2015.08.19

●どこをどう歩いたのだろう、私が最後に立ったのは丸善の前だった。

えー、「下流化」と云うか「没個性化」と云うか「大型資本化」と云うか…。
街としての魅力を失い「変わり映えのしない一地方都市の繁華街化」久しいミヤコ.河原町通。
商業地域としての相対的地位は寺.御幸.麩屋/烏丸/三条に取って変わられてしまい、下手すりゃ「二条の上」や「四条の下」にすら抜かれているかも知れません。
往時の河原町全盛期を知る者にとっては甚だ悲しい状況なのですが、そんなオジサン世代にとって、少し明るく懐かしいニュースが聞こえて参りました。

明後日、8月21日より「河原町丸善さん」が復活致します。
入居テナントビルは同日に隣ビルと合わせての改装増床.リニューアルオープンするBALビル、旧丸善の数十m下(南)で立地は殆ど変わりません。
地下1&2階と云うのが「喉に小骨」ですが、まぁこの御時世に路面店の大型書店を望む方が無理と云うもの。
旧河原町店と大体同じ店舗スペースを確保出来たので是としましょう。
あとは質量のバランスを踏まえ、特色ある書架作りが出来るか如何か。
個人的には古建築関連の叢書なんぞ厚めに揃えてくれると有難いのですが、この際ミヤコ新機軸(?)の「二次元萌え」コーナーってのも有りかと思います。

所処で丸善さんが大日本印刷の子会社になったのは存じていましたが、その丸善CHIホールディングスがジュンク堂書店を吸収合併していたのは、今回のニュースで初めて知りました。
紙モノ媒体受難のこの時代、出版/印刷業界も色々と大変な様でして。

旧丸善さん、及び関連ログは下記にて。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/bamboo-wp9.html

20150818183533818remon「檸檬」舞台の丸善、21日に復活 
レモン設置コーナーも

梶井基次郎(1901~1932年)の小説「檸檬」に描かれた書店の丸善が21日、10年ぶりに復活する。京都市中京区河原町通三条下ルの専門店ビル「京都BAL」の地下1・2階に開店する「丸善 京都本店」。18日の記念セレモニーで京都最大級の約3300平方メートルの店内やレモン設置コーナーが披露された。
小説の主人公がレモンを置いて立ち去る丸善は三条通にあった「京都支店」。40年に河原町通蛸薬師上ルに移転し、2005年に閉店した。式典で丸善ジュンク堂書店の工藤恭孝社長は「10年間のブランクを取り戻し、愛される書店にしたい」とあいさつした。
和書100万冊、洋書7万冊に加え、高級文具の品ぞろえも充実。主人公にとって憧れであり、気詰まりの対象だった大正期の丸善の香りが漂ってくる。
(文.写真共 京都新聞8/18
より)

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2015.01.13

●太秦萌.17歳「その後」

えー、本日は年末年始帰京の後日談。

一月二日は地下鉄.京都市役所前で下車した際の事です。
大きく進化(?)を遂げた「例の」企画キャラ.ポスターを目の当たりにし、新年早々軽い目眩を覚えました。

「京都市交通局は何を目指してるんだろうか…」。

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【写真上】太秦萌(エボリューション版)

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【写真上】松賀咲(エボリューション版)

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【写真上】小野ミサ、松賀咲(エボリューション版)

「うーん、ミヤコは相変わらずヘンな方向に萌えているらしく…」。

それにしてもこのキャラクター達、企画当初はもっと垢抜けないデザインだったのですが(↓)、暫く見ない間に随分と「アニメ顔」になったものです。
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2011/07/17-3bd4.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2012/01/post-c0d9.html

ピックアップされているのも主人公の幼馴染みと、完全に「女子高生萌え」路線。
同じく新キャラの「おじさん」「おとーさん」とかは何処に行っちゃったんでしょうね。

とか云って一寸ググッて見るとこのシリーズ、京都学園大やマンガミュージアムとコラポして、続々と「新たな仲間」が誕生しているとの事。
更には「FB」や「CMアニメ」迄制作されている(しかも好評)らしく、最早「暴走」に歯止めは掛けられない様子です。

嗚呼、そのうちに「鹿苑寺金子」「慈照寺銀子」とか現れそうな悪寒…。

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【写真上】おまけ、 来月開催される京都マラソンのポスター。
こっちの方は本当に「燃えて」もらわないとね。

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2015.01.02

●再び「雪威襲来」

えー、アケマシテオメデトウゴザイマス二日目。

つい先程は21時過ぎ、嵯峨駅前のローソンに煙草を買いに行った際の事。
片道3分程の道程なのですが、結構な苦行が待ち受けておりました…。

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…「果たして此処は何処の雪国だっsnow」。

今宵のミヤコも元日に続いての大雪襲来。
日中の冬晴れ気配は何処へやら、宵刻深まるにつれ益々降り足増して参りました。
しかも前日と異なるのは、その吹雪具合。
「ビュービュー」「ゴーゴー」と横殴りの強風で、目を開けて歩くのすら難儀致します。
年間スキー滑走日数40~50日を数え、豪雪地帯には慣れっこの私めが云うのですから、決して大袈裟な表現では御座いません。

唯一の救いは思っている程寒く無い事。
ミヤコ(特に洛外)の冷え込みは湿度の高い降雪時より、「キーン」と響く乾いた底冷えの方が厳しいのでありまして。

因みに今夜の京都はこの儘「雪」、明朝未明頃に止むとの天気予報。
扨果、明日のミヤコぱどーなっているんでしょうかねぇ。

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2014.01.03

●2014.ミヤコ初詣「松尾大社」

えー、アケマシテオメデトウゴザイマス三日目。

元日は亀岡ロードレースから帰宅後、実業団駅伝とおせちを肴に「迎春酒宴」。
テケトー「イイ気分」になった所処で、酔い醒ましを兼ねて初詣へと出掛けました。

えっ、「真昼間から酔態で参拝してバチなぞ当たらないのですか」って?。
「良いんです」。

何故なら詣でた先は松尾大社さん。
日本第一醸造神、延いては「お酒の神様」なのですから。
と云う訳での「ミヤコ八百万神様への新春参賀」、松尾さん参詣記になりまする。

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【写真上】大鳥居前より参道を望む。
此方は幼少の頃より慣れ親しんだ我が家の初詣先、且つ「お酒の神様」にて職業柄参詣しない訳には参りません。
尤も現在無職五年目、商いに「とんと」は携わっておりませんが…。

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【写真左】参道より楼門を望む。
流石元日、入相前だと云うのに結構な人出。
しかしこれでも昨年に較べると空いている方です。
境内背後に鎮座するは、御神山の松尾山。

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【写真上】松尾さん新春名物、「干支大絵馬」。
楼門を潜ると真っ先に目に付くのがコレ、境内一番の「参詣記念.撮影スポット」です。

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【写真上】拝殿貢物風景.その一。
ずらりと並ぶ一升瓶、松尾さん風情満喫と云った感じです。
流石「日本第一酒造神」、と云った趣。

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【写真上】拝殿貢物風景.その二。
此方に並ぶは「酢」「味醂」「味噌」…、「醸造繋がり」で奉納されている品の数々。

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【写真上】拝殿貢物風景.その三。
側面だけでは収まりきらず、背面にも一升瓶がずらり。

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【写真上】取敢えず本殿にてお参り。
本殿脇にもビールケースが山積みされております。

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【写真上】奉納一斗樽の隣では、干支枡酒の振る舞い(\1200)。
境内では枡を片手に飲りながらの参詣客も多し。
話は冒頭の枕に戻りますが、要するに「飲んでから詣でるのか」「詣でてから飲るのか」の違いだけなのです。

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【写真上】境内焚火風景。
「お参り」を済ませ「服酒御守」を授いた後は、拝殿横の焚火で暖を取る事に。
此処でも枡を飲っている方が多数おられますね。

元日のミヤコは比較的暖かかったのですが、そこは「底冷え」の地。
加えて洛西の地は洛中よりも冷えるものでして、火廻りは手を翳す参拝者で賑わっておりました。

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【写真上】楼門より眺む参道の露店群。
お子様にとっては「お参り」よりこっちの方が「メイン」でしょうね。

何時もこの後は「月読神社」に立ち寄るのですが、元日は雲間から青空が覗くにも関わらず、「降ったり止んだり」の繰り返し。
「狐が嫁入り」して「不和出戻り」して「再度婚礼を挙げる」様な空模様でした。
そんな訳で月読尊への御挨拶はキャンセル、帰途へ着くと致しました。

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【写真上】帰路の折、罧原堤より北西を眺む。
洛西の名山が一望出来るパノラマスポット。
西山連峰より連なる形で左より「松尾山の稜線」「嵐山」「亀山」「小倉山」「曼荼羅山(鳥居)」、そして中央最奥に鎮座するは霊峰愛宕。
こうして観ると嵯峨.嵐山は「ミヤコの北西隅」にあるのが再確認出来るものです。

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【写真上】毎年恒例の授与品。
嘗ては「販酒御守」「服酒御守」の二札を授かっていたのですが、此処四年は「売る立場」でも無いので「服酒御守」のみの授与。
サテハテ、再び「販酒御守」を手にする日は来るのでしょうかね。

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2013.09.15

●参道にマンション

えー、本日は「私めが『酒司』だった」頃、に関するおハナシ。

嘗て赤坂に暖簾を掲げていた弊亭、店内でお出しするお水は全て「染井」で汲んできたものでした。
帝都でミヤコの井戸水を供するのは費用と労力からも非効率の極み、カナリ「阿呆」のやる事です。
然乍らそー云う「徒爾」が何よりも好きな私め、せっせと月イチで水を汲みに上洛し、亦ミヤコの同業知己にも月2~3回ポリタンクを送ってもらってたのでした。

と、例に由って「長い枕」となりましたが、以下本題。
その染井戸の所在する「梨木神社」さんで、何と参道前にマンション建設が立案されているとの事。
しかも東京や大阪のゼネコンが市.各種建築条例の網目を掻い潜って計画したのかと思いきや、音頭をとっているのは当の梨木さんで御座います。
しかしこの件、一概に神社サイドに非難の声を上げる訳にもいかない事情もあるのでして…。

創祀1885年とミヤコでは「つい最近」出来たばっかりの梨木さん、当然の如く境内建造物は近世以降のものだけでして、文化財指定になっている物は一宇もありません。
従い建物の老朽化に伴う改修に国や府.市からの補助は皆無、資金は自前で捻出するか氏子その他の寄進に頼るしか無いのです。
近年梨木さんは本殿等の大規模な普請を行った計り、更に重なる修築に資金繰りも立ち行かなくなり、結果こう云う選択になったのかと思われます。

実際ミヤコの小寺小社には、金策滞り「築地塀が崩れた儘」「屋根瓦が剥がれた儘」だったりする風景を至る所処で目に致します。
ま、洛中ど真ん中に位置し分譲出来る土地があった分、梨木さんは皮肉にもこう云う形で「打つ手があった」のでしょう。

角云う私めも「水20ℓ」汲んで300円しか賽銭を納めなかった身。
余り文句の云える立場ぢゃ無いものでして…。

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梨木神社境内にマンション計画 
京都御苑の東隣

京都御苑の東隣にあり、ハギの名所として知られる梨木神社(京都市上京区)が境内の土地を業者に貸し、マンションの建設計画を業者が進めていることが10日、分かった。同神社は「本殿などの改修費用を借地料収入で確保する」と説明している。
計画では、境内約8100平方メートルのうち、参道があり、駐車場として使っている南側部分約2100平方メートルを、下京区のマンション開発業者に60年間の期限付きで貸す。業者は地上3階(最高部は13メートル)と地下1階で、35室の分譲マンションを建設し、2015年に完成する予定だ。
梨木神社は昨年、所属する神社本庁(東京都)に建設計画を伝えた。しかし、参道上に建設し、御所に近いため承認を得られず、同庁を離脱した
多田隆男宮司(62)によると、京都三名水の一つとされる「染井の井戸」は現状のまま残る。神社は2011年、老朽化した築130年の本殿や拝殿などを約1億3千万円かけて改修。社務所や能舞台などの改修も予定しているが、寄進が集まっていない。
市によると、現地は高さ15メートル以下ならマンションなどを建設できる地域。都市計画法に基づく歴史遺産型美観地区のため屋根や軒の設置が必要で、周辺と調和した色合いにしなければならない。市眺望景観創生条例で京都御苑から見える眺望を建造物で阻害しないよう求めている。
梨木神社は1885年の創建。王政復古を唱え、明治維新の原動力となったといわれる三條実萬・実美の父子を祭神としてまつる。
(文.写真共 京都新聞9
/11より)

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2013.08.22

●祝「記録達成」

と、申しましても本日4000本安打を達成した野球の人の話では非ず。
例に由っての「ミヤコネタ」で御座います。

えー、夏の京都と云えばその湿度(不快指数)の高さから「茹だる暑さ」なぞと評されますが、果たして今年はそんなもんぢゃ済みません。
「茹だる」上に萌える 燃える」太陽、「焼ける」陽射しの酷署が続いております。

と云う訳でミヤコでは15日連続の猛暑日、1946年の戦後記録を更新したそうです。
実は私め、このうち「10日間」は盆帰省でミヤコ滞在。
その暑さを「肌」で実感して参りましたが、ホント「極悪非道な炎熱地獄」の連続でした。
送り火翌日の土曜日に「今日は暑さマシだな」と思ったら、それでやっと36.3℃。
何せ東京に戻った際の第一印象が「わぁ、なんて涼しい」、でしたからね。

因みに下記事は昨日夕刊のもの。
今日もミヤコは37.5℃を記録して、目出度く記録更新「継続中」で御座います。
sunsunsunsunsun  sunsunsunsunsun  sunsunsunsunsun  sun ←今ココ

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京都15日連続猛暑日、戦後記録更新
京都府内は21日、午前中から気温が上がり、京都市では午後1時ごろに最高気温が37・1度となり、15日連続の「猛暑日」を記録した。1946(昭和21)年に観測した14日連続の戦後の記録を更新した。
下京区のJR京都駅前では、太陽が照りつける中、日傘を手にした女性たちが噴き出す汗をハンカチでぬぐいながらバスを待っていた。
京都地方気象台によると、午後1時までに京田辺市が35・4度、福知山市が35・6度の猛暑日となった。「週末までは暑い日々が続く」とし、熱中症に注意を呼びかけている。
(文.写真共 京都新聞8/21より)

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2013.08.14

●暑いと云うには余りに篦棒な暑さよ

えー、8月14日はミヤコ帰京六日目。

先週金曜日の帰京以来、此処ミヤコは「諸行無常」の暑さが続いております。

8/09(金) 37.2℃ sunsunsun

8/10(土) 38.2℃ sunsunsunsun

8/11(日) 39.0℃ sunsunsunsunsun (ミヤコ歴代2位タイ)

8/12(月) 38.1℃ sunsunsunsun

8/13(火) 38.0℃ sunsunsunsun (国内7位/929地点中)

8/14(水) 38.1℃ sunsunsunsun(国内6位/929地点中) ←今ココ

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【写真上】サンシャインニードルに晒される「きぬかけの路」。
朝10時半でこの陽射し(しかも洛外)、もう手が付けられません。
この後気温はグングン上昇、15時頃にはカナリ酷い天気になっているのでした。

イヤハヤ、これぢゃ折角「お盆帰り」に戻られたご先祖様も、「熱中症」で再びあの世へ搬送されかねません。
明後日の送り火、火床役の方に於きましては呉々も御身体御自愛の程を…。

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2013.06.21

●文字通り勇躍「凱旋」

えー、吉符入り迄あと10日に迫って参りました今年の「祇園祭」。
然乍ら本日は「来年の祇園さん」のおハナシで御座います。

1988(昭和63)年に山鉾が32基となり、ほぼ現行の形態となった「祇園祭.山鉾巡行」。
以来四半世紀、山鉾数や巡行路.籤組み等の変更は殆どありませんでした。
しかし来年より、祭りの態様が大幅に変わる事となりそうです。

一つは1966(昭和40)年から現状形式にされていた合同巡行を往時の形に戻し、「前祭」「後祭」の二部開催するとの話。
そしてもう一つは元治の大火(1864年)以降、焼山となっていた「大船鉾」が150年振りに復興、初の「平成鉾」として宵山と巡行に参加する予定になっているのです。

この「大船鉾」、所在は新町通四条下ル四条町、正式には「凱旋船鉾」と申します。
実は応仁の乱以前より、祇園祭には船を形取った鉾が二基存在しており、一つは現存する「船鉾」、そしてもう一つがこの「「凱旋船鉾」。
船鉾が神功皇后の出陣を表すのに対し、凱旋船鉾はその名通り帰還を表すもので、永らく「後祭」の巡行掉尾を飾る鉾でした。

そんな訳で「後祭復活」と「大船鉾再興」は云わば二つで一つのピース。
未だ事細協議の続いている「後祭」の有り方と共に、非常に気になる所処です。

因みに昭和以降に再興された山鉾は「菊水鉾(昭和28)」「綾傘鉾(昭和54)」「蟷螂山(昭和56)」「四条傘鉾(昭和63)」の四基。
実に26年振りに鉾数が増える(戻る)事になるのでして。

と云う訳で来夏には宿願叶い「巡行復活」。
否々、鉾名からして150年越しの「船出」と云った方が宜しいかもね。

尚「後祭」復活に就いての関連過去ログは下記参照の古都。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2012/10/post-6a00.html

20130611134138gion大船鉾“今にも動く”  
祇園祭・来夏巡行へ欄縁など新調

幕末の大火で焼失した鉾を復興中の祇園祭・四条町大船鉾保存会(京都市下京区新町通四条下ル)が、囃子方が乗る「甲板」を囲う欄縁と、音頭取りが握る力綱、鉾の曳き綱を新たに作った。9日、下京区の京都ヨドバシビルに展示している製作途中の鉾に取り付けた。来夏の山鉾巡行に鉾での復帰を目指す保存会員たちは、綱を曳けば動き出すまでに復興が進んだ鉾の姿に感無量の様子だった。
 
甲板の左右各7メートルと船首部分1メートルの欄縁は、黒主山保存会(中京区)からの寄付で製作された。漆塗りの黒蝋色(くろろいろ)仕上げで、黒光りしてひときわ輝いて見える。黒主山の清水優代表理事(60)は「後祭の仲間に加わった大船鉾の復興に貢献できてうれしい」と話す。 
力綱は2本あり、長さは各約1・9メートル。鉾の前面に立って前傾姿勢で「エンヤラヤー」の掛け声を発する音頭取りが握る。祇園祭の神輿の一つ、中御座を運営する三若神輿の母体、公益財団法人「祇神会」(中京区)の寄付で作った。曳き綱も2本あり、長さはそれぞれ約43メートル。麻製で、自前で製作した。 
大船鉾の復興はたくさんの厚意に支えられている。胴体の木部は京都青年会議所、製作中の船上の屋形は京都ライオンズクラブが寄付した。四つの車輪と車軸、鉾の重心を下げる大型の角材「石持」は、昨年11月に菊水鉾保存会から譲り受け、修理して利用する計画だ。大船鉾の松居米三理事長(80)は「皆さんのおかげです。完成はまだ先だが、鉾を動かせる機能が整ってきました」と感謝した。大船鉾は、焼失から150年の来夏、鉾での巡行復帰を目指している。今年の巡行(7月17日)には、昨年同様に鉾ではなく、唐櫃を担いで参加する。
(文.写真共 京都新聞6/11より
)

201306141407160614sicgion大船鉾の展示施設 
入場者10万人超える 下京

京都市下京区の京都ヨドバシビル内にあり、製作中の祇園祭・大船鉾を展示している「市無形文化遺産展示室」の入場者数が13日、10万人を超えた。2011年10月の開館から1年8カ月足らずでの達成となった。
10万人目は、福岡県柳川市の会社社長森田フミ子さん(72)。7年前に69歳で亡くなった夫のお骨が、展示室近くの東本願寺に納めてあり、毎年参っている。今年は、孫の志保さん(18)と訪れ、同寺に向かう途中に展示室に立ち寄った。
展示室前で式典があり、祇園祭山鉾連合会の吉田孝次郎理事長と、四条町大船鉾保存会の松居米三理事長、京都市の関係者から祝福を受け、天保時代に鋳造された、囃子に使う鉦の文様を写し取り、「凱」と墨書された色紙と、厄除けちまき、扇子を記念品として受け取った。
(文.写真共 京都新聞6/14より
)

201306182043020618gionmaturi大船鉾の歴史振り返る 下京でシンポ 
復興の現状説明も
復興中の祇園祭・大船鉾(京都市下京区)をテーマとしたシンポジウム「150年の時を経て よみがえる大船鉾」(京都商工会議所主催)が18日、下京区の池坊短期大で開かれた。
大船鉾は、来年からの鉾による巡行復帰を目指している。吉田孝次郎・祇園祭山鉾連合会理事長が基調講演して祇園祭の起源を説明。来年からの実施を目指す後祭巡行について「本来の祈りの姿を、大船鉾復興に合わせて取り戻したい」と話した。
続いて、四条町大船鉾保存会の松居米三理事長が、15世紀の文献に大船鉾の記述が初めてみられることや、応仁の乱、天明の大火、蛤御門の変の大火で大船鉾が3度、焼失した歴史を振り返った。また、大船鉾の設計を担当している末川協さんが、復興の現状を説明した。

森田さんたちは、特別に鉾に上がって見学。「来年の山鉾巡行に鉾が出るならぜひ祇園祭を見に来たい」と話した。
(文.写真共 京都新聞6/19より
)

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2013.01.16

●半月前のハナシ「洛西篇」

えー、先日帰京の後日談。
元日三日目の私め、「ミヤコ八百万の神々様」へ新年の御挨拶に伺って参りました。
所謂「初詣」と云うヤツです。

「って、もう半月前のハナシじゃ無いか!」。

実はトーキョーに戻って以降、「スキー行ったり」「ラグビー観に行ったり」「スキー行ったり」、すっかり初詣ログ立てを失念しておりました。
と云って、この儘数十枚の写真を捨ててしまうのも口惜しいもの。

と云う顛末で、「時宜遅れ」甚だしいエントリー。
「ツール.ド.ハツモウデ」その①、足は勿論「チャリンコ」で御座いました。

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【写真上】車折神社さん。
先ずは自宅から5分掛からない車折さんへ。
此方は「鹿王院」「天龍寺」と並ぶ、幼少時分の三大境内遊び場。
アクセス上、南門から北門への逆さルートで参詣致しました。

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【写真上】摂社.芸能神社。
境内には数多くの摂社が建ち並んでおりますが、矢張り代表格は此方。
最近ではネットやメディアの所為で、本殿よりも注目度が高い気がします。
尤も同社ホームページ↓の「間違った力の入れ具合」は以前からでして…。
http://www.kurumazakijinja.or.jp/

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【写真上.下】芸能神社、朱玉垣風景。
朱玉垣には「花柳界」から「歌謡界」「吉本」「ジャニーズ」等々、聞いたことのある名がずらり。

所処で私め、地元で新春参賀する神社は毎年決まっておりまする。
元日に伺った「松尾さん」と、「下鴨さん」「梨木さん」「巽さん」「八坂さん」の五社。
その他は、不定期で「北野さん」「上賀茂さん」「伏見さん」「車折さん」に詣でると云った案配です。
そんな訳で今春は気分転換宜しく、道中目に留まった神社を片っ端から詣でる事と致しました。
うーん、「何て信心の無い初詣…」。

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【写真上】斎宮神社さん。
三条通沿い.有栖川の東にある小祠、名前の通り「野宮」の跡。
嵯峨野には此処柳田町と野宮.生田の三箇所に斎宮跡が存在します。
基本的に野宮は一代限定で破却される潔斎所ですので、平安の御世には数知れずの野宮跡が存在した事でしょう。
まぁこの事からも解る通り、平安御世の嵯峨野はホーントに何も無い地。
潔斎のメッカになる程の、清浄(=辺鄙)な「洛外」だったのでした。

あ、因みに「さいぐう」では無く「さいのみや」と読みます。

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【写真上】梅宮大社さん。
車折.斎宮さんから罧原堤を経由して到着、梅見に来た事はありますが新年詣は初めてです。
古来より酒造の神様でありますが、ご近所「松尾さん」との関連性は稀薄。
葛野エリアでは珍しく「秦氏」「嵯峨院」「足利」、何れとも繋がりの無い寺社です。

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【写真上】西院春日大社さん。
私め、小一で嵯峨に引っ越す迄、住んでいたのが「山ノ内」。
従い此方の氏子だったので、幼少時は何度か詣でたそうです。
しかし記憶には全く残っておらず、実質今回が初参拝みたいなものでした。

住宅地街中に所在する大して目立たない神社なのですが、歴史を紐解けば淳和院に由来するやんごとなき宮居。
因みに初詣の参拝者数は「約4万人」と規模に対して多め、やっぱりミヤコの「藤原さん」は此方に詣でられるのでしょうか。

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【写真上】一服所処。
以前から何度も申し上げておりますが、ミヤコの神様仏様は兎に角喫煙に寛容。
何処へ詣でても境内「良い眺め」な場所に灰皿が用意してあります。
まぁ古来より大寺高僧と云えば「喫煙」「喫茶」「飲酒」「女色男色」が嗜みですし、後水尾院を始めとする歴代帝も「煙草葉の標野」をお持ちだった位ですからね。

と、こんな感じの洛西篇。
このシリーズ、結構続きあります。

 

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2013.01.04

●ミヤコ「初詣事情」.2013年版

えー、アケマシテオメデトウゴザイマス四日目。

何時も乍らでは御座いますが、休みの過ぎ行くのは「@」云う間の事。
三が日も昨日迄にて、本日より「仕事始め」の方もおられると思います。
とは云うものの未だ新春四日目、「正月気分」は暫く抜けなさそう。
街の空気が「平熱」に戻るには、もう少し時間が要りそうですね。

所処で皆様に於かれましては「初詣」もお済ませの事でしょうか。
私めは元日と三日にて所縁神様への御挨拶は全て済ませましたが、若しかすると今週末に予定をされている方々もおられるかも知れません。

と云う訳で「八百万」の神々が数多御鎮座おはせまする此処京都。
今日はそんなミヤコの「初詣事情」なぞを。

     -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

「キョートの人が良く行く初詣先は何所ですか?」
トーキョーでは以前より良く聞かれる設問なのですが、結論から先に。

「結構節操無く、色々な神社に詣でますよ」

ミヤコでは洛中洛外問わず、未だ「氏神氏子」の関係が区々町々に根付いており、それが「例祭」を始めとした地域コミュニティーの根幹として生きています。
例えば「寺町周辺今出川以北=上御霊さん」「同.丸太町以南」=下御霊さん」、「聖護院辺りは熊野さん」「西院辺りは春日さん」と云った感じでしょうか。
従い「氏神様への初詣」も習慣として多く残っているのです。
この場合の初詣は文字通り「正月恒例行事」、家族で散歩がてら出掛ける事が多いものです。

次いでミヤコには「各種様々」な御利益をお持ちの神様がおられます。
「お水の神様」「お酒の神様」に始まり「縁切り」「安産神」「料理神」「御菓子神」「蹴球神」、果ては「安楽死」「嫁姑不仲止め」「歯痛止め」「夜泣き止め」…。
即ち受験生が北野天神さんで合格祈願するのと同じ様に、「仕事柄」「時々の事情」に応じた神様に詣でる事も多いのです。

更に多いのは新春のイベント事や宴会事の延長としての初詣。
「家族と」「同僚と」「友人と」「カレシカノジョと」、八坂さんや伏見さん等の大社へ繰り出す機会も是亦多かったり致します。
寧ろこの場合は、初詣後の「飲んだり食べたり遊んだり」する方がメインでしょうが。

そんな訳で、結局市井民の初詣は複数の社へ参拝する事が多いのです。

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因みに此処数年に於ける京都神社の「初詣 参拝者数」は下記の通り。
統計自体が神社や警視庁等発表元が異なる上、集計方法もバラバラなので誤差はあるでしょうが、参考迄のランキングと云う事で。 

①伏見稲荷大社 約260~280万人 
 「商売繁盛」の御利益にて著名な全国屈指の参拝数を有する大社。
 JR.京阪沿線の立地も味方し、大阪方面からの参詣も多いと思われます。
 しかし駅から続く大混雑は云うに及ばず、元日昼間は殆ど前に進みません。
 更に伏見街道の車両混雑は筆舌に尽くし難し、皆様参拝は「おけいはん」で。
②八坂神社 約100~120万人 
 洛中の迎春風情を色濃く醸す「厄除け」「疫病消除」の神様。
 河原町、祇園界隈に近い事もあり、其の儘「飲み」に繰り出す方々も多し。
 
 但しおけら参りの時間帯、西楼門周辺の混雑振りは「阿鼻叫喚」地獄絵図。
 基本的に狙い目は午前中、ないしは南楼門からの参拝です。
③北野天満宮 約50~60万人 
 「学業成就」の御利益、御祭神は云わずと知れた菅公。
 受験シーズン真っ只中と云う事もあり、最後の「神頼み」に訪れる中高校生多し。
 但し此方も北野白梅町辺りから続く「車両渋滞」「歩行者渋滞」が可也厄介。
 正門鳥居からの突破が面倒な方、狙い所は東門からにて。
④平安神宮 約25~30万人 
 えー、実は伺った事が御座いません、今年も前を素通りしただけでした。
 と云いますか、洛中民が此方に詣でる話も殆ど聞かないもの。
 
 最近の創祀の上、「よそさん向け」観光色の強い神社だからかも知れません。
 
⑤地主神社 約25~30万人 
 意外な神社がランクイン、矢張り「縁結び」の神様は強いものと思いきや。
 所在が清水寺の境内社、「除夜の鐘」とセット参拝の方が殆どと思われます。
 
 尚余談ですが、脱力系のホームページは一見の価値有り?…。

以下、近年で実数を把握している神社は「下鴨神社/約20~30万人」「松尾大社/約20~30万人」「上賀茂神社/約10~12人」「石清水八幡宮/約10~15万人」「西院春日神社/3~4万人」「貴船神社/1.5万人」。
実数は不明ですが、立地.規模やネームバリューからして「平野神社」「吉田神社」「城南宮」「恵比寿神社」等にも2~4万人程度の参拝者は訪れてると思われます。

あと、全く読めないのが「野宮神社」「晴明神社」の二社。
小社ながら「縁結び」に「オタクカルチャー」と云った、絶対的な御利益&支持層を有するこの両社。
初詣に伺った事は御座いませんが、若しかしたらスゴイ参拝者数なのかも…。

20130102225355hunaisyaji幸願う人の波 
京都府内の社寺、参拝者詰めかけ

京都府内の社寺では元日から2日にかけて、初詣の参拝者が大勢詰めかけた。景気の回復や家族の健康など、新年に願いを託す人たちが静かに手を合わせた。
京都市左京区の平安神宮では、露店が立ち並ぶ神宮道の大鳥居から境内まで人の波が続いた。本殿前では次々とさい銭が投げ込まれ、参拝者がかしわ手を打ち、一年の安寧や幸福を祈願していた。
京都市内の主な神社が発表した元日と2日の参拝者数は、伏見稲荷大社の203万人(昨年203万人)を最高に、八坂神社62万人(同58万人)、平安神宮22万人(同25万人)となった。
(文.写真共 京都新聞1/2
り)

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