■「丸善.八百卯.梶井」関連

●檸檬忌 (2007/03/24)

三月二十四日は梶井の日、「檸檬忌」です。
殊更彼に傾倒していた訳ではありませんが、学生時代に丸善でアルバイトをしていた縁もあり、毎年ささやかに偲んでいます。
(今となってはその丸善も無くなってしまいましたが…)

という訳で、今日は店内色々な所処に檸檬が転がっています。
勿論カルフォルニア産、寺町二条経由。

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そう云えば「櫻の樹の下には」の砌も、もう直ぐですね。

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●檸檬忌 (2008/03/24)

三月二十四日は梶井の日、「檸檬忌」です。

と云う訳で、今日は店内色々な所処に檸檬が転がっています。
勿論カルフォルニア産、寺町二条経由。
今年は席標代わり宜しく、カウンターにも並べてみました。

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ま、爆発はしないと思います…。

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●「本屋の無い風景」.改 (2008/11/06)

例に由って「長~い」枕書に成増が…。

私め、幼少の頃からお気に入りの遊び場の一つに「本屋さん」がありました。
週末には馴染みの書店を徘徊、一日中書架の前にいることも度々だったものです。
とは云っても小学生の行動範囲など知れたもの、当時は大型書店の存在など露も知りませんでしたので、家の近所にある所謂「町の本屋さん」が御贔屓の対象でした。
でも其れは其也に、目的別に本屋を使い分けたりして愉楽の時間を過ごさせてもらいました。

やがて中.高校生にもなると「近所の本屋」の品揃えには不満を抱き始め、そうした同類項の友人達と共に選択肢は「京都書院」「丸善」「駸々堂」を擁する河原町界隈へと移っていきます。これら三書店を徘徊しているうち、必然的に周辺の専門書店.古書店にも触手は伸びていきました。
嵯峨から片道40分(チャリンコ使用)は一苦労でしたが、書店巡礼の魅力は断ち切り難く、足繁く通ったものです。

流石に大学生になると「買い物」「映画」「夜遊び」「バイト場」等々、河原町に対する役割比重は変わっていきますが、町歩きの楽しみの一つとして「本屋逍遥」は欠かすことの出来ないものでした。
従って「御池から四条河原町」界隈は、私にとって「書店街」としての思い出が強かったりするのです。

しかし、そんな懐旧の談も今となっては文字通り「昔話」となってしまいました。
近年における河原町の急激な変貌(=下流化)により、この界隈から新刊書店がすっかり姿を消してしまったからです。
今や「古参」の新刊書店と云えば、寺町二条の「三月書房」さんと御池下 ルの「ふたば書房」さん位。此処十数年の閉店ラッシュは本(屋)好きにとって「受難」としか云い様がありません…。

紀伊国屋(京都松竹座)、ジュンク堂(BAL)、ブックファースト(コトクロス)…。
大型書店の新規参入が「あるにはある」のですが、余りに書店街としての凋落が激しく何とも寂しい気持ちでいっぱいです。
「平安堂」「京阪書房」「キクオ書店」等々、古書店が健在なのは救いですが目当て無く新刊書店をぶらつきたい気分の時もあるのです。
(此等京都の書店変遷は三月書房さんのブログ「三月記(仮)」に記されています。80年代から90年代に京都で学生生活を過ごされた方は必見。)

扨、と云う訳にて「やっとの事」本題です。
先日帰京の折、そんな昔のノルスタヂィなぞに浸りつつ「失われた本屋の欠片」を探訪して見る事と致しました。

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【旧駸々堂跡地.三態】2000年1月に駸々堂グループ倒産。
(写真左)05年9月で閉店したパパラギ書店さん。
駸々堂倒産後、旧三条店跡地で営業されていたドメスティック書店。
所謂普通の「町の本屋さん」にて書籍構成にさほど特色は有りませんでしたが、気軽に立ち寄れる立地の利便性から雑誌.文庫本などをよく購入したものです。
現在は仏壇屋さん。

(写真中)06年1月ブックファースト京宝店閉店。
駸々堂倒産後、旧京宝店跡地で営業されていたチェーン店。
私が京都を離れてからのお店なので正直それ程の思い入れはありませんでしたが、立地の良いワンフロアの路面店の事もあり、帰京の折にちょくちょく立ち寄っていました。
これで駸々堂の残香を感じられる本屋が本当に無くなってしまったのが残念です。
現在は複合商業施設「ミーナ京都」。

(写真中)93年7月で閉店した駸々堂河原町店。
私が京都を離れる半年程前に閉店されたと覚えています。
取敢えず売場の奥半分を占めていた漫画コーナーの印象が強烈でした。
そう云えば大学受験の際、赤本を買い揃えたのが此方でした。
現在はボーリング屋兼遊技場「ラウンドワン」。

080915_011【丸善京都店跡地(05年10月10日閉店)】
「駸々堂」「京都書院」と共に、学生時代には最もお世話になった新刊書店。両書店亡き後、学生時代のノルスタジィに浸れる最後の所処だったのですが…。
文具やネクタイ特売のアルバイトをしたことも懐かしい思い出で、その為か未だ93年に改装する前の「オンボロ五階建て」のイメージが強かったり致します。
最終日には「檸檬」持参で東京から駆け付けました。

現在はカラオケビル「ジャンガラ」と化しております。
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081104_030【河原書房さん跡地(05年12月末閉店)】
突然の閉店を知ったのは年明けに伺った際でした。
ただ呆然、事態が呑み込めず暫く店跡に佇んでしまったのを覚えています。
専門書(茶道.華道.古典芸能.美術書)に特化した品揃えは、とても新刊書店のそれとは思えぬ程。其故か何となく古書店の気配が漂う店内が好きでした。
建築.庭園.京都史料関連の良書も充実、探書の必要がなく何時も重宝させて頂きました。

現在は小型ビルが建てられ、AUが入居しています。

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【祇園書房さん跡地(06年10月14日閉店)】
正に「花街の本屋さん」と云った
風情が大好きでした。
御土地柄、料理本や花街関連の書籍が充実しており、三時頃には中休みの若い料理人さんや結上げ前の舞妓さんの姿もよく見かけたものです。
祇園界隈で夕餉の際、時間調整なんぞにも使わせて頂きました。

余談ですが、先日祇園町の舞妓さんと「祇園書房が如何に素晴らしい本屋で、且つ閉店が何れ程悲しい出来事であったか」熱く談じたのを思い出します。

現在は御覧の通り、アナタとコンビニ「ファミリーマート」となってしまいました。

余談ですが、私の実家近所(嵯峨中学学区)の本屋も減少の一途を辿っています。
健在なのは「天龍堂」「車折書店」位、「かとり書店」「鹿王院駅横にあった貸本屋」「有栖川書店」…、後は皆無くなってしまいました。
(序でに学習塾の近所だった堀川丸太町の星野書店と烏丸のアオキ書店。)
まぁ御時世を考えれば止むを得ないのでしょうが、何にせよ馴染みの店が無くなるのは寂しい限りです。

なぞと綴ってる間に、亦「訃報」が届かない事を祈るのみにて…。

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●『一体私はあの檸檬が好きだ。 (2009/01/28)

レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰った紡錘形の格好も。
― 結局私はそれを一つだけ買う事にした。』
(梶井基次郎「檸檬」より抜粋)

昨日京都新聞を捲頁していると、「冗談でしょ」と真偽を疑う様な一報が…。

上掲は梶井基次郎の「檸檬」にて、主人公が「爆弾」を購入した果実店として有名な寺町二条の「八百卯」さんが突然閉店されたとの知らせです。
平成17年に閉店した「丸善京都店」に続き今回この訃報、これで「檸檬」の余情を残す二大舞台が完全に姿を消してしまいました。

私めも帰京の際「ちょくちょく」立ち寄っては、お店用の檸檬(勿論カルフォルニヤ産)を買い求めておりました。
寺町散策に不可欠な「通りの趣」が一つ姿を消してしまったと思うと本当に残念ですが、余りにも急な話、正直云って未だ実感が沸かないものです。

今年から「檸檬忌」の標は如何すれば良いものやら…。

P2009012700037_2中京、「檸檬」の果物店閉まる
梶井基次郎の小説 4代目急逝で

梶井基次郎(1901-32年)の小説「檸檬(れもん)」の舞台として知られる京都市中京区寺町通二条角の果物店八百卯(やおう)が26日までに、店を閉めた。もう一つの舞台だった書店はすでになく、多くの文学ファンに親しまれた京都の「名所」がまた一つ姿を消した。
八百卯は1879(明治12)年の創業。梶井基次郎が1925年に発表した「檸檬」で、主人公が三条通にあった丸善・旧京都店の書棚に、爆弾に見立て置き去ったレモンを買い求めた店として知られる。後に同区河原町通蛸薬師上ルに移転した丸善(京都河原町店)は、2005年に閉店している。
八百卯関係者によると昨年10月、4代目の店主村井義弘さんが63歳で急逝し、創業130年の歴史に幕を下ろすことになったという。
シャッターが下ろされた店先では、道行く人たちが閉店を知らせる小さな張り紙に驚いたように足を止め、名残を惜しんだ。店を手伝ってきた親族は「檸檬の店と、長い間、大事にして頂いてありがたかった。本当に残念です」と話した。
(文.写真共 京都新聞1/27より)

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●哀惜「寺町二条」 (2009/01/29)

昨日ログの続きにて。

090129_011_2_2弊亭表構え、硝子戸の角窓。
見世窓の大半は目隠しも兼ねた意匠として、竹簾を掛けております。

簀垂れた隙間の僅かに見えるは、何時も変わらぬメロウエロウの紡錘塊。
そう「檸檬」です。

と云う訳で、 先日店仕舞いされた「八百卯」さんへの追悼を込めて、今日も新しい檸檬を置くのでした。

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「檸檬」の下には勿論「檸檬」、新潮の文庫本です。
裏表紙のスタンプは「河原町丸善」の閉店日に捺印してきたもの。

果たして「時の欠片」は、ミヤコでからさえも確実に失われていくものです…。

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●「檸檬の余情」と「泉のペン」 (2009/06/12)

今年一月に惜しまれつつも店仕舞いされた、寺町二条の「八百卯」さん。
平成17年に閉店した「丸善京都店」と共に、梶井基次郎「檸檬」作中に登場する舞台として夙に知られていました。

その八百卯さんと丸善さんが、先日「檸檬の縁」で対面されたとのお話。
丸善さんが寄贈されたのは、創業140周年記念に発売される「檸檬の万年筆」でした。

因みにこの「レモンエロウ」の万年筆、私めは先週に予約完了してをりまする。

丸善 創業140周年記念限定万年筆「檸檬」HPは下記にて。↓
http://www.maruzen.co.jp/shopinfo/feature/140th/lemon/

P2009061100102「檸檬」の縁、今もフレッシュ
丸善社長、京の果物店親族と対面

梶井基次郎の小説「檸檬(れもん)」の舞台となり、閉店した書店と果物店の関係者がこのほど対面し、小説が結んだ縁について語り合った。「丸善」(本社・東京都)の小城武彦社長(47)が「八百卯(やおう)」=京都市中京区=経営者の親族宅を訪れ、「京都での再出店を必ず実現します」と話した。
大正末期に執筆された「檸檬」では、主人公が寺町通の果物店で買い求めたレモンを、「丸善」の書棚に置き去る。中京区の河原町通沿いにあった丸善京都河原町店が2005年10月に閉店し、寺町二条角の八百卯も4代目経営者が亡くなったため、創業130年目の今年1月に店を閉じた。
明治期から万年筆を輸入販売してきた丸善が、創業140周年を記念して「檸檬」と名付けた万年筆を発売するのを前に、小城社長が八百卯元経営者のおばにあたる村井寿子さん(85)に万年筆を贈った。
村井さんら親族3人は「レモンを一つだけ買う若い人が多かった。きっと丸善さんに向かったのでしょう。丸善さんが京都にないのは寂しい」と話した。
レモンの置物が供えられた仏前に手を合わせた小城社長は「小説で結ばれた縁に感謝したい。八百卯さんの伝統も引き継ぐ思いで、最優先課題として出店先を探しています」と伝えた。
ペン先にレモン柄を彫り込んだ万年筆「檸檬」は17日から限定販売。問い合わせは丸善東京・丸の内本店TEL03(5288)8881。
(文.写真共 京都新聞6/11より)

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●マスターピース その33 (2009/06/25)

・丸善さんの万年筆「檸檬」

丸善さん「創業140周年記念」として限定1400本のみ販売されている万年筆「檸檬」。
その名の通り、見た目も鮮やかな「レモンエロウ」が配われています。
因みに十年前(130周年)も1000本限定で発売され、@云う間に完売したとの事。

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この商品、云う迄も無く梶井基次郎の代表作「檸檬」に因んだものですが、その舞台となった系譜を継ぐ「河原町丸善」も「八百卯」さんも今や存在しません。
私めにとりまして「丸善」さんは、文具やネクタイ特売のアルバイトをしたこともある懐かしい思い出の場所。
そんな訳で今回購入を思い立った次第でありました。

尚、スペックは以下の通り。

090621_012_2価格 
定価:39,900円
仕様
ペン先:14金
サヤ・胴軸:樹脂
長さ:146mm(使用時163mm)
重さ:27.5g
カートリッジ・コンバータ両用式
字幅 
「M」のみ

 

で、実際の使い勝手に就いてですが…。
今回時幅は「M」のみの販売。
個人的に「F」か「FM」を使い慣れている所為か、少々柔らかくて頼りない気も致しますが「撓み感」は良質、グッドフィーリングです。
まぁ徐々に「手に馴染ませる」事に致しましょう。

090621_006ペン先には「LEMON」の文字と絵柄。

因みに下のポストカードには、「山済みされた書籍の頂に檸檬」のスタンプ。
2005年10月10日、最終日に馳せ参じ押印してきたものです。

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