2008.08.20

●続.「嵐峡館」のこと

えー、先日帰京の後日談。

以前本稿でも触れました、嵐山の老舗旅館「嵐峡館」の現状報告です。
昨春の旅館御主人死去に伴い休館状態が続いていましたが、軽井沢の「星野リゾート」さんが経営権を取得、業務再開に乗り出す事が決定しました。

所処が奇遇なもの、上記事業の星野さん側責任者が私めの「一寸した知り合い」でして、実は彼も亦キョート人。先日この件で話をしたのですが、無碍な乱開発にはならない様子で少し安心しました。

と云う訳で近所の散歩がてら、「ちょっくら」現況進捗を覗きに伺う事に。

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渡月小橋袂に繋泊中の送迎船「もみじ」と「かえで」。
今回の再開発にてこの二艘は破棄される予定、送迎業務は形態を変えた「渡し舟」なぞで継続されるとの事です。

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渡月小橋南詰から大悲閣迄の小径は昔からのお気に入り散策ルート。
渡月橋周辺の雑踏が嘘の様な静寂振り。
「嵐山の奥座敷」と云うに相応しい、奥深い静寂と鄙びた余情が漂う佳景地です。

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「嵐峡館」さんの玄関口。
昨春より閉鎖されていた表門は開けられており、枝折戸には再開発に向けた「建築許可証」が提示されてます。
何人かの業者さんが出入りしている様子でしたが、警備員さんが一名常駐されており館内を窺い知る事は出来ません。

080817_016保津川縁より旅館建物を望む。

「嵐峡館」さん自体が明治期創業の古い旅館。
その上一年半程未使用ですから、老朽化に加え可也傷みが進んでいる様子です。
うちの「おかん」に云わせると、十年程昔の宿泊時でも「虫が沢山出て困る」と曰っておりました。

因みプレスリリースでは「今秋頃の業務再開を目指す」と報道されていますが、件知人によるとどうやら難しそうな話。
取敢えず営業再開の目処は来春五月前後になる予定らしいです。

「嵐峡館」関連過去ログは下記にて。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/08/post_68aa.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/08/post_4253.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/11/post_d8fb.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/06/post_5cb1.html

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2008.08.17

●「五山送り火」トレイル

昨日の「五山送り火」リポートです。
四時半より三件程飲み歩いて、丁度「イイ気分」になったのが八時前。
タイミングも良い頃にて、御池界隈から出町柳へと繰り出す事に致しました。

所処がそれで止めときゃいいものを「酔っぱらった勢い」宜しく、其の儘「鳥居」も見ようと思い立ち、文字通り愚行に「走る」破目に…。
出町柳→(今出川経由)→北野白梅町→(一条通.きぬかけ経由)→広沢池
約八㎞のミヤコ東西行脚、地元「嵯峨」迄自転車で高速移動する事となりました。

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【写真左(20:10)】賀茂大橋から眺める如意ヶ嶽「大文字」。
例に由って周辺は「人.自転車.車」で埋め尽くされておりました。
【写真中(20:25)】西大路は白梅町から眺める「左大文字」。
移動の合間、行き掛けの駄賃みたいなものです。
【写真右(20:45)】大覚寺道より眺める曼荼羅山「鳥居」。
鳥居を見物する方々は殆どが渡月橋か広沢池に行かれており、ここは穴場。
視界を遮る障害物も無く、空いている上に「大きく綺麗に」見えるビュースポットです。

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012「広沢池.灯篭流し」一写。
灯篭流しは嵐山渡月橋の方が著名ですが、周辺がごちゃごちゃ明るすぎるのが難点…、此方の方が幻想的で宜しく。
遍照寺山側の風景はただ漆黒の闇。
数知れぬ程の灯籠が湖面に揺らめく様は、正に御先祖様を彼岸に見送る「送り火」です。

「灯り」を引き立たせるには、矢張り「闇」の存在が不可欠なものにて。 

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深酒した上に急ぎ自転車で移動したものですから、流石に疲れて参りました。
と云う訳で、酔い覚ましを兼ねて珈琲一服。

新丸太町は嵐山高架道路東南にあるこの喫茶店、高校時分より私めの行きつけです。
嵯峨観光にお越しの際、もし見付けられたら寄ってみて下さい。

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2008.08.16

●ミヤコお盆.二題

今宵ミヤコでは、お盆恒例の風物詩「送り火」と「灯篭流し」が行われました。
私めも八時過ぎより洛中を愛機(チャリンコ)で勇躍疾走。

「如意ケ嶽」「左大文字」「曼荼羅」の三山と、「広沢池」の灯篭流しを物見遊山宜しく「ハシゴ」して参りました。
リポートは亦明日にでも。


送り火が終われば、目白押しだった「ミヤコ.夏祭催事」も一段落。
あとは地蔵盆が過ぎると、京も初秋を迎える事と成増。
但しミヤコの残暑は厳しいもの。暫く酷暑は続くでしょう。

P2008081600167「大文字」燃え
五山送り火に11万人

京の盛夏を送る伝統行事「五山送り火」が16日夜、京都市内で行われ、市民や観光客が空に浮かび上がった「大文字」や「船形」に見入った。
お盆に迎えた精霊を送る宗教的行事として始まり、室町から江戸時代以降は庶民の年中行事に定着した。
午後8時、左京区如意ケ嶽の「大文字」に火がともった。鴨川公園や賀茂大橋、出町橋は携帯カメラを持った人々であふれた。名古屋市から来た重山治人さん(58)、千恵子さん(59)夫妻は「火を見ながら、ご先祖さまに感謝しました」と話した。
「妙法」や「左大文字」「鳥居形」が見える場所も大勢の人々でにぎわい、計約11万人(京都府警発表)が見物に訪れた。

P2008081600162灯籠、涼風に揺れ
嵐山・渡月橋

先祖の霊を送る「嵐山灯籠(とうろう)流し」が16日夜、京都市右京区の渡月橋付近で営まれた。約8000個の灯籠の炎が桂川のゆるやかな流れに連なり、大勢の観光客や市民がお盆の風情を楽しんだ。
嵯峨、嵐山、広沢地域の住民と寺社でつくる嵯峨仏徒連盟(会長・内藤泰寿徳林寺住職)が、先祖の供養として1949年から毎年続けている。
日が沈み始めた午後7時、地元女性による御詠歌が流れる中、住民たちが先祖の戒名などを記した灯籠を次々と桂川に浮かべた。灯籠は涼風に揺れながら川面をオレンジ色に染め、幻想的な雰囲気を醸し出した。
渡月橋や桂川沿いからは「鳥居形」の送り火も見え、訪れた人たちはカメラを手に見入っていた。
(文.写真共 京都新聞8/16より)

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2008.08.03

●清滝「暴徒の乱」

石ばしる 水のしら玉かず見えて 清滝川にすめる月かげ (俊成)
ふりつみし 高ねのみ雪とけにけり 清瀧川の水のしら波 (西行)
岩根こす 清瀧川の早ければ 波をりかくる岸の山吹 (国澄)

「歌枕の一」として、古来より数多の歌人に詠われてきた清流の名勝「清滝」。
亦、近代に於いても徳富蘆花や与謝野鉄幹.晶子を始め、藤村、梶井、作之助…。
多くの文士が清遊.逗留に訪れた「所縁の地」であります。

その景勝地「清滝」にて、最近難儀な事件が起こっているようでして…。

近隣住民への迷惑も然るものながら、危惧する事がもう一つ。
清滝川はオオサンショウウオ、ゲンジボタル等、稀少生物の生息地。
不届き者の狼藉が余りに過ぎると、これら生態系への影響が心配です。

私めにとっても高校時代、愛機「スーパーカブ.京都新聞号」を駆り夕刊配達をしていた誼ある所処。
不逞の徒は「一網打尽」に引っ捕まえてほしいものです。

P2008080100117深夜の清滝、若者ら無法の花火
眠れぬ夜、住民看板で訴え

清流で知られる京都市右京区の清滝地区で、深夜に花火で大騒ぎする若者に住民が頭を痛めている。10年来の悩みだが、今年は例年より早い6月から目立ち始めた。「条例で鴨川での花火が禁止になり、こちらに流れてきたのではないか」という見方もあり、静かな山里で騒ぎがエスカレートすることに不安を募らせている。
清滝地区では10年ほど前から夏場、若者グループが深夜に車で乗りつけ、清滝川の河川敷や橋の上で花火をするようになった。近い民家からは10メートルほどしか離れておらず、花火の音や騒ぎ声が響いて住民を困らせている。民家に向けてロケット花火を発射させる不届き者もいて、民家や木々に火が燃え移ることを心配する住民も多い。
騒ぎがひどい場合は住民が110番通報しているが、パトカーが到着した時には若者がいなくなっていることが少なくない。右京署は「禁止されている場所以外でただ花火をしているだけでは取り締まりは難しい」という。
毎年、夏休みごろから始まり、9月ごろまで続く。今年は鴨川河川敷での打ち上げ花火やバーベキューを禁止する京都府の鴨川条例が4月に施行されたためか、例年より早く始まった。「被害がひどくなれば、ますます眠れない夜が増える」と住民は心配する。
地元の自治会は打ち上げ花火の自粛を訴える看板を7月に設置。合わせて警察や市に鴨川条例のような花火を禁止する条例の制定を求めている。西野伸自治会長(66)は「ここは消防署から距離があり、空き家も多いので火事になったら大変だ。花火をするにしても、モラルを持ってやってほしい」と呼び掛けている。
(文.写真共 京都新聞8/2より)

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2008.08.01

●丁度今頃「千日詣り」

えー、只今八朔を迎えた所処。
と云う訳で、丁度客足も途絶えた事にてキーボードを叩いております。

そう云えば丁度今頃、愛宕さん「千日詣り」の真っ只中。
間も無く「朝御饌祭」の神事営まれる頃でしょう。
月を跨いでのこの霊峰行脚で戴いた「火迺要慎 阿多古祀符」の御利益期間は二年と九ヶ月。普段のお参りの2.7倍も長持ち致します。

「千日詣り」関連過去ログは下記にて。
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/07/post_df0b.html

P2008073100197火よけ願い山頂へ
愛宕神社で千日詣り

火よけ、防火の神様として知られる京都市右京区の愛宕神社で31日夜、恒例の「千日詣(まい)り」が行われ、参拝者は汗をぬぐいながら山頂の神社を目指していた。
千日詣りは正式には「千日通夜祭(つうやさい)」といい、31日夜から1日未明にかけてお参りすると千日分の功徳があるとされる。
この日は、清滝から神社まで約4キロの登山道に明かりがついた。親子連れ、夫婦、若者グループ…と老若男女が坂道を行き交い、「お登りやす」「お下りやす」と言葉をかけ合った。3歳までの子どもが参拝すると一生、火難にあわないとの言い伝えから、幼い子をおんぶして登る人も多く見られた。
飲食店経営の田地敏信さん(46)=京都市左京区=は、息子の翔一君(13)とともに訪れ、「飲食店にとって火事は一番怖い。登れるうちは毎年登りたい」と話していた。
(文.写真共 京都新聞8/1より)

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2008.07.30

●盛夏.嵯峨野

昨夜デジカメの写真を整理していたら、こんなのが残っていました。

080714_012我が地元、旧嵯峨御所は大覚寺。
大沢池畔北東の水門での一コマにて。
先日帰京の折、写したものです。

「空蝉」ならぬ「空蜻蛉」。
「夏」風情っぽくて宜しいんぢゃ無いかと。

うつせみの みをかへてける きのもとに
なほひとがらの なつかしきかな

特に深意は御座いませんが「源氏物語千年紀」の誼で揚げておきます。

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2008.07.28

●「千日詣り」のこと

「愛宕さん.千日詣り」迄あと三日。

所処で愛宕神社へ参詣される皆様は殆どが「清滝表参道ルート」を御利用になりますが、実は山頂へは三つの登山道があります。
下記記事は清和天皇御由緒の地、「水尾の里」からの登山コース販促活動の一コマ。

「水尾ルート」を使うと三十丁目で参道に合流します。

下山後、柚子湯で汗を洗い流し「雛風情」の里で一泊するのも宜しいかと。

「愛宕詣.傾向と対策」詳細はコチラ。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/05/post_2506.html

「火迺要慎 阿多古祀符」詳細はコチラ。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/05/9_dc84.html

P2008072800085千日詣りは“最短”水尾から
バス利用増へ地元自治会PR

愛宕神社の「千日詣(まい)り」(31日-8月1日)を前に、表参道の反対側にある京都市右京区嵯峨水尾地区の住民たちが、「公共交通機関を使った最短ルートは水尾」と登山客の誘致に力を入れている。山頂までの距離が短く、JR駅に近いことをアピールし、自治会が運営するバスの利用増につなげたい考えだ。
■愛宕山に表参道より40分早く
愛宕山(標高924メートル)は、右京区清滝地区の表参道から山頂まで約4・5キロ、2時間10分ほどかかる。一方で、水尾地区からは約3・5キロと距離がやや短く、1時間半ほどで登れる。
水尾自治連合会は、JR保津峡駅と集落を結ぶ自治会バスを存続させるために利用者を増やす必要があり、年々増加する愛宕山の登山客に着目した。
1日で1000日分の利益があるとされる千日詣りには、例年多くの参拝者が訪れるとあって、水尾ルートの登山道を整備したり、自治会バスの臨時便を設けるなどして受け入れ態勢を整えている。9月には、登山客向けにバスの運行時間を変更することも予定している。
表参道と違い、夜間は途中まで照明がないことや、傾斜がきついことがやや難点というが、松尾史弘・同自治連会長は「スタート直後にある浄水場で一度休憩して体をほぐすのがコツ。千日詣り以外でも、登りは清滝、下りは水尾といった形で水尾の四季を味わってほしい」と呼び掛ける。
自治会バスは8人以上で臨時便も運行する。問い合わせはTel:075(861)9953へ。
(文.写真共 京都新聞7/28より)

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おまけ一写。
今月より嵯峨周辺で張られている「愛宕さん.千日詣り」ポスターです。
先日帰京の折、カメラに納めたものにて。

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2008.07.26

●書架彼是 19

今回は地元本の御案内にて。

現在愛宕、野々宮両社の例祭である「嵯峨祭」。
同書は表題通り、その起源から今日に至るまでの祭祀構造の変遷を綴った一冊です。

『すべてさが野は、いにしへより上皇の仙居、雲客の別荘かずかずありて、名所.旧跡数ふるに際限なし。されども名あって伝記詳らかならざるはしるさず。』
(都名所図会 拾遺巻之三 後玄武.右壱白虎より)

秦氏入植爾来「山背国」の時世よりの有史を持ち、平安遷都後も嵯峨離宮造営を嚆矢とし大規模な寺社町を形成、洛外都市として屈指の隆盛を誇ってきた嵯峩。
しかし同地のみに焦点を絞り、時系列に歴史を追って記述した文献は非常に少ないもの、「嵯峩史研究」にとっても有り難い文献です。

02嵯峨祭の歩み
京都新聞出版センター(2008)

古川修著

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2008.07.23

●続.「嵯峨駅」のこと

先週帰京の後日談。
地元は馴染みの料理屋さんに伺った序で、先月目出度く新装改悪成った「嵯峨駅」へ立ち寄ってみる事に致しました。

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嵐山方面の玄関口、南側出口。
古趣漂う旧駅舎はすっかり解体され、建設予定図通り「何の色気も無い」新駅舎が出来上がっておりました。
切妻造.禅宗庫裏風にすれば風情が出ると云うものぢゃありません。
「JR山陰本線複線.高架化事業」の為とは云え今回の駅舎改装、旧駅舎を一部でも保全しての再活用は出来なかったものでしょうか…。
嘗て「藤棚」のあった旧駅前ロータリーは安全柵で覆われた儘、重機の姿もあり依然として工事継続中です。

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橋上通路二写。右は南口側、左は北口側より。
…殺風景と云うか何と云うか、まぁ無機質極まりありません。
まるで最近建設された田舎の新駅みたく。
安普請かつ無見識で設えられた円窓や格子窓が却って痛々しさを誘います。

因みに「駅南北を自由に行き来出来るの様になるのが便利」の謳い文句にて建造された駅舎橋上通路ですが、お役所さんは地域事情を余り御存知で無い様子。
地元の「おっちゃんおばちゃん」の主要交通機関は「ママチャリ」であり、自転車の通行出来ない高架通路に用事は有りません。
結局今迄みたく、駅を迂回して移動しておられます。

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橋上通路中央にある改札口。
自動改札機は増設され構内構外も広くなっており、「利便性」と云う意味に於いて可也向上しているのは間違い有りません。桜花紅葉期の観光弩級シーズンには其也に便利な事でしょう。
但し「鄙京都.嵯峨嵐山」来訪に相応しい「旅情を誘う」かどうかは話が別ですが。

080714_014橋上通路中央より西側を望むと、眼下には解体中の旧駅跨線橋の姿が。

幼い折よりこの陸橋を何百、何千回通った事かと思うと、一抹の寂しさが…。
馴染みの施設が取り壊されてるのを見ると、矢張り感傷的になるものです。

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今回の駅改装事業で新たに敷設された北側出口。
駅線路北側の住民にとっては駅へのアクセスが至極便利になり、件の新駅舎建設で唯一、地元民にとって恩恵を蒙るものです。
尤も住宅地の合間に無理矢理拵えたらしく、「地元民でなければ発見するのが難しい」と云う不思議な駅入口ではありますが。
此方も只今工事進行中、駅前広場等のインフラ整備は来春三月頃完成の予定。

最後に、散々記述済みですが…。
94年秋に駅名が「嵯峨駅」から「嵯峨嵐山駅」へと改称されましたが単にまどろっこしくなっただけで、地元住民は今でも「さがえき」と呼んでいます。
只、今回の駅舎改装事業で上記の様に姿を変えた今、名実共に「嵯峨駅」では無く「嵯峨嵐山駅」になってしまったもの、と実感するのでありました。

「嵯峨駅」関連過去ログは下記にて。
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/07/post_9614.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/06/post_1f66.html

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2008.07.20

●松尾さん「御田祭」

今日は松尾さんにて豊稔祈願。
同社氏子地域の三地区(桂・松尾・嵐山)から選ばれた植女が五穀豊穣を祈願するもので、室町期より続く由緒正しき神事です。
今様に云うなれば「植女萌え~」てな感じでしょうか。

今でこそ「日本第一酒造神」として醸造神の名高い松尾さんですが、元来その起源は大堰川の「水伏神」。
故に祭神は、大堰川開拓と水上守護を神格化した秦氏の氏神二柱です。
従いまして「防葛野河」→「農耕神」→「五穀豊穣祈願」は至極当然な流れかと。

P20080720001213植女、鮮やかな衣装で豊作願う
西京・松尾大社で「御田祭」

地域の女児が色鮮やかな衣装の植女(うえめ)にふんする「御田祭(おんださい)」が20日、京都市西京区の松尾大社で営まれた。3人の植女が額に汗をにじませながら、儀式の大役を務め米の豊作を願った。
御田祭は室町時代以前から続く神事で、夏場の田に害虫が来ないよう祈る。3人は、神前から授かった苗を両手に握り、父親の肩に座って拝殿を3周する間、左右の苗が水平になるよう我慢した。
植女役を務めた笹川明日香ちゃん(7)=松尾小2年=の祖父明彦さん(72)は「3人とも立派でかわいらしく、実り多い秋を呼んでくれそうだ」と目を細めていた。
(文.写真共 京都新聞7/20より)

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2008.07.05

●続.「BAMBOO」の受難 

家の近所「嵯峨野竹林」の芳しくない現状、続篇です。

件に就いては仔細前述していますので省略致しまするが、一諫言申状。
目に余る悪行には必ず「ばち」があたります。
「しっぺがえし」は「竹(の)箆返し」と書く事をお忘れ無き様。

「嵯峨野竹林落書き」関連過去ログはコチラ。↓ 
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/04/post_3acb.html

P2008070400164僧侶ら落書き防止啓発
右京・嵯峨地域

イタリア・フィレンツェの世界遺産地区の大聖堂の落書きなどが問題になる中、右京署員や僧侶たちが4日、世界遺産の天龍寺など貴重な文化財の多い京都市右京区の嵯峨地域で落書き防止の街頭広報を行った。ビラを配り「軽い気持ちでも落書きは犯罪です」と観光客に呼び掛けた。
嵯峨地域では、観光名所の「竹林の小径(こみち)」で、竹が刃物のようなもので落書きされる被害が続いている。右京署は4月から警戒を強めており、7月1日にも自転車の鍵で竹に落書きした韓国人観光客を厳重注意した。
この日は、署員と天龍寺、大覚寺の僧侶、嵐山保勝会の会員たち約50人が「文化財や国宝は国民の財産です落書きは恥ずべき行為です」と書かれた看板を持ち、観光客にビラを配った。
横浜市から観光に来た通訳ガイドの中村由美子さん(47)は「以前に案内したポーランド人も鎌倉の竹林で落書きをしようとした。私たちが落書きは駄目だと教えてあげないと」と話していた。
臨済宗天龍寺派の栂承昭宗務総長は「嵯峨一帯は修行をしたり、景観を楽しむ大切な場所。心ない行為はやめてほしい」と話した。
(文.写真共 京都新聞7/4より)

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2008.07.01

●歳時記「家の近所.夏」

扨々今日から七月、早いもので一年ももう折り返しです。

そんな「文月」だけあって、家の近所から夏風物の「文」が届きました。
嵐山は大堰川の鵜飼、前日試乗会の様子です。
尤も香魚にとっては災難でありますが。

P2008063000183_2かがり火の幻想ゆらり
嵐山の鵜飼 大堰川で試乗会

7月1日から始まる京都・嵐山の鵜飼(うかい)を前に、渡月橋上流の大堰川で30日、関係者を招いた試乗会があった。
まだ肌寒さが残る川面にかがり火の明かりが揺れた。参加者は自在に6羽を操る鵜匠の手綱さばきを眺め、水しぶきを上げて魚をとる鵜の動きを楽しんだ。
今年は源氏物語千年紀にちなみ、平安貴族の船遊びを再現した「宮廷鵜飼」船もお目見え。白い装束の船頭が御簾(みす)や灯篭(とうろう)をつるした見物船を操った。
9月15日まで行われる。
(文.写真共 京都新聞7/1より)

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2008.06.25

●「嵐峡館」のこと

家の近所、嵐峡館の近況報告です。

渡月橋南詰から散策路最西端を経由した保津川上流佳景地にある、嵐山の奥座敷とも云うべく老舗旅館。
渡辺淳一、瀬戸内寂聴らの小説にも数多モデルとして登場する所処でもあります。

昨春より休館状態が続いており業務再開に向けて模索中との事でしたが、何はともあれ再建の目途は立った様子。
取敢えずは「よそさん」のお手並み拝見、といきましょうか。

関連過去ログは下記にて。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/08/post_68aa.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/08/post_4253.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/11/post_d8fb.html

Img000355_2星野リゾート、関西に進出――嵐山の老舗旅館買収
旅館再生事業を手掛ける星野リゾート(長野県軽井沢町、星野佳路社長)は、京都・嵐山の老舗旅館、嵐山温泉嵐峡館(京都市)の経営権を取得した。老朽化した嵐峡館の設備を改修後、今秋以降の開業を目指す見通し。同社が関西で宿泊施設の再生事業に乗り出すのは初めて。
嵐峡館は明治時代創業の老舗で嵐山の渡月橋から約1キロメートル上流の保津川峡谷にある。紅葉の名所としても人気が高かったが、旧経営者の死去に伴い2007年2月からは休業状態となっていた。
星野リゾートは米投資会社ゴールドマン・サックスグループなどと組み、長野、石川の各県など東日本地域を中心に温泉旅館の再生事業を展開。近年は鳥取県の皆生温泉や島根県の玉造温泉でも老舗旅館の再生を手がけるなど、西日本にも対象を広げている。

(文.写真共 日本経済新聞6/23より)

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2008.06.15

●御子左流 「小倉山忌」

昨日、北嵯峨は二尊院にて「小倉山忌」が行われました。

真偽の程は兎も角、小倉山付近は定家百人一首撰定の地。
その私撰所処とされる別業「小倉山荘」があったのが二尊院南側(現在の厭離庵)辺りで御座いまする。
そんな誼も相俟って、同地での法要でありました。

「百人一首」関連過去ログは下記にて。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/12/post_42f6.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/08/post_8121.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/06/post_245f.html

P2008061400172冷泉家、二尊院で小倉山忌
平安・鎌倉期の歌人藤原俊成・定家父子が遠祖の歌道宗家・冷泉家(京都市上京区)は14日、定家にちなむ「小倉山忌」の法要・和歌披講を右京区嵯峨の二尊院で行った。関西や東京、長野、四国などから門人ら約50人が参列、定家山荘跡とされる厭離庵や定家選という「小倉百人一首」の歌碑も訪ねた。
披講は、「卯花(うのはな)」の兼題で寄せられた和歌から「ほととぎす鳴く住吉の松かげに浪かと咲ける白き卯の花」など9首を選び、冷泉為人二十五代当主ら3人が独特の声調で詠み上げた。
為人当主は「五月闇蛍とび交う川の辺に光とまがう卯の花のちる」と夏の情趣を、貴実子夫人は「五月雨の滴ひまなき山庵に世をうの花の散る夕まぐれ」と梅雨の趣を世相に重ねて詠んだ。
(文.写真共 京都新聞6/14より)

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●「嵯峨駅」のこと

家の近所、「嵯峨駅」の事です。
地域事情無理解な市政の元、旧国鉄時代の趣ある駅舎を解体し工事現場のプレハブ宜しく無惨な姿を晒している嵯峨駅。
そんな新駅舎への改修工事も一区切り着いた様子、駅の橋上化が完了し昨日から南北通路は行き来出来る様になったらしいです。

尤も工事は未だ継続中。橋上駅舎は一部完成し使用開始となったものの、ホームや駅前広場等のインフラ整備完了はもう暫く先の様子です。

駅北側の広場や駐輪場の竣工は来春三月頃、上下各2線×4線式の新ホームは複線化整備完成に伴って予定されています。
因みに嵯峨野線の複線化事業完了(京都~二条駅間及び花園~嵯峨駅間)は当初計画より一年遅れの再来年春になる見込みとの事。
兎に角この新駅舎、来月帰京の折に様子を覗いてこようと思います。

尚、余談ですが94年から「嵯峨嵐山」と変わった駅名に就いて。
単に長ったらしくなっただけで、地元では未だ「さがえき」と呼ばれております。

「嵯峨駅」関連過去ログは下記にて。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/07/post_9614.html
「嵯峨嵐山.ハコ物濫造事情」に就いてはコチラ。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/08/post_acf8.html

P2008061400100和風外観に通路、橋上化駅舎発進
JR嵯峨嵐山駅
JR西日本と京都市が一昨年末から進めていたJR嵯峨嵐山駅(右京区)の橋上化工事が完了、14日朝から供用が始まった。新駅舎は南北自由通路を備え、乗降客や住民が自由に往来できるようになった。
この日朝、駅構内で安全運行を祈る式典があった。JR西日本の役員ら約20人が出席し、同社京都支社の大橋幸之助支社長が「橋上化を機に、歴史的観光地域である嵐山の発展に一層貢献したい」とあいさつした。
JR嵯峨嵐山駅の旧駅舎は線路南側にあり、南北に行き来できなかった。新駅舎は南北自由通路(85メートル)を設け、街並みと調和する切り妻屋根の和風の外観に仕上げた。09年3月末までに南北の駅前広場なども整備する。総事業費は18億5900万円。
(文.写真共 京都新聞6/14より)

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2008.05.19

●大堰川「御船游び」

大宮人の舟遊地として名高い嵐山.大堰川。
嵯峨天皇以来歴代多数の御幸があり、宇多上皇御幸の折には「観月宴処」として文献にもその名を残す由緒ある地です。

そんな家の近所にて、昨日は三舟祭が執り行われました。
「詩歌」「管絃」「舞楽」、三船の龍頭鷁首が王朝絵巻宛らの優雅な「御船游び」を披露、古には行幸の度にこう云った宴が開かれたことでしょう。

「観月の名所」とした元来の性格上、宵宮なんぞを行って頂ければ尚興趣もあるのではないか、と。

P2008051800114新緑の嵐山に平安絵巻よみがえる
右京・車折神社の三船祭

平安時代の船遊びを再現する車折神社(京都市右京区)の三船(みふね)祭が18日、嵐山の渡月橋一帯で開かれた。大堰川を渡る船上で雅楽や舞が奉納され、大勢の見物客が、新緑の嵐山を背景によみがえる平安絵巻を楽しんだ。
898年に宇多上皇が嵐山で行ったことにちなみ、例祭の一環として昭和初めから毎年行っている。車折神社での神事後、装束に身を包んだ神職や稚児ら約60人が牛車などを従えて三条通を練り歩き、嵐山の中ノ島公園で船に乗り込んだ。

大堰川では、神職が乗る「御座船(ござぶね)」を先頭に、竜や水鳥をかたどった龍頭船(りゅうとうせん)や鷁首船(げきすせん)など21隻が船上で舞や雅楽、扇などの奉納を行い、訪れた人たちは、次々と繰り広げられる優雅な儀式をうっとりと眺めていた。
(文.写真共 京都新聞5/19
より)

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2008.05.15

●「愛宕詣」傾向と対策

先日帰京の後日談(最近こればっかですが…)。

「東の比叡」と並び称される「西の霊峰」愛宕さん。
その頂、標高924mのミヤコ最高峰にて鎮座おはせまするのが京都.愛宕神社。
遷都以降は王城鎮護の守護神として、亦現在に於いては火伏神として崇敬を受ける同社は全国八百余、愛宕社の総本社です。

私め、現在トーキョー在住の身でして、流石に「月参り」とは行きませんが「火迺要慎」の祀符を戴きに年に一度は詣でております。
と云う訳で、以下は先日五月四日「愛宕詣」の登頂記。
愛宕さんに参られる際は登山計画の考材にでもして下さい。

幾つか有る参拝ルートのうち、今回御紹介するのは一番オーソドックスな「清滝からの表参道コース」です。
因みに標識なぞでは「山頂まで約二時間」と記されていますが、四十男が休憩せずに登頂して、所要時間約一時間程である事を参考迄に。

0508_032【写真右】奥嵯峨鳥居元、一の鳥居。
旧来は此処より50丁(5454m)の道程が愛宕詣。

【写真左】試峠の幽霊トンネル。
深泥池と並び、ミヤコの「出る」心霊名所です。

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080503_012【写真左】清滝の表参道登山口。
此処より40丁(4.2km)を数えて山頂となります。
080503_048【写真右】五分程歩くと3丁目、「お助け水」到着。
尤も水を欲するには少々早過ぎますが…。

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【写真左.中】暫くはコンクリートや矩形石で舗装された山道が続きます。
足場も良く、勾配も程々にて快適な登山道。
080503_023【写真右】5丁目、少し視界が広がった所処にある民家跡地。
この辺りから本格的に「山登り」開始と云った心持ちに。

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080503_0207丁目位からの参道は、自然石組や丸太組みの不定形な足場に。
この後20丁目位迄は急勾配、厳しい登り道が続きます。

12080503_01812丁目(三合目)に最初の休憩小屋。
山頂本宮迄あと2.9km。
休みたいのは山々ですが、此処は我慢して登山を続けるべし。

因みに鳥居本からの換算では、此処が丁度行程の半分です。

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080503_044漸く20丁目(五合目)に到着。休憩処脇には大杉大神。
愛宕登山の難所は是にて一旦終了。

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取敢えず愛宕山参道で急勾配が続くのは此処迄です。
御老身.婦女子以外の方々(所謂成人男性)なら、この辺りまでは我慢して休憩せずに登りましょう。そうすると後々の行程が大分楽になります。
休憩を入れるのが一度なら27丁目小屋。二度なら20丁目と30丁目が最適かと。

序で云う迄も無く、下山の際は此処よりの下りが足突き八丁。
登下山の疲労蓄積に加え、足場の悪さが追い討ちをかけるので御留意を。

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此処からは一転、比較的優しい参道。
平坦道→緩勾配の繰り返しが四~五回続きます。

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080503_041【写真左】27丁目(七合目)の休憩小屋。
落語噺でも有名な「愛宕山(かわらけ投げ)」の旧跡です。
【写真右】此処は山道中で最も見晴らしの良い処。山頂本宮迄あと1.6km。

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080503_034【写真左】30丁目水尾別れ。
三又の道を右に登ると山頂、左に下ると水尾の里です。
当日は小雨模様もあって、この辺りから急に濃霧となりました。

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真夏以外の登頂の場合、この辺から長袖の着用が必要となります。
参道も比較的緩勾配が続き、汗も引いてくる所処で薄ら冷え込んできます。
1000m未満の山と侮る事無かれ、下界と山頂の温度差は10℃程あるので御注意。
尚、冬場に於いてはこの辺りより山道が氷結しており、アイゼン必携。

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32丁目、近年迄「火伏せの樒」が売られていたハナ売場跡。

何時も此処迄登ると「ほっ」と一息。
ここら辺りまで来ると先が見えてきます。
山頂本宮迄あと1.1km、ラストスパート。

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080503_01734丁目。ハナ売場跡から暫くした所処。
階段が切石組から丸太組に変わります。
080503_00636丁目。横転した大杉が参道頭上を横切っています。。
何時からか覚えていませんが、大分昔からずーっとこのまま。 

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080503_02939丁目。黒門が見えてくれば山頂はもう目の前。
因みにこの山門、明治の神仏分離令に由り破棄された白雲寺の遺構です。

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080503_02840丁目。愈々神社境内に入って来ました。
左手には社務所が伺えます。

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【写真左】最後の試練、本宮迄続く石畳階段。
【写真右】銅板巻の鉄鳥居が見えてきました。あと百数十段で到着です。

0508_028_2漸く愛宕神社本宮到着。
此方で宮司さんから「火迺要慎祀符」(御守や樒も)を戴きます。

当日は生憎の小雨模様にて足場も不安定の為、登山タイムは58分。
残念ながら自己更新はなりませんでした。


関連過去ログは下記にて。
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/05/post_dcfe.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/05/post_7d15.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/05/9_dc84.html

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2008.05.09

●立夏の観櫻

連休帰京の後日談。
五月四日、毎年恒例愛宕詣でに出掛けた際の事です。

標高924mの頂きに鎮座おはせまする愛宕さん。
本宮迄は四キロ強、決して平坦な参道では有りませんが、行程が峭峻な分「御褒美」も大きかったりするものです。

0508_043
登頂後、山祠の宮には見事な櫻の咲きっぷり。
濃霧に咲き誇る様は正に「霊験」哉て。

0508_058
淡紅色、純白色、濃紅色…、色取り取りの山桜。
立夏の頃にも関わらず、櫻を愛でるのも是亦「贅沢」と云うもの。
然も未だ七分咲き程、もう暫く見頃は続きそうです。

と云う訳で、登山の疲れも和らぐ鄙都「初夏の雅趣」でした。

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2008.05.05

●参道「九二四米」

本日は小雨降りそぼつ中を愛宕詣。
幣亭に必要不可欠な、「火伏せの霊験灼か」為る例のもモノを授与戴く為です。

尤もこの「愛宕神社」、そこら辺の神社とは「参詣の難易度」の桁が違います。
その所在地は「右京区嵯峨愛宕町 壱」。
御鎮座おはせまするのは愛宕山山頂、よーするに「参道=山一つ」なのです。

055と云う訳で、今年も924mの頂に登って参りました。詳細は後日アップ致しまする。

因みに、下山後は何時ものルーティーン。
鳥居本で「お薄」を頂き糖分補充。
森嘉さんの向いで至宝の昼食。
嵯峨フェリスの斜向かいでコーヒータイム。
嗚呼幸せ。

阿多古祀符「火迺要慎」詳細に就いては下記にて。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/05/9_dc84.html

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2008.05.04

●「転んだ後」の杖

001

本日ツールドキョート、最終地は「松尾さん」。

平安以前よりの歴史を有し、遷都以降は皇城鎮護の神として崇敬を受け「賀茂の厳神、松尾の猛神」と称された松尾大社。
そんな松尾神は他面、八百万神の中でも「酒造」を司る「日本第一酒造神」として仰がれ給ふておりまする。

今日は赤坂佳人より御預かりしていた古神札を御返しに詣でたのですが、実は目的がもう一つ計り…。

私めは職業上、毎年「販酒御守」を授与戴いているのですが、昨年よりミットモナイ酔態が続いています。
例えばそれは「祇園町で泥酔し揚句、賀茂の河原で泥睡」したり、「姉小路で前後不覚になり知人の肩を借りてタクシーに放り込まれ」たり、という風な醜態振り。

002「いい加減コレデハイケナイ」
と云う訳で一念発起神頼み。
今回より「服酒御守」も戴く事に致しました。
取敢えず「販酒御守」同様、小銭入れにて常時携帯する事に。

これで少しは「オトナの嗜酒」方が出来るのでは、と…。

「松尾さん.御守り詳細」に就いては下記参照の事。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/02/post_408d.html

「泥酔」関連過去ログはコチラ。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/02/post_4c4f.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/11/post_7313.html

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2008.04.26

●『ストップ!! スタート!! ひばりくん!』

家の近所で、休業していたテーマパークが再開した様子です。
写真を見る限りでは「ラーメン博物館」かと。

件に就いては記述済みにて省略ゐたしまする。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/05/post_c48d.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/08/post_acf8.html

「雲雀」関連過去ログは下記にて。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/02/post_d9ab.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2008/02/post_1a72.html
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/11/post_1d59.html

P2008042500203昭和の街並み、楽屋、スタジオなど再現
右京・嵐山「ひばり座」26日オープン

京都市右京区嵐山の「京都嵐山美空ひばり座」が26日、オープンする。一時閉館したが、経営主体を変えて全面的にリニューアル。歌手、女優、母親として昭和を駆け抜けたひばりさんの軌跡がたどれる。

同館は1994年に市内の観光会社が開いたが、来館者減で2006年に閉館した。再開を求める声が強く、ひばりさんの長男が社長を務める「ひばりプロダクション」が引き継いだ。
ひばりさんが生まれた昭和初期の街並みや劇場の楽屋、スタジオなどを再現したコーナーのほか、舞台衣装や愛用品などを豊富に展示した。各時代のひばりさんの等身大パネルが、合成された声で紹介する。
歌声や映画の予告編などを紹介するシアターも5つ設け、ひばりさんが留守の間、子どもが寂しがらないよう童話の朗読を吹き込んだテープも公開する。

25日には、関係者向けの内覧会があり、ひばりさんと親交が深かった女優の岸本加世子さんが「本当に使われていた物ばかりで、ひばりさんがふっと出てきそうな気がしました」と語った。ひばりプロの加藤和也社長は「ひばりが駆け抜けた昭和を楽しく知ってほしい」と話す。
入場料は大人1400円、中高生500円、小学生以下無料。問い合わせはTel:075(864)5000。
(文.写真共 京都新聞4/26より)

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2008.04.10

●家の近所 「BAMBOO」の受難

家の近所、「嵯峨野竹林」の芳しくない現状です。

私めにとっては高校時代、新聞配達のアルバイト(勿論京都新聞)にて毎日通っていた道筋。その頃から竹への落書きは見られましたが、最近は殊に非道い有様らしく。
弊亭屋号の誼からしても他人事とは思えません。

写真は天竜寺さんの裏門傍と思われますが、この辺りは「嵯峨野の竹林」余情の残されている数少ない地域。

嵯峨野散策を楽しむなら、「竹」だけに「節」を通して欲しいものかと。

P2008041000098竹林の小径、風情に傷
右京・嵯峨地域、200本超に名前…

竹やぶの風情が人気の京都市右京区嵯峨地域の通称「竹林の小径(こみち)」で、沿道の竹が刃物のようなもので落書きされる被害が続いている。観光客が思い出に残しているとみられ、沿道の200本以上で被害が見つかった。

■市「打つ手なし」
古都保存法の歴史的風土特別保存地区にあり、美観を損ねるため、市は問題視しているが、解決策は見つかっていない。
落書きが目立つのは、同区の野宮神社から大河内山荘に至る約400メートル。沿道から手が届く範囲の竹に、名前やイニシャル、日付、相合い傘、ハートマークなどが刻まれている。確認できるだけで沿道や大河内山荘周辺の224本の竹に被害があった。落書きには1986年から2008年までの日付が見られ、被害は長期間にわたっているようだ。
市風致保全課によると、竹は樹木と違って表面が成長しないため、いつまでも傷が残る。竹林の地権者が混在していたり、景観上、大々的に落書き防止を呼び掛ける看板が設置できず、「打つ手がない状態」という。観光客からも「きれいな竹林なのに、落書きで興ざめする」といった声が聞かれる。同課は「多くの人が風情を楽しみに来る場所なので、心ないいたずらはやめてほしい」と訴えている。
(文.写真共 京都新聞4/10より)

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2008.04.06

●十三詣り

家の近所は法輪寺さんで、恒例の春催事「十三詣り」が営まれています。
数え十三歳の厄難祓除、智恵授与を虚空蔵菩薩に祈願するもので、ミヤコでは遍く知られている行事です。

勿論私めも「遠ーい昔」にお世話になりましたが、思い起こしてみるとそれ以来「こくぞうさん」には参詣しておりません。
今年は「十三×三詣り」を兼ねてお邪魔してみようかと。

法輪寺さん関連過去ログはコチラ。↓
http://bamboo-bar.air-nifty.com/blog/2007/12/post_99d6.html

P2008040500069_2笑顔満開 大人への一歩
嵐山・法輪寺で「十三詣り」

数え年13歳の子の成長を願う「十三詣(まい)り」に子どもたちを招待する行事が5日、京都市西京区の法輪寺であった。満開のサクラの下、子どもたちが学業成就などを祈った。
十三詣りは、大人の仲間入りをする13歳を祝い、同寺の本尊・虚空蔵(こくうぞう)菩薩(ぼさつ)に知恵や幸福を授かる京都の伝統行事。京都織商京都きもの振興会などは、今年の十三詣りに1996年生まれの男女200人を招待した。
振り袖や学生服などを着た子どもたちが家族と一緒に訪れ、「志」や「友」などそれぞれの思いを祈とう書に記して参拝。祈とうを受けた後、サクラや嵐山を背景に記念撮影した。母親と参拝した桃山南小6年の若菜結さん(12)=伏見区=は「健康と学力向上をお願いしました」と話していた。
(文.写真共 京都新聞4/5より)

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2008.03.17