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2012.04.26

●「終冬式」

えー、昨日は今季最後の雪山行脚、「かぐら遠征」の余話に成増。

この日は何時もより少し早めの板終い、何故かと申しますと帰路途中「越後湯沢駅」に立ち寄らなくてはいけない場所があったからです。
其処は毎春「最後のスキー遠征」の際に訪れる所処。
今季一年無事に滑れた事を感謝する恒例行事みたいなものでして。

そんな訳で赴いた先は「布場スキー場」某所で御座います。

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【写真上】布場スキー場.ロマンスリフト下より。
越後湯沢駅西口より徒歩15分、県道462号(湯沢温泉線)を北上した所処にある小さなスキー場。
今は「湯沢高原スキー場」の一ゲレンデとなっていますが、大正4年の創設と同地域では最古のスキー場(旧名.湯沢スキー場)、国内でも有数の歴史を誇ります。
亦、川端康成「雪国」で、ヒロイン駒子がスキーをする場所(布場スキイ場として登場)としても有名。

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【写真上】同.更に北側へと移動。
中央右の建物が目的の場所。
然乍ら、クローズ後のゲレンデと云うのは人影も無く廃れるが儘、荒涼としてうら淋しいものです。

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【写真上】ゲレンデに上がり、無人の雪原を歩く。
たっぷりと水っ気を吸ったベチャ雪を「ざくざく」と前進。
足場が悪い上に当然登り坂、数百mの距離が結構遠く感じるのです。

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【写真上】もうちょい。
やっと「掘っ建て小屋」ものらしき全景が見えて参りました。
二本の桜樹は三分咲き、「雪見桜」とは贅沢な風流です。

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【写真上】漸く到着致しました。
「湯沢スキー神社 !!!」

有名無名は兎も角、「スキー神社」と云われた日にゃ信心しない訳にはいきません。
由緒は昭和51年10月の創祀、近隣村社.諏訪神社(これも「雪国」の舞台)造替の際、旧社殿を移築した事に由るとの話。
ですから同社の境外社と云った方が正しいのかも。
祭神は「雪艇湧現明神」、そんな神様此処でしか聞いた事がありません。
あと一応、「一間社.入母屋造(妻入).方一間庇付」でしょうか…。

尚、例祭はスキー神社らしくスキー場開きの12月12日、但し暖冬等でオープンが遅れた際には例祭もずれ込むらしく。
主要神事は「越後湯沢温泉雪まつり」に合わせて3月第一土曜日に行われる「スキー供養」、古いスキーが松明で火葬弔悼されるそうです。
昨今のカーボンやメタル入りスキーは燃やしても大丈夫なんですかね…?。

因みに同様のスキー神社は「やまがた赤倉温泉スキー場」「大鰐温泉スキー場」等にも御座いますが、「日本一の宮」は「妙高高原スキー神社」だそうです。

8【写真左】扁額と本坪。
と云う訳で二礼二拍一礼。
賽銭箱はありませんので、詣納は社殿の中に放り込んでしまいました。

昨年は件震災の為、突然のスキーシーズン終了。
そんな訳で二年振りの参詣、「板仕舞い儀式」です。
今冬の無事御礼と共に、お願いした内容は勿論…。
「来年も沢山雪が降ります様に

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【写真上】参道(?)足元一写。
食べ頃のフキノトウ、予定通り持参したビニール袋に摘んで帰りました。
因みに雪解けし地表は御覧の様な泥濘状態、足を踏み入れようものなら「靴は沈み」「汚れ塗れ」になってしまいます。
従い態々「足元不如意」な雪上を選んで歩いていくのでして…。

01【写真左】案内標識一写。
「湯沢スキー神社」は湯沢高原ロープウェイ乗り場から徒歩5分程、県道には一応案内も御座います。

GWにかぐらやガーラで「滑り納め」を予定されている方々は、帰東途次に詣でられるのも宜しいかと。

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