三基の神輿が逗留されるこの間、御旅所では禰宜さんが不寝の番。
お疲れ様です。

20110717205900shinkou003

「ホイットー」神輿高々 
神幸祭、氏子練る

祇園祭の神幸祭が17日夕、営まれた。京都市東山区の八坂神社を出発した3基の神輿(みこし)が市内の氏子地域を練り、「ホイットー、ホイットー」の掛け声を響かせて四条御旅所(下京区四条通寺町東入ル)に向かった。
久世駒形稚児の乗った馬が先導し、午後6時半、祭神を奉じた中御座、東御座、西御座の3基が八坂神社の石段下に集まった。歩道を埋める見物客が見守る中、輿丁(よちょう)が頭上で神輿を支える差し上げを披露し、「回せ」の合図で差し回しを繰り返すと、一帯は興奮に包まれた。
蒸し暑さが残る中、3基は飾り金具の音を鳴らして祇園界わいや河原町通の商店街などを勇壮に進み、深夜には御旅所にそろった。神輿は24日の還幸祭まで鎮座する。
(文.写真共 京都新聞7/18より)

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2011.07.17

●山鉾巡行

本日祇園祭は「山鉾巡行」。

宵山三日間に引き続き本日も快晴、絶好の「巡行見物」日和。
尤も山鉾町の役員さんや曳き手さんにとりましては、却って「晴れ杉暑杉」の天気。
嘸かし汗だくの巡行だった事でしょう。

因みに「祇園祭」此処三年間の人出はと申しますと。

      宵々々山    宵々山    宵山     巡行
2009年  12万人   21万人   31万人   13万人
2010年 
08万人   12万人   47万人   20万人
2011年 
15万人   28万人   45万人   20万人

尚、宵山三日間の来客数カウントは午後11時調べ(京都府警)の為、実質もう少し多いかと思われます。

しかし、何時もの事乍ら…。
「吉符入り」からの半月は「@」云う間に過ぎて行くものでして。

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夏空に映え、32基華麗に巡行
京都の夏を彩る祇園祭は17日、ハイライトの山鉾巡行を迎え「動く美術館」ともいわれる豪華絢爛な山と鉾計32基が列を成して、京都市の目抜き通りをゆっくりと進んだ。
午前11時現在の気温は32・5度の炎天下。京都府警によると、午前11時現在の人出は17万人で昨年より1万人多い。
午前9時ごろ、「エンヤラヤー」の掛け声とともに、祭列は稚児を乗せた長刀鉾を先頭に、四条烏丸交差点を出発。稚児が、四条通に張られたしめ縄を刀で切り落とすと、大きな拍手と歓声。
四条河原町交差点では、水が打たれた青竹の上を、綱で引いて鉾を豪快に90度方向転換させる「辻回し」があった。
(文.写真共 京都新聞7/17より)

2011071721045200720man01炎天下に20万人 
祇園祭 6年ぶり日曜巡行

17日に京都市中心部で行われた祇園祭・山鉾巡行は、炎天下にもかかわらず、6年ぶりの日曜巡行とあって、20万人の見物客が沿道を埋めた。四条河原町交差点では豪快な「辻回し」を見ようと分厚い人垣ができた。

3連休の中日にもあたり、巡行当日の人出は土曜巡行の昨年と同じだった。宵山で歩行者天国となった14~16日の人出も、今年は計88万人を記録し、雨がちだった昨年より21万人増え、一昨年より12万人多かった。
京都地方気象台によると、この日の市内の気温は、山鉾巡行が始まった午前9時に既に30度を超え、午後1時に34度を超えた。市消防局によると、沿道では巡行の時間帯に熱中症とみられる症状で15人が救急搬送された。いずれも軽症という。
辻回しが行われた四条河原町の沿道は、一時身動きできないほど混雑した。午前6時半から交差点北西角で場所を取っていた清水寛治さん(67)=長野県=は「とても暑いのに、すごい人出ですね」と話していた。(文.写真共 京都新聞7/17より)

 

 

 

 

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●宵山

「常は出ーません 今晩限り~♪」

と云う訳で昨夜は「宵山」、祇園祭もクライマックス。

宵山の人出は午後11時現在で45万人。
今年は宵山三日間押し並べて好天、加えて週末&三連休とバッティングと云う事もあり、此処数年で最も多い見物客で賑わった様子です。
因みに私めは「阿鼻叫喚」雑踏絵図を避け、自宅でNHK「祇園祭宵山~京都が一番熱い夜~」を観ておりました。

扨、本日は愈々「山鉾巡行」「神幸祭」。
主要祭事を迎えたミヤコは「祭酣」で御座います。 

20110716230751maturi囃子と灯、群衆酔う 
祇園祭・宵山にぎわう

祇園祭は16日夜、宵山を迎えた。6年ぶりに土曜日と重なり、3日間連続で歩行者天国となった京都市中心部は、大勢の見物客で身動きが取れないほど混雑した。
京都地方気象台によると、この日は午後3時半ごろに気温が36・7度に達し、今年最高を記録した。
長刀鉾と函谷鉾、月鉾、郭巨山、四条傘鉾が立つ四条通は、うちわを手にした浴衣姿の男女や親子連れらで埋め尽くされた。鉾からは祇園囃子が響いて祭り気分を盛り上げ、中心部から少し西に離れた油天神山や太子山、伯牙山では、落ち着いた風情を味わう人が山巡りを楽しんだ。新町通や室町通ではちまき売りの子どもたちが「常は出ません、今晩限り」と声をそろえた。
午後11時には、山鉾町の囃子方が「日和神楽」を奏でて各町内と四条御旅所(下京区四条通寺町東入ル)を往復し、巡行が行われる17日の晴天を祈った。
(文.写真共 京都新聞7/17より)

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2011.07.16

●祇園祭「山鉾図絵」

昨日宵々山、山鉾遊山していた際目に留まったもの。

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各会所に貼られていた、祇園祭.山鉾の地図ポスター。
山鉾町の紋が位置取りを示すデザインになっています。

中々洒落た図案、「一枚欲しいな」と思ったものでした。

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●宵々山「巡行」

えー、昨日は祇園祭「宵々山」。
私めも昼過ぎに上洛、混雑前の「鉾の辻」辺りを漫ろ歩きする事と致しました。
シカシ地下鉄を降り、地上に出るとそこに待ち受けていたものは…。

036_3【写真左】暑っ…。
16時頃の烏丸四条。
ミヤコの西日は大変厳しゅう御座います。

因みに写真は「太陽」と「月」鉾。
何かの童話みたいですね。

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【写真上】函谷鉾と長刀鉾。
シャッターを切るのも面倒な炎天下、従いテケトー数枚だけ。
夜にこの辺りに来るのはヒジョーに難儀なものでして、大型鉾の見物は早い時間に済ませてしまいました。

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【写真上】菊水鉾。
丁度祇園囃子を奏でられておりました。

この後は「夏の味覚」と「麦酒」を求めて寺町方面へ東進。
割烹で早めの夕餉を済ませ、二軒程飲った後に再び山鉾町へ。
「宵々山」ならぬ「酔々山」へと出掛けました。

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【写真上】黒主山。

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【写真上】北観音山。

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【写真上】八幡山。

「混雑ピーク」の時間帯、流石に烏丸四条迄足を運ぶのは気が進まず、混み具合の程々な六角周辺をぷらぷらする事に。
「駒形提灯」「祇園囃子」「売り唄」「屏風祭」「出店群」…。
小一時間の山鉾町行脚で祭気分を堪能した後、一路帰宅の途に就いたのでした。

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●宵々山

えー、昨夜は宵々山。
私めも昼過ぎと日暮れ後の二度、鉾町を漫ろ歩きして参りました。

当然其れなりに混み合ってはいましたが、まぁ許容範囲。
30万人位迄なら「祭風情」も相俟って良い按配にて。

そんな訳で詳細は亦後程。

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人波連なる山鉾町 
祇園祭、宵々山

祇園祭は15日、宵々山を迎えた。夜に歩行者天国となった京都市の中心部では、駒形提灯の明かりに照らされた山鉾を眺める人たちの列が連なった。

京町家が残る新町通では、立ち並ぶ山鉾と軒を連ねる露店を縫うように人が流れた。南観音山(中京区)では、浴衣姿の子どもたちが「厄よけのお守りこれより出ます」とかわいらしい声で歌い、道行く人を和ませた。
露店が出ていない太子山や油天神山(下京区)では、路上に並んだ床机に若者や家族連れが腰を下ろし、ゆったりと祭りの風情を味わっていた。
午後11時までの人出は28万人(京都府警調べ)で、雨が降った昨年より16万人増えた。
(文.写真共 京都新聞7/16
より) 

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2011.07.15

●宵々々山

「コンコンチキチン コンチキチン♪」

「粽どーですかー 御守りどーですかー」
「御信心の御ん方様は ろーそく一本献じられましょー♪」

そんな訳で昨夜は宵々々山。
「祇園囃子」が奏でられ「売り歌」唱和される中、祭気分も愈々本格化です。

因みに気になる人出ですが、昨夜は約15万人。
明日からは週末&三連休で可也の混雑振りが予想されますので、早めに済ませてしまった市井民も多いのでは無いでしょうか。

私めも本日宵々山、勇躍上洛致しまする。

20110714232432ip110714tan00021900_2山鉾勢ぞろい、15万人の熱気 
祇園祭・宵々々山

多くの山鉾が立ち並んだ四条通、室町通、新町通は特に混雑した。喧騒(けんそう)のなかに「コンチキチン」のお囃子が響き、駒形提灯の明かりに照らされた鉾や曳山(ひきやま)に上がろうと、見物客が列をなした。
懸装品や山鉾のご神体が間近に見られる会所飾り、また秘蔵の屏風(びょうぶ)を格子(こうし)戸越しに堪能できる屏風祭も楽しもうと、人々がそぞろ歩きの足を止めた。各町会所には東日本大震災の被災地支援の義援金箱が置かれた。
京都地方気象台によると、京都市内のこの日の最高気温は34・8度。午後8時でも30度を超える暑い夜となった。祇園祭は14日、宵々々山を迎え、巡行する32基の山鉾が京都市中心部に勢ぞろいした。四条通や烏丸通が午後6時に歩行者天国となり、祇園囃子(ばやし)に誘われて午後11時までに15万人(京都府警調べ)が繰り出した。
(文.写真共 京都新聞7/15
より)

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2011.07.14

●都大路「右往左往」

えー、八ヶ月後に開催が迫っている「京都マラソン」、なのですが…。
参加者公募を翌月に控えたこの時期に、「何をまぁ今更」と云った話です。

詳細は下記記事参照の事ですが、過去数多「すっとこどっこい」な市政を繰り返してきた京都市の手腕が如何なく発揮されている様子。
警鐘を鳴らしているのが「不祥事が十八番」の京都府警と云うのも、コレマタ失笑モノなのですが…。

まぁ今更大会自体が中止にはならないでしょうが、競技がマラソンだけにこんな「迷走」振りは勘弁して欲しいものです。

Lcl11070814520004p1京都マラソン開催「黄信号」 
世界遺産巡るコース大渋滞懸念 京都府警が苦言

京都市が東日本大震災の発生1年にあたる来年3月11日に初開催する「京都マラソン」の交通対策が行き詰まっている。
当日は日曜日で、人気観光地の世界遺産を回る想定コースで実施されれば市街地の大渋滞が予測されるが、市の渋滞解消策は効果の不透明な車の使用自粛を市民に呼びかける程度。
道路の使用許可を出す京都府警は「市の計画は絵に描いた餅だ」と突き放し、中止を求める声まで上がり始めた。
京都マラソンは、市と京都陸上競技協会が主催する市民参加型のフルマラソン。復興支援もスローガンに、約1万5千人の参加を見込む。

市などは、マラソンを通して京都の歴史・文化を感じてもらおうと、観光客に人気のある寺社を巡るコースを計画。西京極総合運動公園(右京区)を出発、仁和寺(同)や上賀茂神社(北区)、銀閣寺(左京区)などの世界遺産を回って平安神宮(同)でゴールする最終案をまとめた。
ところが、マラソンに伴う交通規制で、コース主要道が最大で約5時間通行止めになり、市街地で大渋滞が予測されることが判明。当日予想される数十万人の観光客のうち、車で訪れる人数の予測もつかず、渋滞解消策が重大な課題として浮上した。
市は、当日市街地を走る車は約50万台と試算し、「約17万台(35%)を減らさなければ交通まひは避けられない」として、マイカーの自粛要請を対策として打ち出した。しかし、コース沿道の約11万世帯を対象に2~6月、36回の住民説明会を開催したのに対し、参加者はわずか計約700人。観光客に周知できるかどうかも不透明だ。
市は危機感を募らせ、職員が沿道の世帯や事業所を直接訪問して車の使用自粛を要請したり、旅行代理店に当日の京都へのバスツアーの自粛を求めたりするなど対策を強化しているが、コース設定から“蚊帳の外”に置かれた府警の反応は冷ややかだ。
5~6月に行われた府警と市との打ち合わせでは、府警側から「自粛を呼びかけるだけで協力が得られるのか。交通量が減るとは思えない」「35%の削減ができなければ大会を中止するのか」といった厳しい意見も相次いだ。

府警は「消防車など緊急自動車の通行に支障が出れば命にかかわる。京都の道路事情を考えればフルマラソンは厳しい」(交通規制課)と指摘。市は「渋滞解消のハードルは予想以上に高い」と頭を抱えている。
コース最終案は今月12日の実行委員会で了承、決定される見通しだが、今後曲折も予想される。
交通問題に詳しい九州大の外井哲志准教授(交通工学)は「企画を立てた後でリスクを考える悪い例。市はコース案などを定める際に、渋滞解消などのノウハウをもつ府警と綿密に話し合うべきだったのではないか」と指摘している。

今年は、10月30日に大阪マラソン、11月20日には神戸マラソンも初開催される予定で、各主催者も渋滞対策を進めている。
大阪マラソンの事務局では、当日最大7時間の交通規制を予定しており、大阪府警と対策を協議する一方、チラシの配布やラジオでの告知などを通じ、当日の大阪市内への車の乗り入れ自粛を呼びかける方針。担当者は「大阪国際女子マラソンなど、他の大会の渋滞対策なども参考にしている」と話している。
(文.写真共 産経ニュース7/8
より)

あと、3月から公募投票されていた大会ロゴは決まった模様です。
ホント、仕事の優先順位を考えた方が良い様な…。

201107120176421n京都マラソンロゴ決まる
来年3月11日に京都市内で開催される「京都マラソン」のコースと合わせ、大会要項が発表された。全国から1万5000人のランナーが集まると見込まれ、春の観光も兼ねた新たな行事として期待されそうだ。

テーマは「東日本大震災復興支援」と「京都・日本の活性化」。全参加者がスタート前に黙とうし、ゴール近くの「みやこめっせ」(左京区)では、東北3県の物産展や被害を伝える写真パネル展も開かれる。ロゴマークは、東京都のグラフィックデザイナー、井桁聖さん(28)の作品をもとに、「京」の文字が軽やかに走るデザインとした。
ただ、大規模な交通規制が行われるため、市内の自動車交通量を35%(約17万台)減らさないと大渋滞が起こる可能性がある。市は当日を「ノーマイカーデー」とし、今後、ホームページなどで協力を呼びかける。
大会には、市内に本社を置くオムロンとワコールが特別協賛し、各5000万円を提供する。
(文.写真共 読売新聞7/13
より)

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●みちのく「拾遺集」

昨日は早朝より「みちのく一人旅」。
奥州.平泉へ日帰り小旅行に行って参りました。

今回のメインテーマは「浄土式庭園」周遊でしたが、写真の整理に手間が掛かるので詳細リポートは後日回し。
取敢えずは恒例「どーでもよさげ」な非.観光アイテムのスナップ集に成増。

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【写真上】一ノ関駅にて、動物シリーズ二写。
実は今回、私めにとりまして「初」の岩手県訪問。
そんな訳で新幹線から在来線に乗り換える時間を利用して一旦下駅、同県「最初の一歩」を標す事に。

073【写真上】「平泉スーパードライ」 for アサヒ
昼餉のわんこそば屋にて。
当日の平泉は最高気温33.5℃。
トーキョーと大して変わらぬ猛暑振り、麦酒が「ストンストン」と喉を落ちて行くのでありました。

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【写真上】「みちのく平泉」 for 大沢桃子
中尊寺本堂前に貼ってあった御当地演歌ポスター。
尤も世界遺産認定特需は無さそうですが…。
修厳道場に似つかわしく無い俗っぽさが宜しく。

097_2【写真上】同.月見坂にて。
炎天下の昼最中、何を間違ったのか蝉の幼虫が参道を横断しておりました。
七年の歳月を経て愈々の脱皮、夜を待ち切れなかったのか、ハタマタ昨夜寝坊して今頃地上に出て来たのか。

心根の優しい私めに見付けられたのが不幸中の幸い。
拾い上げて樹根の辺りに戻しといてあげました。
まぁ無事に成虫になったとしても、寿命が7日伸びただけですが…。

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【写真上】仙台駅北口の喫煙所にて。
帰路は仙台に途中下車、夕餉をとる事と致しました。
牛タン&麦酒でテケトー上機嫌になった後は一路帰東。

と、こんな所処で御座いました。

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2011.07.13

●「蝶」と「蜻蛉」

本日は八坂さんにて祇園祭前儀「社参の儀」、所謂「お位もらい」の日です。
と云う訳でお稚児さん、13日付にて「正五位下少将」になられました。

これより巡行後の「お位返しの儀」迄は潔斎入り。
「行幸は地面を踏まず肩車」「御膳や身繕いの支度も女人手は介せず」、穢れを絶って祭事に臨まれます。

知人の「お稚児さん経験者」曰く、昨今其処迄は祭例厳しく無いとの話ですが、それでも小学校なんぞ行ってる場合じゃありません。

尚、表題は「冠の羽根飾り」に因んだものにて。

20110713132300tigo長刀鉾稚児、神の使いに 
祇園祭「社参の儀」

祇園祭の山鉾巡行で先頭を行く長刀鉾の稚児が13日、「社参の儀」で八坂神社(京都市東山区)を参拝し、稚児のしるしとなる「杉守り」を授かった。
社参の儀は「お位もらい」とも言われ、この日から長刀鉾町内では稚児が神の使いとみなされる。
今年の稚児、白井滉平君(11)は午前10時、白馬に乗って町会所(下京区)前を出発した。青空の下、禿(かむろ)2人と長刀鉾保存会役員の先導で四条通を進んで神社に入り、本殿では緊張した表情で杉守りを受け取った。
白井君が頭につけたくじゃくの羽根飾り「蝶とんぼ」は約200年ぶりに新調した。狩衣の下につける衣装も約40年ぶりに作り直し、瑞雲に鳳凰が舞う豪華な文様が袖を彩った。
(文.写真共 京都新聞7/13
より)

同日午後には、久世駒形稚児のお二人も「社参の儀」に臨まれました。
17日巡行後行われる「神幸祭.還幸祭」にて、「中御座」を先導するお稚児さんです。

長刀稚児が「正五位下少将」であるのに対し、コチラは「素戔嗚尊」の荒御魂。
云わば八坂さん祭神様のだったりする訳で、ある意味長刀鉾のお稚児さんより「エライ」のです。

因みに八坂神社境内で下馬せず直接本殿に社参出来るのは、唯一駒形稚児だけ。

20110713190855ip110713tan000151000_祇園祭 
久世駒形稚児2人が「社参の儀」

祇園祭の神幸祭と還幸祭で神輿(みこし)を先導する久世駒形稚児の2人が13日、八坂神社(京都市東山区)で「社参の儀」に臨んだ。
久世駒形稚児は綾戸国中神社(南区)の氏子から選ばれる。神体の「駒形」を身につけ、馬に乗って神輿の先導役を担う。今年は神幸祭を古田麟也君(7)、還幸祭を高橋昂平君(7)が務める。
2人は金色の烏帽子に薄紅色の狩衣姿で、綾戸国中神社の宮司や氏子たちと並んで境内に入った。ふだんは閉じられている本殿の正面から昇殿し、稚児の証しとなる「杉守り」を授かると、大役を果たす決意を新たにしていた。
(文.写真共 京都新聞7/13
より)

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●「未知国」ひとり旅

えー私め、只今奥州路に向かっておりまする。

目指すは藤原氏三代栄華の跡にて浄土式庭園遺構の宝庫「平泉」。

そんな訳で間も無く到着。
因みに岩手県「初上陸」にて。

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2011.07.12

●「曳初め」

ミヤコ烏丸周辺では「鉾建て」も粗方終了、本日より「曳初め」が始まりました。

今日試し曳きされた五基は「32」ある山鉾の中でも名うての大型鉾、総重量にして約8~12t御座います。
鉾車が「ギシリギシリ」軋みながら廻る様は中々圧巻なものでして。

と云う訳で明後日からは愈々宵々々山。
そこで恒例、今年の人出予想なぞを…。
 14日(木宵々々山()   15~18万人
 15日(金)宵々山()   25~30万人
 16日(土)
宵山()    50~55万人
 17日(日)巡行()    20~23万人

今年は三連休に絡む上、四日間通して「からっ」と晴れる予報。
そんな訳で多目に見積もってみました。

210900kzfu7yy70p_l巨大鉾“動いた” 
5基が曳初め 祇園祭

祇園祭の山鉾建てが進む京都市の中心部で12日、鉾の「曳初(ひきぞ)め」があった。地元の小学生らが参加し、巨大な山鉾がギシギシと車輪をきしませて動く迫力を味わった。
曳初めは長刀鉾、函谷(かんこ)鉾、鶏鉾、菊水鉾、月鉾の5基で行われ、「鉾の辻(つじ)」と呼ばれる四条室町に多くの観光客や市民が集まった。
鶏鉾には池坊短大の1年生約120人と洛央小の5年生約90人が綱を手に並んだ。合図で鉾が動きだすと、子どもたちに笑顔が広がった。洛央小の古川みかのさん(10)は「みんなで協力すると勢いがついて体が引っ張られるようだった」と声を弾ませた。
曳初めは13日には放下鉾、船鉾、岩戸山、北観音山、南観音山であり、14日は橋弁慶山で舁初(かきぞ)めがある。 (文.写真共 京都新聞7/12より)

 

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2011.07.11

●神事「神輿洗い」

昨夜は祇園祭前儀の一つ「神輿洗い」が行われました。

この「神輿洗い」は神幸祭(お出かけ)に出る3基の神輿のうちの一基、「中御座」の神輿を鴨川の水で洗い清める神事。
神幸祭は山鉾巡行後の夕刻より行われる八坂さん氏子の為の祭事にて、観光客も皆無な「祭りの後の祭り」です。

今年は私めも宵山より帰京する予定。
久し振りに「ホイッと ホイッと」でも見物に出掛けますか。

20110711102438mikosi鴨川の神水で神輿清める 
祇園祭・神幸祭前に神事
祇園祭の神幸祭(17日)を前に、鴨川の水で神輿(みこし)を清める神事「神輿洗い」が10日夜、京都市の四条大橋であった。
午後7時、八坂神社(東山区)で大松明(たいまつ)が点火され、四条大橋まで往復して道を清めた。続いて3基ある神輿のうち「中御座(なかござ)」が飾りのない状態で神社を出発し、威勢よく掛け声を響かせながら橋に着いた。
橋の上では、朝にくみ上げておはらいを済ませた鴨川の水を神職が榊にひたし、神輿に振りかけて水の神様を迎えた。担ぎ手の輿丁(よちょう)や子どもたちが水しぶきを浴びようと身を乗り出し、熱気に包まれた。
(文.絵共 京都新聞7/11
より) 

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2011.07.10

●宵々々山まで「マジック4」

「カァン カァーン カァーン 」
「コン コン コーン」


と云う訳で、木槌の音も鳴り響き、ミヤコでは「鉾建て」が始まりました。
この風景を見ると「祭り気配」も愈々本格化、「祇園モード」は急激に加速します。

今日から櫓組みが始められるのは四条烏丸周辺、「長刀鉾」「函谷鉾」「月鉾」「鶏鉾」の四つの大型鉾。
他、小型の山組みは一日で行われ、14日迄に全ての山鉾が組み終えます。

「鉾建て」後には恒例の試し曳き、所謂「曳き初め」が行われます。
巡行は見に行かずとも、この「曳き初め」だけは毎年見物に来る市井民も多い様で。
因みにスケジュールは以下の通り。
 12日14時頃~ 烏丸通り「長刀鉾」「函谷鉾」「月鉾」「鶏鉾」「菊水鉾」
 13日15時頃~ 室町通り「放下鉾」「船鉾」「南観音山」「北観音山」「
岩戸山」

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山鉾巡行へ準備着々
京都の夏の風物詩、祇園祭のハイライト「山鉾巡行」を1週間後に控え、巨大な鉾を組み立てる「鉾建て」が10日、京都市中心部の四条通周辺で始まった。
この日は巡行の先頭を進む長刀鉾のほか函谷鉾や月鉾、鶏鉾、菊水鉾の5基で作業を開始。
完成すると高さ約25メートル、重さ約10トンとなる長刀鉾では、地下足袋を履いた職人らが倉から部材を運び出し、くぎを使わず縄だけで木材を固定する「縄がらみ」と呼ばれる伝統技法で骨組みを組み上げていった。
「宵々々山」の14日までには装飾品で豪華に飾り付けられた山と鉾32基が勢ぞろいし、古都は祭り一色になる。
(文.写真共 京都新聞7/10
より)

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2011.07.09

●四万六千日

えー、本日の帝都も快晴也
梅雨明けに相応しく、且つ傍迷惑な「カンカン晴れ」。
幾ら「盛夏到来」と云っても、もう少し遠慮と云うものがあろうに…、てな感じです。

そんな灼熱炎天下の中、私めはお昼より「ほおずき市in浅草」へ。
昨年頂いた「雷除札」をお返しに行って参りました。

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【写真上】仁王門と人混み、五重塔と人混み。
今年の「四万六千日」は土日開祭。
予想通りの混雑振りでしたが、予想以上でもありませんでした。
まぁ来週末の「烏丸四条」周辺に較べればカワイイものでしょう。

110709_141537_ed【写真左】ほおづき露店.一写。
日中は肌の焼けるような暑さ、鬼灯も文字通り「草臥れ」気味でした。

因みにこの後、本来なら銀座の松栄堂さんへ「誰が袖」を購入に伺う筈でしたが…。
「暑杉てとても行ってられません」。
そんな訳で予定変更。
仲見世通り横の文扇堂さんでも扱っておられるので、そちらで済ませてしまいました。

以上、こんな所処にて。

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2011.07.08

●「出梅」のころ

七月も未だ初旬と云うのに、日本列島は南方より続々と「盛夏到来」の知らせ。          
七夕明けの本日は中国.四国.近畿.東海地方が纏めて「梅雨明け」、平年より10日以上早めの出梅です。

此処数日の帝都の天気も、それは「燦々と照り付く日射し」と「蒼々とした晴空」。
梅雨らしい長雨もすっかりと御無沙汰です。

そんな訳でトーキョーでも数日中に「梅雨明け」の予感。
愈々今年も「夏本番」がやって参ります。

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2011.07.07

●「きみに逢いに行くよ」

本日は節句「七夕」。
織姫彦星、年に一度の「あひびき」の夜で御座います。

然乍らこの「五節句の一」、ミヤコではヒジョーに影の薄いものでありまして。
「そりゃそうです」。
一週間後に宵山を控えたこの時期、市井は「祇園祭」一色なのですから。

と序話は兎も角、今日の天気は快晴。
午前中より真夏を思わせる青空が晴れ渡り、天の川「橋渡し」も問題無さそうです。
今年は「晴れ」の逢瀬となりそうにてヨカッタヨカッタ。

そんな訳で表題は時節柄の想い歌、「星のラブレター」に因んだものにて。

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2011.07.06

●長刀鉾「吉符入り」

昨日は長刀鉾で吉符入り。
お稚児さん鉾町引き合わせの後、稚児舞「太平の舞」が奉納されました。
7月2日より各山鉾町で始まった「神事始め」もこれにても全て終了です。

気付けば宵山迄あと十日余り、ミヤコの初夏が過ぎ行くのは早いものです。

20110705224249naginata稚児堂々「太平の舞」 
祇園祭・長刀鉾吉符入り

祇園祭の長刀鉾は5日、神事始めにあたる「吉符(きっぷ)入り」を京都市下京区の町会所で営んだ。稚児の白井滉平君(11)が、山鉾巡行で舞う「太平の舞」を市民の前で披露した。
神前には長刀鉾保存会の役員、囃子(はやし)方らが集まり、祭りの無事を祈願した。白井君は禿(かむろ)の白井大督君(8)、野村龍司君(11)と役員の前で舞った後、四条通を見下ろす2階窓に並んだ。
白井君は、ふじ色の振り袖に浅黄色のかみしも姿。囃子の音を背に堂々と身を乗り出して舞い、新調した打楽器「鞨鼓(かっこ)」の音をポンと響かせた。
儀式を終えた白井君は「高い所で体が硬くなったけど、拍手をもらえてうれしかった」と笑顔をみせていた。
元の鞨鼓は1817(文化14)年の作で劣化していた。松竹梅を描いた胴に馬の皮を張り、金地に唐草と華文を施して鮮やかな色合いを取り戻した
(文.写真共 京都新聞7/6より)

因みに今年のお稚児さんは「プラチナ世代」。
長刀鉾では鉾頭のお色直しが行われました。
併せてお稚児さんの「蝶蜻蛉」「鞨鼓」も約200年振りに復元新調との事。
これが本当の「かっこ」イイ、なんてね。

20110704202339004長刀の鉾頭新調、プラチナ輝く 
30年ぶり
祇園祭の長刀鉾保存会(京都市下京区四条通烏丸東入ル)は、鉾の頂上を飾る鉾頭(ほこがしら)の長刀を修復し、4日披露した。新たにプラチナの箔(はく)を施し、鋭さと輝きを取り戻した。
鉾の名称の由来になっている鉾頭は、平安時代の名工・三条小鍛冶宗近(こかじむねちか)の刀を使ったのが最初と伝わる。真剣では危険として1837年に竹製に変わり、昨年までは1981年に作ったスズ箔の長刀を立てていた。
損傷や色落ちが目立ったため、長刀鉾町内会の企業約30社の寄付で修復した。刃部分は長さ1・2メートル、幅は最大10センチ。輝きはスズ箔とほぼ変わらないが、はがれにくいという。
保存会の川那辺健治理事は「町内会の寄付でシンボルが修理されたのがうれしい。現代の町衆の心意気です」と話していた。鉾建てで長刀を取り付けるのは11日午後の予定。
また、稚児が頭に飾る「蝶(ちょう)とんぼ」と小さな鼓の「鞨鼓(かっこ)」を約200年ぶりに復元新調し、社参の儀の稚児衣装を新たに仕立てた。胴掛の飾り金具18点も修理した。5日の吉符入り以降、各行事で披露する。
(文.写真共 京都新聞7/5より)

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2011.07.05

●甲部「お千度」

ぞろぞろぞろぞろ…。

「おはようさんどすぅ~」
「おはようさんどすぅ~」
「おはようさんどすぅ~」

ぞろぞろぞろぞろ…。

と云う訳で、本日は今日は夏の祇園町風物詩「お千度」。

この催事、学生時分に祇園界隈で仕事していた縁もあって何度か出遇した事があるのですが…。
白浴衣のオネーさんが大挙移動される状景は「華麗」と云うより寧ろ「圧観」。
八坂さん南楼門前で記念撮影の行われる様や、四条河原町まで大挙移動される様には蓋し圧倒されたのを思い出します。
百花繚乱「艶花」も、余りに多過ぎると却って「おっかない」ものでして。

20110705130809osenndo浴衣涼やか、芸の上達願う 
芸舞妓「お千度」
京都市東山区の八坂神社で5日、祇園甲部の芸舞妓らによる「お千度」があり、京舞井上流家元の井上八千代さんと門下生約90人が涼やかな浴衣姿で、芸の上達と夏の息災を願った。
井上流門下生による「みやび会」の主催で毎年、祇園祭期間中に参拝している。この日は時折風が吹き抜ける過ごしやすい天気となり、芸舞妓らがあいさつを交わし、本殿でおはらいを受けた。
芸舞妓は、ササとキキョウをあしらったデザインの白い浴衣でお参りし、カメラを手にした観光客らが盛んにシャッターを切っていた。八千代さんは祇園祭への思いを語るとともに「今年は東日本大震災がありました。私たちも秋の温習会を目指して頑張り、復興へ向けてにぎにぎしくやらせていただきたい」と話していた。
(文.写真共 京都新聞7/5より)

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2011.07.04

●「嵐山鵜飼」始まりました

チャチャッ チャチャチャッ 「鵜ッ!」

そんな訳で私めの地元「夏の風物」、嵐山鵜飼が今月より始まっております。
「洛中」の夏が「二階囃子」と共に訪れるのだとしたら、「鄙.嵐山」の夏は「宵闇の篝火」と共にやってくるのです。

この鵜飼、一番の上玉は何と云っても「夏の味覚.香魚」。
何せ大堰の鮎は、古よりの大宮人御用達。
今風に云うならば「セレブの食卓.お取り寄せ」なんて所処でしょうか。

20110701205207ukai鵜匠の手縄さばきに魅了 
京都・嵐山の納涼鵜飼始まる
京都・嵐山の納涼鵜飼が1日、京都市右京区にある渡月橋上流の大堰川で始まった。かがり火が暗い川面を照らす中、鵜匠(うしょう)が鮮やかな手縄さばきを披露、見物客を魅了した。
嵐山保勝会と嵐山通船が毎年開いている。神事の後、黒装束に腰みの姿の鵜匠2人がそれぞれ6羽の鵜を従えて出船。「それっ」という鵜匠の掛け声とともに、鵜が素早く水に潜ってアユやフナをとらえると、屋形船に乗った見物客から拍手や歓声が上がった。
川岸では四条町大船鉾保存会による囃子(はやし)の音色が響き、夏の夜の風情を演出していた。鵜飼は9月15日まで行われる。問い合わせは嵐山通船TEL075(861)0302。
(文.写真共 京都新聞7/2より)

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2011.07.03

●ジャパン「試金石」

Pnc_2011_edit昨日は夕刻より神宮外苑へ。
二週続けての「秩父宮詣」、PNC開幕戦「ジャパン‐サモア」を観戦して参りました。
ジャパンにとっては今季初めて「骨のある」相手とのゲーム、二ヵ月後に控えたワールドカップを占う意味でも大切な大会初戦。

因みにサモアとの戦績は2勝9敗、昨年のPNCこそ1999年パシフィックリム以来の勝利を収めたものの、総じて相性は悪くランキング的にも格上の相手です。

●ジャパン(2T1G1PG) 15-34 (4T4G2PG)サモア○

「嗚呼、それは何時も見てきた「駄目な時」のジャパン…」。
以下観戦記になりますが、思い付いた儘で失礼を。

色々な部分を嘆く以前に、巡ってきた好機で「取りきれ」なければ話になりません。
ゲームの天秤座が揺れている勝負所で「ラインアウトは収まらない」「ボールは手につかない」「抜け出したランナーにフォローは付いてない」…、
此処と云う得点機にハンドリングと判断の乱れが集中しては、勝てないのも当たり前。

ゲームの入りにしてもそう。
実際問題WCでジャパンの戦う相手は全て格上。
パワー、スピード、サイズ…、どれをとってもアジアレベル程度とは比較にならないのは解りきっている事です。
なのに順応するのに試合開始後、数十分も掛かっていてはオハナシになりません。

加えて一貫性の無さも見ている者を苛立たせます。
「如何いう意図でトライを取る戦術を描いてるのか」。
「ゴール前のマイボールではスクラムから仕掛けるのかモールで押し切るのか」。
「ゲームキッカーはどういう基準で決まっているのか」。

強いて良いトコを挙げれば、
スクラム、⑦のタックル、⑧の強さ、⑭の復調…、位でしょうか。

最後に尤も酷いコメントを一つ。
ジャパンにとってのホームゲーム、加えて国内初戦でありながら「マストウィン」の決意をより強く感じたのは、アウェーのサモアの方でした。

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●「巡行順」決まりました

昨日は京都市役所で「くじ取り式」。
長刀鉾他「くじ取らず」の八基を除き、17日の巡行順を抽籤で決定するものです。
何たって500年以上前より続いている「由緒正しき」籤引き。
従い羽織袴で「威儀を正して」の臨席となる訳でして。

「くじ取り式」の後、各山鉾町代表者は八坂神社に参詣。
祭礼の無事斎行を祈願する「山鉾連合会社参の儀」が行われました。

後、「大きなお世話」かと思いますが…。
今年は土曜日の「くじ取り式」挙行。
この場合、市長さんに休日出勤手当は出るんでしょうかね?。

20110702125210018山一番は霰天神山 
祇園祭くじ取り式

祇園祭の山鉾巡行(17日)の順番を決めるくじ取り式が2日、京都市中京区の市役所の市議会議場で行われた。先頭の長刀鉾に続く「山一番」は8年ぶりに霰天神山が引いた。
午前10時、巡行する32の山鉾町と祇園祭山鉾連合会に正式加入した復興中の大船鉾の代表が羽織はかま姿でそろった。1人ずつ登壇してくじを引き立ち会いの門川大作市長が確かめた後、順番を告げる声が議場に響いた。「あとの巡行」の山一番は八幡山が引いた。
霰天神山の中西常雄さん(64)は8年前にも山一番のくじを引いた。「運がいいんですかね。ほっとしました。早く町内のみなさんに伝えたい」と喜んでいた。
くじ取り式は先頭争いを避けるため1500(明応9)年に始まった。順番が決まっている「くじ取らず」の8基を除いた24基がくじを引く。会場には市長から山鉾行事功労者として表彰を受ける男性13人も並んだ。今年は初めて妻を伴っての出席も認められ、祭りを支えた功績がともにたたえられた。
(文.写真共 京都新聞7/2より)

今年の巡行順は次の通り。太字はくじ取らず。
【さきの巡行】
(1)長刀鉾(2)霰天神山(3)孟宗山(4)芦刈山(5)函谷鉾(6)油天神山
(7)四条傘鉾(8)保昌山(9)月鉾(10)太子山(11)占出山(12)木賊山
(13)鶏鉾(14)伯牙山(15)綾傘鉾(16)郭巨山(17)菊水鉾(18)白楽天山
(19)山伏山(20)蟷螂山(21)放下鉾(22)岩戸山(23)船鉾

【あとの巡行】
(24)北観音山(25)橋弁慶山(26)八幡山(27)鯉山(28)役行者山(29)鈴鹿山
(30)黒主山(31)浄妙山(32)南観音山

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2011.07.02

●「上七軒ビアガーデン」始まりました

今週に入り、帝都でもミヤコでも炎天の日々が続いております。
イヤハヤ、今年の夏も暑いようでして…。

そんな訳で「麦酒」の美味しい季節到来、北野花街では夏の風物詩「上七軒ビアガーデン」が始まりました。
日毎五人の佳人が「おもてなし」、華やかなお座敷姿も宜しいですが白地の浴衣姿も亦艶っぽいもの。
どーせなら
和装で御邪魔するのが宜しいものでして。

因みに協賛はアサヒビールさん、
中ジョッキ\950より。
詳細は上七軒HPにて。→ http://www.maiko3.com/

20110701205810biaa芸舞妓がおもてなし 
上七軒歌舞練場でビアガーデン

京都市上京区の上七軒歌舞練場で1日、夏恒例のビアガーデンがオープンし、涼やかな浴衣姿の芸舞妓が、訪れた客をもてなした。
上七軒歌舞会の主催で、打ち水をした歌舞練場の庭に約200席を用意し、芸舞妓が席を回って接待する。今年は、ぼんぼりなどの点灯を計1時間短縮して節電にも取り組む。
この日の最高気温は29・4度と平年並。ここ数日に比べて涼しい夜となり、ほぼ満席の会場で客は芸舞妓と歓談しながら夏の夜を満喫していた。舞妓の勝音さん(16)は「夜が更けるにつれ、雰囲気はよくなるので楽しんでもらえると思います」と話していた。
9月5日まで(8月14~16日は休み)。午後5時半~10時。上七軒歌舞会TEL075(461)0148。
(文.写真共 京都新聞7/2より)

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2011.07.01

●「夏準備」着々と

扨、月替わり季節替り「七月朔日」「夏初日」。
本日は今季初めて麻の着物に袖を通し、昼過ぎより表参道へ出掛けて参りました。
珍しく「オサレな若者の街」でお買い物です。

正直云って「原宿」なんぞ来る機会は滅多無いもの。
具体的な目的が無ければ近寄らない所処です。

そんな訳で今日の所望の品は「帽子」。
夏着物、生成りの紬に合わせるヤツで御座います。
お目当ての帽子屋を三軒廻り、購入したのはラフィアのハット。

110701_151655_edしかし気に入ったモノに限って、クリアランス「対象外商品」…。
結局カナリの予算オーバー、「満足八分.後悔二分」と云った所処でした。

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●「祇園祭」はじまりました

扨、本日は「七月朔日」。
と云う事は即ち「祇園さん」の開祭、愈々「ミヤコの夏」の始まりです。

そんな訳で下記事は八坂神社「お千度の儀」の様子。
生憎の雨模様の中、お稚児さんも「仕事初め」で御座います。

今日より数多の前儀.祭礼を経て、「宵山」「山鉾巡行」「神幸祭」「還幸祭」etc…。
更には後儀.祭礼から「夏越祓」へと至る、長くも短い一ヶ月の幕開けと成増。

20110701122959ip110701tan000029000_雨中の朱傘 鮮やか 
長刀鉾「お千度の儀」
祇園祭の長刀鉾(京都市下京区)の稚児らが祭りの無事を祈願する「お千度の儀」が1日、東山区の八坂神社で営まれた。各山鉾町では神事始めの吉符(きっぷ)入りが行われ、1カ月にわたる祇園祭が幕開けした。
雨の中、稚児の白井滉平君(11)、禿の白井大督君(8)と野村龍司君(11)が父親や保存会役員と南楼門をくぐり、本殿で神事に臨んだ。稚児の白井君は、淡い黄色地に花いかだの柄をあしらった振り袖の「涼み衣装」で、朱傘をさしかけられて本殿の回りを3周し、りりしい表情で手を合わせていた。
また、函谷(かんこ)鉾や月鉾などの町会所では吉符入りの儀式があった。夜には囃子(はやし)方がけいこする「二階囃子」も始まり、コンチキチンの音色が山鉾町に響く。
(文.写真共 京都新聞7/1
より)

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