■「愛宕さん」関連

●愛宕詣 【2007/05/04】

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標高924米、西の霊峰頂に鎮座されまする愛宕神社。
毎年恒例、例のものを戴きに登ってきました。
(流石に月参りとはいきません...)

 
五月二十三日で四枚目になります。

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●嵯峨 広沢池 【2007/05/05】

幡枝より東の霊峰を遥拝した後、何となく西の霊峰も眺めたくなり、愛宕さんが一番美麗に観える場所(と勝手に思っています)へと足を延ばしてみました。

遍照寺山に正対し湖畔の池影を眺め、屏風の最奥に霊峰愛宕。
左手北嵯峨からは野焼きの白煙。
円通寺に負けず劣らず、ここの構図も完璧です。
(詳細はHP「コラム 山紫水明処」を参照して下さい)

そう云えば昨日登ったことすら忘れていました。

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●マスターピース その10 【2007/05/12】

Y_006_1 ・愛宕さんの「火迺要慎 阿多古祀符」

標高924m、愛宕神社で授与戴ける火除けの御札。
京都台所の必須アイテム、割烹などでも良く見かけます。

もしかしたらブログ炎上防止にも効くかもしれませんので、
お困りの方はトップページにでもコピペしてみて下さい。

沿革は以下の通り。
元来亀岡にあった社を愛宕山頂に遷座したとされ、諸説あるが創祀は八世紀中と思われる。祭神は本宮、奥宮に十六神を祀る。
平安期には鞍馬寺と共に天狗信仰を生んだ。また魔界封じの守護として、また鎮火神として古来より朝野の崇拝も集める。
修験道として七高山の一つに数えられ、全国八百余、愛宕社の総本社。
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●家の近所 其の弐 【2007/05/21】

京の五月は神社例祭の多い月です。
伏見、今宮、宇治、上御霊下御霊、熊野、松尾…。
洛中洛外不問ず祭儀が目白押し。
しかもそれ等の殆どが、所謂「よそ行き」の観光中心的催しではなく、近隣市井.氏子たち「地元のお祭」だったりします。

その中でもやや地味~な嵯峨祭は愛宕、野々宮両社の例祭。
昨日は神幸祭、来週日曜が還幸祭です。

因みに神社例祭基礎用語。
神輿(神様)を本宮の外にお連れする「お出かけ」祭事が神幸祭。
神輿(神様)を本宮にお戻しする「お帰り」祭事が還幸祭。
お出かけ中に神輿が仮留、お休みになられる「みこしやど」が御旅所です。

P2007052100022みこし御旅所に、嵯峨祭始まる 
右京・清凉寺御旅所
 
京都市右京区の愛宕、野宮両神社の祭礼「嵯峨祭」が20日始まり、両神社のみこし4基が両神社御旅所に備えられた。
嵯峨祭は大覚寺の祭りとして中世に始まったとされ、松尾芭蕉が「嵯峨日記」にその様子を記している。現在、嵯峨学区の住民でつくる「嵯峨祭奉賛会」(山本芳夫会長)が、両神社の里祭として催している。
この日は祭りの始まりとなる神幸祭で、山本会長ら奉賛会の会員が御旅所にみこしを備えて飾り付けを施したほか、両神社の宮司や神職らを招いて神事も行った。
27日には、祭りの見せ場となる還幸祭を催す。地元の中学生を含めた地域住民が、みこしや市無形民俗文化財の剣鉾を担いで、嵯峨・嵐山地域一帯を巡行する。
(文.写真ともに京都新聞5/21朝刊より)

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●「火迺要慎」.四枚目 【2007/05/23】

Ui_002 連休中に登って授与賜ってきました。

二十三日から四枚目です。やっとと言うかまだまだと言うかこれからと言うか…。

因みに神棚には、松尾さんを中央に所縁の御札を御祭りしています。

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●愛宕さん 【2007/08/01】

文月葉月を跨いでの霊峰行脚、夏宵の風物詩です。
当日夕刻から夜半にかけて参詣すると、「火迺要慎」御利益期間は二ヶ月九ヶ月。
(当社比約2.7倍、何かの通販みたいですが…)

然しこの「千日詣り」、私は未だ行った事が有りません…。
その代り、毎年五月にお参りしているので由としておきましょう。

因みに山頂での神事を挙げておきます。来年の参考迄にどうぞ。
31日午後9時~ 夕御饌祭 (護摩焚神事等)
1日午前2時~ 朝御饌祭 (火伏神事、神楽奉納等)

P2007080100024火よけ願い山頂目指す  右京・愛宕神社「千日詣り」 
「火伏せの神」で有名な京都市右京区の愛宕神社の「千日詣(まい)り」が、31日夜から1日未明にかけてあり、多くの人が火よけを願い、愛宕山頂の同神社を目指して歩いた。
千日詣りは、この日に参拝すると1000日分の火よけ、防火の御利益があるとされ、毎年全国から多くの参拝者が集まる。
参拝者らは、登山口で塩で身を清めた後、約4キロの登山路をスタートした。すれ違う際に、「おのぼりやす」「おくだりやす」と互いにあいさつを交わしていた。
3歳までの子どもがこの日に参拝すると、火の難に一生遭わないとの言い伝えもあり、小さな子ども連れも目立った。2歳半になる長男優輝くんを連れた右京区の会社員高橋健太さん(33)は昼前から登り、夜7時に下山した。高橋さんは「息子は今年登らないと御利益がないので、休みをとって来ました。家族で登って楽しかった」と話していた。
(文.写真共 京都新聞8/1より)

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●新春 嵯峨野逍遥 【2008/01/07】

帰京後日談、其の二です。

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昨年末、とんだ災難に遭った嵯峨釈迦堂山門。
取敢えず応急処置にて新年を迎えられた様子。
大事には至って無い様で「不幸中の幸い」でした。

関連過去ログはコチラ。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/12/post_de7d.html

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「鯉揚げ」後、涸れ地となった広沢池。
春先迄は池底を見せたままです。
冬の「侘」嵯峨野を象徴する風趣にて。

鯉.鮒.諸子.川海老。美味しく頂きました。

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罧原堤より眺望する京北連峰、中央左に西の霊峰「愛宕さん」。
標高924mの頂は薄ら白化粧しています。

0103_003 「松はむかしの 友になるなり」
珍しく人の居ない渡月橋にて一服。

中央は実家のママチャリ。
今回在京中の主要交通機関でした。

以上、こんなものにて。

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●参道「九二四米」 【2008/05/05】

本日は小雨降りそぼつ中を愛宕詣。
幣亭に必要不可欠な、「火伏せの霊験灼か」為る例のもモノを授与戴く為です。

尤もこの「愛宕神社」、そこら辺の神社とは「参詣の難易度」の桁が違います。
その所在地は「右京区嵯峨愛宕町 壱」。
御鎮座おはせまするのは愛宕山山頂、よーするに「参道=山一つ」なのです。

055と云う訳で、今年も924mの頂に登って参りました。詳細は後日アップ致しまする。

因みに、下山後は何時ものルーティーン。
鳥居本で「お薄」を頂き糖分補充。
森嘉さんの向いで至宝の昼食。
嵯峨フェリスの斜向かいでコーヒータイム。
嗚呼幸せ。

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●立夏の観櫻 【2008/05/09】

連休帰京の後日談。
五月四日、毎年恒例愛宕詣でに出掛けた際の事です。

標高924mの頂きに鎮座おはせまする愛宕さん。
本宮迄は四キロ強、決して平坦な参道では有りませんが、行程が峭峻な分「御褒美」も大きかったりするものです。

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登頂後、山祠の宮には見事な櫻の咲きっぷり。
濃霧に咲き誇る様は正に「霊験」哉て。

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淡紅色、純白色、濃紅色…、色取り取りの山桜。
立夏の頃にも関わらず、櫻を愛でるのも是亦「贅沢」と云うもの。
然も未だ七分咲き程、もう暫く見頃は続きそうです。

と云う訳で、登山の疲れも和らぐ鄙都「初夏の雅趣」でした。

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●「愛宕詣」傾向と対策 【2008/05/15】

先日帰京の後日談(最近こればっかですが…)。

「東の比叡」と並び称される「西の霊峰」愛宕さん。
その頂、標高924mのミヤコ最高峰にて鎮座おはせまするのが京都.愛宕神社。
遷都以降は王城鎮護の守護神として、亦現在に於いては火伏神として崇敬を受ける同社は全国八百余、愛宕社の総本社です。

私め、現在トーキョー在住の身でして、流石に「月参り」とは行きませんが「火迺要慎」の祀符を戴きに年に一度は詣でております。
と云う訳で、以下は先日五月四日「愛宕詣」の登頂記。
愛宕さんに参られる際は登山計画の考材にでもして下さい。

幾つか有る参拝ルートのうち、今回御紹介するのは一番オーソドックスな「清滝からの表参道コース」です。
因みに標識なぞでは「山頂まで約二時間」と記されていますが、四十男が休憩せずに登頂して、所要時間約一時間程である事を参考迄に。

0508_032【写真右】奥嵯峨鳥居元、一の鳥居。
旧来は此処より50丁(5454m)の道程が愛宕詣。

【写真左】試峠の幽霊トンネル。
深泥池と並び、ミヤコの「出る」心霊名所です。

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080503_012【写真左】清滝の表参道登山口。
此処より40丁(4.2km)を数えて山頂となります。
080503_048【写真右】五分程歩くと3丁目、「お助け水」到着。
尤も水を欲するには少々早過ぎますが…。

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【写真左.中】暫くはコンクリートや矩形石で舗装された山道が続きます。
足場も良く、勾配も程々にて快適な登山道。
080503_023【写真右】5丁目、少し視界が広がった所処にある民家跡地。
この辺りから本格的に「山登り」開始と云った心持ちに。

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080503_0207丁目位からの参道は、自然石組や丸太組みの不定形な足場に。
この後20丁目位迄は急勾配、厳しい登り道が続きます。

12080503_01812丁目(三合目)に最初の休憩小屋。
山頂本宮迄あと2.9km。
休みたいのは山々ですが、此処は我慢して登山を続けるべし。

因みに鳥居本からの換算では、此処が丁度行程の半分です。

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080503_044漸く20丁目(五合目)に到着。休憩処脇には大杉大神。
愛宕登山の難所は是にて一旦終了。

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取敢えず愛宕山参道で急勾配が続くのは此処迄です。
御老身.婦女子以外の方々(所謂成人男性)なら、この辺りまでは我慢して休憩せずに登りましょう。そうすると後々の行程が大分楽になります。
休憩を入れるのが一度なら27丁目小屋。二度なら20丁目と30丁目が最適かと。

序で云う迄も無く、下山の際は此処よりの下りが足突き八丁。
登下山の疲労蓄積に加え、足場の悪さが追い討ちをかけるので御留意を。

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此処からは一転、比較的優しい参道。
平坦道→緩勾配の繰り返しが四~五回続きます。

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080503_041【写真左】27丁目(七合目)の休憩小屋。
落語噺でも有名な「愛宕山(かわらけ投げ)」の旧跡です。
【写真右】此処は山道中で最も見晴らしの良い処。山頂本宮迄あと1.6km。

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080503_034【写真左】30丁目水尾別れ。
三又の道を右に登ると山頂、左に下ると水尾の里です。
当日は小雨模様もあって、この辺りから急に濃霧となりました。

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真夏以外の登頂の場合、この辺から長袖の着用が必要となります。
参道も比較的緩勾配が続き、汗も引いてくる所処で薄ら冷え込んできます。
1000m未満の山と侮る事無かれ、下界と山頂の温度差は10℃程あるので御注意。
尚、冬場に於いてはこの辺りより山道が氷結しており、アイゼン必携。

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32丁目、近年迄「火伏せの樒」が売られていたハナ売場跡。

何時も此処迄登ると「ほっ」と一息。
ここら辺りまで来ると先が見えてきます。
山頂本宮迄あと1.1km、ラストスパート。

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080503_01734丁目。ハナ売場跡から暫くした所処。
階段が切石組から丸太組に変わります。
080503_00636丁目。横転した大杉が参道頭上を横切っています。。
何時からか覚えていませんが、大分昔からずーっとこのまま。 

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080503_02939丁目。黒門が見えてくれば山頂はもう目の前。
因みにこの山門、明治の神仏分離令に由り破棄された白雲寺の遺構です。

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080503_02840丁目。愈々神社境内に入って来ました。
左手には社務所が伺えます。

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【写真左】最後の試練、本宮迄続く石畳階段。
【写真右】銅板巻の鉄鳥居が見えてきました。あと百数十段で到着です。

0508_028_2漸く愛宕神社本宮到着。
此方で宮司さんから「火迺要慎祀符」(御守や樒も)を戴きます。

当日は生憎の小雨模様にて足場も不安定の為、登山タイムは58分。
残念ながら自己更新はなりませんでした。

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●「火迺要慎」.五枚目 【2008/05/23】

扨、弊亭も本日より五年目に入ります。

とは云うものの、然して目新しい事をするでも有りません。
今迄と変わらず凡常にお勉めするだけです。
何せ屋号からして、「竹」だけに「並」なのが肝要かと…。

080523_001変わった事と云えば…。
そうそう、神棚横の火伏祀符が一枚増えました。
連休中に「愛宕さん」に参詣仕り、戴いてきたものです。

そんな訳にて、引き続き御愛顧宜しくです。
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●書架彼是 19 【2008/07/26】

今回は地元本の御案内にて。

現在愛宕、野々宮両社の例祭である「嵯峨祭」。
同書は表題通り、その起源から今日に至るまでの祭祀構造の変遷を綴った一冊です。

『すべてさが野は、いにしへより上皇の仙居、雲客の別荘かずかずありて、名所.旧跡数ふるに際限なし。されども名あって伝記詳らかならざるはしるさず。』
(都名所図会 拾遺巻之三 後玄武.右壱白虎より)

秦氏入植爾来「山背国」の時世よりの有史を持ち、平安遷都後も嵯峨離宮造営を嚆矢とし大規模な寺社町を形成、洛外都市として屈指の隆盛を誇ってきた嵯峩。
しかし同地のみに焦点を絞り、時系列に歴史を追って記述した文献は非常に少ないもの、「嵯峩史研究」にとっても有り難い文献です。

02嵯峨祭の歩み
京都新聞出版センター(2008)

古川修著
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●「千日詣り」のこと 【2008/07/28】

「愛宕さん.千日詣り」迄あと三日。

所処で愛宕神社へ参詣される皆様は殆どが「清滝表参道ルート」を御利用になりますが、実は山頂へは三つの登山道があります。
下記記事は清和天皇御由緒の地、「水尾の里」からの登山コース販促活動の一コマ。

「水尾ルート」を使うと三十丁目で参道に合流します。

下山後、柚子湯で汗を洗い流し「雛風情」の里で一泊するのも宜しいかと。

P2008072800085千日詣りは“最短”水尾から
バス利用増へ地元自治会PR
 
愛宕神社の「千日詣(まい)り」(31日-8月1日)を前に、表参道の反対側にある京都市右京区嵯峨水尾地区の住民たちが、「公共交通機関を使った最短ルートは水尾」と登山客の誘致に力を入れている。山頂までの距離が短く、JR駅に近いことをアピールし、自治会が運営するバスの利用増につなげたい考えだ。
■愛宕山に表参道より40分早く
愛宕山(標高924メートル)は、右京区清滝地区の表参道から山頂まで約4・5キロ、2時間10分ほどかかる。一方で、水尾地区からは約3・5キロと距離がやや短く、1時間半ほどで登れる。
水尾自治連合会は、JR保津峡駅と集落を結ぶ自治会バスを存続させるために利用者を増やす必要があり、年々増加する愛宕山の登山客に着目した。
1日で1000日分の利益があるとされる千日詣りには、例年多くの参拝者が訪れるとあって、水尾ルートの登山道を整備したり、自治会バスの臨時便を設けるなどして受け入れ態勢を整えている。9月には、登山客向けにバスの運行時間を変更することも予定している。
表参道と違い、夜間は途中まで照明がないことや、傾斜がきついことがやや難点というが、松尾史弘・同自治連会長は「スタート直後にある浄水場で一度休憩して体をほぐすのがコツ。千日詣り以外でも、登りは清滝、下りは水尾といった形で水尾の四季を味わってほしい」と呼び掛ける。
自治会バスは8人以上で臨時便も運行する。問い合わせはTel:075(861)9953へ。
(文.写真共 京都新聞7/28より)

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おまけ一写。
今月より嵯峨周辺で張られている「愛宕さん.千日詣り」ポスターです。
先日帰京の折、カメラに納めたものにて。
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●丁度今頃「千日詣り」 【2008/08/01】

えー、只今八朔を迎えた所処。
と云う訳で、丁度客足も途絶えた事にてキーボードを叩いております。

そう云えば丁度今頃、愛宕さん「千日詣り」の真っ只中。
間も無く「朝御饌祭」の神事営まれる頃でしょう。
月を跨いでのこの霊峰行脚で戴いた「火迺要慎 阿多古祀符」の御利益期間は二年と九ヶ月。普段のお参りの2.7倍も長持ち致します。

P2008073100197火よけ願い山頂へ
愛宕神社で千日詣り

火よけ、防火の神様として知られる京都市右京区の愛宕神社で31日夜、恒例の「千日詣(まい)り」が行われ、参拝者は汗をぬぐいながら山頂の神社を目指していた。
千日詣りは正式には「千日通夜祭(つうやさい)」といい、31日夜から1日未明にかけてお参りすると千日分の功徳があるとされる。
この日は、清滝から神社まで約4キロの登山道に明かりがついた。親子連れ、夫婦、若者グループ…と老若男女が坂道を行き交い、「お登りやす」「お下りやす」と言葉をかけ合った。3歳までの子どもが参拝すると一生、火難にあわないとの言い伝えから、幼い子をおんぶして登る人も多く見られた。
飲食店経営の田地敏信さん(46)=京都市左京区=は、息子の翔一君(13)とともに訪れ、「飲食店にとって火事は一番怖い。登れるうちは毎年登りたい」と話していた。
(文.写真共 京都新聞8/1より)

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●「愛宕さん」の受難 【2008/10/16】

最近碌な話題の無い「ミヤコ昨今事情」ですが、又もや嘆かわしい知らせが…。
今度は地元愛宕さんから「耳を疑う」オハナシです。

八世紀初頭の御遷座より「鎮護国家の守護」ととして、亦「鎮火神」として朝野の崇拝を集めた由緒正しき神祠の社、愛宕神社。
つまり改めて云う迄も有りませんが、此処「愛宕山」山頂迄の登山道は単なるハイキングコースでは無く、愛宕神社の参道なのです。
その神奈備とも云うべき愛宕山参道の里程丁石が「盗まれたり捨てられたり」していると云うのです。

この様な悪事を働く「不逞の輩」宅には火伏神様の御利益も無用。
近所に飛び火しない程度に「とっとと燃えて」しまっても構わないと思うものです。

P2008101500061愛宕山の「丁石」なくなる
参拝者ら探し復旧

「火伏の神」として知られる京都市右京区の愛宕山神社の参道で、一町(約109メートル)おきに置かれた地蔵と、里程を示す丁石がなくなる被害が相次いでいる。大雨で流されただけでなく、何者かに捨てられたり、持ち去られたとみられる。熱心な参拝者たちが、失われた丁石や地蔵を探して復旧する取り組みを始めている。
丁石と地蔵は、愛宕山参道の起点となる右京区鳥居本から山頂の神社までの間に50個(体)ずつあったとされる。設置年代は不明だが、江戸時代の書物に、登山の便を図るために丁石が立てられたと記されている。

京都愛宕研究会のメンバーが調査したところ、丁石は32個、地蔵は40体しか残っていなかった。土砂崩れで流された物が多いとみられるが、ある日突然消えた地蔵や、がけの下に不自然に落とされた丁石など、故意に動かされた可能性のある物も少なくない。
こうした状況に心を痛めた参拝者の間で、丁石や地蔵を探して元の場所に戻す動きが広まっている。
その1人で、研究会メンバーの嶋林宏二さん(65)=右京区=は参拝仲間に誘われ、3年ほど前に丁石などの復旧に乗り出した。がけ下約30メートルに落ちていた重さ約40キロの丁石を引き上げるなど、これまでに丁石2個を元の場所に戻した。ただ、戻した丁石が再びがけに落とされていたこともあったといい、嶋林さんは「罰当たりで心ない行為はやめてほしい。これからも地道に探していきたい」と話している。
(文.写真共 京都新聞10/15より)

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●「愛宕詣」 【2009/05/03】

五月三日のミヤコは絵に描いたような「五月晴れ」。
そんな絶好の行楽日和、帰京二日目の私めはと申しますとGWお決まりのルーティーン、愛宕さんへと参詣して参りました。。
勿論「火伏せの霊験灼か」為る「例のモノ」を戴く為で御座います。

尤もこの愛宕神社、その所在地を申しますと「右京区嵯峨愛宕町 壱」。
要するに御鎮座おはせまするのが愛宕山山頂でして、「参道=山一つ」なのです。

P1070129_2と云う訳で、今年も924mの頂に登って参りました。
今年の登頂タイムは59分17秒。
最後の本宮石段を全力疾走して「如何にかこうにか」の一時間切りでした。
まぁ、二日酔い気味にしては健闘した方です。

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【写真上】奥嵯峨鳥居元、新緑の楓と平野屋さん。
手前に見えるのが「一の鳥居」、旧来は此処より50丁(5454m)の道程を「愛宕詣」と云いました。

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【写真上】27丁目(七合目)より望むミヤコ市街。
参道中で最も見晴らしの良い所処、落語噺で有名な「愛宕山(かわらけ投げ)」の旧跡でもあります。

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【写真左】愛宕神社本宮一写。
【写真右】拝殿右の納札所。
少し古いのやら、大分古いのやら色々です。

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●立夏の観桜 【2009/05/04】

昨日「愛宕詣」の続篇にて。

「愛宕詣」の主目的と云えば霊験灼たかな「例の御札」を戴く為ですが、この時期に参詣するのには、もう一つ「大きなお目当て」があったり致します。

そう、それは標高924mならではの「鄙風流」。

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【写真上】本宮前「紳祠の森」の櫻群。
立夏の頃に愛でる桜と云うのも是亦「贅沢」なもの。
昨年よりは開花が早かったらしく、今年はそろそろ散り始め。
見頃は今週いっぱい位かと。

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【写真上】桜花近景三写。
「濃紅」「淡紅」「純白」…、色取り取りの山桜。

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「時節外れ」のこの景趣、4㎞強の道程を経た参詣者だけに与えられる「御褒美」と云った所処でしょうか。

と云う訳で、登山の疲れも和らぐ「立夏の観桜」でした。

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●「火迺要慎」.六枚目 【2009/05/23】

扨、弊亭も本日より六年目に入ります。

とは云うものの、然して目新しい事をするでも有りません。
今迄と変わらず凡常にお勉めするだけです。
何せ屋号からして、「竹」だけに「並」なのが肝要かと…。

090522_004_2変わった事と云えば…。
そうそう、神棚の火伏祀符が一枚増えました。
連休中に「愛宕さん」に参詣し、戴いてきたものです。

そんな訳にて、引き続き御愛顧宜しくです。

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●小雨降り敷く「千日詣り」 【2009/08/01】

えー、只今八月一日午前二時。
と云う訳で、丁度客足も途絶えた所処にて「カタカタ」とキーボードを叩いております。

丁度今頃、愛宕さんでは「千日詣り」帰路の真っ只中の頃。
月を跨いでのこの霊峰行脚で戴いた「火迺要慎 阿多古祀符」の御利益期間は「二年と九ヶ月」。
普段のお参りの2.7倍も長持ち致します。

P2009073100257愛宕山で千日詣り
小雨の中、大勢の参拝者

火災や火の難を防ぐ神を祭る愛宕神社(京都市右京区嵯峨)で31日、千日詣りが行われた。小雨がぱらつくあいにくの雨模様にもかかわらず、多くの参拝客が訪れた。
千日詣りは7月31日夜から8月1日早朝にかけてお詣りをすると千日分の火よけの御利益があるとされる。
清滝の登り口から参拝客は、頂上の愛宕神社を目指して約4キロの道のりを歩いた。すれ違うたびに「お登りやす」「お下りやす」と声を掛け合っていた。
この日のために3カ月前から毎日1時間、歩いたという左京区の竹原孝次さん(69)は千日詣りに50回以上訪れている。「今までも火の難が無かったし、やめて何かあっても困るから」と笑って話し、頂上を目指していた。
(文.写真共 京都新聞8/1
より)

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●愛宕さん「街道灯し」 【2009/05/26】

ウチの近所(と云っても一寸遠いですが…)、奥嵯峨は鳥居本では昨日迄「愛宕古道街道灯し」が行われておりました。

旧愛宕神社参道の「一の鳥居」から「嵯峨釈迦堂」迄を行灯の灯りで彩るこの催し、嵯峨野保勝会と京都嵯峨芸術大学(旧嵯峨美)協力の元、化野念仏寺の千灯供養にあわせて96年より行われているもの。
鳥居本一帯は「伝統的建造物保存地区」の晩夏を飾る恒例催事となっている様です。

因みに我が母校「嵐山小」「嵯峨中」も行灯作成に参加しているとの事。
更にはこの古道、私め高校時代の新聞配達コースでして、愛機「スーパーカブ.京都新聞号」を駆り日々疾走していた懐かしい道程なのです。
そんな訳で、トテモ親近感を感じる催しだったりするのです。

然乍ら、私めの東下後に始まったものでして未だ見に行ったことは御座いません…。
今年で14回目を迎えたとの事。

P2009082500084里山に広がる 優しい明かり
嵯峨鳥居本「愛宕古道街道灯し」

京都市右京区嵯峨鳥居本で、「愛宕古道(ふるみち)街道灯(とぼ)し」が行われている。愛宕神社一の鳥居から嵯峨釈迦堂、清凉寺に続く約2キロの旧愛宕街道に大小さまざまな手作りの灯ろうが並び、夕暮れとともに里山の風景を幻想的な明かりで包んでいる。
街道灯しは、地元の嵯峨野保勝会が1996年に始めた。化野念仏寺の千灯供養に合わせ、地元の住民や小学生、京都嵯峨芸術大の学生たちが竹の骨組みに思い思いの絵を描いた和紙を張った多彩な灯ろうを飾る。
今年は嵐山、嵯峨、広沢の3小学校や福祉団体など8団体が参加し、大小合わせ約7百基の灯ろうが用意された。23日夜に始まり、子どもたちが「きれいや」と言いながら、和紙を通して広がる優しい光に見入っていた。最終日は25日午後7~9時。
(文.写真共 京都新聞8/25より)

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●参詣「九二四米」 【2010/08/28】

えー、昨日は帰京五日目。

23日(月) 37.5℃ ←今夏最高気温更新
24日(火) 36.6℃ 
←今夏五番目の暑さ
25日(水) 36.3℃ 
←もう慣れてきた
26日(木) 35.8℃ 
←何故か涼しく感じる
27日(金) 35.6℃ 
←トテモ涼しく感じる

相も変らぬ炎天下&蒸し暑さは私めの上洛以来、ずーっと続いております。
そんな酷暑日和(?)も何するものぞ、昼過ぎより「愛宕詣」に行って参りました。

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【写真左】鳥居本の町並み一写。
清涼寺より鳥居本経由で愛宕山へと向かいました。
【写真右】最早説明不要、「清滝幽霊トンネル」。
云わずと知れたミヤコの「出る」スポットです。
「街境の長いトンネルを抜けると清滝であった。昼の底が青くなった。」

そんな訳で清滝到着、愛宕神社参詣開始ですが…。
折からの炎天下、いくら山道は木陰の下と云えど発汗量は半端じゃありません。
体力の消耗は甚だ激しく、流石に登山ピッチも低調。
結局登破タイムは1:02:40でした。

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【写真上】そんな訳で社殿に到着。
お参りを済ませた後、「例のモノ」を戴いて参りました。

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【写真上】山頂休憩所よりミヤコ市街を望む。
一時間余りの登頂にて全身「汗だく」だったのですが、流石は標高924m。
市街に較べ気温差は約10℃程、とても心地良い涼しさです。

暫しの休息&一服の後、下界に戻る事と致しました。

001【写真左】火伏せの霊験灼かな「例のモノ」。
因みに下のうちわは「千日詣」で配布されているもの。
今回の登頂とは関係御座いません。

でした。

      
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●「清滝」にて 【2010/08/29】

えー帰京七日目、愈々明日は「離洛の日」で御座います。

一昨日、愛宕さんへ「「火迺要慎」の御札を戴きに行った帰りの事。
一服の涼を求めるべく清滝にて小休止、登山の「汗と疲れ」を水に流して参りました。

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【写真上】清滝渓谷風景.三写。
「歌枕の一」として、古来より数多の歌人に詠われてきた清流の名勝「清滝」。
近代に於いても徳富蘆花や与謝野鉄幹.晶子を始め、藤村、梶井、作之助…。
多くの文士が清遊.逗留に訪れた、近現代文壇「所縁の地」です。

亦、オオサンショウウオ.ゲンジボタル等、稀少生物の生息地でもあります。

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【写真上】清滝清流風景.四写。
うーん、見ているだけで涼しくなります。
大岩の上にて暫し一服した後は靴を脱ぎ、水辺に足を放り投げ。
「川游び」なんぞするのも久し振りで御座いました。