« ●「ジャパン」スコッド発表 | Main | ●あだしの「賽の河原」 »

2011.08.23

●甲州路巡礼「大善寺」

えー、先日の後日談。
木曜日は甲州路にて「古建築巡り」。
塩山駅からチャリンコを漕ぎ出でて、最初に訪れた先は「清白寺」。
その後は勝沼の東密寺院へと向かいました。

そんな訳での五寺巡礼その二、「大善寺」篇になります。

1_2
【写真上】山門。(県指定)
寛政10年(1798)建立、三間一戸.二重門、入母屋造、銅板瓦葺。
組物は一.二階共三手先、軒廻り垂木は一層は平行垂木、二層は扇垂木。
江戸期に良く見られる復古的和様建築だが、時代特徴として禅宗様との折衷様式(特に上層)が取り入れられている。
これは中世以降、甲州周辺で臨済寺院が増加した事の影響もあると考えられる。
再建の後は改変も少ないと思われ、状態は良好。

2_2【写真左】同.後方より。
後面の両端各一間のみを吹き放ちとしているのが特徴。
こうして見ると、主屋に対して屋根の軒出が大きいのも良く解る。

3_2
【写真上】参道石段より本堂を望む。
石段にに対して跨立して建てられているのは楽屋堂。
構造は簡易な縣造であるが、神社の割拝殿的要素も感じさせる。
建立年代等は不明も、石段組からして嘗てより門形式の建造物自体は存在したものと考えられる。

4
【写真上】本堂(薬師堂)。(国宝)
弘安9年(1286年)建立、桁行五間.梁間五間、一重.寄棟造、檜皮葺。
鎌倉後期を代表する中世密教五間堂として、且つ東日本で唯一大仏様の手法が確認出来る建造物として貴重な遺構。
「太長の柱に実肘木付二手先で簡略化された組物」「頭貫木鼻の繰形」「木割の大きい中央三間桟唐戸と横板張」等々、和様を機軸としつつも部分的に大仏様が取り入れられた、所謂「新和様」建築の代表的遺例である。

内部の拝観も可能で、中央列柱により内陣外陣を分ける平面形式が良く解る。
前方二間通りを外陣(五間二間)、その奥二間通り中央三間を内陣とし、外陣の礼拝空間を広くとる為に平柱を省略する構成は中世密教本堂で流行した典型。
その代わりに虹梁で受ける手法は大仏様独特のものである。

5
【写真上】同.近景。
特に軒下部に於いてそ大仏様の手法が顕著で、堂宇全体からは繊細と云うよりは大らかな造りの印象を受ける。
尚、屋根は寄棟造であるが上棟が極端に短く、一見宝形と見間違う程である。

7
【写真上】同.背面上部より。
屋根軒反りの緩やかさが良く解る。
幅広にとり勾欄を設けない縁も、同時代本堂の規範的な手法。
尚、縁板は大仏様の榑縁では無く、和様の切目縁である。

045【写真左】
客殿庭園。(県指定名勝)
江戸寛政期に築庭されたと見られる池泉観賞式庭園。

客殿を造営した際に湖岸が可也手前側に縮小されたと見られ、汀線が歪少された感がある。
その為庭園全体の構成は損なわれているが、築山東側の鶴石組と三尊石組は往時に近いものと思われる。
亦、西側山畔には斜面を利した滝口があるが、滝石組そのものは多分に手が加えられている。

全体的に江戸期に良く見られる本坊に付する小型の池泉庭園。
池泉を南西側に拡張し、中心視点を少し西奥に移動させれぱ美観はより整うと考えられる。

と、以上こんな所処にて。
この後は「向嶽寺」へと向かいました。
続く。

|

« ●「ジャパン」スコッド発表 | Main | ●あだしの「賽の河原」 »