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2014.07.21

●あとまつり「曳初め」

えー、三連休中日の昨日、ミヤコ洛中では二度目の「曳初め」。
今年より前祭.後祭分けての実施となった祇園祭、従い「鉾建て」も「曳初め」も「宵山三日間」も「山鉾巡行」も2クールある訳で御座います。

この時期に「鉾建て」とか「曳初め」とか云うのもミョーな感じですが、考えてみれば前後祭合同で行われていたのが「千ウン百年中の49年」。
まぁそのうち慣れてくるものでしょう。

そして後祭のトピックスと云えば何と云っても「大船鉾」の復活。
元治の大火(1864年)以降、焼山となっていた大船鉾が150年振りに復興、初の「平成鉾」として宵山と巡行に戻って来たのです。
この「大船鉾」、所在は新町通四条下ル四条町、正式には「凱旋船鉾」と申します。
実は応仁の乱以前より、祇園祭には船を形取った鉾が二基存在しており、一つは現存する「船鉾」、そしてもう一つがこの「「凱旋船鉾」。
船鉾が神功皇后の出陣を表すのに対し、凱旋船鉾はその名通り帰還を表すもので、永らく「後祭」の巡行掉尾を飾る鉾でした。
つまり「後祭復活」と「大船鉾再興」は二つで一つのピースとも云えるのでして。

因みに昭和以降に再興された山鉾は「菊水鉾(昭和28)」「綾傘鉾(昭和54)」「蟷螂山(昭和56)」「四条傘鉾(昭和63)」の四基。
実に26年振りに鉾数が増える(戻る)事になりまする。

20140720232211ofune_3大船鉾150年ぶり、堂々の曳初め 
祇園祭・後祭

祇園祭・後祭の大船鉾が20日、京都市下京区新町通四条下ルの四条町に150年ぶりに姿を現した。部材はまだ白木のままだが、船体の一部は江戸時代後期の懸装品などで飾られた。午後には「曳初め」があり、大勢が見守る中、新町通を往復した。
早朝に四つの車輪をはめ込み、午前10時半、お披露目式があった。山鉾や行政関係者、鉾再建の支援者ら計約200人が集まり、復興を祝った。午後2時15分ごろに「曳初め」が始まり、時折、雨が降る中、多くの見物客が綱を手にして鉾を曳いた。
船首には約200年前に作られた全長約2・3メートルの大金幣、船体には水引と、復元新調した赤と緑の胴幕、船尾にはかじを取り付けた。鉾に乗り込んだ松居米三理事長(81)は「この姿が見たかった」と喜んだ。
見物客が押し寄せたため、大船鉾は四条通から北上できず、錦小路までの予定を変更して四条-高辻間の約400メートルを往復した。
北観音山と南観音山も曳初めを実施した。後祭の山鉾10基の宵山期間は21~23日、24日に都大路を進む。
(文.写真共 京都新聞7/20
より)

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