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2011.11.21

●「あをによし」薬師寺.後篇

えー、昨日ログの続きです。
今夏帰京の折の、カナ~リ遅れた後日談。
南都七大寺巡礼「薬師寺.現代建築篇」で御座います。

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【写真上】中門。
昭和59年(1984)再建、五間三戸.一重門.切妻造、本瓦葺。
天平様式に則って復元、上代寺院らしい落ち着いた佇まいの中門。
本来はこの前方に南大門があり、礼堂的な要素を併せ持っていた。
回廊は梁二間複廊。
現在第三期工事を完了しており、中門から凵の字型に再建されている。
今後は往時の薬師寺式伽藍配置通り、講堂の両脇に取り付けられる予定。

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【写真上】金堂
昭和51年(1976)再建、二重.毎重裳階付、本瓦葺、木造一部RC造。
堂跡の発掘調査及び古文献(流記帳)を元に復元された。
堂規模や柱間、各重の裳階及び庇を一段上げている点等は忠実に再現されているも、上層部に関しては全く資料の無い為、類例建造物を参考にしたものである。

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【写真上】金堂近景。
裳階中央を一段上げているのは当時の東大寺.金堂を倣ったもの。
尤も現在の東大寺金堂は江戸中期の再建、裳階部中央は軒唐破風となっている。
同様の跳ね上げ屋根形式を持つものとして「平等院.鳳凰堂」「法界寺.阿弥陀堂」「厳島神社.本殿」「東寺.金堂」が現存している。

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【写真上】西塔。
昭和56年(1981)再建、.三間三重塔.毎重裳階付、本瓦葺、塔高33.9m。
創建当時の白鳳様式塔姿を復元する形で再建された。
その為もあり、東塔と比較すると以下の点に外観上の相違がある。
・塔の彩色には青丹色を配する。
・東塔では白壁に塗り込まれた脇間の連子窓を再現。
・虹梁尻や垂木の木口に飾り金具が付けられる。
・基壇は地盤沈下で低くなった東塔のものより約80cm高い。
・塔高自体も、建造材の撓縮で低くなった東塔に較べ約30Cm高い。
・本屋根の勾配が緩くされ、軒出も延ばされている。
・同、屋根は空葺とされ瓦も薄型のものが使われており質感が軽快。

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【写真下】東回廊より金堂と塔婆を眺む。
双塔式の伽藍形態は本師寺を嚆矢とし、白鳳期の最新寺院建築形式であった。
薬師寺が藤原京から平城京に移る際にも、その形式は三重塔の建築様式と共に踏襲され、遷都後同地に新営されたものである。
尚、この後天平期には双塔式伽藍は一般的となるも、塔の寺院内地位は低下し廻廊の外に造営されるようになる。 

39【写真上】東僧房前より。
御約束の喫煙所、一服しながら東塔を愛でる。

シカシ良く考えてみると…。
廻廊が講堂迄繋がってしまうと、此処から東塔は見えなくなってしまいます。
そんな訳で紫煙を燻らせつつ「凍れる音楽」を眺められるのも、あとどれ位なのでしょう。

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【写真上】同.喫煙所より望む東塔。
矢張り、美しいものは「何処から」「何度見ても」美しいものです。
因みに詳細は前日ログ参照の事。

この後は奥楽門から五条町を北上、唐招提寺へと向かいました。
リポートは亦機会があれば。

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