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2014.06.12

●「うらさびれ」

えー、先日は「南魚沼グルメマラソン」の後日談、と云うか前日談になります。

事前受付と前日祭参加の為、浦佐に到着したのは土曜日正午過ぎ。
しかし大会会場とは真逆の駅西口を出て、とある所処へと足を運びました。

向かった先は「浦佐スキー場(跡)」。
ゲレンデは小規模ながら、スキースクールの質とバッヂテストの難易度は共に国内最高レベルと謳われ、「西の八方」「東の浦佐」と並び称されたスキー道場。
ゲレンデ自体よりもスクールの方が有名と云う、特殊な立ち位置でその名を轟かせていたスキー場です。

しかし2010/11シーズンを最後に経営難から営業休止。
翌年には経営会社が破産→そのまま廃業となってしまい、今となってはもう二度と滑る事の出来ないゲレンデとなってしまいました。

そんな訳で「追憶のゲレンデ」もどきの、浦佐スキー場彷徨記になりまする。

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【写真上】浦佐駅と県道363号線交差点の宿泊案内板。
スキー場営業休止/廃業から早や四年、看板もすっかりと色褪せてしまってます。
旅館街は無事やっていけてるのでしょうか…?。

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【写真上】左手には越後駒ヶ岳と八海山。
越後三山の二峰を横目に、363号線を道なりに直進。

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【写真上】正面右手には金城山と巻機山。
残雪の上越連山を眺めつつ、てくてく歩を進めます。

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【写真上】浦佐駅から徒歩10分程、県道17号線との交差路。
正面に見えるのは中級コース。
此処の南側から初級コース沿いに伸びる舗装道路を使い、ゲレンデに入ります。

あ、それから中級コース下にあったクローネ(無料休憩所)ですが、オサレなカフェに生まれ変わっておりました。

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【写真上】参考資料。
浦佐スキー場のゲレンデマップとコース図。
今回の侵入ルートは黄丸④、旧クローネ辺りからになります。

因みに2014年6月現在、唯一残っている同スキー場のゲレンデ情報はコチラ。↓
尤も何時迄サイトが生きているかは解りませんが…。
http://travel.rakuten.co.jp/ski/145/course.html

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【写真上】山麓下部より、中級コース。
四年ほったらかしですから、ゲレンデ内の雑木もすくすく成長しています。

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【写真上】初級コースより真横に見る銅像脇コース。
中央にはコース名称の由来にもなっている銅像が覗けます。
実はこの銅像、昭和41年に起こったゲレンデ崩落事故の慰霊塔。
破棄されたスキー場に慰霊碑って、ある意味象徴的なモニュメントですね…。

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【写真上】おふくろ前より、第3ゲレンデを望む。
ゲレンデ山頂の建物はレストップ、建物自体は未だ残されています。

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【写真上】ゲレンデを横断、ブッシュを掻き分け三角ゲレンデに侵入。
此処でも所々に灌木が育ち始めています。

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【写真上】ゲレンデトップ到着。
標高差150m強/歩行距離1.3㎞ですから、あっと云う間に到着しました。
手前に見えるコンクリの土台は第一ペアリフトの索道支柱跡。

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【写真上】レストップ正面入り口。
屋根のトタンは波打ち、ガラス戸は割れ放題。
朽ちるに任せ廃屋同然、酷い事になっていました。

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【写真上】ゲレンデトップより望む、上級スラロームコース。
スキー場北端のコース、時折ポールバーンにもなっていましたね。
奥には高倉山~大倉山~唐松山~権現堂山と続く山稜が望めます。

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【写真上】同、第一ペアリフト降り場を見遣る。
ケーブルから搬器に至る迄、索道設備は殆んどが撤去されていました。
リフト鉄柱も土台から破棄されており、これではスキー場再開の可能性も「100%」無いでしょう。

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【写真上】第一ペアリフト降り場より見る、上級ウェーデルンコース。
山麓には田園風景広がる魚沼盆地、その向こうには越後三山。
ゲレンデ真下に見える建物は、山麓のベースとなるセンターハウスです。

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【写真上】第3ゲレンデ。
約20分の山頂滞在の後、ゲレンデを下山。
コース下にちっさく見える藁葺屋根の建物は「おふくろ」です。

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【写真上】廊下より見遣る、三角ゲレンデ。
リフト沿いはボトム迄一本の中級コース。
スキーヤーズライトに回り込むに従い緩斜面になっていきます。

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【写真上】廊下.三角合流地点より望む八海山と越駒。
このまま往路を辿るのも詰まらないのでリフト下を横断。
道無き道を進み、センター前コースから降りる事に致しました。

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【写真上】第1ペアリフト脇の照明鉄柱。
もう殆んど宮崎駿状態、蔦のオブジェと化しております。
二線平行に架けられていたペアリフト鉄柱は、全て撤去されていました。

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【写真上】センター前コースより、ゲレンデトップを見遣る。
リフト沿い側が上級ウェーデルンコース、春先のコース下部は「コブコブ」でした。
右側が上級スラロームコース、「総滑バーン」って云った方が通りが良いですかね。

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【写真上】センター前コース。
胸高のブッシュが生い繁っており、「けもの道」的なものすらありません。
それ以上に厄介だったのから地表一面の枯藁、足場がツルツル滑って下りるのに可也難儀致しました。

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【写真上】下山終了、ゲレンデボトムより望む検定斜面。
「浦佐の悲劇」に止めを刺した、土砂崩れのあった場所。
崩壊した傾斜地には、幾重にも防砂石段が施されていました。

営業休止の翌年、2011年7月に起こった土砂災害はスキーセンターを直撃。
只でさえ運転資金枯渇の上、災害復旧の設備投資なぞ出来る筈もありません。
この事件で実質、浦佐スキー場の命運は尽きたとも云えるでしょう。

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【写真上】ラス一写、浦佐大橋より望む浦佐スキー場。
実は私め、浦佐スキー場に訪れたのは一回だけ。
特講受けに来た訳では無く、知人の「浦佐マニア」と一泊で訪れたのでした。

当時の私めは「競技派」でしたので、基礎/バッヂテストとは無縁の立ち位置。
それでも「道場」と呼ばれる独特の雰囲気を醸しているのを見て、「コレはコレで有りだな」と妙に納得したのを覚えています。

そんな訳で特別「浦佐ユーザー」では無かったのですが、矢張り有名なスキー場が朽ち果てていく姿を見るのは悲しいもの。
往時の名声を知っているだけに猶更だったり致します。

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