■「松尾さん」関連

●マスターピース その1 【07/02/01】

松尾さんの「販酒御守」

Photo室町期以降、醸造の租神として全国の蔵元から格別な尊崇を集めている松尾大社。
それ故に、クラブのママ.ホステスさん、キャバ嬢、飲み屋のマスター、お茶屋の女将、酒屋さん等々…、お酒に携わる商売人全般からも幅広い信仰を集めておりまする。

酒造の神様だけあって、こちらは其々の職業に応じた御守を扱っておられ、『服酒御守(飲む人用)』『販酒御守(売る人用)』『醸酒御守(造る人用)』と用意されています。

私は職業上、数年来「販酒御守」を授与戴いていますが、特に良いことも悪いことも起こりません。
まぁ、それもまた御利益と考えることにしています。

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●「転んだ後」の杖 【08/05/04】

001

本日ツールドキョート、最終地は「松尾さん」。

平安以前よりの歴史を有し、遷都以降は皇城鎮護の神として崇敬を受け「賀茂の厳神、松尾の猛神」と称された松尾大社。
そんな松尾神は他面、八百万神の中でも「酒造」を司る「日本第一酒造神」として仰がれ給ふておりまする。

今日は赤坂佳人より御預かりしていた古神札を御返しに詣でたのですが、実は目的がもう一つ計り…。

私めは職業上、毎年「販酒御守」を授与戴いているのですが、昨年よりミットモナイ酔態が続いています。
例えばそれは「祇園町で泥酔し揚句、賀茂の河原で泥睡」したり、「姉小路で前後不覚になり知人の肩を借りてタクシーに放り込まれ」たり、という風な醜態振り。

002「いい加減コレデハイケナイ」
と云う訳で一念発起神頼み。
今回より「服酒御守」も戴く事に致しました。
取敢えず「販酒御守」同様、小銭入れにて常時携帯する事に。

これで少しは「オトナの嗜酒」方が出来るのでは、と…。

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●松尾さん「御田祭」 【08/07/20】

今日は松尾さんにて豊稔祈願。
同社氏子地域の三地区(桂・松尾・嵐山)から選ばれた植女が五穀豊穣を祈願するもので、室町期より続く由緒正しき神事です。
今様に云うなれば「植女萌え~」てな感じでしょうか。

今でこそ「日本第一酒造神」として醸造神の名高い松尾さんですが、元来その起源は大堰川の「水伏神」。
故に祭神は、大堰川開拓と水上守護を神格化した秦氏の氏神二柱です。
従いまして「防葛野河」→「農耕神」→「五穀豊穣祈願」は至極当然な流れかと。

P20080720001213植女、鮮やかな衣装で豊作願う
西京・松尾大社で「御田祭」

地域の女児が色鮮やかな衣装の植女(うえめ)にふんする「御田祭(おんださい)」が20日、京都市西京区の松尾大社で営まれた。3人の植女が額に汗をにじませながら、儀式の大役を務め米の豊作を願った。
御田祭は室町時代以前から続く神事で、夏場の田に害虫が来ないよう祈る。3人は、神前から授かった苗を両手に握り、父親の肩に座って拝殿を3周する間、左右の苗が水平になるよう我慢した。
植女役を務めた笹川明日香ちゃん(7)=松尾小2年=の祖父明彦さん(72)は「3人とも立派でかわいらしく、実り多い秋を呼んでくれそうだ」と目を細めていた。
(文.写真共 京都新聞7/20より)

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●「もお~ぉ」来春の話 【08/11/28】

私め(我が家)毎春の初詣先、「松尾さん」のオハナシ。

洛西の地にて山背国よりの歴史を有する松尾大社。
平安遷都以降は皇城鎮護神として「賀茂の厳神、松尾の猛神」と称された他面、室町期には「醸造の租神」として全国蔵元からの尊崇を集める様になり、今日でも八百万神の中にて「酒造」を司る「日本第一酒造神」として仰がれ給ふておりまする。

その松尾さんで、名物の「干支大絵馬」が早くも御目見えとの事。
因みに表題は「丑」年に掛けて駄洒落ってみたものです。

P2008112600066地面を踏みしめ、安定した1年に
松尾大社 丑の大絵馬お目見え

京都市西京区の松尾大社に25日、来年のえと「丑(うし)」を描いたジャンボ絵馬がお目見えした。境内は一足早く迎春ムードに包まれ、訪れた参拝客らが写真に収めた。
1983年から毎年この時期に境内中央の拝殿に掲げている。デザインは毎回、左京区の日本画家藤原美貞さんが手掛けており、今年は会津若松地方の民芸品「赤べこ」をモデルに描いた。
絵馬は高さ3・2メートル、幅5・4メートル。牛のほかにお酒の神様をまつる大社にちなんで杯の絵もあしらっている。
 
禰宜(ねぎ)の竹内直道さん(52)は「来年は牛のようにゆっくりと地面を踏みしめ、安定した1年にしてほしい」と話していた。
(文.写真共 京都新聞11/26
より)

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●例祭「松尾さん」 【09/04/27】

昨日は松尾さんの「神幸祭」。
本社で神事を終えた神輿は境内から「お出掛け」、一時間程かけて氏子地域を巡幸。
その後、神輿を桂大橋西岸から東岸へ御渡しする神事が「船渡御」です。

この「松尾の祭」、簾中抄にも其の名が記されておりミヤコでも最古の歴史を有する祭りの一つです。
亦、その格式も賀茂.祇園の臨時の祭(所謂現在の葵祭と祇園祭)等と並び、「官祭.
準官祭」に位置付けられておりました。

今でこそ「日本第一酒造神」として醸造神の名高い松尾さんですが、元来その起源は大堰川の「水伏神」で御座います。
故に祭神は、大堰川開拓と水上守護を神格化した秦氏の氏神二柱。
従いまして、例祭に於いて「神様が水を鎮める」のは至極当然な神事なのです。

因みに観光広報誌なぞに由ると「西の葵祭」なぞと謳われているようですが、地元ではそんな呼び名は聴いた事がありません。

P2009042600121神輿6基、勇壮に船渡御
松尾大社の神幸祭

勇壮な氏子の掛け声とともに神輿(みこし)が桂川を渡る「船渡御」で知られる松尾大社(京都市西京区)の神幸祭が26日、西京区と右京区の一帯で営まれた。小雨の中、和船に載せられた6基の神輿が次々と川を渡った。
祭りは、豊作や氏子の安全を祈願して、平安前期に始まったとされる。船渡御は一時途絶えたが、1983年に復活した。
末社や摂社の神輿6基は午前11時半に松尾大社を出発した。物集女街道など約5キロを練り、午後1時前に桂離宮横の桂川右岸に着いた。
法被姿の氏子が、担いだ神輿を上下させ「ホイット、ホイット」の掛け声とともに、腰まで水につかって神輿を船に載せた。神輿が対岸に渡ると、河川敷や橋上の観客から大きな歓声がわいた。

(文.写真共 京都新聞4/26より)

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●来年干支の「大画~」 【09/11/27】

秦氏入植以降、洛西の地にて山背国からの歴史を有する松尾大社。
遷都以降は皇城鎮護神として「賀茂の厳神、松尾の猛神」と称され、亦室町期よりは「醸造の租神」として全国蔵元からの尊崇を集める様になりました。
今日でも八百万神の中にて、「酒造」を司る「日本第一酒造神」として仰がれ給ふておりまする。

と云う訳で本日は「我が家」毎春の初詣先、「松尾さん」のお話。
一昨日、同社名物の「干支大絵馬」が早くも御目見えとの事。
因みに表題は「寅」年に掛けて駄洒落ってみたものです。

P2009112500133ガオーッ!トラのように来年は元気に
松尾大社に早くも巨大絵馬

京都市西京区の松尾大社の拝殿に25日、来年のえと「寅(とら)」を描いた巨大な絵馬がお目見えした。記念撮影する参拝者や、年賀状作りのためにカメラを構える人もいて、早くも迎春ムードが漂った。
絵馬は高さ3・2メートル、幅5・5メートル。1983年から続く恒例行事で、原画は左京区の日本画家藤原みていさんがを手掛け、同大社の出入り業者でつくる「松尾会」が奉納した。
張子のように描かれたトラに、お酒の神様をまつる同大社らしく、ひょうたんと杯の絵が添えられている。初孫の七五三参りで訪れた近くの中小路勇さん(72)は「トラの勢いにあやかり、来年は元気で景気の良い年になってほしい」と話した。
(文.写真共 京都新聞11/26
より)

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●病状回復「儘為ラズ」 【10/01/03】

えー、アケマシテオメデトシウゴザイマス三日目。
四十路の新春を「無職」で迎えた私めは、只今ミヤコにをりまする。

然乍ら元旦よりの「風邪引き」さん状態にて、「飲みにも行けず」「食べにも行けず」「初詣にも行けず」の三日間。
もういい加減、病床に臥した儘なのも「飽き飽き」して参りました。

そんな訳で病身を押して家の近所は「松尾さん」迄初詣へ出掛ける事と致しました。

P1080512_2此方松尾大社は全国に名高い「お酒の神様」。
私めも職業柄参詣しない訳にはいきません。
左写真は毎年恒例の大絵馬。

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【写真上】境内二景。
「境内至る所処」に一斗樽や一升瓶が奉納されているのは、流石「醸造神」の社。

とまぁこんな所処にて。
多分明日には病状も回復している事でしょう。

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●ちとせのいのち のぶといふなり 【10/06/29】

えー帰京二日目、本日は家の近所をぷらぷらしておりますが…。

「ミヤコの梅雨は大変蒸し暑う御座います」

纏わりつく様な湿度に加え、曇天の雲間からは雨が降ったり止んだり。
内から汗、外から雨で全身びしょびしょ、不快指数「最高潮」になってをりまする。
しかしそんな中、何故ほっつき歩いてるのかと申しますと…。

そう、明日は水無月晦日「夏越祓」。
一日早めではありますが、溜まりに溜まった半年間の罪穢を清めに近所各社をお参りしているのでありました。

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【写真左】松尾大社。
お酒の「かみやしろ」ですから職業上、当然参詣せねばなりません。
【写真右】斎宮神社。
三条有栖川横の小祠、小さい頃の遊び場でした。

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【写真左】野宮神社。
縁結びの神様に用事は無いのですが、斎宮社との所縁で寄っときました。
【写真右】車折神社。
此処も小さい頃の遊び場。尤も私め「芸人」では御座いませんが…。

そんな訳での嵯峨野周辺「茅ノ輪くぐり」トレイル。
各社にて「左廻八の字にて三潜り」参詣、小茅も戴いて参りました。

あ、あと今年はササやかなお願い事を一つだけ。
「どーか良いお店が出来ます様に」。
なむなむ。

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●「兎に角」来年の話 【10/11/27】

本日は私め毎春の初詣先、「松尾さん」のオハナシ。

秦氏入植以降、洛西の地にて山背国からの歴史を有する松尾大社。
遷都以降は皇城鎮護神として「賀茂の厳神、松尾の猛神」と称され、亦室町期よりは「醸造の租神」として全国蔵元からの尊崇を集める様になりました。
今日でも八百万神の中にて、「酒造」を司る「日本第一酒造神」として仰がれ給ふておりまする。

と云う訳で同社では一昨日から、毎年恒例の「干支大絵馬」が御目見え。
因みに表題は「兎」年に掛けて駄洒落ってみたものです。

20101126110940_2「卯」のように飛躍を 
松尾大社に巨大絵馬

京都市西京区の松尾大社の拝殿に25日、来年のえと「卯(う)」を描いた巨大な絵馬が登場した。記念に撮影する参拝者や観光客もおり、境内に一足早く迎春ムードを漂わせている。
絵馬は、高さ3・2メートル、幅5・5メートル。雪ウサギをイメージし、酒の神様をまつる松尾大社を表す杯の絵も添えられている。
1983年から続く恒例行事で、年賀状に絵馬の写真を使う人がいるため、この時期に掲げるようになったという。原画は左京区の日本画家藤原美貞さんが手掛け、松尾大社に出入りする業者でつくる「松尾会」が奉納した。
観光で訪れた愛知県常滑市の会社員石黒翔也さん(24)は「飛び跳ねるウサギのように、来年は飛躍する年になれば」と話していた。
(文.写真共 京都新聞11/26より)

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●「松尾さん」参詣 【11/01/05】

えー、アケマシテオメデトウゴザイマス四日目。

私めは昨日より「ミヤコ八百万の神々様」へ御挨拶行脚。
最初の初詣先は家よりチャリンコを漕ぐ事10分、松尾大社で御座います。

003_2【写真左】参道より楼門を望む。
此方は幼少の頃より慣れ親しんだ我が家のスタンダード初詣先、且つ「お酒の神様」にて職業柄参詣しない訳にはいきません。

三ヶ日最終日にも関わらず、日中は結構な人出で御座いました。

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【写真上】松尾さん名物その一.「干支大絵馬」。
尚、拝殿隣には干支に因んで「バニー」の格好をした巫女さんが…、居る筈ありません。

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【写真上】松尾さん名物その二.「山積み奉納一斗樽」。
写真は神奥庫の献上樽。
この他にも拝殿.神殿には「境内狭し」と計りの酒.酒.酒…。
至る所処に一斗樽や一升瓶が奉納されていました。
流石「日本第一酒造神」、と云った感で御座います。

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【写真上】境内焚火風景。
「神矢」「販酒御守」「服酒御守」を授いた後は拝殿横の焚火で暖を取る事に。
当日は日差しも穏やかに比較的暖かかったのですが、そこは「ミヤコの底冷え」。
加えて洛西の地は洛中よりも冷えるものでして、火廻りは手を翳す参拝者で賑わっておりました。

009_2【写真左】御御籤。
今年は珍しく一体引いてみました。

「光はいつか世に出るかも」。
早くそうありたいものですが。
但し、「かも」と云うのがチト怖い…。

そんな訳でこの後は月読神社へ向かったのでした。