2008.08.18

●消炭拾い

昨日は休みにも関わらず、八時頃に早起き致しました。

何故故にかと申しますと、八月十七日は「五山送り火」の翌日。
要するに「消炭拾い」に伺うべく、遠く洛西は嵯峨の地から東山の麓まで馳せ参じる為です。
因みに「消炭」とは前夜り送り火で焚かれた護摩木の残り炭の事でして、半紙に包んで軒先等に吊るすと「厄除けの効」ありと伝えられるもの。
従いまして当日の大文字山は早朝から消炭拾いの人々で賑わうのです。

尚、その他「消炭」事由詳細に就いてはグーグル様にでも訊いて下さい。

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今出川白川より眺める如意ヶ嶽。
写真では解り難いですが日曜朝の九時半、既に数多の人影が見受けられます。

銀閣寺を左に折れ愛機を駐輪し、二十分計りの「小登山」。
十時過ぎに火床の場処に到着致しました。

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【写真左】一番大きい火床「金尾」。
「大」の字の二画天部に位置する所処で、送り火の際最初に点火される火床です。
【写真中】「大」の字の左足止メより、上部を眺む。
【写真右】「大」の字中心部より、右足「払イ」を眺む。

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大文字山の標高は466m。火床のある辺りは頂上ではありませんが、それでも此処からのミヤコ見晴らしは中々のもの。
実は洛中洛外が一望できる景勝地でもあります。
左より「左大文字」「舟形(船山)」「妙.法(松ヶ崎・西山)」。
流石に最西端「鳥居(曼荼羅山)」迄は見渡せませんが…。

023_4と云う訳で、戴いてきた今年の消炭にて。
明後日帰東後、半紙と水引を捲いて早速軒先に奉る事に致しませう。

因みに余った消炭は、厄払いを兼ねて冬場の「炭床開き」で焼べてしまいます。

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2008.08.17

●「五山送り火」トレイル

昨日の「五山送り火」リポートです。
四時半より三件程飲み歩いて、丁度「イイ気分」になったのが八時前。
タイミングも良い頃にて、御池界隈から出町柳へと繰り出す事に致しました。

所処がそれで止めときゃいいものを「酔っぱらった勢い」宜しく、其の儘「鳥居」も見ようと思い立ち、文字通り愚行に「走る」破目に…。
出町柳→(今出川経由)→北野白梅町→(一条通.きぬかけ経由)→広沢池
約八㎞のミヤコ東西行脚、地元「嵯峨」迄自転車で高速移動する事となりました。

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【写真左(20:10)】賀茂大橋から眺める如意ヶ嶽「大文字」。
例に由って周辺は「人.自転車.車」で埋め尽くされておりました。
【写真中(20:25)】西大路は白梅町から眺める「左大文字」。
移動の合間、行き掛けの駄賃みたいなものです。
【写真右(20:45)】大覚寺道より眺める曼荼羅山「鳥居」。
鳥居を見物する方々は殆どが渡月橋か広沢池に行かれており、ここは穴場。
視界を遮る障害物も無く、空いている上に「大きく綺麗に」見えるビュースポットです。

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012「広沢池.灯篭流し」一写。
灯篭流しは嵐山渡月橋の方が著名ですが、周辺がごちゃごちゃ明るすぎるのが難点…、此方の方が幻想的で宜しく。
遍照寺山側の風景はただ漆黒の闇。
数知れぬ程の灯籠が湖面に揺らめく様は、正に御先祖様を彼岸に見送る「送り火」です。

「灯り」を引き立たせるには、矢張り「闇」の存在が不可欠なものにて。 

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深酒した上に急ぎ自転車で移動したものですから、流石に疲れて参りました。
と云う訳で、酔い覚ましを兼ねて珈琲一服。

新丸太町は嵐山高架道路東南にあるこの喫茶店、高校時分より私めの行きつけです。
嵯峨観光にお越しの際、もし見付けられたら寄ってみて下さい。

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●「下鴨古本市」最終日

えー、昨日より三泊四日の里帰り。
と云う訳で私めは只今ミヤコに居りまする。

001そんな今回の帰京、昨日上洛後真っ先に向かったのは毎夏恒例のルーティーン、「下鴨納涼古本まつり」です。
今年は最終日に滑り込みで、約二時間の間「茹だる」暑さの中を書物発掘に勤しんでおりました。

「灼熱地獄」「蝉時雨」「砂埃」「裸電球」「自転車の山」…。
古本市を彩る有形無形のアイテムも何時も通り。

今年は時間も無かったので然程散財せずに済みました。
ヨカッタヨカッタ。


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【左】納涼古本市名物「冷やしカレーうどん」¥450也。
何故か毎年食しております。
【右】納涼古本市名物「古本まつりうちわ」¥プライスレス。
最終日だけあり配布払底済みでしたが、出店している某本屋さんに戴きました。

003三時半頃より雲行き怪しくなり、「ぽつりぽつり」と俄か雨が目につき始めました。
テントの張られてない露店には、急ぎ次々と青いビニールシートが掛けられていきます。
是亦、古本市恒例の風景にて。

今年も残念乍ら「黒髪の乙女」や「明石さん」と出逢う事は為りませんでした。なむなむ。

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2008.08.16

●ミヤコお盆.二題

今宵ミヤコでは、お盆恒例の風物詩「送り火」と「灯篭流し」が行われました。
私めも八時過ぎより洛中を愛機(チャリンコ)で勇躍疾走。

「如意ケ嶽」「左大文字」「曼荼羅」の三山と、「広沢池」の灯篭流しを物見遊山宜しく「ハシゴ」して参りました。
リポートは亦明日にでも。


送り火が終われば、目白押しだった「ミヤコ.夏祭催事」も一段落。
あとは地蔵盆が過ぎると、京も初秋を迎える事と成増。
但しミヤコの残暑は厳しいもの。暫く酷暑は続くでしょう。

P2008081600167「大文字」燃え
五山送り火に11万人

京の盛夏を送る伝統行事「五山送り火」が16日夜、京都市内で行われ、市民や観光客が空に浮かび上がった「大文字」や「船形」に見入った。
お盆に迎えた精霊を送る宗教的行事として始まり、室町から江戸時代以降は庶民の年中行事に定着した。
午後8時、左京区如意ケ嶽の「大文字」に火がともった。鴨川公園や賀茂大橋、出町橋は携帯カメラを持った人々であふれた。名古屋市から来た重山治人さん(58)、千恵子さん(59)夫妻は「火を見ながら、ご先祖さまに感謝しました」と話した。
「妙法」や「左大文字」「鳥居形」が見える場所も大勢の人々でにぎわい、計約11万人(京都府警発表)が見物に訪れた。

P2008081600162灯籠、涼風に揺れ
嵐山・渡月橋

先祖の霊を送る「嵐山灯籠(とうろう)流し」が16日夜、京都市右京区の渡月橋付近で営まれた。約8000個の灯籠の炎が桂川のゆるやかな流れに連なり、大勢の観光客や市民がお盆の風情を楽しんだ。
嵯峨、嵐山、広沢地域の住民と寺社でつくる嵯峨仏徒連盟(会長・内藤泰寿徳林寺住職)が、先祖の供養として1949年から毎年続けている。
日が沈み始めた午後7時、地元女性による御詠歌が流れる中、住民たちが先祖の戒名などを記した灯籠を次々と桂川に浮かべた。灯籠は涼風に揺れながら川面をオレンジ色に染め、幻想的な雰囲気を醸し出した。
渡月橋や桂川沿いからは「鳥居形」の送り火も見え、訪れた人たちはカメラを手に見入っていた。
(文.写真共 京都新聞8/16より)

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2008.08.11

●「下鴨古本市」始まりました

下鴨さんお盆の風物詩、「下鴨納涼古本まつり」。
私にとっても夏帰京「お楽しみ」の一つだったりします。

気が付くと書荷がダンボール二つ分に膨れ上がって宅急便のお世話になったり、
将又お金が足りなくてコンビニATMまで往復したこともありました。

昨年は特に散財せずに済みましたが、それでも手が千切れそうでした。
紙切れの集合体と侮る事無かれ、本は大変重たいものです。

炎天下、蝉時雨、砂埃、自転車の山、納涼うちわ、冷やしカレーうどん…。
古本市の雰囲気を彩る有形無形のアイテムも何時も通りの事でしょう。

本日より六日間行われます。
私めも最終日にお邪魔する予定。
果たして今年の「納涼うちわ」は最終日迄残っているでしょうか?
「なむなむ…」

今年の「下鴨納涼古本まつり」リポートは下記にて。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/08/post_b2b5.html

080808_001序で、左は弊亭竹床机。
先週よりうちわも「古本市使用」にて。
既に一本盗まれてしまいましたが…。

因みに関連過去ログは「カテゴリーⅩⅱ.書籍百般」を気長にリロードして下さい。



1218006855_photo夏の下鴨神社で「納涼古本祭り」-80万冊以上の古本集う
若手古書店が集まる「京都古書研究会」は8月11日から、下鴨神社・糺の森(左京区下鴨泉川町)で「第21回下鴨納涼古本まつり」を開催する。
同イベントは、「書物文化の向上と地域の文化発展に役立てれば」という意図から開催。京都、大阪、奈良、岡山の古書店など35店舗が参加し、80万冊以上の書籍を展示即売する。
会場には、「子どものころから本好きに」という願いを込め児童書コーナーも開設。約1万冊の児童書が集まる同コーナーは、「全国に例を見ない大きさ」(同会)という。1万冊以上の大規模な古本の百円均一エリアも設ける。
そのほか、紙芝居の保存や実演に取り組む「塩崎おとぎ紙芝居博物館・三邑会」による紙芝居(15日・16日)や漫画家・大坂ときをさんによる似顔絵コーナー(11日・14日)、「ハト商店」による参加者が書いた絵で缶バッチを制作するワークショップ(13日)などの実施も予定。
同会の草木さんは「古本屋を理解していただき利用してもらえれば。別世界のひとときを満喫・堪能してほしい」と話す。
開催時間は10時~18時(最終日は16時終了)。8月16日まで。
(烏丸経済新聞8/6記事より借載 http://karasuma.keizai.biz/
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2008.08.07

●節気.「立秋」二題

昨日迄の「蒸し暑さ」とは一変、今日のトーキョーは「カラリ」しとした夏晴れ空模様。
まぁ何れにせよ暑い事に変わりは無く、名計りの「立秋」到来です。

そんな時節折、ミヤコでは盛夏恒例の催事が始まりました。
来週からは下鴨さんの古本市も行われます。
弥速、八月が過ぎるのも早そうでして。

にじむ汗、京の立秋
「六道まいり」と「五条坂陶器まつり」始まる

立秋の7日、京都市東山区で、お盆を前に先祖の精霊を迎える「六道まいり」と、恒例の「五条坂陶器まつり」が始まった。暦の上では秋だが、市内は午前8時すぎに気温が30度を超えて連続38日目の真夏日となり、ここ10年の最長記録に並んだ。朝早くから参拝や買い物に訪れた人たちも照りつける日差しを避け、にじむ汗をぬぐっていた。

P2008080700100_2■精霊迎えの音響く…六道まいり
六道まいりは、東山区松原通東大路西入ルの六道珍皇寺の行事で、京都にひと足早くお盆時期を告げる。午前6時から迎えの鐘を突くことができ、早朝から市民が行列をつくった。
平安時代、鳥辺野と呼ばれる葬送の地だった寺の付近には、この世とあの世の境があるといわれ、精霊を迎える行事が始まった。平安初期の役人だった小野篁(たかむら)が、この世と冥土(めいど)を行き来するのに使ったとされる古井戸も境内に残る。
コウヤマキを買って塔婆に戒名を書いてもらい、迎えの鐘を突いて塔婆を線香の煙で清め、お地蔵さまの前に供えた。左京区の平井カオルさん(63)は「亡くなったしゅうとめさんに連れられて来て20年。この時期、珍皇寺に来ないと落ち着きません」と話した。10日まで。

P2008080700100_3■お値打ち品あるかな?…五条坂陶器まつり
五条坂陶器まつりは、五条通の五条大橋東詰-東大路通間で開幕した。市民や観光客が「お値打ち品」を求めて、京焼や清水焼の器を熱心に見定めていた。
京焼・清水焼の生産・卸業者などでつくる陶器祭運営協議会が毎年開いている。全国の焼き物産地の店も含め、約430店が五条通の南北の歩道を埋めた。
買い物客は色とりどりの皿や茶碗、置物が山と積まれた出店の間を巡り、気に入った品を手に取って形や手触りを確かめて店主と値段を交渉していた。
10日までの午前9時-午後11時。
(文.写真共 京都新聞8/7より)

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2008.07.26

●ミヤコ「盛夏歳時記」.二題

七月のミヤコは、民間信仰に由る風変わりな催しが幾つか行われます。
下記はそんな「夏の催事」二題にて。


炊いたん、あんかけ、冷製炊き合わせ…、「ミヤコ夏の味覚」鹿ケ谷南瓜。
ハロウィンかぼちゃに比べ荷崩れしにくくあっさり滋味。
そんな夏野菜で「暑気負け封じ」も兼ねての「かぼちゃ供養」です。

P2008072500173「あっさりとした甘さ、おいしい」
安楽寺で鹿ケ谷カボチャ供養

中風封じで知られる「鹿ケ谷カボチャ供養」が25日、京都市左京区鹿ケ谷の安楽寺で営まれた。市民や観光客が大勢訪れ、ほくほくに煮付けられたカボチャを味わった。
カボチャ供養は、240年ほど前に当時の住職真空益随上人が病気で苦しんでいる人を哀れみ、修行をすると「夏の土用のころに鹿ケ谷かぼちゃを振る舞えば中風にならない」とのお告げを受け、始まったという。
今年はカボチャ200個、約1000人分を早朝から檀家が調理した。訪れた人たちは本堂を参拝した後、汗をぬぐいながらカボチャを食べた。初めて訪れた大阪府枚方市の会社員土井和さん(30)は「あっさりとした甘さでおいしい。健康に過ごせそうです」と話した。
(文.写真共 京都新聞7/26より)

我家の菩提寺、鳴滝三宝寺でも「酷暑.邪気祓い」が行われました。
檀越の誼で揚げておきます。

P2008072500061土用の丑に「炮烙灸祈祷」
右京・三宝寺

「土用の丑(うし)の日」の24日、京都市右京区鳴滝松本町の三宝寺で、暑気払いの「炮烙灸祈祷(ほうろくきゅうきとう)」が行われた。
炮烙灸は、呪文(じゅもん)が書かれた陶器製の皿を頭に置き、その上で灸をたいて病気などをもたらす邪気をはらう。同寺は1944年に復活させ、恒例行事となっている。
この日は本堂で、商売繁盛を願う「あじさい祈祷」や悪病封じの「きゅうり封じ祈祷」と一緒に炮烙灸祈祷が営まれた。
経が唱えられる中、参拝者の頭に置かれた炮烙のもぐさに火が付けられると、本堂に煙が立ち上った。僧侶たちは参拝者を囲むようにして法剣で邪気をはらい、参拝者たちは目を閉じて夏の健康などを祈っていた。
(文.写真共 京都新聞7/25より)

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2008.07.22

●夏野菜「奉納」

夏真っ盛りのミヤコでは「きゅうり封じ」の時宜到来。
この「きゅうり封じ」、上高野は蓮華寺さん(23日より)の方が著名ですが、先駆け昨日より神光院さんで行われております。
「疾病封じの御利益」として名高い祭事ですが、胡瓜との御縁柄「木瓜家紋」の御宅も参詣されては如何でしょうか。

25日からは東山安楽寺で「かぼちゃ供養」が執り行われます。
夏京都の「お野菜祭事」もこれからが佳境にて。

P2008072100119キュウリに病魔 封じ込め
北区・神光院 息災祈る

病気平癒や無病息災を祈願する「キュウリ封じ」が21日、京都市北区の神光院で営まれた。京阪神から訪れた参拝者が心身の健康を祈った。
キュウリ封じは、弘法大師が中国から持ち帰った秘法といわれ、体内の病魔を封じ込めたキュウリを地中に埋め、キュウリが土にかえるのと同時に病気も治るとされる。
本堂では、参拝者の名前が書かれた紙を巻いたキュウリが供えられ、副住職が祈願の読経。その後、キュウリを受け取った参拝者は、肩や腰をキュウリでさすって、願いを込めていた。
夫婦で訪れた神戸市垂水区の会社役員八木源司さん(81)は「病気が治るように信じたい」と話していた。
24日にも営まれる。有料。
(文.写真共 京都新聞7/21より)

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2008.07.17

●山鉾巡行

祇園祭も山鉾巡行を迎えました。
何時もの事ながら、吉符入りからの半月は「@」云う間に過ぎて行くものです。

巡行が終わると今宵は神幸祭。
丁度今時分、八坂さんでは「三社御神輿差上」の頃。
西楼門石段下ではスゴイ事になっているでしょう。

是より東.中.西三基の神輿が市井氏子地域を練り歩き、御旅所へおいでになります。
宵山や巡行とは趣の異なる、「地元ミウチ」のお祭りです。

P2008071700068伝統の重み、山鉾ずしり
祇園祭 32基、初の重量測定

梅雨明けの夏空の下、祇園祭は17日、山鉾巡行を迎えた。「動く美術館」と形容される豪華な山鉾32基が京都市中心部を進んだ。祭り史上、今年は山鉾の重量測定が初めて実施された。
午前9時、「エンヤラヤー」と音頭取りの掛け声を合図に、長刀鉾が四条通烏丸から車輪をきしませて動きだした。稚児の岡澤一規君(9)が太刀で注連縄(しめなわ)を両断、結界を解き放った。巡行順を確認するくじ改め、豪快に交差点を90度回る辻回し…。変わらぬ祭りが今年も町衆の心意気に支えられた。気温は午後1時に33・2度を記録、厳しい暑さの中、山鉾が進んだ。

一方、初の重量測定は囃子(はやし)方や豪華な懸装品を乗せたまま、河原町通御池下ルであった。その結果、巡行中の長刀鉾は11・10トン、月鉾11・88トンと判明した。登録を目指すユネスコの世界無形文化遺産の基礎資料にする。
沿道には昨年より2万人少ない18万人(午後1時現在、京都府警発表)が詰め掛けた。

■山鉾の重さ
長刀鉾11・10トン、孟宗山0・54トン、油天神山0・55トン、保昌山0・67トン、函谷鉾11・39トン、太子山0・59トン、四条傘鉾0・40トン、占出山0・51トン、鶏鉾9・42トン、白楽天山0・71トン、霰天神山0・65トン、山伏山0・60トン、月鉾11・88トン、芦刈山0・64トン、綾傘鉾0・36トン、蟷螂山1・22トン、菊水鉾10・31トン、木賊山0・67トン、伯牙山0・52トン、郭巨山0・69トン、放下鉾10・32トン、岩戸山8・25トン、船鉾8・41トン、北観音山9・27トン、橋弁慶山0・80トン、黒主山0・67トン、八幡山0・75トン、鈴鹿山0・70トン、役行者山0・84トン、鯉山0・81トン、浄妙山0・78トン、南観音山9・54トン (重さは人や懸装品を含む。巡行順)
(文.写真共 京都新聞7/17より)

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●宵山

昨日は近畿地方も梅雨明け(したらしい)との発表。
ミヤコも昼過ぎから「曇りのち晴れ」、愈々夏本番の訪れでしょうか。

そんな時候節目に行われた祇園祭宵山は平日と云う事もあり、行楽人出も幾分少な目の様子。
それでも三十六万人で「混っ多返し」の四条界隈でしたとさ。

P2008071600208_2梅雨明け、祭り気分最高潮に
祇園祭宵山
祇園祭は16日夜、宵山を迎えた。京都市中心部は、夏の夜風で蒸し暑さが若干和らぐなか、梅雨明け直後の歩行者天国には午後9時までに36万人(京都府警発表)が押し寄せて祭り気分は最高潮になった。
山鉾の近くでは、子どもたちが「ろうそく一本献じられましょう」「常は出ません、こよい限り」とかわいい声を響かせてろうそくやちまきを売った。囃子(はやし)方は宵山が終わるのを惜しむように祇園囃子を懸命に奏でた。
四条通にある長刀、函谷(かんこ)、月の各鉾周辺はにぎわい、中心部から離れた太子山や油天神山では、見物客は祭りの風情をゆっくりと楽しんでいた。
(文.写真共 京都新聞7/17より)

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2008.07.16

●宵々山

P2008071500242

昨夜は宵々山。
しかしお天気は生憎の雨模様、人出も程々だったらしく。

毎年、三日間のうち一日は雨に祟られるものです…。

コンチキチンに28万人
雨の祇園祭宵々山

祇園祭は15日夜、宵々山を迎えた。京都市中心部に建った山鉾は雨のなか、夕暮れ時から駒形提灯をともして夏の風情を醸し、コンチキチンのお囃子(はやし)が通りに響いた。
夕方から大雨になり、その後も降ったりやんだりが続いたため、懸装品を飾った鉾には透明の防水シートが付けられた。見物客は祇園囃子を聞いたり、豪華な懸装品を間近に見せる会所飾りを楽しんだりしながら雨をしのいだ。新町通では八幡山、北観音山、南観音山、放下鉾、船鉾、岩戸山の6つの山鉾が路上に建ち、両側に露店が軒を並べて多くの見物客が押し掛けた。
四条通や烏丸通が歩行者天国となった午後11時までに28万人(京都府警発表)の人出があった。日曜と重なった昨年より14万人少なかった。
(文.写真共 京都新聞7/16より)

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2008.07.15

●宵々々山

「粽どーですかー 御守りどーですかー」
「御信心の御ん方様は ろーそく一本献じられましょー♪」

と云う訳で各山鉾町にて「売り歌」唱和される中、ギオンマツリーも愈々本番。
昨日は宵々々山でした。
私めは14日昼頃に帰東したのですが、平日週始めと云う事もあり人出は例年より少なめの様子。
寧ろ13日は日曜日の方が込み合っていた感も致しまする。

P2008071400155警戒強め、宵々々山
祇園祭

祇園祭は14日夜、宵々々山を迎え、京都市中心部の山鉾町界わいでは歩行者天国が始まった。午後9時現在の人出は11万人(京都府警調べ)。秋葉原事件を受け、京都府警が例年以上の厳重な警備体制をしいた。 午後4時ごろの降雨で気温は下がったが、湿度は上がり、蒸し暑い夜となった。祇園囃子(ばやし)が響くなか、人々はうちわを振り、タオルで汗をぬぐいながら山や鉾を見て回り、厄よけのちまきや手ぬぐいを買い求めていた。
平日ということもあって四条通は人の流れは比較的スムーズ。しかし、露店が並ぶ新町通や室町通は込み合っていた。
(文.写真共 京都新聞7/15より)

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2008.07.14

●「山鉾」彼是

えー、只今帰東しました。
で、宵々々山を控えた此処数日のミヤコがどんな状況だったかと云うと…。

P2008071400052暑さ連日 うだる京
京都市内は14日、太平洋上の高気圧の影響で強い日差しが照りつけ、午後1時までの最高気温が34・2度まで上昇。13日には今年初めて気温が35度以上の猛暑日となり、連日の暑さが続いている。
京都地方気象台によると、13日は午後3時44分に最高気温35・0度を記録。昨年より14日間早く初の猛暑日を迎えた。このほか舞鶴市の最高気温は34・1度、彦根市は32・3度といずれも平年を上回った。
また京都市内では熱中症の疑いで、13日に5人、14日午後1時までには4人が病院に搬送された。
14日は午前中から30度を越える暑さに、山鉾見物に訪れた観光客も疲れ気味。京都地方気象台によると、午後からは湿った空気が流入するなど、所により雨や雷雨になるという。今後、数日間の気温も30度台で推移し、蒸し暑い日が続きそう。
(文.写真共 京都新聞7/14より)

と云う訳で、土日のミヤコは盛夏を思わせるか如くの灼熱地獄 sunsunsun…。
頭上からは暴力的な日差しが照り付け、脚下よりアスファルトの放射熱が蜃気楼の様に襲ってきます。
挙句無風状態ときたもんですから溜ったもんぢゃ有馬線。
そんな炎天下の中を自殺行為宜しく、山鉾町を幾つか見物してまいりました。

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12日(土)夜、三条新町で飲んだ帰り、見物がてら室町より四条に南下する事に。
流石に日没後は涼しくなるもので漫ろ歩きにも丁度良い塩梅です。
烏丸周辺の大型鉾は組立も完了、祇園囃子も奏でられ早や宵山の風情にて。
左より菊水鉾、月鉾、鶏鉾、函谷鉾。

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因みにこの後祇園町へ移動、御多分に漏れず飲みすぎでキモチワルイ翌日を迎える破目となりました…。

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翌13日(日)、昼中各山町の様子。小型の山組みは一日で行われます。
左より黒主山、鯉山、山伏山。

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080714_031十四時頃に長刀鉾さんへ「粽」お返しと授与に伺った際の事です。
烏丸の向こう側で「何やら」賑やかな様子、覗いて見ると新町通にて「試し曳き」が行われていました。
五m計りの狭い道幅に五基の山鉾が巡行する様は臨場感に溢れ、迫力満点です。
昔の山鉾巡行はこんな感じだったのでしょう、とも思うものでありました。
以上、こんな感じの「プレ宵山」にて。擱筆。

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2008.07.02

●「ビアガーデン」 in 上七軒

上七軒「夏の風物」が昨日から始まりました。
白地浴衣の芸舞妓さんも眼に艶やかなもの、流石ミヤコと云った感でしょうか。
因みに協賛はアサヒビールさん(中ジョッキ\900)です。

どーせなら和装にて御邪魔するのが小粋なものでして。

P2008070100221風情たっぷり、舞妓と乾杯
上七軒でビアガーデンオープン

梅雨の晴れ間となった1日、京都五花街の一つ、上七軒の歌舞練場(京都市上京区)で恒例のビアガーデンがオープンした。仕事帰りの会社員や観光客が芸舞妓のもてなしで暑気払いを楽しんだ。
京都地方気象台によると、1日は最高気温が30・4度に達し、平年を1・6度上回る「真夏日」となった。
和風庭園に座席を並べたビアガーデンでは、夕暮れとともにちょうちんに明かりが入り、京の風情たっぷりに。浴衣姿の芸舞妓たちが交代でテーブルを回り、客を喜ばせた。
舞妓の市照さん(18)は「普段の座敷より気軽に花街の雰囲気を楽しんでおくれやす」とPRしていた。9月10日まで。
(文.写真共 京都新聞7/2より)

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2008.07.01

●歳時記「家の近所.夏」

扨々今日から七月、早いもので一年ももう折り返しです。

そんな「文月」だけあって、家の近所から夏風物の「文」が届きました。
嵐山は大堰川の鵜飼、前日試乗会の様子です。
尤も香魚にとっては災難でありますが。

P2008063000183_2かがり火の幻想ゆらり
嵐山の鵜飼 大堰川で試乗会

7月1日から始まる京都・嵐山の鵜飼(うかい)を前に、渡月橋上流の大堰川で30日、関係者を招いた試乗会があった。
まだ肌寒さが残る川面にかがり火の明かりが揺れた。参加者は自在に6羽を操る鵜匠の手綱さばきを眺め、水しぶきを上げて魚をとる鵜の動きを楽しんだ。
今年は源氏物語千年紀にちなみ、平安貴族の船遊びを再現した「宮廷鵜飼」船もお目見え。白い装束の船頭が御簾(みす)や灯篭(とうろう)をつるした見物船を操った。
9月15日まで行われる。
(文.写真共 京都新聞7/1より)

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2008.05.28

●「蛍如す」

疎水辺りから、早や源平宵絵の便りが届きました。
祇園巽橋の白川蛍もそろそろでしょうか。
百五十万都市の町中で蛍狩りが出来るのはミヤコならでは。

因みに表題は「ほのか」に掛かる枕詞にて。

P2008052700174ホタルふわり、光のダンス
左京・琵琶湖疏水

京都市左京区北白川の琵琶湖疏水(そすい)分線で、ホタルの淡い光が初夏を彩っている。ふわりふわりとした黄色い光跡が水面に描かれ、幻想的な光景を浮かび上がらせている。
27日夜も疏水分線沿いに数10匹のホタルが飛び交った。近所の親子やカップルが次々と訪れ「うわー光ってる」「かわいい」と喜びながら、ホタルの動きを眺めた。
美化活動やホタルの保護に取り組む地元の「白川源流と疏水を美しくする会」によると、今年は昨年より3日早い5月15日に飛び始めた。6月初めごろまで見られるといい、会は「マナーを守って楽しんでほしい」と呼びかけている。
(文.写真共 京都新聞5/28
より)

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2008.05.18

●「深泥池」のこと

「深泥池」
ミヤコ洛外は上賀茂北東に位置する湿地状池沼にて。
池が形成されたのは十四万年以上前、ウルム氷期から残存する水生植物群落が今日に於いても多数生息しており生物生態学的にも貴重な自然遺産。

そんな学術的見地は扨置、市井民にとっては別の意味にて遍く人口に膾炙しておりますこの深泥池。
所謂ミヤコ有数の「出る」スポット、「清滝トンネル」「将軍塚」「宝ヶ池」と並ぶ心霊名所でもあります。

と云う訳で下記書籍、早速アマゾンにて購入。
先程手元に届いた次第でして。

P2008051300022深泥池“百科”出版
京滋の研究者ら69人執筆

国の天然記念物に指定されている深泥池(京都市北区)の生き物や植物、歴史文化を網羅した本「深泥池の自然と暮らし」がこのほど、出版された。京都、滋賀の研究者ら69人が執筆した。深泥池百科ともいえる内容で、池の保全に向けての提言も盛り込んだ。
川那部浩哉・滋賀県立琵琶湖博物館館長ら研究者7人が中心となって編集した。

本では、池は氷河期から残る手つかずの自然というイメージを否定。平安時代以降の人間活動が現在の池を形作ってきたとした。
例えば、貧栄養を好むミズゴケの湿原が維持されてきたのは▽名物のジュンサイ採りが栄養物を池から取り除くことになり、水質の富栄養化を防いだ▽池をかんがいに利用していたので底の泥が流れ出し、浅場を好むヨシが侵入できなかった-など人間の営みが関係しているという。

しかし、天然記念物に指定されて人の手が入らなくなったことに加え、近年は周辺開発が池の環境悪化を招いた。ミズゴケの枯死やヨシの侵入、ブラックバスなど外来種の繁殖などが問題になっているという。水質保全に向け、池周辺の森林も含めた集水域の管理が必要と指摘した。
編集メンバーの竹門康弘・京都大防災研究所准教授は「希少生物が次々と発見され、調べれば調べるほどすごい池だ。里山と同じように活用しながらの保全を検討する必要がある」と話している。
B5判、247ページ。本体価格3000円。問い合わせはサンライズ出版TEL0749(22)0627。

■深泥池(みどろがいけ) 京都市北区上賀茂深泥池町にある周囲約1・5キロ、面積約9ヘクタールの池。成立は14万年前の氷河期にさかのぼり、ホロムイソウなど寒冷植物や高山にみられるミズゴケ湿原「浮島」がある。1927年に植物群が国の天然記念物に指定され、88年には生物群全体に指定が拡大された。
(文.写真共 京都新聞5/13より)

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2008.05.16

●賀茂の祭り

斎王代発表から御禊儀、歩射神事、賀茂競馬、御蔭祭…。
約一ヶ月の前儀を経て、昨日が本祭でした。
と云う訳で、今年の「賀茂祭」二題。

天候も五月晴れ、祭日和も宜しく神事恙無く執り行われた様子です。

P2008051500092新緑の都大路に源氏絵巻
葵祭

千年紀を迎えた源氏物語にも描かれた葵祭が15日、京都市内で繰り広げられた。フタバアオイを挿し、王朝装束に身を包んだ約500人の行列が、平安時代の優雅な雰囲気を醸し、新緑映える都大路を進んだ。
京都三大祭りの一つで、上賀茂、下鴨両神社の例祭。正式には賀茂祭といい、起源は1400年前にさかのぼる。源氏物語では、車争いの場面が有名。道中の行列は「路頭の儀」、両神社での神事は「社頭の儀」と呼ばれる。

午前10時半、初夏の陽気の中を、本列(近衛使代列)が玉砂利を踏みしめて京都御所(京都市上京区)を出た。狩衣(かりぎぬ)姿の肝煎(きもいり)を先頭に、紅色の水干(すいかん)姿の牛童(うしわらわ)が綱を引く牛車(ぎっしゃ)が車輪をきしませて進んだ。
斎王代列(女人列)が続いた。あでやかな十二単(ひとえ)をまとったヒロインの斎王代が乗った腰輿(およよ)が近づくと、沿道を埋めた2万6800人(午前11時、京都府警調べ)が見つめた。
(文.写真共 京都新聞5/15より)

P2008051500123新調の十二単晴れやか
葵祭 左京・喜多川さん作
紅梅色の唐衣(からぎぬ)が陽光に映えた。葵祭のヒロイン斎王代がまとう十二単(ひとえ)が今年、25年ぶりに新調された。人間国宝の有職(ゆうそく)織物作家・喜多川俵二さん(72)=京都市左京区=が、亡父に続いて装束を手掛けた。「責任を果たせた。天国の父にも喜んでほしい」。15日午後、25年前に父が祭りを見詰めた北区の加茂街道で、斎王代の姿を追う。

1956年、斎王代列が復活した時、父親の故平朗さんが源氏物語絵巻を参考に斎王代の装束をつくった。妻を亡くして気落ちしていた平朗さんを元気づけようと、家族が装束の再制作を勧め、喜多川さんも手伝って、83年に完成した。「斎王代の装束は家族にとって意味深く、大切なものです」と思い入れが強い。
今回は1人で唐衣と表着を仕上げた。「自分が全責任を負うわけですから、重みが全然違います」。手本は父親がつくった装束。長年の使用で色が焼けた部分は、当初の色に戻すよう心掛けた。

この日朝、斎王代の村田紫帆さん(25)=東山区=は新しい装束を着けて「身が引き締まる思いです」と緊張気味に話した。
大役に決まってから1カ月余り、「うれしさと不安」を抱きつつ、斎王代のことばかりを考えてこの日を待ち続けた。知り合いからは祝福され、4日の「御禊(みそぎ)の儀」で斎王代に寄せられる視線を肌で感じた。
「思った以上に注目されて戸惑いますが、いい経験です。やるしかないです」。きりりとした表情で腰輿(およよ)に乗り込んだ。
(文.写真共 京都新聞5/15より)

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2008.05.15

●「愛宕詣」傾向と対策

先日帰京の後日談(最近こればっかですが…)。

「東の比叡」と並び称される「西の霊峰」愛宕さん。
その頂、標高924mのミヤコ最高峰にて鎮座おはせまするのが京都.愛宕神社。
遷都以降は王城鎮護の守護神として、亦現在に於いては火伏神として崇敬を受ける同社は全国八百余、愛宕社の総本社です。

私め、現在トーキョー在住の身でして、流石に「月参り」とは行きませんが「火迺要慎」の祀符を戴きに年に一度は詣でております。
と云う訳で、以下は先日五月四日「愛宕詣」の登頂記。
愛宕さんに参られる際は登山計画の考材にでもして下さい。

幾つか有る参拝ルートのうち、今回御紹介するのは一番オーソドックスな「清滝からの表参道コース」です。
因みに標識なぞでは「山頂まで約二時間」と記されていますが、四十男が休憩せずに登頂して、所要時間約一時間程である事を参考迄に。

0508_032【写真右】奥嵯峨鳥居元、一の鳥居。
旧来は此処より50丁(5454m)の道程が愛宕詣。

【写真左】試峠の幽霊トンネル。
深泥池と並び、ミヤコの「出る」心霊名所です。

1_2
080503_012【写真左】清滝の表参道登山口。
此処より40丁(4.2km)を数えて山頂となります。
080503_048【写真右】五分程歩くと3丁目、「お助け水」到着。
尤も水を欲するには少々早過ぎますが…。

0508_054_3
【写真左.中】暫くはコンクリートや矩形石で舗装された山道が続きます。
足場も良く、勾配も程々にて快適な登山道。
080503_023【写真右】5丁目、少し視界が広がった所処にある民家跡地。
この辺りから本格的に「山登り」開始と云った心持ちに。

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080503_0207丁目位からの参道は、自然石組や丸太組みの不定形な足場に。
この後20丁目位迄は急勾配、厳しい登り道が続きます。

12080503_01812丁目(三合目)に最初の休憩小屋。
山頂本宮迄あと2.9km。
休みたいのは山々ですが、此処は我慢して登山を続けるべし。

因みに鳥居本からの換算では、此処が丁度行程の半分です。

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080503_044漸く20丁目(五合目)に到着。休憩処脇には大杉大神。
愛宕登山の難所は是にて一旦終了。

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取敢えず愛宕山参道で急勾配が続くのは此処迄です。
御老身.婦女子以外の方々(所謂成人男性)なら、この辺りまでは我慢して休憩せずに登りましょう。そうすると後々の行程が大分楽になります。
休憩を入れるのが一度なら27丁目小屋。二度なら20丁目と30丁目が最適かと。

序で云う迄も無く、下山の際は此処よりの下りが足突き八丁。
登下山の疲労蓄積に加え、足場の悪さが追い討ちをかけるので御留意を。

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此処からは一転、比較的優しい参道。
平坦道→緩勾配の繰り返しが四~五回続きます。

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080503_041【写真左】27丁目(七合目)の休憩小屋。
落語噺でも有名な「愛宕山(かわらけ投げ)」の旧跡です。
【写真右】此処は山道中で最も見晴らしの良い処。山頂本宮迄あと1.6km。

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080503_034【写真左】30丁目水尾別れ。
三又の道を右に登ると山頂、左に下ると水尾の里です。
当日は小雨模様もあって、この辺りから急に濃霧となりました。

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真夏以外の登頂の場合、この辺から長袖の着用が必要となります。
参道も比較的緩勾配が続き、汗も引いてくる所処で薄ら冷え込んできます。
1000m未満の山と侮る事無かれ、下界と山頂の温度差は10℃程あるので御注意。
尚、冬場に於いてはこの辺りより山道が氷結しており、アイゼン必携。

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32丁目、近年迄「火伏せの樒」が売られていたハナ売場跡。

何時も此処迄登ると「ほっ」と一息。
ここら辺りまで来ると先が見えてきます。
山頂本宮迄あと1.1km、ラストスパート。

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080503_01734丁目。ハナ売場跡から暫くした所処。
階段が切石組から丸太組に変わります。
080503_00636丁目。横転した大杉が参道頭上を横切っています。。
何時からか覚えていませんが、大分昔からずーっとこのまま。 

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080503_02939丁目。黒門が見えてくれば山頂はもう目の前。
因みにこの山門、明治の神仏分離令に由り破棄された白雲寺の遺構です。

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080503_02840丁目。愈々神社境内に入って来ました。
左手には社務所が伺えます。

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【写真左】最後の試練、本宮迄続く石畳階段。
【写真右】銅板巻の鉄鳥居が見えてきました。あと百数十段で到着です。

0508_028_2漸く愛宕神社本宮到着。
此方で宮司さんから「火迺要慎祀符」(御守や樒も)を戴きます。

当日は生憎の小雨模様にて足場も不安定の為、登山タイムは58分。
残念ながら自己更新はなりませんでした。


関連過去ログは下記にて。
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/05/post_dcfe.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/05/post_7d15.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/05/9_dc84.html

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2008.05.14

●「有頂天家族」トレイル 後篇

前述記事の続きにて、「有頂天家族」トレイル後篇。
【下鴨~出町柳界隈】篇です。

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【写真左.中】下鴨神社「糺の森」二写。
云う迄も無く下鴨一家の居住地。結構広いので塒の確認迄は出来ませんでした。
【写真右】は御手洗川。矢四郎がラムネを飲みながら夕涼みしたり、矢三郎が母に蹴り込まれたりする所処です。

077
作品中、頻繁に登場する出町柳商店街(桝形商店街)。
糺の森からは徒歩十分位です。

025『出町柳商店街の裏』路地を散策。

商店街中には二筋の小路が縦断しており、天狗先生の住んでおられる「コーポ桝形」はこの何れかの近辺だと思われます。
残念ながら木造二階建てのボロアパートは探し出せませんでした。


026『出町柳商店街を通り抜け寺町通りに出た所』に在る蕎麦屋さん。
矢三郎が金閣銀閣の謀略により捕獲された「竹林亭」のモデルだと思われます。

丁度小腹も空いており、折角なので此処で昼餉とする事に。件の玉子飯は無かったものの、親子丼を頂きました。

027_2
【写真右】蕎麦屋を出て寺町通りを北に望む。
矢一郎が人力車を疾走させ、天狗先生を風呂屋に連れて行く道筋でもあります。
【写真左】は該当のお風呂屋さん「鞍馬湯」。
入ろうか迷ったのですが、湯船で虎と狸が喧嘩していても嫌なので止める事に。
立地距離的にも、此処は百%間違いの無い所処です。

と、以上まぁこんな感じでした。
特に意味の無い企画だったのですが、其也に阿呆らしく楽しいもので。
差し詰め「面白きことは良きことなり」と云う事で。擱筆。

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●「有頂天家族」トレイル 中篇

前述記事の続きにて。
「有頂天家族」トレイル中篇、【岡崎~丸太町今出川周辺】篇です。

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冷泉通りより「夷川発電所」三写。
雨中「鴨虎」と化した矢一郎が、金閣銀閣を疎水に放り込んだのはこの辺です。
【写真右】の岬先には「北やん」こと北垣国道知事の銅像が。

此処発電所周辺で、今企画の中でも最も困難であろう「偽電気ブラン工場」を探す事と致しました。
夷川家統括、秘密工場捜索の建造物条件は以下の通り。
 ①「左京区聖護院蓮華蔵町」内で
 ②其也に薄汚れた建物で三階建て、
 ③「三階から冷泉通の桜並木」と、
 ④「同、夷川ダムと疎水事務所」も見下ろせる場所。

是等、該当条件を全てクリアした物件が一軒だけ有りました。
http://map.livedoor.com/map/scroll?MAP=E135.46.43.4N35.0.47.2&ZM=12

015
発電所北側、聖護院保育園の西側に佇むこの建物。
「左京消防団 川東分団器具庫」と云う表示看板も何やら胡散臭く感じられます。
そう云えば偽電気ブラン開発者の甘木氏も旧京都中央電話局職員、上記建物も京都市消防局庶務課主管。
所管部課は違えど、同じお役所の管轄物件と云うのも尚更アヤシイものです。

中に入ろうとしたのですが生憎閉まっており、内部捜索は已む無く断念。
この辺迄来ると、周りにいる人々が皆狸に見えてくるものです。

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丸太町東山は熊野神社。
『玉垣で覆われた神社西側の町内』に在る「魔王杉」へ。
町内一通り散策したのですが「これは」と云う古木が特定出来ませんでした。
【写真右】が一番其れらしか